風呂で温まった身にユアンの服を纏い、リオウは屋上へと向かって濡れた自分の服をヨシノに預けた。
できるだけ早くという頼みを快く承諾してくれた彼女に感謝しながら、さてこれからどうしようかと考える。
とにかくこの奇妙な状況をどうにかしたかったのだが、いきなり飛ばされただけで状況すら上手く把握していない彼には何をどうすれば良いかなど思い付くはずもない。
自分の世界とまったく同じように見えるのに、「ユアン」と呼びかけられる度にやはり違うのだと思い知らされる。
(あーあ、皆心配してるかなあ。・・・リーシアさんも・・・)
そう考えてリオウは自分の思いを溜息混じりに否定した。
グレッグミンスターにいるであろうリーシアはこの事態を知るはずもないし、例え知らされたとしても眉一つ動かしそうにない。
助けを求めに行った同盟軍の者に「あ、そう」とだけ返して本でも読む彼なら容易に想像がついて、何だか物悲しくなった。
(僕がいなくなっても、リーシアさんはどうでもいいのかな・・・)
蒼天のもと、心地良い風に吹かれながらも暗い思いに捕らわれるリオウ。
ふいに近付いて来る気配を感じて顔を上げた彼は、その目に思い描いていた人物とそっくりな少年を映した。
冷たい無表情しか見たことのなかった秀麗な顔に、初めて優しさが浮かんでいるのを見た。
「リオウくん」
「あ、えっと、マクドールさん・・・」
「ごめん、名乗ってなかったね。僕は月華・マクドール」
「ユエファ、さん」
ふわりと微笑みかけられ、リオウの頬が紅く染まった。
「着替えたんだね。濡れた服は?」
「ヨシノさんに預けました。この天気なら2、3時間で乾くそうです」
リオウの言葉に「そう、良かった」と言って、月華はふと俯いた。
どこか暗い表情に、リオウは「どうかしたんですか?」と心配そうに覗き込む。
そして、月華はルック達と話したことをリオウに伝えた。
リオウの世界でのビッキーの失敗と、この世界でソウルイーターの力を交えたルックのテレポートが上手い具合に相互干渉してしまい、今回のような事態となったのかも知れないのだと。
「仮定でしかないのだけど、君がこの世界に来てしまった原因は僕達にもあるかも知れないんだ・・・」
話を聞き終えて、リオウはそんなこともあるのかと、ただただ驚嘆した。
「ということは、僕の世界にはこの世界の僕がいるかも知れないんですか?」
「ルックが言うには、今この世界にユアンの気配はないということだから、入れ替わってしまった可能性もある」
断言はできないけど。と小さく続いた。
言葉をなくすリオウを申し訳無さそうに見つめ、月華は哀しげに「ごめんね」と謝った。
「そんな、月華さんが悪いわけじゃないですよ。偶然が重なってしまっただけですから」
それでも晴れない月華の顔。
起伏は激しくないというのに、確かに変わる表情が新鮮に思えた。
「どうしたの?」
「え、あ・・・、すみませんっ」
あまりに珍しくて不躾なほど月華を凝視していたことに気付き、慌てて視線を外して謝罪を口にする。
「その、月華さんは笑ったりできるんだなと思ったんです」
「?」
「リーシアさんは、全然笑わないから・・・」
「君の世界の僕のことだね?」
「はい」
目を伏せて見慣れた冷たい美貌を思い浮かべる。
リーシア・マクドールとはこうして普通に会話をすることすら滅多に無かった。
いくら望んでも、ルックやシーナとまともに会話をすることも多くないのだ。出会って間もないリオウは相手にもされない。嫌われてさえいるのではないかと思うこともある。
「時折、リーシアさんは全てを拒絶しているのではないかと思うことがあります。自分自身すら・・・。
4年前の戦争では大切な人をたくさん失って、その度に心を失ってきたとフリックやビクトールから聞きました」
リオウは黙って話を聞く月華を見やり、
「どうすれば、月華さんのように笑えるようになるんでしょうか? 月華さんも4年前の戦争では大変な思いをされたんでしょう?」
どうやって乗り越えたんですか?
