1.行ってきます
僕達は、いつも一緒だった。
物心ついた頃には隣にはナナミがいて。
お互いに初めての友人となったジョウイがいて。
一緒に遊んで、一緒に修行して、一緒に勉強して――。
楽しいことも、哀しいことも、いつだって一緒に分かち合ってきた。
だから、これからもそんな日々が続いて行くのだと思っていたんだ。
僕達は、ずっと一緒なのだと――思っていた。
思って・・・いたのに――・・・。
■■■■■
古ぼけた家屋の裏側に、ぽつんと立つ墓標。
それは一見ただの岩でしかないが、綺麗に磨かれ、いつでも小さな花が添えられて大切に扱われているのが見てとれる。
その前に佇む十代半ばの少年と少女は仲良く並んでしゃがみ込み、墓に手を合わせている。
赤い胴着に黄色のスカーフと金のサークレットが印象的な少年の名はユアン、ピンク色の胴着とバンダナが可愛らしいおかっぱ頭の少女の名はナナミと言った。
ずっと一緒に育ってきた二人は、血の繋がりは無くとも本当の姉弟のように仲が良く、互いを思い合っていた。
この世でたった二人だけの家族となってしまってからは尚のこと。
そんな二人のもとに、近づいて来る気配があった。
すぐにユアンが気付き、視線を向けると、その人物はパッと笑顔になった。
「ユアン、ナナミ、ここにいたんだね」
「あ、ジョウイ!」
声を掛けられてようやくナナミが第三者の存在に気付いて声を上げた。
ジョウイと呼ばれた少年は、そよぐ風に長い金の髪を揺らしながら二人のもとに歩み寄る。
若い娘なら誰もが頬を染めてしまうほど綺麗な顔立ちの少年は、二人の大切な幼馴染だ。
「これ、お墓に供えても良いかな?」
「わあ、綺麗なお花ね、ありがとう」
差し出された花束を受け取り、ナナミはにっこりと笑った。
見ているこちらまで笑顔にしてしまう明るい笑顔。彼女の元気な声を聞くこともこれからしばらくないのだと思うと、寂しさを感じる。
再び墓石の前にしゃがみ込んだナナミは、花束をそっと横たえてお墓に話し掛けた。
「じいちゃん、ユアンとジョウイね、しばらく家に帰れないの。お仕事で怪我とかしないように見守ってあげてね」
優しい祈りが嬉しい。
ジョウイにとって、二人と一緒にいる時間こそが何より大切なものだった。
そして彼もナナミの隣に膝を付き、今はもういない恩師に祈りを捧げる。
何事も無く無事に帰って来られるように。
一日でも早く、ナナミのもとに帰れるように。
一頻り祈り終えると、ナナミは元気良く立ち上がった。
「今日はユアンとジョウイのために頑張ってお料理するからね! 精をつけて明日から軍のお仕事頑張るのよ!」
「いや・・・別に頑張って料理してくれなくていいよ・・・」
破壊的なまでに独創的なナナミの料理の味には、十年以上の付き合いでも未だ慣れない。
ユアンもジョウイも、これまで幾度と無くナナミの料理の腕を正常に近づけようと努力を重ねたのだが、それは全て無駄に終わっている。
どこをどうすればああなってしまうのか、頭の良いジョウイはもちろん人生経験豊富なゲンカクにすら解らなかったのだ。
それはすでに天性の才能としか言いようが無い。
「何言ってるの、二人ともしばらくは家庭の味を味わえないのよ? 忘れないくらいいっぱい食べなくっちゃ!」
ナナミの料理は忘れたくとも忘れられないものなのだが・・・。
そんなもの言いたげなユアンとジョウイの様子など気にも留めず、ナナミはさっさと家の中に引っ込んで行った。
「「・・・・・・」」
立ち尽くす二人。
しばらくの沈黙の後、二人は同時に墓の前に膝を着いた。
((どうか、腹を壊したりしないよう加護を下さい!!))
