強き願い、その想い

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「心配すんな、ククル。あんたのことは俺が守るから」


力強いエルクの言葉に、ククルは驚きを隠せなかった。
初めて会った時はあんなにも不安定だった少年が、いつの間にこれほど強い心を持ったのだろう。
旅の間にエルクは、心身ともに随分と成長したようだ。
何にも屈しないその強さで今、彼はモンスター達からククルを守ろうとしている。





アークがパレンシアタワーに向かった後、モンスター達がククルと封印を狙って神殿の中に侵入した。
何としても結界を解くわけにはいかないククルが、封印の前に立ち塞がってモンスターと対峙しようとしたその時、エルクが数人の仲間と共に飛び込んで来た。
アークの代わりに、ククルを守るために。



彼と仲間達は、モンスターが封印にもククルにも指一本触れる間もなく全滅させた。

「これで全部倒したわね」
戦闘後、汗を拭いながらサニアが言った。
「ククル、怪我はないか?」
ククルの傍に駆け寄り、エルクが心配そうに尋ねる。
「大丈夫よ。エルク達が守ってくれたからね。本当にありがとう、皆」
にっこりと笑って礼を言うと、エルクは真っ赤になって照れた。
「いや、俺は、当然のことをしただけで・・・。・・・その、とにかく、無事で良かった」
しどろもどろとそう言う。

動揺するエルクの様子に、サニアやシャンテが愉快そうに笑う。
「何照れてんのよ、エルク」
サニアがからかう。
「私達には『感謝しろよ』とか言うくせにね」
シャンテの言葉に、エルクは真っ赤な顔で怒る。
「るせーよ! だいたいあんたらは、俺が守ってやったって『余計なお世話よ』としか言わねえじゃねえか!」
「当たり前よ。あんたみたいなガキに守ってもらおうなんて思わないもの」
ばっかじゃないとでも言わんばかりのサニアの口調。
「何だとぉ!」
「何よ!」
睨み合うエルクとサニアの間に火花が散る。

事の次第を見守っていたククルやゴーゲン、シャンテらが楽しげな笑い声を上げる。
しかし、そんな中リーザだけはどこか元気が無いことに気付き、ククルは彼女の傍に近寄った。
「どうかしたの? さっきの戦いで怪我でもした?」
問われてリーザは慌てたように首を振る。
「いいえ、違うんです、ごめんなさい。ちょっと考え事を・・・」
「そう・・・?」
気掛かりではあったが、誰しも言いたくないことはあるだろうと思い、それ以上は問い詰めなかった。





しばらくして、アーク達を乗せたシルバーノアがパレンシアタワーより帰還した。
アークの母、ポルタも一緒だ。
だが、降り立つメンバーの中で、アークとトッシュの様子がおかしい。
二人とも憔悴しきったような表情だ。

ポルタはイーガに抱きかかえられて、神殿内の一室に運ばれる。
ククルがポルタを診察して適切な手当てをした後、ポルタとアークの二人を残して他の者は遠慮して部屋を出た。


広間ではトッシュが無言で酒を煽っている。
余程ショックを受けるようなことがあったのだろう。いつも有り余る程の生気が感じられない。

困惑する仲間達に、ポコとイーガが事の次第を説明する。

紋次やアークの父、ヨシュアの壮絶な死。

事情を聞いたメンバー達は、一様に沈黙した。

トッシュもアークも今はそっとしておいた方がいいだろうと、全員が感じた。
大切な人を失くした二人の哀しみの深さは計り知れない。
こんな時に掛けてあげられる言葉など存在しないのだ。



間もなく広間にアークが現れた。
「アーク。どう、お母さんの具合は?」
シャンテが優しい声で尋ねる。
「大丈夫だ。今眠っている」
アークの声にいつもの張りがない。
感情を抑えることを身につけたとは言っても、今回ばかりはさすがのアークも疲れを隠せない。
誰も、彼に掛けてやる言葉が見つからずに口を閉ざす。

「アンデルは逃がしてしまったけど、殉教者計画を阻止することはできたわ。皆も疲れたでしょう、しばらくここで休んでいくといいわ」
心を癒すような笑みを浮かべ、ククルが優しく言う。
その言葉に頷き、アークは「外の空気吸ってくるよ」と言って部屋を出た。
ここにいては皆に気を使わせてしまうと思ったのだろう。
「アーク・・・」
「今はそっとしておいてあげましょう」
心配そうにアークの後姿を見送るポコに、シャンテが静かに言った。
重苦しい沈黙に包まれる中、トッシュはただ黙々と酒を飲み続けている。

