リーシアとユアンはホールに来ていた。
ビッキーや、事情を知っていると思われる仲間達がユアンの姿を見て一様に安堵の色を浮かべるのが見える。
ユアンにとっては少々居心地の悪い状況だ。
石板前には仏頂面の美少年魔術師が、黙っていても偉そうな雰囲気を纏って立っている。
他人の近付く気配に鋭い目が上げられたが、リーシアと解ると幾分和らいだ。
「何。珍しいね。君からここに来るなんて」
その声音は、ユアンの世界のルックが月華に対するものと変わらないほど穏やかだ。
(こっちのルックもマクドールさん好きなのかあ…)
思わず感心してしまうユアン。
リーシアに続いて現れた彼に気付くと、途端にルックの表情が不機嫌に変わった。
こういうところもユアンの世界と同じらしい。
「あんた、無事だったわけ」
いかにも残念そうな口調からは、舌打ちの音が聞こえても不思議ではない。
ここが自分の世界とは違うと解っていても、こまっしゃくれ魔術師の毒舌となればユアンの怒りの沸点は極端に低かった。
「無事で悪かったね! もしかしてルック、僕がリーシアさんと一緒なのが羨ましいんじゃないの?」
「・・・命が惜しくないみたいだね」
図星を突かれたのか、それともユアンの生意気な言葉が癪に障ったのか。
おそらく両方だろうが、不機嫌に更に殺気を乗せたルックの右手から風が凪いだ。
来たる衝撃に身構えるユアンだが、ルックの紋章の波動はすぐに消えた。
リーシアを見て紋章の発動をやめたところを見ると、彼が止めたのだろう。
制止の声もジェスチャーも何もなかったが、ユアンの世界でもルックと月華は時折心が通じ合っているかのように互いを理解するため、ユアンにすれば不思議な光景ではなかった。とはいえ悔しさを感じてしまうのは仕方のないことだが。
「で、僕に用があるんじゃないの?」
「リオウの気配を探れるか?」
「はあ!?」
思いっきり不審げな声が上がった。
眉間には深く皺が寄り、秀麗な顔にはでかでかと「何言ってんの?」という文字が浮き出てでもいるかのようだ。
「彼はリオウではない」
言われた思いもかけない言葉に、驚いたように見開かれた瞳が改めてユアンを探るように見た。
一瞬、険しさを増したがすぐにいつもの平静さが戻り、リーシアに頷いてみせる。
「確かに違うね。紋章の気配がどこか異質だ」
紋章がどうのという話題はユアンには理解不能だ。
自らも真の紋章を宿してはいるが、付けてから日の浅い彼はいつもルックと月華の紋章に関する論議について行けずにいた。
(難しいこと言ってるなあ。ルックってばちょっと頭が良いってだけで、僕には解らない話でマクドールさんと仲良くしちゃってさ〜。僕が話に入っていけないこと解ってて見下すように笑うんだよな。ほんとに性格が悪いったら、もうっ! マクドールさんを一人占めしやがって、こんちくしょうっっ!!)
ユアンが内心でルックに激しい嫉妬を燃やしている間、ルックは何やら神経を集中している様子だ。
ややあってリーシアに向き直った彼は、ゆっくりと首を振った。
「駄目だね。盾の気配はそいつのしかない。猿の気配はどこにもなかったよ」
「そうか。ではやはり」
「ああ。ビッキーの失敗テレポートでどこかに飛んだんだろうね。そいつと入れ替わったって可能性もある」
「え? え? ちょっと待って、どういうこと? 僕とこっちの僕が入れ替わったっての!?」
それまでルックとリーシアの会話を黙って聞いていたユアンが焦ったように二人の間に割って入った。
ルックの鬱陶しげな視線が刺さったが、そんなものを気にしてはいられない。
「その可能性もあるというだけだ」
「でも、あの天然娘の失敗ってだけで時間どころか世界まで変わるとは思えないね。あんた、こっちに来るまでに何かなかったわけ?」
まるで上から見下すようなルックの態度に、負けじとユアンは反発心も露に睨み返す。
「ありますよ。どこかの性悪魔術師に強制テレポートで吹っ飛ばされました!」
「ふん、ざまみろ」
「くわーっっ!! 何ですか、何ですかその態度わっっ!! こっちのあんたもむーかーつーくーっっ!!!」
「うるさい」
「はいっ、すみませんマクドールさんvv」
この変わり身の早さはいったい何なのか。
心底呆れ果てた表情のルックは、これ見よがしに深く溜息をついた。
「お! 珍しくもリオウと仲の良いリーシア発見!」
突然、聞き慣れ過ぎていっそ聞きたくもないと思える声がホールに響いた。
向けられた三人の視線は明らかに非好意的なのだが、一向に気にする様子も見せずに軽やかな足取りで短い金髪の青年が三人に向かって階段を駆け下りてくる。
(出たな、放蕩息子)
心の中で毒づくユアン。
人懐こいと言うか胡散臭いと称するかは人それぞれの明るい笑顔を顔に乗せ、大統領子息シーナはリーシアの傍に歩み寄った。
