軍主の受難(ユアン編)

坊ちゃん:月華(ユエファ)・マクドール
:リーシア・マクドール
2主:ユアン(元)
:リオウ
坊ちゃん達の設定はこちら


今が戦争中だということが疑わしいくらいに平和な同盟軍本拠地ノースウィンドウ城。

おなじみの石板の前は冷気をまとう仏頂面魔術師の定位置である。
近付く者がいれば軍主だろうが軍師だろうがムササビだろうが、その凍て付く眼差しと毒舌で問答無用に追い返す彼だが、この日は傍に他人がいるというのに珍しく上機嫌だった。
天変地異の前触れかと大騒ぎになってもおかしくない珍事だが、ルックの傍にいるのが月華・マクドールだと解ればたちまち誰もが納得してしまう。
それほどに、この隣国の英雄の存在は特別なものなのだ。

だが月華と話しをしたいのは何もルックだけではない。
しかし、ルック恐ろしさに近付けないというのが現状で、建物の陰に隠れて羨ましそうに仲睦まじい二人を眺める者もちらほらと覗える。
そんな中、彼らに近付く勇気ある者もいた。

「よお、月華ちゃんv」

軽い調子の明るい声。
ルックの厳しい視線を受けても立派に耐え抜く精神力は並大抵のものではない。とはいえ、ちょっとばかり青褪めてはいるが…。

「シーナ」

ルックの冷たいものとは正反対の月華の優しい表情がせめてもの救いだ。


と、その時。





そこのこまっしゃくれとタラシーっっ!!! 僕の月華さんに触るな近付くな話しかけるな匂いを嗅ぐなあああ―――っっっ!!!!!



「ユアン?」

「何セクハラ発言してんだ、あいつは」

「下品な奴。ああ、猿だから品性もないのか」

地鳴りを響かせて突進してくるのは、同盟軍リーダーという大層な肩書きを持つ暴走少年ユアンだ。
まっすぐに石板目指して爆走するユアンの物凄い形相に、さすがの月華も一瞬怯えの色を浮かべた。
すぐにそれに気付いたルックとシーナが月華を庇うように1歩踏み出て、ユアンに向けてルックのロッドが翳される。

「僕の月華を怯えさせた罪は重いよ」

剣呑さを帯びた低い口調でそう言って、小さく呪文を唱える。



月華さあ〜〜〜んっっ!!!vvv


どっか行きな!!

失せろ猿っ!!


ええええええっっっ!!!???


バシュンッ


何やら空気が切り裂かれるような音とともに、今にも月華に飛び掛かろうとしていたユアンの姿が黒い霧状のものを纏った風に掻き消された。

ホールにはユアンの最後の叫びが虚しく木霊する。

ユアンに起きた災難はどうでもいいとばかりに、ルックとシーナの訝しげな表情が月華に向けられる。
ルックの言葉に被さるように言い放たれた棘のある台詞は、信じられないことに月華の口から出たものだった。
そして、ルックの魔法と同時に放たれたのは、間違えようもなくソウルイーターの闇だ。その証拠に、月華の右手は紋章の発動の名残を残してユアンがいた方向に向けられている。