嫌なことを問い掛けているという自覚はあったが、リオウはどうやってリーシアの心を癒せるのか、月華の言葉からそのヒントを得たかった。
月華はリオウの問いに気分を害した様子も見せず、真摯に疑問を受け止めた。
「確かに僕は大切な人達を失った。今も哀しいよ・・・。でも、僕の傍にはいつだって仲間達がいたんだ。それが、支えになっていた」
(仲間・・・か)
リーシアも仲間だった者達にはほんの少しだけ、氷のような冷たさが和らぐことがあった。本当に微々たるものではあったし、本人は気付いていないだろうが。
「彼も拒絶しているわけではないと思うよ。ただ傷付き過ぎたんじゃないかな」
「傷付き過ぎた・・・」
「本人ではないから確信は持てないけれど・・・。でも人は一人で生きられないから、きっと君達を拒絶したりはしない。焦らないで見守ってあげればいい」
慈愛に満ちた言葉が、じんわりとリオウの胸に染み込んだ。
「ごめんね、よく知りもしないのに、こんなこと・・・」
「いいえ、月華さん。ありがとうございます。僕、焦ってたみたいですね」
リーシアと同じ顔を持つ月華が穏やかに笑うのを見て、ひどく動揺した。
この世界の自分は当たり前のように彼の笑顔を見ているのに、自分は・・・。
リーシアと月華は違うのに、何だか不条理さを感じてしまったのだ。
リオウは自嘲的に笑った。
■■■■■
どれだけの時間が過ぎたのか。
あれから月華とリオウは他愛の無い会話を交わし、いつの間にか随分と時間が経っていたことに気付いたのは、ヨシノが乾いたリオウの服を持って来てくれた時だった。
すぐに着替えたリオウは、これからのことを話すために月華と共にホールに向かった。
いつものように石板の前に立つルックは、月華とリオウに気付くと手にしていた本から顔を上げた。
「ルック」
「やあ、月華。異世界の猿と意志の疎通は図れたかい」
「異世界の猿って僕のこと!?」
あまりの言い様にリオウが声を荒げたが、ルックには何の効果も無い。
睨み付けても涼しい顔で無視され、二人の間に不穏な空気が流れた。
そんな中、ルックの目の前まで歩み寄った月華は彼に話し掛けた。
「ルック、何か良い方法は見つかった?」
「無茶言わないでよ。そいつは運でここに来たんだから運で帰るしかないだろ」
「それこそ無茶だろっ!」
すかさずリオウが反論した。
「良い方法ならあるぜ」
いきなり割り込んできた声の方に三人が目を向けると、不敵に笑うシーナときょとんとしたビッキーが立っていた。
「そいつはビッキーちゃんの失敗でここに来たんだろ? ならまたビッキーちゃんにテレポートしてもらえばそのうち帰れるんじゃねえの」
「んなっっ!!」
「それしかないかもね」
絶句するリオウなど気にもせず、無責任にルックが同意する。
「冗談じゃないよ! 成功・・・いや失敗? と、とにかく上手く行く可能性なんてほとんどないじゃないか!!」
「だからぁ、成功するまでやるんだよ」
「ま、頑張りなよ」
思いっきり他人事なので、ルックもシーナも清々しいほどいい加減だ。
口を挟むこともできず、月華は当惑の表情で三人を見ることしかできなかった。
ビッキーはというと、状況が解っていないようで不思議そうに立っていた。
すると。
「フリックさあああ〜〜〜〜〜んっっ!!!vvv」
「来るなあああ っっ!!!」
ずだだだだだっと地鳴りを轟かせて若い男女の追いかけっこがさわやかに繰り広げられる。
「この世界でもあの二人はあんななんですね」
「ふーん、お前の所でもああなのか」
ルックやシーナはもちろんのこと、リオウも他人の不幸はどうでもいいらしい。
ちなみにフリックはリオウを心配して何か手助けしてやろうという善意でリオウ達を探していたのだが、その前に不運にもニナに見付けられてしまったのだ。憐れと言う以外になかった。
「お前ら悠長に眺めてないで、何とかしてくれえ っっ!!」
「待ってえ〜〜っ! フリックさんてば〜〜〜vv」
どどどどどっと地響きを立てながら、一旦通り過ぎた二人が再びリオウ達の方に向かって走ってきた。
「頑張って下さいね、フリックさん」
「やあ、仲が良いね〜♪」
「好きにやれば?」
「何を逃げているの? フリック」
「足、速いんですね〜」
リオウ、シーナ、ルック、月華、ビッキーの順に掛けられた優しい言葉に、フリックは込み上げる涙を堪えられなかった。
「馬鹿野郎〜〜〜〜〜っっ!!!」
夕日に向かって走りながら叫ぶ青春ドラマを見ているかのような感動的なワンシーンである。
