喪われゆくもの

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「サリュ族のナムを見ていると、どうもあんたを彷彿させるような気がする」

砂漠の国バルバラードのピラミッドでの戦いの後、アーク達一行はムハドの街で休息を取っていた。
宿屋の一室でアークとシュウが二人きりになったある日、シュウがおもむろにそう切り出した。
云われた言葉に眉を顰めるアークの視線の先には、いつも無表情な端正な顔に気遣わしげな色を浮かべるシュウの姿。

サリュ族の族長ナム。
一族を愛するがあまりに一人ですべてを抱え込み、その結果悪に加担してしまった。

「突然どうしたんですか? シュウさん」
「責任感が強過ぎるが故に無茶をする。誰にも相談することなく自分一人ですべてを背負おうとする。
アーク、あんたもそれに近いものがある」
そこまで言って一旦言葉を切る。
アークの目を見据え、シュウは一歩彼に近付いた。
シュウのダークブルーの瞳には気遣わしげながらも、アークを責める色が見え隠れする。

アークは困ったように彼を見つめる。

シュウの言葉を聞いていると、まるで自分が悲劇の主人公にでもなったかのようだ。
確かに近いものがあることは否めないが、だがアークは世界のために自分を犠牲にしているつもりはない。
それはククルも同じことだ。
自分達は悲劇の勇者にも、孤独を背負う巫女にもなる気はない。
自分の望みの為に『現在』を戦っているのだ。
その延長線上に世界の運命があるだけなのだ。

無言でアークを見つめていたシュウは、やがて小さく吐息を漏らす。
「・・・もう少し、頼ってくれても良いのではないか?」
「え?」
「あんたは我々のリーダーだ。だが、だからと言って何もかも背負うことはないだろう。もっと仲間を頼れ。・・・弱音だって吐いてもいいんだ」
「シュウさん・・・」
珍しく茫然とした表情でシュウを凝視するアーク。

言いたいことは言ったとばかりに、シュウは彼に背を向けて部屋を出て行った。

「・・・・・・」
(弱音を吐かないのは皆同じような気がするけど・・・)

仲間達は基本的に、自分のことは自分で処理する主義の者達ばかりだ。無闇に他人に頼ることはない。
特にシュウの弱音など、聞いたことがない。
彼はあまり周りに打ち解けない性格なのか、いつも輪から離れて一人佇んでいることが多い。誰かが話し掛けても必要最小限ののことしか話さないようだった。唯一、彼とまともに話が出来るのは師弟関係にあるエルクくらいのものだ。

思い返してみると、シュウとアークがまともに話をしたのは、先程が初めてではないだろうか。
しかしアークは常日頃からシュウの視線を感じることがあった。
何かを言いたげな、深みのあるその視線は、いつも気が付くとアークに向けられていた。だが、目が合うと途端に彼の目から感情が消えて、何も読めなくなってしまう。

初めのうちはあまり気に留めなかった。「言いたいことがあれば遠慮なく言えばいいのに」くらいにしか思わなかった。
それでも、長く行動を共にしていくうちに、誰に対しても無関心なシュウが、何故こんなにも自分を物問いたげに見つめるのかが気になりだした。

(自分の考えを口にしないのはお互い様じゃないか)
アークは長いため息を吐いた。






バルバラードを後にするためシルバーノアに帰艦した一行は、スメリアから異様な電波反応を感知したというチョンガラの報告を受け、一路トウヴィルに向かった。


そこで、アークはククルと再会した。
仲間達は何度かトウヴィルに戻っていたようだが、アークはそれに同行していなかったので1年振りの再会だ。

ククルは相変わらず美しく、アークを見ると嬉しそうに微笑んだ。
アークもまた、ククルに会うとまるで我が家に帰って来たような安心感に包まれ、滅多に見せない満面の笑顔を浮かべる。

お互いに会えた嬉しさに堅く抱き合う二人を、仲間達は温かく見守る。
中でもトッシュやポコ、イーガ、ゴーゲンなどは自分のことのように嬉しそうだ。
ただ、シュウとエルクだけはどこか複雑そうな表情を浮かべていたが、それに気付く者はなかった。



一行はその日、トウヴィルで一泊することになった。

アークはすぐにでもパレンシアに行くべきだと主張したが、トッシュやポコが反対したのだ。
今日一日くらいククルと一緒にいてやれと云って。
そう云われると、アークは折れるしかない。
また、彼自身もずっとククルと一緒に過ごしたかったので、強く反発する気にはなれなかった。