ルックとシーナは、月華とは思えない暴挙に驚いているわけではなかった。これが月華自身が起こした行動ではないと知っているからだ。
彼らの疑問はというと。

「何であんたが出て来るのさ、ガキ年寄り」

「誰がガキ年寄りだおかっぱ! 何で出て来たかって? 決まってるだろ。ユエがピンチだったからさ。俺はユエのお助けマンだからなっ」

「ダサ・・・」

胸を反らして踏ん反り返る月華の姿をした者の言葉に、シーナが素直な感想を述べる。


「って、おいお前ら! ユアンをどこに飛ばした!?」

切羽詰った叫びを上げたのは、たまたま通り掛って一部始終を見てしまったフリックだ。
慌てる彼に向けられた3対の視線は憎らしいほど平静で、凍えるほど冷たい。

「さあね」

「知るかよ」

「解るわけないだろ」

上からルック、月華(?)、シーナの順で答えを返した。

「お前らな・・・」

「ま、待って! 駄目だよ、そんなの」

疲れが滲むフリックのぼやきと重なって、突然そう言ったのは月華だ。

「早くユアンを探さないと!」

さっきまでのふてぶてしさは消え去り、困惑の表情がルックに向けられる。
その可愛らしさに思わずきゅっvと月華を抱き締めるルック。

「る、ルック、こんなことしてる場合じゃないよ!」

頬を赤く染めて逃れようともがく月華だが、ルックの腕はしっかりとその身体を抱いている。

「いいじゃないか。あんな猿、どうなったって」

いいわけあるかい。仮にも軍主だぞ。

シーナとフリックは内心そう突っ込みたかったのだが、口に出すのは恐ろしくて出来なかった。





■■■■■





ドスンッ


重い音を立ててユアンはしたたかに地面に身体を叩きつけられた。

「あいたたた〜・・・」

苦悶に顔を顰め、うめき声を漏らしながら打ち付けた腰を押さえる。
しばらくその場で痛みに悶え、

「あのこまっしゃくれ魔術師〜・・・」

自分をこんな目に遭わせた張本人を詰りながら周囲を見渡したユアンは、どこかの家の一室に居ることに気付いて首を傾げる。

(どこかで見た部屋だな・・・?)

内装といい部屋の造りといい。
以前見たものとは微妙な違いがあるが、窓から見える景色は確かに・・・。

「マクドールさんの部屋?」

そこは月華の部屋と思われる場所だった。
ということはここはグレッグミンスターなのか。

(月華さんがいないのにここに来ても仕方ないじゃないかあ〜…。あの峠を一人で越えなきゃいけないのぉ〜…?)

帰り道の過酷さを思ってへこむユアン。
意気消沈しながらも痛みを堪えながら立ち上がり。


「え?」

目を丸くしてその場に固まった。


ユアンの驚愕に満ちた茶色の瞳が映したものは。

「マクドールさん! 何でここに!?」

叫ぶように言って、静かに寝台に腰掛けてユアンを見つめている少年の足元に犬が擦り寄るかのように駆け寄った。

そこにいるのは、さっきまで本拠地の石板前にいたはずのトランの英雄。
いったいいつの間に家に帰ったのか。
それとも自分は時間を超えたのだろうか。


「愚問だ。私が自分の家に居るのがおかしいか」

静かな声が流れた。
その響きは感情の感じられないひどく冷たいものだ。
ルックでさえ、ここまで無感情な声を出すだろうか。
ましてあの優しい月華とも思えない。かと言って時々現れる”テッド”とも違う。

「月・・・華、さん?」

「ユエファ?」

呼びかけてみると彼は怪訝そうに眉を寄せた。
ユアンの方もひどく困惑しながら彼を見上げ、そして異変に気付いた。

(月華さん? でも、何か違う・・・)

自分を見下ろす、美しいが冷たい瞳は夜の闇よりも尚深い漆黒。
月華の瞳は、光の加減や見ようによって様々に色を変える綺麗な青、いや瑠璃色だった。

「貴方は、月華さんじゃない・・・?」

姿形は確かに月華・マクドールなのに。
それにここは確かにグレッグミンスターのマクドール邸のはず。
そこにいるのが月華のようで月華ではない少年。
いったいどういうことなのか。

「お前もリオウではないようだな」

「リオウ?」

「同盟軍の軍主のことだ」

「え? 僕は同盟軍の軍主ですけど!?」

混乱するユアンをあくまで冷静な目で見据えながら彼は立ち上がった。

「行くぞ」

「え? ど、どこにですか?」

「同盟軍の本拠地だ」

言い捨てて彼はさっさと部屋を出て行った。
いきなり置いてけぼりにされたユアンは数秒間唖然としていたが、慌てて後を追った。

階段を降りて玄関に降り立った時、1階の部屋からクレオが顔を出す。

「坊ちゃん、お出掛けですか? ああ、リオウ君も来てたの」

「え? あ、はい、お邪魔してます」

当惑しつつもクレオにぺこんと頭を下げる。
”リオウ”と呼ばれることに、言い様のない違和感を感じる。
目の前にいる月華ではないトランの英雄の彼と同じように、自分ではない同盟軍の軍主の名前だというそれ。

