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坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール
※この話はNo.047:湖 『ある日の坊ちゃん』の続編です。
若いながらも多くの者に敬われ、慕われている解放軍リーダー、天流・マクドール。
彼は現在、城内でもっとも腰を据える時間が長いという執務室にて―――
―――困り果てていた。
「どうしたものかな」
「どうしましょうね」
常に天流の傍に付き従い、時には的確な意見を述べる優秀な軍師マッシュも難しい表情で腕を組む。
「困りましたね」
「困ったね」
先ほどからこうして幾度か繰り返されている問答は、常に理知的で論理的で決断力のある二人とは思えない弱気で優柔不断なものだ。
しかしこの二人は、いつまでも無意味な会話を続けられるほど暇な人間ではない。
「ここで悩んでいても埒は明きません。どうでしょう、いっそ皆と話し合ってみては」
「そうだね。でも・・・」
言葉を切り、天流はどこか遠い眼で虚空を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「彼が、どんな顔するかな・・・」
■■■■■
天流の呼びかけに応え、広間にはそうそうたるメンバーが顔を揃えていた。
軍主と軍師からの急な召集とあって、誰もが神妙な面持ちで二人の言葉を待つ。
いつもは面倒臭がって、こういった席には参加しないルックやシーナさえも天流直々の要請ということもあっておとなしく席に着いている。
「皆、揃ったようだな」
一通り広間を見渡し、天流が切り出した。
そこにフリックが片手を上げて、彼の注意を促す。
「待ってくれ、ビクトールがまだ・・・」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド
フリックの声に被さるように突如地響きが起き、メンバー達は思わず腰を浮かした。
轟音は地面を揺るがしながら物凄い勢いで広間まで迫り、扉の前で止まったかと思えた。
その瞬間。
バタ―――ンッッ!!!
「大変だティエン! フリックが爆発した!!」
「「「「「はっ!!??」」」」」
「いいから座れ」
(((((いいのか!!?)))))
顔面蒼白で駆け込んで来たビクトールに対し、無表情のまま冷静に言い放つ天流に、傍観者達が心を1つにしてそう内心で叫んだ。
「お、俺が何だって?」
「あれ? フリック、化けて出たのか??」
爆発したはずの本人が何事もなく広間に居るのを見て、ビクトールは茫然と問うた。
「俺は爆死した覚えはない!」
「じゃあ、ありゃいったい誰だ・・・?」
「百聞は一見に如かず。連れて来ればいい」
「「え??」」
天流の言葉にフリック達が戸惑いの声を上げたその時、ふいに扉が開き、焦げ臭い匂いが室内に流れ込んできた。
一斉に入り口に向けられた多くの視線が見たものは。
―――黒焦げになったフリックだった。
「□★%○×gy・▽#@―――っっ!!??」
解読不能の絶叫が城を突き抜け、トランの大地を駆け巡り、遥かデュナンの地にまで轟き渡った。
「うるさいよ青いの」
「人語を話せよ青いの」
「落ち着けフリック」
ルック、シーナ、天流の冷ややかな声が、絶叫の余韻の残る混乱した室内を静かに過ぎる。
あまりにも落ち着き払った三人の突っ込みに、フリックは焦って反論する。
「そんなこと言ったって、俺・・・俺が黒焦げで・・・っ! いや、俺は焦げた覚えはないが、いや・・・でも・・・っ」
完全に混乱している。
「フリック。お前はそこに無傷でいるじゃないか」
「そ、そうか? ・・・そうだよな? うん、そうだ」
どうやら納得したらしい。
良かった良かった、と胸を撫で下ろすフリックを、ルックとシーナは冷ややかに見て鼻で笑う。
「それじゃあ、これはいったい・・・」
全員が黒焦げフリックを凝視していると――
ガチャンッ
