桜月夜 〜誓い 四〜


※この話にはオリジナルキャラクターが登場します。




「しくしくしく・・・ずず〜、ひっく、ぐすん・・・ずびずび、えぐっ」


部屋の隅の一角、壁に向かうように膝を抱えて蹲る物体からは止め処なく泣き声と鼻を啜る音が流れ続けていた。
心なしか、どよ〜んとした重く黒い靄を背負っているようにも見える。
このまま放っておけばキノコでも生えてくるだろうか。


「としぞーさーん、そこの下僕が鬱陶しいんですけどー」

「何故俺に言う」

「だって泣かせたの歳三さんじゃないですか」

「元はといえば、お前がだなあ!」

「ま、まあまあ」

「歳兄、落ち着いてくれって」

苦々しげに眉根を寄せる歳三と、にんまりと憎たらしい笑顔の総司の間に不毛な舌戦が展開しようとしたが、新八と平助が二人の間に割り込んで何とか戦争回避となる。



数時間前。
我が家に帰省した歳三は、偶然にも同時に帰ってきた新八と左之助に敬助から聞いた話を伝えるため、三人で歳三の部屋に入った。

しかし、そこで彼らを待ち受けていたのは、棺桶だった。

あまりにも予想外の事態に思考が飛んだ三人が立ち尽くしたまま、どれほどの時間が過ぎたか。
やがて部活から帰ってきた総司達が彼らの名を呼ぶ声で、ようやく我に返ることができた。

自我を取り戻すなり、歳三は総司を問い詰めた。
こんな悪戯をするのは彼以外あり得ない。
その確信は当然的中していたのだが、返ってきた答えは   

“だって歳三さんが驚くと思ったから〜♪”

反省の色など欠片もなく、何を言ってものらりくらりと聞き流され、やがて根負けすることになるのだった。


その後は互いに得た情報の交換が始まる。
歳三が敬助や松本から話を聞いたように、新八と左之助は不知火と、総司と一と平助は棺桶の中の人物と言葉を交わしていた。

一通りの報告が終わった後、彼らの出した結論は“雪村網道を探す”ことで一致する。


残る問題は、と全員の視線が向かったのは、棺桶だ。
中に誰かがいるとは総司達に聞いていたが、歳三達が話し合っている間も棺桶は物音一つ立てずに沈黙していた。

そして、やはり自分の部屋に得体の知れない棺桶があるのは非常に気分が悪い。
というわけで、棺桶を移動させることにした。

移動先は居間だ。
全員が集うこの場所なら、常に誰かが棺桶を見張ることができる。

そうして太陽が西の空に沈み、夜の気配が色濃くなってきた頃、棺桶に変化が訪れる。

不意に、ガタゴトと棺桶が揺れたかと思うと、重い音を立てて蓋が開いた。
中から現れたのは異人の青年だ。

彼は周囲を見渡して、目が覚める前と部屋の様相が違っていることに気付いて、あれ、と首を傾げたが、自分を見ている六人に気付くと笑顔を浮かべて棺桶から出てきた。

「おはようございます。きょうもいいおてんきですね!」

「夜だけどな」

月や星が煌々と輝いている夜空は、天気が良いといえば良いのかも知れないが・・・。

「あ、総司さん、これありがとうございました」

礼を述べながら差し出されたのは、一冊のノートだ。
それを見た瞬間、総司以外の全員が硬直した。


てめえええええ!! 何故それを持っていやがる!!!


「ひいいい!!!???」


逸早く金縛りから解放された歳三が、怒声と共に刀を抜き放った。
殺気を漲らせた鬼の形相に睨まれ、青年は腰を抜かしてへたり込む。

そのまま刃を振り下ろそうとする歳三を、新八と左之助と平助が慌てて飛びついて止めた。

「歳兄、殺したら殺人になるってーっ!!」

「元々棺桶に入ってたんだから構わねえだろ!!」

「ワ、ワタシはきられてもしにませんよ〜っ! でもタイヨウとギンはジャクテンです〜っ」

「あははー自分で弱味晒してる〜」

「総司、またあんたが元凶か」

咎めるような一の厳しい問いに、総司は悪びれもせず答える。

「だって、この人日本語が変だから勉強させてあげようと思って〜」

「それでどうしてそれを使いやがる!!」


そのノートはいわゆる歳三の“秘密のノート”である。
“覚醒”してから、彼はとある趣味を持つようになった。
決して他人   特に総司には知られてはならない趣味。
青年の持っていたノートにはその趣味による産物が詰まっているのだ。