もしかして、という思いが湧き上がり、隣に立つトランの英雄を縋るように見やる。
しかし彼は無表情を崩すことなくクレオに1つ頷くと外へと出て行った。

「行ってらっしゃい」

「あ、し、失礼しました〜」


グレッグミンスターの街中、真っ直ぐに街の入り口に向かう彼に追いすがり、ユアンは疑問を口にした。

「あのぉ〜、グレミオさんやパーンさんは居ないんですか?」

問いに初めて彼の無表情が驚きに変わった。

「何故その名を知っている」

「何故って・・・。だってクレオさんがいるのに、何でグレミオさん達がいないのかなって・・・」

「・・・お前の世界では彼らが生きているのか」

「僕の世界って、やっぱりこれってパレラレワールドってやつですか!?」

ここにルックやシーナが居ればすかさず「それを言うならパラレルワールドだ、馬鹿」という台詞を吐いただろう。
しかし、この世界のトランの英雄はいたってクールだ。

「グレミオとパーンは4年前の戦争で命を落とした」

淡々と語られ、ユアンはどう反応して良いやら当惑した。

ユアンはマクドール邸に訪れる度に、月華とグレミオ達の互いを思い合う仲の良さを見てきた。血は繋がらなくても強く結ばれた家族の絆は、ユアンにとってのゲンカクやナナミとの絆と同じものだった。
だが彼の口調は、そんな温かなものは一切感じられない。

(この人は月華さんとは全然違うんだな…)

優しく穏やかな月華と比べ、このトランの英雄はクールで無口な印象だ。


だが、戦闘能力は月華に勝るとも劣らない。
バナーの峠を進む二人に襲い来るモンスターの群れを、彼は見事なまでの棍捌きで退けた。月華が同行した時と同じくらい、素晴らしい早さで峠を越えることができたのだ。


(うわあ、さすがトランの英雄! えーと、何マクドールさんだっけ?)

ここにきてユアンはようやく彼の名を知らないことや、自分も名乗っていないことに気付いた。

まったく速度を落とさずに前を行く彼の横に早足で追い付くと、遠慮がちに言葉を掛ける。

「あの、僕ユアンって言います。貴方は?」

彼はほんの一瞬だけユアンをちらりと横目で見やると、すぐに視線を前方に戻した。
反応の淡白さにユアンは困ったように眉を寄せ、「あの・・・」と言葉にならない声を漏らす。

「リーシア・マクドール」

呟くような小さな声で簡潔にそう答えた。

「リーシアさんですか。よろしくお願いします!」

にっこりと笑ってみせたが、視線すら向けられずにあっさり無視された。


「あのぉ、ここでの僕ってどんな感じなんですか?」

「・・・・・・」

「軍のメンバーも同じなんでしょうか? 僕の軍師は陰険ハゲのシュウって言うんですけど」

「・・・・・・」

「あ、あと、熊とか青とかタラシとかこまっしゃくれとは仲良かったりするんですか?」

「・・・・・・」

「・・・え・・・と・・・」

話しかけることを拒絶しているような冷淡な態度に困り果てる。
相手がルックならユアンも慣れたもので、食って掛かることもできるのだが、相手がトランの英雄だとそうもいかない。

話し掛ければ穏やかに答えてくれる月華と姿形はまったく同じなのに、この違いは何だろう。



瞬きの手鏡もなく、本拠地までひたすら徒歩や船や時には荷車に乗せてもらって進んで行く長い道程、ユアンは何とかコミュニケーションを取ろうとリーシアに話しかけるが、ことごとく失敗に終わっていた。

