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導きの声
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暗い虚ろが覆う闇の空間。
音のない静寂の中、エルクは当てもなく彷徨っていた。
一歩踏み出す毎に心が重く沈んでゆく。
(何で俺は生きてるんだ?)
両親も、ジーンも、ミリルも死んでしまったのに。
これ以上自分にいったい何が残されているのだろう?
護るものも、大切なものも、生きる意味さえもない。
このまま闇の中に心が溶けてしまっても、もうすべてがどうでもいい。
そんな思いに捕らわれる。
―――生きて・・・エルク・・・
―――俺達の分も・・・
―――生きて・・・
懐かしい声が闇の中から光を伴って響く。
両親の声、ジーンの声、そしてミリルの声。
決して戻ることのない大切な人達の声だ。
喪失感だけが彼の心を支配する。
(何でだよ? 何で俺だけ・・・?)
―――エルクは死んでないから
(何で皆は死んじまうんだよ?)
―――エルクを護りたかったの・・・
(残された者はどうすりゃいいんだよ!)
―――私達の分まで生きてほしい・・・
エルクの悲痛な叫びに、優しい声が応える。
(そんなの勝手だ! 俺は誰にも死んで欲しくなかった! 助けたかったんだ! 父さんも、母さんも、ジーンも、ミリルもっ!)
―――私達も、エルクを助けたかった・・・
エルクの目から涙が零れた。
悔しくて、悲しくて、自分が情けなくて。
《人は傷付きながら、失いながら、それでも生きていくの。大切な人が死んでしまったのなら、その人の分まで一所懸命生きるの。生きることをやめないで、エルク》
(嫌だ嫌だ!! もう俺には何もない! 生きることに何の意味もないんだ!!)
《無いのなら探せばいいのよ。失くしたならまた見付ければいい。辛くても生きることをやめないで。悲しくても思い出を否定しないで。そこに在った人達の存在を消してしまわないで》
言葉が優しくエルクを包む。
(誰だ?)
エルクは暗闇の中、視線を巡らせる。
この声の主はいったい誰なのか。
何時の間にかそれは、両親でもジーンでもミリルでもなくなっていた。
聞き覚えのない、だが安心感を覚える澄んだ声。
直接心に語り掛けるようなその声に、エルクは初めて関心を示した。
《あなたは生きなくてはいけない・・・》
(誰なんだ? 姿を見せてくれ)
闇に響く声の主を探して声を上げる。
この声が誰のものなのか知りたいと強く願ったとき、ふいにエルクは自分の身体が浮き上がっていくような錯覚を覚えた。
ゆっくりと、確実に上昇していく感覚に目眩すら感じる。
きつく目を綴じて違和感に耐えていると、やがて光が彼を包んだ。
「気が付いた?」
優しい声に導かれるように目を開けると、そこには美しい少女の顔があった。
意志の強そうな藤色の瞳がエルクを映す。
「?」
エルクは自分の置かれた状況を理解できず、少女を茫然と見つめる。
「あなた、何日も眠り続けていたのよ?」
「あんたは・・・?」
呟くように問うその声は、随分と掠れている。
「私はククル。あなたはエルクね? あなたの仲間から聞いたわ」
「仲間・・・?」
「シュウさんという人よ」
「あ・・・」
徐々にエルクの意識は覚醒し、自分の身に何が起こったのかを思い出した。
(そうだ・・・。俺、ミリルを救えなかったんだ・・・)
辛い記憶が蘇り、エルクの心がまた重くなった。
落ち込むエルクに気付き、ククルは優しい仕草で彼の頭を撫でる。
「しっかりしなさい。あなたがそんなに落ち込んでいてはあなたを想う人達も報われないじゃない」
穏やかに励ますククルの言葉に、撫でられるままになっていたエルクはハッと顔を上げる。
「あんたなのか? 夢で聞こえた声は」
その問いにククルは困ったように笑う。
「ごめんなさい。勝手にあなたの心に入り込んでしまって。ただ、あまりにも沈んでいたから・・・」
その言葉に、エルクは怒りを感じる前に純粋に驚いた。
(心に入る・・・って、そんなことできるのか・・・?)