つまりは、現代の“豊玉発句集”。

歳三が覚醒して七年。地道に書き溜めていた発句集ノートは、現在寮にあるノートを含めて三冊。
実家に残した二冊はそれぞれ押入れの天袋の奥と、箪笥が置かれた畳の下に隠したはずだった。
だが、総司はそんな障害などものともせず、探し出したらしい。

悪いのは全部総司。
そう納得して歳三が昂ぶっていた気分を落ち着かせる頃、青年は部屋の隅で背を丸めてしくしくめそめそ泣き濡れていたのだった。

そして話は冒頭に戻る。



何を言ってもダメージを与えられない総司への鬱憤を晴らすかのように、歳三は青年に向かって声を荒げる。

「てめえもいつまでもビービー泣いてんじゃねえよ!」

「も、もうしわけありません〜〜〜っっ」

「お前、西洋の鬼ってやつなんだろ? そんなへたれな性格でよく吸血鬼なんてやってられるな」

呆れたような口調でそう言ったのは左之助だ。

   クリストフ・ハーゲン・ユーベルヴェークの事情については、先程総司達から説明を受けていた。
彼らの種族が“変若水”の元となっているというのは複雑な気分だが、そもそも責められるべきは彼らを狩ってその血を悪用する人間だ。

「ワタシたちはマイニチのんびりねているのがシアワセですから・・・。イタイこともコワイこともキライなんです〜」

太陽が出ている間は棺桶でぐっすり寝て、夜になれば月を眺めながら木に逆さにぶら下がってぼーっとするのが日常だと言う。なんてものぐさな種族だろう。

「吸血鬼って血を吸うんじゃねえの? 羅刹もそうだったし」

過去の己の血の衝動を思い出したのか、平助が神妙な表情で尋ねる。
だが、返ってくる答えは能天気極まりなかった。

「ワタシたちジュンスイでへいぼんなキュウケツキは“セイキ”をすっていきています。ワタシはおはなさんがすきです〜♪」

“セイキ”とは“精気”   生命根源の力のこと。
自然界のありとあらゆるものが持つ生命力を、少しだけ自分に取り込むだけで彼らは数百年を生きられるのだという。
血を欲しがるのは、人間との間に生まれた者か、吸血鬼の血を飲んだ“かつて人間であった者”たちだ。
純粋な吸血鬼も血を飲まないわけではないのだが、彼らにとってそれは人間の酒と同じようなもので、クリストフはすぐに酔ってしまうからあまり飲まないという。とどのつまり、飲む者は好んで飲むが、別に飲まなくても何も困らないらしい。

クリストフはどの花がどんな味がするのかを楽しげに語り始めるが、新八はどこか気の毒そうな眼を彼に向けた。

「ってことは、お前酒や料理の美味さを知らねえってことか? そりゃ人生の大半を損してるじゃねえか」

「ごアンシンあれ、です! ワタシ、おミソシルもおサカナもおコメもだいすきです! 千鶴さんのおかげです♪」

ピシッと空気が凍る。
しかし、うっとりと眼を綴じるクリストフは自分の発言の直後、彼らの様子が一変したことに気付かなかった。

「千鶴さんのつくるごはんは、やさしいあじでした・・・」

「へえ」

「千鶴の飯・・・」

「食いやがったのか」

「うらやまけしからんな、そりゃあ」

ようやく不穏な空気に気付いて眼を向けると、総司、平助、左之助、新八が殺気に満ちた視線をクリストフに注いでいた。
さらに、歳三と一からもどす黒い瘴気が溢れて出ているように見えるのは気のせいだろうか。