「なんか軍師達が騒いでたけど心配なかったみたいだな。今日もリーシアの説得に時間が掛かってたのか? リオウ」
「え? あ、その」
返答に迷うユアンの助けを求める視線に、クールを絵に描いたようなルックとリーシアは反応しなかった。
気まずい沈黙が落ちると、勘の良いシーナは何かに気付いたのかユアンを見て常にない真面目な表情になった。
「・・・何か違和感あるな。お前、リオウだよな・・・?」
「な、何ですか? 何か変ですか?」
内心ビクビクしながら虚勢を張る。
別に隠し通さねばならない極秘事項というわけではないが、何となく自分がリオウではないとは言い出せない。バレたからと言って多少騒ぎにはなるだろうが、言ってみればユアンも被害者なのだからさほど後ろめたく思うこともないのだが。
だがしかし。
「んー、変つーかさ。いつも以上に馬鹿っぽいな」
ユアンはこのタラシと有名な放蕩息子の称号を持つ青年に対しても怒りの沸点が極端に低かった。
「馬鹿とは何ですか、このタラシっっ!! あんたといいこまっしゃくれといい、どの世界にいてもムカつく奴だよね!! 何で月華さんもリーシアさんもこんな奴らと仲が良いんでしょうかっ!! こんなのより僕の方がずっとずっと幸せにしてあげられるのにぃ―――っっ!!!」
「「うるさい!」」
リーシアとルックの声が重なり、二人の右手がユアンに向けて掲げられた。
バシュンッ
闇を纏った風がユアンの身体を包み込み、空間を裂いて彼の姿を掻き消した。
「「「・・・・・・・・・」」」
沈黙が漂うホール内の石板前。
「どーすんの? 消えちゃったぜ」
「知ったことじゃないね」
「・・・・・・」
■■■■■
ドタンッ
「ふぎゃっ」
音を立ててユアンは思いっきり地面に叩きつけられた。
「〜〜〜っっ・・・」
全身を強く打ち付け、倒れたまま声も出ない痛みに悶絶する。
数時間前に同じように落下した時は人の部屋ということで下が丁度絨毯となっていて、多少は衝撃を吸収してくれたのだが、今回は石畳の上だ。
その痛みたるや比ではない。
「あンの性悪魔術師〜・・・」
またもや吹っ飛ばしてくれた人物に対して恨み言が漏れる。
ただ、もう一人の要因は怒りの対象ではないらしい。
「大丈夫ですかあ〜?」
すぐ傍でビッキーの声が聞こえた。
彼女に返事を返す余裕もないユアンだが、
「ユアン、大丈夫?」
優しい声にガバッとばかりに身を起こした。
見上げた先には心配に顔を曇らせる月華の姿。
綺麗な瑠璃色の瞳は間違いなく彼が”月華・マクドール”であることの証だ。
ユアンの表情から苦痛が消えて、歓喜が取って代わった。
「はいっ、月華さん!!vv 僕帰れたんですね!」
「うん、そうだね」
ユアンの言葉に穏やかに頷く。
「あ。えっともしかして月華さん達も会ったんですか?」
誰にとは言わなかったが、月華にはユアンの言いたいことが解ったようだ。
「さっきまでリオウ君がここにいたよ」
やっぱり。
リーシアとルックの言葉通りのことが起きていたのか。
すぐには信じられないような出来事だが、ユアンは妙に納得していた。
自分がリーシアに出会ったように、リオウも月華に会えたんだ。
(貴重な体験したなあ)
どこか感慨深い思いを噛み締める。
別の世界に浸るユアンに、月華の手が優しく添えられた。
意識が戻ると同時に月華を見つめるユアンの目に星が輝いた。
「身体、痛む?」
「月華さんに抱き締めてもらえたらすぐに治っちゃいますぅ〜vv」
ゴスッ
ガキッ
シーナの蹴りとルックのロッドが、月華に縋り付こうとしたユアンを直撃した。
月華に触れることもできずに、ユアンは顔から地面に倒れ伏す。
「ルック、シーナ!」
咎める月華に、二人は悪びれることもなく「手が滑ったんだよ」とか「いやあ、つい足が勝手に」などとうそぶいている。
(ふざけんな、タラシにこまっしゃくれ〜〜〜・・・・・・っっ)
湧き上がるどす黒い怒りに握り締めた拳をふるふると震わせていたが、遠ざかる意識の向こうで月華が自分を呼ぶ声に急速に怒りを鎮め、ユアンは意識を失っていった。
(はぁう〜、月華さんが僕を呼んでくれてる〜v リーシアさんとももうちょっとお話したかったな〜。今日の僕って二人のマクドールさんと会えて、もしかしてラッキー?)
「「「・・・・・・・・・」」」
意識を手放したユアンを見下ろす月華、ルック、シーナの表情が心なしか強張っている。
三人の様子に気付いているのかいないのか、ビッキーがほえほえとした笑顔で可愛らしく小首を傾げ、
「ユアンさん、良い夢見てるのかなあ」
無邪気にそう言った。
彼女の目にもはっきりと映るユアンの表情は・・・。
「にやけてるな・・・こいつ」
「気色悪い・・・」
「痛くないのかな・・・」
三者三様の呟きは、満面の笑顔で気絶しているユアンの上に降り落ちた。
END
|