しかし、何故だろう。
不快感はまったく感じなかった。
ククルが心の中で語り掛けてくれたからこそ、エルクは闇の中から抜け出すことができたのだ。
「・・・あ、あり・・・がと・・・」
遠慮がちに呟かれた言葉に、一瞬驚いたククルの美しい顔に安堵の笑みが浮かんだ。
その微笑みに、エルクの胸が激しく高鳴る。
(っ!)
頬を赤く染めるエルクの様子に、ククルは不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたの?」
「なっ、何でもないっ」
寝台に横たわったまま首を振る。その顔は心なしか先程より赤くなっていた。
「そっ、それより、シュウ達は?」
必死に話を逸らすエルクに、ククルは腑に落ちないという様子だったが、すぐに気を取り直して答える。
「皆、ガルアーノを倒すために行動を起こしたわ」
「えっ!」
突然、現実に返った気がした。
ガルアーノ。
あの男はジーンやミリルの仇だ。
(そうだ!こんな所で落ち込んでる場合じゃねえ! 俺は、奴を倒してジーンやミリルの仇を討たなきゃなんねえんだ!)
エルクの瞳にようやく生気が漲ってきた。
それに気付いたククルにも「もう一安心ね」という微笑みが浮かぶ。
「ところで、ここはどこなんだ? あんた一体何者? それに俺達どうやってここに来たんだ?」
ここに来て、エルクはようやく根本的な疑問に気が付いた。
思わず吹き出しかけたククルだったが、何とかそれを耐えた。
「ここはトウヴイルの神殿。あなた達はアークに助けられてシルバーノアでここに連れて来られたの」
「!!」
ククルの言葉に、エルクは激しい衝撃を受けた。
(シルバーノア? アーク?)
それらはエルクにとって、強い憎しみを煽るものだ。
エルクは勢いよく寝台から飛び起きた。
「あんた、まさかアークの仲間なのか!?」
あまりの剣幕に、ククルは呆気に取られたようだったが、すぐに冷静な表情を取り戻した。
「どうしたの?」
静かな彼女の声が、今のエルクには腹立たしい。
(どうしただと? アークの仲間が何とぼけたこと云ってやがる!)
心の底から怒りを感じた。
アークはエルクの村の仇のはずだ。
そのアークや彼の仲間に助けられたなど、エルクには屈辱でしかない。
何よりも、目の前の少女がアーク一味だったことに酷く傷付いた。
(何であんたがよりによってあいつの仲間なんだよっ!!)
「傷付いたあなたをここに運ばせたのは他でもないアークなのよ」
「そんなの信じられねぇな! 奴は・・・アークは俺の村を滅ぼした船に乗ってるんだ。無関係だとは云わせないぜっ!」
生まれた村を焼かれ、親も仲間も皆殺しにされた。
あの飛行船は、間違い無くその時の奴らが乗ってものだ。
激昂するエルクとは対照的に、ククルは落ち着き払って彼を見つめる。
「エルク、あなたは勘違いしている。でも私が説明したところで信じることはできないでしょう」
「ああ、賞金首の仲間の言うことなんかな! 俺はミリルの仇を討つ。そしてアークを捕まえてやるぜ!」
ククルの瞳に微かな怒りが浮かんだ。
「何故あなたの村が襲われたかわかってるの?」
「! ・・・俺にはお前達の言い訳を聞いてる暇なんか・・・」
彼女は咎めるようにエルクを見据え、
「真実から目を背けるの?」
澄んだ声に一喝され、エルクは思わず怯む。
ククルは真剣な表情を崩さず更に言葉を続ける。
「スメリア城に向かうのです。そこであなたの知りたいことへの答えが見つかります。街へは私が瞬間移動で送りましょう」
「・・・・・・」
黙って睨み付けるエルクに、ククルは諦めの溜息を吐いて腰掛けていた寝台から立ち上がった。
優雅な動作で身を翻し、部屋の出口に立って再びエルクに向き直る。
「私は神殿の奥にいるから、パレンシアに行く気になったら声を掛けて」
そう言い残し、ククルは部屋を出て行った。
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