「「「「「あ。」」」」」
「あーっ、いっけなーい」
やけに可愛らしい女の子の声に入り口を見れば。
―――金色のフリックがいた。
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」
「これはまさか・・・」
誰かが呟いた。
「ごめんなさーい。倒しちゃった」
金色のフリックの後ろから、見習カラクリ師の少女メグが顔を出した。
さっきの声は彼女は発したもののようだ。
彼女の後ろからカラクリ師ジュッポが現れ、弟子が倒した黒焦げフリックを引っ張り上げる。
そしてさらに、錬金術師カマンドールが現れた。
「遅くなりましたな、ティエン殿」
「いえ」
「お、おい、ティエン、どうなってんだ?」
ますますもって訳が分からない、と言いたげなビクトールに天流は簡潔に答えた。
「黒焦げになったのは銀のフリックだ」
――金のフリックと銀のフリック。
何故こんな摩訶不思議なものがここにあるのかというと、或る日正直者の天流さんが湖の魔女――ではなく湖から現れた占師より無理矢理押しつけ――もとい譲り受けたのである。
ちなみにオリジナルは青いフリックということを明言しておこう。
とにかく、ビクトールが見た爆破されるフリックというのは、この銀色のフリックだったようだ。
「ビクトール、お前マントの色を見て気付かなかったのか!?」
「だってお前、いつだったかピンクのマント着てたじゃねえか」
その一言に思い出したくもない過去が甦り、フリックの顔色が変わる。
「あ、あれはシーナの馬鹿が・・・っ」
「馬鹿に“馬鹿”なんて言われたくねえよ」
険しい表情を作りながらも、やったことを否定しないということはシーナがフリックのマントをピンクに変えたのは事実なようだ。
それは日常となったフリック苛めの一環で、ある時などはラメ入りの毒々しい赤に金色で『不利津苦』と刺繍されていたこともあった。
なかなか手の込んだ嫌がらせだと、多くの者が感心したほどである。
しかし、いったいどうやったかというのは謎のままだ。
とにかく、そんなことがあったものだからフリックのマントが銀色だったからと言って、それがフリックではないと判断ができなかったのである。
「皆に集まってもらったのは他でもない。このフリック達のことで相談があるんだ」
「「「「「???」」」」」
天流の言葉を引き継ぐように、マッシュが語り始めた。
「ここまで本物と見紛うばかりの等身大の立派な人形なのですから、ただ置いておくのではなく、もっと有意義に活用できないかどうか考えたいと思ったのです」
「つまり邪魔だからどうにか処分したいってわけ?」
「簡単に言えばそうです」
ルックの核心を突く結論に、マッシュは静かに頷いた。
金銀フリックを一瞥した翡翠の双眸はすぐに天流へと移る。
「だから僕が紋章で切り刻んで湖に捨ててやろうかと言ったのに」
「俺だって湖だと、もし浮かんできたら人と間違って騒ぎになるかも知れないから燃やしてしまえば良いって言ったぞ」
「僕は別にそれでも良かったけれど、周りが反対したのだから仕方ないだろう」
当然である。
例え人形だと解ってはいても、あまりにフリックに酷似したそれが無残に切り刻まれて燃やされる様を見ると、誰でも後味が悪いだろうし、事情を知らない者が見れば誤解して震え上がり、解放軍にとって不名誉な噂が立つに違いない。
「うわあ!? 何だ、コイツッ!!」
フリックの悲鳴にそちらを見れば、金色のフリックがぎこちなくだが動く様子が見えた。思いもしなかった事態に周囲からも驚きの声が上がる。
「ああ、それはカマンドールさんやジュッポさん達が面白がって改造してカラクリ仕掛けにしたんだ」
―――・・・をいをい・・・
「それを許したのか、お前はっ!」
「反対する理由がどこにある?」
「だってお前、改造とか実験とかされたわけだろ!?」
「お前自身がされたわけじゃないだろう」
ルックとシーナの過激な案を認めたわけだ。
誰もがそう納得し、フリックはやりきれない思いに思わず涙した。