「あ、あの・・・みなさん?」

本能的に命の危険を感じ、じりじりと後ずさるクリストフを追い詰めるかのように一歩ずつ距離を縮めていく六人。

「僕達は食べたくても食べられないのに、君は思う存分堪能したんだ。ふーん」

「そりゃあ俺達に八つ当たりされても文句は言えねえよなあ」

「えええ!?」

あまりにも理不尽な物言いに、引っ込んでいた涙が再び溢れてくる。

彼らの手が刀の柄に伸びる。止める者は誰もいない。

ここで自分の人生・・・いや、吸血鬼生が終わるかも知れない。
そんな恐怖が駆け抜けた時。


「そこまでですよ」

静かな声が聞こえた瞬間、六人の動きが止まった。

七対の視線が向けられた先、扉の入り口にはいつの間にか二人の人物が立っていた。
一人は敬助だが、もう一人は意外な人物だ。

「何で、あんたがいるんだよ」

平助の怪訝な問いに、敬助の後ろに立つ長身の男は厳つい無表情に僅かな笑みを浮かべる。

「お久しぶりですね、皆さん」

「お爺さん達に会いに来られていたんですよ。僕達にも話があるというのでつれて来ました」

「あ、天霧さん〜、たすかりました〜っ」

涙声で感謝を叫ぶクリストフの情けない姿に天霧は小さく苦笑し、歳三達を見渡す。

「彼から話を聞かれましたか? 我々は今雪村網道を探しています。何か情報があれば教えて頂きたいのですが」

「俺達もこれから網道さんに会いに行くところだ。居場所は知り合いが教えてくれた」

言いながら、歳三が敬助を見やる。
答えるように、敬助は松本から聞きだした住所をメモした紙を取り出す。

「でもよ、どうして網道さんは松本先生に“変若水”の話をした上に、自分の居場所を知らせてきたんだ?」

不思議そうに疑問を口にしたのは新八だ。

“変若水”などという危険な薬を取り扱っていることを軽々しく口にするのは、考えるまでもなく危険だ。
しかも自分の居場所を知らせるなど、警察などの手が入る可能性を考えなかったのだろうか。

「松本先生は網道さんを信頼しているようでしたよ。医者としても、人間としても立派な人物だと」

だから、法に触れるようなことをしているとは信じられない、と零していた。

歳三達の脳裏に浮かぶのは、まだ“新選組”が“浪士組”と呼ばれていた頃、彼らのもとに初めて“変若水”を持ち込んだ医者の姿だ。
感情のない虚ろな眼で、淡々と恐ろしい薬の研究を行っていた蘭方医。

彼の娘である千鶴や友人であったという松本良順は、彼を穏やかで優しい人物だと評していた。
医者としては優秀であったかも知れないが、歳三達の目には彼が血の通った人間には見えなかったものだ。