トウヴィルに留まると決まれば、アークとククルは一時も離れることなく寄り添い合った。
サニアなどは呆れていたが、ずっと離れていたのだから大目に見てやってくれとイーガに云われては、気の強い彼女も何も云えない。
夢見る少女リーザに至ってはうっとりとアークとククルを見つめている。
その隣には不機嫌そうなエルクの姿。
「何を怒ってるの?」とリ―ザに問われると、エルクはふいとそっぽを向いて「別に怒ってねえよ」と不機嫌も露に答える。





夕食後、広間でくつろぐメンバー達と離れて、アークとククルは封印のある祭壇の間で二人きりになっていた。

「大丈夫? アーク」
「辛くはないか? ククル」
お互いを気遣う言葉を交わす。

「私は平気よ。ちょっと寂しかったけど、今は村の人達も戻って来たし・・・」
何ヶ月も、誰もいないこの神殿で一人っきりだったのだ。
彼女の言う「ちょっと」とは幾許のものなのか、容易には計り知れない。

「俺も大丈夫だよ。たまに辛くなるけど、仲間達がいてくれるから」
勇者であり、仲間達のリーダーではあるがアークはまだ16歳の少年だ。
背負わされた重圧に押し潰されそうになることもある。

子供ではないが、まだ大人だとも云えない精霊の勇者と聖母。
決して弱音を吐かない二人にとって、お互いが傍にいる時だけが本当の安らぎだった。

アークはククルの前でだけ弱い心を晒し、ククルはアークの前でだけ涙を見せる。

何も云わずに寄り添い合うだけで、二人の心は次第に癒された。

「アーク達が世界の運命を背負って戦っているんだもの。私だけそんな簡単にめげてられないよ」
心地良い沈黙の中、囁くような声でククルが言う。

「・・・あの日、シオン山の炎が消えた時から、俺達の運命は、もう止められなくなった」
アークの視線が過去の記憶を辿るように宙をさまよった後、ククルに向けられる。
「ククル、世界が再びもとの調和を取り戻せたら、その時は・・・」
「?」
「その時は、二人で静かに暮らしていこう」
静かに言われた言葉に、ククルはそっと瞳を綴じる。
「・・・そうね。そのために戦ってるんですものね」



ずっと二人でいたい。


それが、アークとククルの心からの願い。


トッシュには「ガキのくせに熱いなあ、お前等」とか言ってからかわれるが、アークとククルは「恋人同士なのか?」と聞かれてもどう答えて良いか解らなかった。
別にお互いを独占したいとか思っているわけでは無く、ただ一緒にいたい。それだけなのだ。

友情というレベルではない。
恋愛感情なのかは解らない。
それでも、深くお互いを想い合っている二人。
それが愛というのなら、間違いなく二人は誰よりも深く愛し合っている。





どれくらい寄り添い合っていたのか・・・。
やがてどちらからともなく身体を離した。

「俺も、いい加減アンデルとは決着を着けなければならないと思っている」
穏やかながらも、強い決意を秘めた瞳がククルを見つめる。
アークの視線を受け止め、ククルも何かを決心したかのように頷き、そして笑顔を浮かべた。
「もう休みましょう。明日に疲れが残ってしまうわ」
「そうだね」
アークも笑顔を返し、二人は一緒に部屋を後にした。



ククルと別れてアークが宛がわれた部屋に入ると、同室となっているトッシュ、ポコ、エルク、シュウはすでに寝息を立てていた。
アークは4人を起こさないように注意を払いながら、空いた寝台に向かう。

「遅かったな」

突然掛けられた声にびくっとして振り返ると、寝台の中からエルクがアークを見つめていた。
「エルク、起きていたのか」
心臓の動悸が早かったが、アークは努めて冷静な声を出す。
「こんな夜中までいちゃついてたのかよ」
眠いためなのか、エルクの声は不機嫌だ。
そう言えば彼はずっと機嫌が悪かったな、とアークは今日の記憶を振り返る。
ククルと共にいられることが嬉しくて、たいして気にしていなかった。

「そんなんじゃないよ。おやすみ」
軽く受け流してアークは寝台に横たわる。

そんな彼を、エルクがじっと見つめていたことも、シュウが実はずっと起きていたことも、アークは気付くことなく穏やかな眠りに落ちていった。







翌朝、アーク達はパレンシアに向かった。

目的は偵察なので人数は少ない方が良いということで、行くのはアーク、トッシュ、シュウの三人だ。
トッシュはダウンタウンで顔が利くし、シュウはハンターなので情報収集はお手の物だ。それに、アークもトッシュもお尋ね者なので、シュウの存在はカムフラージュにもなる。