「言ってくれればこの青男のマントを取り替えて眠らせた上で、こっそり差し出したのにさ・・・」
「ルック! お前、俺を改造する気かあっっ!!」
「ふん、一度頭の中いじってもらえば少しは賢くなるんじゃないの?」
「ルック、それは人道的に問題だ」
フリックの目に、天流が天使に見えた。
どんなに冷たい態度で冷たい声で冷たい言葉を冷たく言い放っても、天流は(表には出ないが)優しく、(解り難いが)思いやりのある少年なのだ。・・・たぶん。
「もしかすると、物珍しさで売れるんじゃねえ?」
シーナがそう言うと、他のメンバー達も口々に同意し始めた。
「そうですなぁ。裕福な者は面白がって買うかも知れませんな」
「夜の店なんか、客寄せに良いんじゃないか?」
「顔立ちの整った人形ですし、その線は良いかも知れませんね」
「マニア受けしそうだな」
「お前等、俺の顔をした人形に何させる気だっ」
「何って、そんなの持ち主が決めるんじゃねえの?」
「どんな変態プレイされようとも、お前自身がされるわけじゃねえだろ」
「変態プレイって何だっ!?」
人形とはいえ、自分と同じ顔をしたものが良いようにされるのは、やはり気分が悪い。
わけの解らない人間の手元に渡ってどんなことをされているのか、想像しようものなら恐ろしくて夜も眠れそうにない。
天流のようにフリックと人形を別物として完全に割り切るには、金銀フリックはあまりにフリックに似過ぎていたのだ。
一瞬、脳裏に広がった一面の花畑でチョウチョを追いかけようとしたフリックだが、はっと我に返るなり天流に縋り付いた。
「頼む! 俺の顔をした人形に如何わしい真似だけはさせないでくれっ!!」
「そうは言っても、邪魔なんだ。だったらお前がフリック達の面倒を見てくれ」
「・・・・・・・・・・・・(滝涙)」
世知辛い世の中の侘しさに打ちひしがれ、フリックはどんよりとした空気を背負って“の”の字を書き綴った。
しかしそんな彼にも救いが訪れた。
「安心されよ、フリック殿。私が変態から貴方の人形をお護りしよう」
自信に満ち溢れた口調でそう告げたのは、カマンドールだ。
彼は天流に向き直ると、黒焦げフリックを指して語り始める。
「ティエン様、このカマンドール、一世一代の発明ですぞ。ジュッポ殿達のお陰で動くようになったこのフリック殿達をどうにか役立てようとあらゆる実験を致しました」
――結局フリック人形をいじられたことに変わりはないのか。
フリックの心境は絶望的であった。
しかし天流はそんな彼の悲しみなどどうでも良いことで。
「それで?」
「ビクトール殿が仰っていた通り、私は今日、銀のフリック殿を爆破しました。しかしどうでしょう。衣装が焦げたくらいで本体へのダメージはほとんどありません!」
「確かに」
「これこそが私の素晴らしい発明! ちょっとやそっとの爆発ではビクともしない鋼の肉体! 不死身のフリック殿!」
「「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」」
「その名もスーパーゴールドフリック殿とウルトラシルバーフリック殿!!」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」
「オリジナルより役に立つかもね」
「うんうん」
しばらくの沈黙の後、ルックの落とした呟きにシーナが頷き、その場の全員が妙に納得してしまった。
■■■■■
その後。
戦場において解放軍の陣営から真っ先に突進して来る金色と銀色の青年は、帝国軍を恐怖と混乱に陥れた。
何しろ、まったくの無表情のままものすごい勢いで帝国兵士を跳ね飛ばしながら戦場を激走し、時々爆発するのだ。
どんな攻撃も彼らの足を止めることができず、不気味としか言い様がない。
帝国兵士はもちろんのこと、解放軍の兵士すらその様を見て数日間は悪夢にうなされることとなるのである。
END
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