始まりの時

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世界屈指の大国、東アルディアの首都プロディアス。


ロマリアより寄贈された女神像の式典を数日後に控えたある日、インディゴスのハンター、シュウはプロディアスを一望できる小高い丘に足を運んだ。
式典を見に行くかどうかは決めていなかったが、どうせ近くまで来たのだから噂の女神像を拝見するのも悪くはないと思ったのだ。
(贈る側、受ける側共に得体が知れないがな・・・)
皮肉交じりに思う。
贈る側ロマリアは遥か西の大国、受け取る側ガルアーノはマフィアと繋がりがあると噂される人物。共に謎が多く、黒い噂が付き纏う。


丘の上を歩きながらプロディアスの街並みを見下ろすと、遠目にもプロディアスのビル群よりも巨大な女神像の形状を確認できた。
(ん?)
ふと人の気配を感じて顔を上げると、前方に人影を捕らえた。
先客だろうかと思いながら、微動だにせずにプロディアスの街を見下ろす人影の姿を認識した時、シュウの切れ長の瞳が驚きに見開かれた。
(あれは!)
その人物に、彼は見覚えがあった。
いや、彼だけでなく今や世界中の多くの人がその存在を知っているだろう。
長いハチマキを風になびかせて立つその人物は、スメリア王暗殺により世界中に指名手配されるA級犯罪人、アーク・エダ・リコルヌだ。
手配書が回ってきた時、シュウは犯罪人というにはあまりに幼い姿に戸惑いを覚えたものだった。


しかし、こんな所でこれほどの大物に出くわすとは。
(一人なのか?)
情報によるとアーク・エダ・リコルヌはシルバーノアという飛行船に乗り、数人の仲間と共に世界中を飛び回っていると聞く。
シュウは警戒しながらも、ゆっくりとアークの方に近付く。
気配に近付いたのか、アークが振り向いた。

二人の視線が絡まった瞬間、シュウはその場を動くことができなくなった。
(これがアーク・・・)
これまでに様々な犯罪人と接してきたシュウだったが、このアークという少年が犯罪人だという事実には疑問を抱かざるを得なかった。
スメリア王を暗殺した凶悪犯というには、彼はあまりにも清廉なのだ。
姿形だけでなく彼の纏う雰囲気も、真っ直ぐに見つめてくる大きな瞳も、犯罪者というにはあまりにも清らかで美しい。
(何故、こんな少年が犯罪人なんだ?)
動揺するシュウを、アークは表情を変えることなく黙って見つめた。
二人の間にしばし沈黙が漂う。

「アーク・エダ・リコルヌ・・・だな?」
強張った声音で問う。
アークはシュウを見つめたまま、否定も肯定もせずに沈黙を保つ。
顔立ちに幼さが伺えるものの、彼は年齢以上に大人びているようだ。
(エルクとそう変わらない年齢だろうにな)
しかしどんなに彼が幼くても、犯罪人には見えなくても、アークがギルドに手配される犯罪人であることに変わりはない。
気は進まないが仕事は仕事だと割り切り、アークの方へと歩を進める。
「俺はシュウ、ハンターだ。こう言えば解るかな?」
暗にアークに対して「お前を捕らえに来た」と告げる。

アークは慌てることもなく、ただ瞳を伏せた。
(何々だ、この落ち着き様は。余裕か?)
特に何も反応を見せない彼に内心戸惑いを覚えたが、シュウの冷たい無表情には何の感情も表れてはいない。
「あんたに恨みはないが、これも仕事なのでな。悪く思うな」
そう言うと、シュウの周りに突然風が巻き起こった。
その時、初めてアークがほんの微かに驚いたような表情を見せた。

「はっ!」
シュウの巻き起こした風は、鎌鼬となってアークに向けて放たれた。
風は激しい勢いでアークを取り囲む。

強風に煽られながらもアークはまったく動じず、
「風使いか・・・」
小さく呟くと、片手を一閃して渦巻く風をなぎ払った。
(何!?)
驚愕に目を見張るシュウ。
風の魔法はいとも簡単に四散して消えた。
アークに魔法は通用しない。

シュウはアークとの間合いを詰めようと駆け出す。
元々シュウは、魔法よりも肉弾戦を得意とするタイプだ。彼は誰よりも素早く、一瞬にして敵を蹴り倒すことができる。
シュウの素早さに対抗できるのはエルクだけだった。
今までは・・・。


弾丸のような速さで向かってくるシュウの拳が迫った時、アークが地を蹴った。
飛び上がったアークの片手が突進するシュウの肩に添えられ、そこを軸にアークの身体がふわりと宙に舞う。
背後に回ったアークは地に立つと同時に剣を抜き、シュウが態勢を整える前に切っ先を首筋に宛がう。
「!」