パレンシアで一通り聞き込みをした後、ダウンタウンに行ってみると、トッシュの昔の知り合い達が嫌な噂を語った。

そしてトッシュは、育ての親である紋次の変わり果てた姿を目の当たりにする。


アークとシュウは、紋次によって深い傷を負わされたトッシュをトウヴィルに連れ帰り、すぐにククルがトッシュの傷を癒した。
だが、トッシュは傷が癒えるやアーク達の制止を振り切って、パレンシアタワーに向かってしまった。


「やっぱり罠だよね」
困惑したような表情でポコが言った。

シルバーノアの会議室。
トッシュが出て行った後も、アーク達はそこで話し合いを続けていた。

紋次はトッシュに深手を負わせた後、パレンシアタワーに来いと言い捨てて去って行った。
どう考えても罠だろう。
だが、今のトッシュは頭に血が昇ってまともな判断ができない様子だった。

「あんな身体でどうしようって言うんだ?」
アークも当惑気味だ。彼にしては珍しく、苛立ちを隠せないかのように額に手をやる。
そんなアークの傍で、シュウが冷静に言った。
「おそらく奴は紋次親分と刺し違えるつもりだろう」
「やばいじゃないか、急いで追いかけようぜ!」
エルクが急かすように言うが、アークは眉間に皺を寄せて思案するように腕を組む。
「しかし、アンデルの動きがどうも気になるんだ。俺達をおびき出すのが目的だとしたらトウヴィルが心配だ」
「おいおい、なんのために頭数揃えてんだよ。こっちは俺にまかせといてくれ! トッシュは生死を共にしてきた仲間なんだろ」
「エルク・・・」
思わずエルクを凝視するアークに、尚も彼は強い口調で言い募る。
「ククルのことなら心配無い。ククルはこの俺が絶対に守る!」
驚くほど彼の口調は強かった。
エルクの真剣な表情からはどこか、深い決意を感じる。
絶対に譲れないものがある。そんな、強い意志が表れているようだ。

そのエルクの後ろでは、不安げに彼を見つめるリーザの姿があった。
いったい何があったのか、いつもと違う二人の様子にアークは訳が解らず一瞬戸惑ったが、すぐに決断を下す。
「すまん、エルク、ここは任せる」
「ああ、急いでくれ!」

だが、大勢で動くのは危険だということで、トッシュを追いかけてパレンシアタワーに向かう者達と、ククルを護るためトウヴィルに残る者達の二手に分かれる。
「パレンシアタワーへは俺を含めて4、5人で行こう。誰が来る?」
アークがメンバーに問いかける。

「僕、行くよ!」
ポコが真っ先に声を上げる。
「私も行こう」
続いてイーガ。
長い付き合いだ。彼らもトッシュのことが心配で堪らないのだろう。

「それじゃあ、後一人は・・・」
アークがゴーゲンを指名しようとすると、意外な声がそれを遮った。
「俺が行こう」
シュウだった。

予想外のことにアークは呆気に取られる。
エルクといい、シュウといい、どうもこの師弟は突然意外な行動に出る傾向にあるようだ。

「よし! ではこの4人で行こう。エルク、後は頼むぞ」

トウヴィルのことはエルクに任せ、アーク達はトッシュを追いかけるためにククルの元へ向かった。



祭壇のククルに問うと、やはりトッシュはパレンシアに向かっていた。
すぐにアーク達も、ククルの力でパレンシアに送ってもらう。

トッシュのことだから、あの勢いでたった一人でパレンシアタワーに乗り込んだに違いないと、すぐに4人はタワーに急いだ。

パレンシアから南東の方角に建つ巨大な建造物こそが問題のそれなのだが、案の定トッシュはタワーに殴り込んでいた。
入り口からタワーの内部まで、モンスターの死骸が点々と転がっている。
その先に、大勢のモンスターに囲まれるトッシュの姿。

駆け付けたアーク達は、トッシュの周りに群がるモンスターを手早く撃退し、その間にポコが回復呪文で彼の怪我を癒す。

「すまねぇ、勝手な行動とっちまって」
申し訳なさそうに詫びるトッシュに、誰も責める言葉を口にはしない。
ここまで来たら一気に叩くまでだとばかりに、息付く間もなくそのまま最上階を目指した。






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