色々と話題を変えてはめげずに話し掛けてくるユアンに対し、リーシアは聞いているのかいないのかよく解らない態度で沈黙を保つ。
奮闘するユアンを端から見れば、憐れなまでの懸命さだ。



そうして、結局意志の疎通を図ることのできないまま、二人は本拠地に辿り着いた。

「同じだなぁ・・・」

そびえ立つ城を見上げ、そう感想を漏らす。

ユアンの目の前に堂々と建つ同盟軍本拠地ノースウィンドゥ城。
それはまさしく見慣れた自分の城そのものだ。

城門に一歩足を踏み入れれば、日常の風景がそのまま目の前に広がる。
子供達の歓声や、商人の行き交う活気の良さ。
見覚えのある顔が、いつもと変わり無く時を過ごしている。

隣に立つリーシアの存在がなければ、自分が居るのが違う世界だなどとは到底思えない。


そのリーシアは、躊躇いも無くさっさと城内へと入って行き、慌ててユアンも後に続く。


「お! リーシアじゃねえか」

行く手の前方でビクトールが手を振って、リーシアやユアンの注意を引いた。

「いいところに来たな。・・・ん?」

どこかほっとしたような様子で駆け寄ったビクトールは、リーシア後方に立つユアンに気付いて目を丸くした。

「何だよ、リオウ。お前無事リーシアの所に行ってたのかよ。心配して損したぜ」

心配?

いまいち状況が掴めず、ユアンは首を傾げた。
いち早くビクトールに疑問を投げたのはリーシアだ。

「どういうことだ?」

「なに。リオウがお前さんとこに行こうとしてたんだが、どうやらビッキーがテレポートを失敗したらしくてな。一向に帰って来ねえから、騒ぎになってたんだよ。ったく無事ならさっさと帰って来いよな」

豪快に笑いながら、大きな手がユアンの頭を乱暴に撫で回す。
ビクトールにすれば子供を可愛がっているつもりなのだろうが、やられる側は痛くて堪ったものではない。
慌ててユアンは身を捩ってビクトールの手から逃れ、涙目で抗議する。

「何すんですか、熊!!」

「だぁ〜れが熊かっ!」

「あんたの馬鹿力で撫でられたら首がもげます!」

「何言ってやがる。んなヤワじゃねぇだろ、お前は。前にリーシアに崖から蹴り落とされた時もピンピンしてたじゃねえか」

「マクドールさんは良いんです!」

「・・・ほんとにお前はリーシアが好きだな」

ビクトールが語る内容も内容だが、ユアンの反論もまたどこかおかしい。
だが残念なことに、そのおかしさを指摘できる人物はここにはいなかった。
唯一突っ込みのできる立場にいるリーシアは、先程より何か考え込んでいるようだ。
ユアンとビクトールもそれに気付き、口論をやめてリーシアに視線を向けた。

「どうした、リーシア」

ビクトールの問いには答えず、リーシアは再び歩き出す。
焦ったように呼び止めるビクトールの声も、「待って下さ〜い」というユアンの情けない声にも一切反応は無かった。


リーシアが去り、後を追って軍主も姿を消してビクトールだけが残されたが、彼はすぐにはその場を動こうとはせずに思案げに腕を組んだ。

(リオウ・・・だよなぁ・・・)

自信なさげに自問を繰り返す。
我ながら妙なことを考えているなという自覚はあるが、何となくリオウに違和感を感じたのだ。
どこがと訊かれてもどう返して良いやら解らないが、漠然とした疑問が浮かぶ。
しかし。

「ま、いいか」

と、一言呟くとビクトールは酒場へと足を向けたのだった。

野性の獣並の素晴らしく鋭敏な感覚を持ちながらも、彼は非常に大雑把な性格の持ち主でもあった。



NEXT



ブラウザのバックでお戻り下さい。