一瞬にして勝負は決まった。

「・・・・・・」
僅かな沈黙が漂う。

シュウは抵抗の素振りも見せず、堅く握っていた拳を開いて膝を付く。
「・・・・・・殺せ」
押し殺した声で一言だけそう言った。
まったく歯が立たない。
アークのレベルの違いを思い知らされた。
首筋に当てられた剣の、冷たい刃先が引かれることを覚悟して目を閉じる。


すると、ふいに剣の冷たい感触が離れた。
「?」
気が付くと背後の気配も消えていた。
驚いて振り向くと、アークはシュウから離れてプロディアスの街を見下ろしていた。
先程までシュウに突き付けられていた剣は、手慣れた動作で鞘に収められる。
戸惑いながら立ち上がり、アークに問いかける。
「殺さないのか?」
プロディアスに向けられていたアークの視線が、再びシュウに戻される。
「死にたいのか?」
涼しい瞳に怪訝な色が浮かぶ。

逆に問い返されたシュウは困惑したようにアークを見つめる。
そんなシュウの当惑を知ってか知らずか、アークはプロディアスに目を戻した。
「悪いけど殺人の趣味はないんだ。死にたいのなら自分でどうにかしてくれ」
「い、いや、そうではなく・・・」
本気とも冗談ともつかない台詞に言葉を無くす。
こちらは真剣に死を覚悟したというのに。


すっかり調子を狂わされたシュウは戦意を失くし、アークの横側に立って一緒に街を見下ろす。
広い街の向こうに巨大な女神像が見える。
ロマリアからの贈り物だというそれは、プロディアスの街の人達に喜ばれて受け入れられていた。
だが、謎の多いロマリアという国に対して疑問視する冷静な意見もあった。
そしてシュウは、後者の側だ。
形の良い眉を顰めて女神像を凝視するシュウの様子を、アークは横目で見やる。
「女神像の式典・・・」
「え?」
ふいに発せられたアークの声に、驚いて彼を振り向く。
するとアークもシュウを見つめていた。
「行くつもりなら気を付けた方がいい」
「?」
言われた言葉の意味を解りかね、茫然とアークを見つめる。
だがアークは踵を返し、シュウが返事を返す間もなく丘に続く道を下りて行く。
「あっ、おい、アーク」
慌てて呼び止めようとする声にも構わず、アークはその場を後にした。


残されたシュウは、どうすることもできずに立ち尽くす。


「どういう意味だ・・・」
小さく呟いた言葉は、空気に溶けて消えた。







アーク・エダ・リコルヌ・・・


シュウの中で、その存在は強烈に印象づいた。
腕利きハンターと言われる彼の攻撃をいともあっさり交わし、彼に完全なる敗北を味合わせた。
凶悪な犯罪者には似つかわしくない、澄んだ瞳を持つ美しい少年。
(いずれ、また会えるだろうか?)
何故か、このまま会えなくなるのは嫌だと思った。
もう一度会って話をしてみたい。
自分が誰かに興味を抱くのは珍しいことだと感じながらも、その時までに多少は腕を上げなくてはと、アークに手も足も出なかった彼は苦笑交じりに思う。







シュウの願いは数日後に半分叶った。
同じハンターの少年エルクと、彼が助けた少女リーザと共に訪れた女神像の式典で、アークの搭乗するシルバーノアが突如出現したのだ。
だがアークは姿を現さず、強烈な攻撃魔法を落として女神像を破壊し、そのまま去って行った。

当然式典の会場は滅茶苦茶で、プロディアスの街も大騒ぎとなった。
そんな喧騒のさなか、シルバーノアを目の当たりにしたエルクが昔の記憶を取り戻し、飛行船ヒエンでシルバーノアを追いかけようとするのに巻き込まれた。

彼によると、エルクの故郷の村を滅ぼした者達が乗っていた飛行船、それがシルバーノアだったのだという。
元来単純かつ思い込みの激しいエルクは、冷静さを失ってがむしゃらにアーク一行を追いかけて行った。
結果、ヒエンは墜落して三人は海に投げ出されたのだった。


シュウは何とかプロディアスに戻ることができたものの、敵の罠に嵌まり、エルクとり―ザが捕らえられた。
二人がどうなったのか、彼には解らなかった。


アークもここまで予見して言っていたわけではないだろうが、彼の「気を付けた方がいい」という忠告を身に染みて痛感させられたシュウだった。



しかし、彼は己の不運な状況に落ち込むこともなく、冷静かつ迅速に行動した。

彼の関心は、そもそも何故アークが女神像を破壊したのかということだ。
ただ単に破壊目的でないことはアークに会った彼には解った。
アークは無闇に他人に危害を加える人間ではない。きっと何か理由があるのだと確信し、まずはガルアーノを調べ始めた。


その結果、ガルアーノの周りでインディゴスを騒がし始めた切り裂きジーンや、歌姫シャンテの情報などが次々とシュウによって調べ上げられていった。


すべては、エルクやり―ザを捕らえるためのガルアーノの策略だったのだ。






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