風をきって駆け抜けて行く二人を、生温い3対の目と不思議そうな2対の目が見送った。
走り抜けるフリック達のあまりのスピードに、彼らの前で砂埃が舞い上がる。
「ふぁ・・・」
ふいに聞こえた気の抜けたような声。
素早く反応したのはルックとシーナだ。
ルックは月華を抱き締めると瞬時にその場を離れ、シーナはリオウをビッキーの方へ突き飛ばしてすぐさま柱の影に隠れる。
「っくしゅん!」
「「え?」」
リオウと月華の声が重なった一瞬後には。
リオウの姿はそこになかった。
■■■■■
ドタンッ
「うわあっ!」
音を立ててリオウは思いっきり地面に叩きつけられた。
「〜〜〜っっ・・・」
石畳に全身を強く打ち付け、倒れたまま声も出ない痛みに悶絶する。
数時間前に同じように落下した時は水の中で、今回は固い石畳の上。いったいどちらがマシなのかは難しいところである。
「うわ、びっくりした・・・」
頭上から聞こえた声に、リオウは憤然と身を起こした。
「びっくりしたのはこっちだ! 何てことするんだよ、シーナ!!」
「はあ??」
リオウの怒りに、シーナはわけが解らないと言いたげに顔を顰める。
しらばっくれる気かとさらに言葉を連ねようとして、リオウはふと気付いた。
「・・・・・・あれ?」
見開かれた目に映ったのは、リーシアの姿。
珍しく驚いたような表情を浮かべているが、それは間違い無く”月華”ではなく”リーシア”であった。
「リーシア、さん?」
「へえ、どうやらこっちの猿のようだね」
「ああもう! あっちでもこっちでも猿猿とあんたはっ!!」
キッと目を吊り上げて食って掛かろうとしたリオウだが、視線の端で背を向けて立ち去ろうとするリーシアに気付くと慌てて立ち上がって後を追った。
「リーシアさん!」
ホールを出ようとしたところで、リオウはリーシアの腕を掴んで引き止めることに成功した。
ゆっくりと振り返る無感情な瞳がリオウを映す。
「来て、くれてたんですね」
「私の元にユアンが来たからな」
「・・・・・・そうですか」
リオウは、ひどく複雑な気分に陥った。
自分とユアンが入れ替わったことで、リーシアが行動を起こしてくれたのはとても嬉しい。図々しい考えかも知れないけれど、自分のためでもあるのだから。
だが、実際に彼を動かしたのは自分ではなくて”ユアン”。その事実が苦しい。
だがリオウはそんな思いを打ち消して笑顔を作った。
「わざわざありがとうございます! 実は今日リーシアさんを迎えに行くつもりだったんです。良かったら明日、一緒に戦ってくれませんか?」
返ってきたのは沈黙。
だがリオウは打てば響くような返事は始めから期待していなかった。
リーシアが答えを出すまで辛抱強く待つ。
リーシアはふっと息をつくと、
「これから帰るのも面倒だな」
そっけない言葉だったが、それは了承の意志を伝えるもの。
リオウの顔がパッと輝いた。
「ありがとうございます!」
リーシアは無言のままリオウの手を振り払って立ち去ろうとしたが、リオウは掴んだ手を離さなかった。
その行動にリーシアは不快そうに眉を寄せたが抵抗はしない。力では適わないことを知っているため、無駄な力を使おうとは思わないのだろう。
「あの・・・リーシアさんは、”ユアン”のことどう思いました?」
「・・・・・・」
「もし、僕とユアンが入れ替わったままだったら・・・どうしましたか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
張り詰めたような静寂。
俯いた顔を上げられないリオウには、リーシアの表情は解らない。
「何を考えているかは知らないが・・・」
「・・・・・・」
何かを覚悟するかのように、ユアンはきつく目を綴じた。
「お前の方がまだマシだろうな」
「え・・・」
意外な言葉に、リオウは目を丸くしてリーシアを見た。
驚いて力が緩んだ隙をついてリオウの手から腕を抜き取ったリーシアは、振り向きもせずにどこかへ去っていった。
リーシアの姿が完全に視界から消えると、茫然としていたリオウの顔がボンッと音が聞こえるかと思うほど勢い良く真っ赤に染まった。
少しは認めてくれていると、そう思っても良いのだろうか。
もしもいつもの冷たい口調で
「別にどうもしない」
などと答えられたら、と思うと本当に怖かった。
だが、彼は”リオウ”を選んでくれた。
湧き上がる歓喜のままに満面の笑みを浮かべ、リーシアの後を追って駆け出した。
END
|