「ククル」
ふいにシュウが名を呼んだ。
彼が他人に自分から声を掛けるのは珍しいことだ。
「アークのもとに行ってやってくれないか?」
「え?」
ククルは不思議そうにシュウを見上げる。
「アークの・・・傍にいてやってくれ」
彼に言われるまでもなく、ククルはアークを励ましに行くつもりだったが、しばらくの間はそっとしておこうと思っていたのだ。
「でも今は・・・」
言いかけて、シュウの表情が苦しそうに歪むのを見て言葉が途切れる。
「頼む。あんたしかアークを助けられない」
懇願され、ククルは困惑の表情になる。
だがすぐに菫色の瞳に慈愛を浮かべて頷いた。
「わかりました」
身を翻し、ククルはアークの後を追う。
途中、エルクの複雑そうな顔に気付いたが、今はアークのことが先決だった。





アークはシルバーノアが接岸されている岸壁のそばに一人佇んでいた。
「アーク」
遠慮がちに呼びかける。
気配を察知していたのか、アークはククルの声に驚くこともなく、かと言って振り返りもせずにただ黙って、何かに耐えるように俯いたまま動かない。

「俺は、今まで何をしてきたんだろう・・・」
搾り出すような声で呟く。
ククルがそっと腕に手を掛けると、アークは抑えられない感情を吐露した。
精霊の力を持ちながら、本当に大事な人を救えない自分自身への怒りと絶望。
「大切な人も守ることができないんだ。精霊の力も、勇者の力も、そんなもの持っていたって意味が無い」

初めて会った時のエルクがそうだったように、アークもまた自分の道を見失いかけていた。
そんなアークの姿に、ククルは哀しい気持ちになる。
「しっかりしてよアーク! あなた一人で世界が救えるとでも思っていたの。仲間がいるから、皆が力を合わせるから世界を救うことができるのよ。皆この世界を守るために戦っているんじゃない」
叱咤するククルの瞳に涙が滲んだ。
それを隠すように、ククルはアークの肩口に額を押し当てる。しかし、声が震えるのはどうしようもない。
「哀しいこと言わないで・・・アーク。お父さんだってその思いをあなたに託したはずよ。お父さんのやってきたことを無駄にするつもりなの」
「・・・・・・そうだな」
囁き、アークはククルを優しく抱き締めた。
「感傷に浸るには、まだ早すぎる。すべてが終わるまではこんな事をしている暇は無い」
涙に濡れる目を上げると、アークの頬にも一筋の涙が伝う。
ククルは手を伸ばし、アークの頬の涙を拭う。
微笑む彼女に、アークも微かな笑みを返してククルの頬に口付け、彼女の涙を吸い取った。
くすぐったさにククルが笑いを漏らしたその時、突然静寂を破って慌てた様子のエルクが駆け込んで来た。


祭壇の様子がおかしいと告げられ、アークとククルは急いで神殿に戻った。



仲間達が不安げに見つめている祭壇では成る程、強大な力が不気味な渦を巻いているのが見える。
祭壇の前に辿り着くとすぐにククルは鏡を取り出し、力を封じようとした。
しかし、強大な力の前にククルの力は弾き返される。
バランスを崩すククルの身体を、後ろにいたアークが抱きとめる。
「ククル! 大丈夫か?」
「私は大丈夫だけど・・・。私の力では支えきれないほど、力が増幅してしまって・・・、もう抑えきれない。何か強力な道具の力でもないと・・・」
「道具ねえ・・・」
エルクが考え込む素振りをする。
「もともと、この闇の力は、聖柩と、聖柩に蓄えられた精霊の力によって封印されていたの。だから、聖柩さえあれば、私の力でも封印できるはず」
しかし、その聖柩は一年前にアンデルによって奪われてしまっている。
精霊の鏡と五大精霊の封印の力があれば、聖柩の代わりになると、ゴーゲンが言ったが、鏡はさっきの衝撃で割れてしまった。
打つ手はないのかと思われたが、
「そうか! まだ諦めるのは早いぞ。これを使ってみよう」
「それは・・・、あなたのお父さんの形見・・・、だったわね?」
「ああ、これを使えば時を旅することができるらしい・・・」

アークの父ヨシュアはこの世界での命を断ち、精霊に捧げた代償として、精霊達から時間を自由に行き来できる力を授かったという。そして彼は、アーク達が集えるように、過去に未来に走り続けた。
その力が秘められたヨシュアの形見は、息子であるアークに受け継がれた。

形見を使い、過去に戻って鏡に精霊の力を集めれば、闇の力を再び封印できる。
しかし、精霊の力が弱まり続けている今、その力を得るには一年ほど遡る必要がある。しかも、精霊の力で時間を超えることができるのは、一人だけだ。
エルクやトッシュが名乗りを上げたが、結局過去に向かうことになったのはアークだ。
彼の「俺が行く」の一言で決まった。
父の力を借りるこの任務、アークは誰にも任せたくはないのだろう。
彼は休ませた方が良いのではないかという意見もあったが、時の向こうにいるのは、過去とはいえククルだ。
どちらかというと、行かせた方がアークにとっても良いかも知れないという結論に達し、それに異を唱える者はなかった。

そして彼は、異変が起きた直後、一年前のトウヴィルに旅立った。







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