そんな中で平助だけは彼の内に秘めた苦悩のようなものを一瞬だけ垣間見たが、それから数年後に多くの羅刹を作り出して人間を害そうとしていた事実を左之助が知っている。

現代でまで“変若水”に関わる彼の真意はいったい何だろうか。
それを知らねばならない。


「あんたも俺達に同行するか?」

「お願いします」

一の問いに、天霧は一も二もなく頷いた。

敬助を含めた七人と天霧、そしてクリストフが同行することとなる。
すると、左之助が思い出したように声を上げた。

「あ、そうだ、不知火に俺の携帯を渡してあるんだった。あいつも一緒につれて行って構わねえか?」

昨夜の再会の後、一旦家に戻って歳三達と網道の捜索に加わるつもりだった左之助達は、いつでも連絡が取れるように不知火に携帯電話を預けていた。

言われて左之助の携帯に掛けてみると、電話の向こうから不知火の声が応える。
彼に事情を説明した後、歳三達は素早く準備を整えて家を出た。


目指すのは、雪村網道がいるはずの地だ。





■■■■■





夏の強烈な日差しがじりじりと照りつける中、“雪村の里”と刻まれた石碑の前に立つ者達がいた。

「以前ここに来た時と、随分変わりましたね」

夏の花が彩る美しい庭園を見渡し、雪村千鶴は傍らに立つ風間千景に話し掛ける。
彼女の記憶に残るこの地は、焼け跡に草木が蔓延るだけの何もない地だった。

「この枝垂れ桜は、雪村の里の者を葬った後植えられたものらしい。あの頃は気付かなかったな」

大地を包み込むように枝を伸ばす立派な枝垂れ桜の木。
春に満開を迎えた時は、さぞ見事な花を咲かせるのだろう。


「千鶴、来てごらんよ」

「何、薫」

石碑の裏側に周り込んだ薫に手招きされ、言われるままにそちらに向かう。
薫が指差す先には、古ぼけた文字が長い文を刻んでいた。

「雪村の・・・双子鬼?」

文面の中に、気になる言葉を見る。


“お姉さん、もしかして雪村の双子鬼?”


しがみ付いてきた子供の、記憶のままの無邪気さを湛えた翡翠の瞳が真意を推し量ろうとするかのように自分を見つめながら問いかけた言葉。
何故彼がそんなことを問うのか解らなかった。
そして、何と答えれば良いのかも解らなかった。

疑問を抱きつつも、彼らには“鬼”なんてものとは無関係に生きて欲しかったから、それ以上考えることもやめていた。

もしかして、という思いと、そんなはずはない、という願いが千鶴の中に湧き上がる。


思考に沈む千鶴を見守っていた風間は、ふと鋭い瞳を庭園に向けた。
何者かが近づいてくる気配を捉え、刀に手を掛ける。

(気配は一人か。あいつらや東雲の者なら複数で来るはず。何者だ?)

注意深く見据える先に姿を現した人物に、風間の表情に驚きが浮かんだ。
だが、それ以上に驚愕を見せたのは相手の方だった。

「そんな、まさか・・・」

「父様・・・?」

千鶴の震える声が呟く。
三人の前に現れた男は、あまりにも“雪村網道”に似ていた。
違うところといえば背広を着ていることと髪の毛があることだが、ずっと父娘として暮らしていた千鶴がその顔を忘れるはずはない。

「ち、千鶴、薫君・・・風間様・・・? 貴方方も生まれ変わったのか・・・?」

「生まれ変わりなどではない」

警戒を解かぬまま、風間が答える。

「しかし!」

「フン、俺達の住む隠れ里は、人間の世界とは隔絶されている。人間の世界で百数十年を経ても、我らの間では十年にも満たぬ」

「隠れ里・・・? 人間とは時間の流れが違う、ということですか?」

己の目に映るものが現実であるのを信じられないと言いたげに、網道は何度も三人の顔を見つめる。
そして千鶴に視線を止めると、泣きそうに眉根を寄せた。

「貴様、人間でありながら記憶を持っているのか」

以前は僅かなりとも感じられた鬼の気配が、今の網道からは全く感じられない。
鬼に生まれ変わった歳三達とは逆の立場でありながら、彼は“以前”の彼と同じように見える。

「私は前の世で末端ながらも鬼であったからか、もしくは業が深かったからか、以前の記憶を持っています」

自嘲気味にそう言い、網道はその場に膝を付き、深々と頭を下げた。

「父様!?」

戸惑いの声を上げて網道に駆け寄ろうとする千鶴を、薫が守るように抱きとめる。
網道の真意が解らないうちは、無闇に千鶴を近づけるわけにはいかない。

「前の世で、私はあまりにも愚かな行いをしました。その結果、風間様と千鶴様に多大なご迷惑をお掛けしたことを、お詫び致します」

震える声に、苦悩が滲む。

身を震わせながら頭を下げ続ける網道の姿に、千鶴は掛ける言葉を失った。

江戸で風間に粛清された網道の狂気に満ちた姿と、共に暮らしていた頃の優しかった父の姿がよぎる。
今の彼からは、最後に見た時の狂気は感じられない。

大好きだった父が戻ってきたのだろうか。



〈次〉

12.6.10up

土方さんごめんなさい(汗)。
網道さんには髪の毛があります。あの頃はわざと剃っていたはず、ですよね?



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