「ユアン」
切実な祈りの後、ふと呼びかけられてユアンはジョウイを見やった。
「ナナミはきっと寂しいんじゃないかな。しばらく会えなくなるから」
「うん、そうだね」
明日からユアンとジョウイはハイランド軍ユニコーン少年部隊の一員として国境警備の任務に就くことになっていた。
ナナミとはしばらくの間会えないのだ。
これまでずっと一緒に育ってきたユアンとナナミにとって、何日も会えないのは初めてのことで、互いに不安を抱えてしまうのも当然のことだ。
ユアンの場合はまだジョウイがいるのだから良いが、ナナミは広い家にたった独りになる。
「早く帰れるといいな」
「ハイランド王国と都市同盟の休戦協定が結ばれれば、すぐに帰れるさ」
永年に渡って国境紛争の絶えなかったハイランド王国とジョウストン都市同盟の間に、最近になって休戦協定が結ばれようとしていた。
協定が成立し、紛争がなくなればユアンやジョウイは兵士である必要もなくなる。
争いを好まず、穏やかに過ごしていきたい二人にとって、その日が待ち遠しかった。
「ユアン、戦争が終わったら、ナナミと三人で旅に出てみないかい?」
「旅?」
「国境紛争が終われば、僕達だって自由に国境を越えられるだろう。ミューズ市はもちろん、トラン共和国や、他の国にだって行けるかも知れない」
「他の国かあ・・・」
確かに魅力的な提案だ。
これまでユアン達はキャロの街と周辺の森からほとんでど出たことがない。皇都ルルノイエですら滅多に訪れたことがないのだ。
他国の話は本や噂でしか知らず、ずっと憧れ続けていた。
特に数年前のトラン共和国建国の話には胸を躍らせたものだ。
貴族であるジョウイが手に入れてくる新聞や書物を三人で一緒に読み、自分達と同じ位の年の少年でありながら国の歴史を変えたトランの英雄と解放軍に熱狂した。
「でも、ジョウイはいいのかい? 家を出ても?」
問いかけに、ジョウイの表情が曇った。
彼はキャロの名家、アトレイド家の長男だ。本来ならば孤児であるユアンやナナミとは決して相容れない立場である。
だが、アトレイド家でのジョウイの存在は微妙なものだった。
「うん・・・母さんのことは心配なんだけれど・・・」
自分はあの家にはいない方がいいのではないか。
そんな疑問を抱いたことは少なくない。
ユアンとナナミの家族に比べて、あまりにも情の無い自分の家族のことを思うと心が重くなる。
ジョウイにとって家族と過ごすよりはユアン達と一緒に居る方がずっと楽しく、充実していた。
「けれど、僕は広い世界を見てみたいな。そして自分の道を見つけたい」
「自分の道かあ・・・。三人でならきっと楽しそうだね」
「だろ? 危険もあるかも知れないけど、僕達なら一緒に切り抜けられると思うんだ。道しるべのない道も、三人でなら乗り越えられる」
道しるべのない道――。
それは少し怖くて、けれどきっと多くの希望に満ちている。
そんな気がした。
■■■■■
翌朝は、すっきりと晴れ上がった空が何とも綺麗だった。
真新しい軍服を身に纏ったユアンとジョウイは、ナナミの誇らしげな視線を浴びて照れくさそうに立っている。
「うふふ、お姉ちゃん鼻が高いわ。ユアンもジョウイも格好良いじゃない!」
「あ、ありがとうナナミ」
手放しに褒められると何となく恥ずかしい。
頬を染めてもじもじと視線を泳がせていたジョウイとユアンは、目が合うとえへへと笑い合った。
「じゃあ、もう行くね」
「ナナミ、夜はちゃんと戸締りするんだよ? 知らない人が尋ねてきても相手しちゃ駄目だからね? あと火の始末には充分・・・」
「もう、ジョウイってば近所のおばちゃんみたいっ」
「っっ!!!!!」
拗ねたようなナナミの一言に雷が落ちたかのような衝撃を受けるジョウイ。
だがユアンにはジョウイの心配する気持ちはよく解った。
お姉さんぶっているナナミだが、その実三人の中で一番危なっかしい。
本人はしっかりしていると思っているようだが、幼い頃からユアンとジョウイに心配されている立場である。
そんな二人の気持ちなど露知らず、ナナミはいつでもマイペースだ。
「行ってらっしゃい、二人とも。行進は観に行くからねっ」
「「行ってきます」」
声を揃え、ユアンとジョウイは名残惜しげに背を向けた。
そうしてハイランド軍ユニコーン少年部隊の新兵達が国境警備の任務に就いて暫くして、ハイランド王国とジョウストン都市同盟の間に休戦協定が結ばれた。
それは、二人の少年が辿る道しるべのない険しい道のりへの入り口だった。
next
というわけで始まりました2主くん話。
坊ちゃんと会う前の悩める少年時代です(笑)。
どこをどうしてああなっちゃったかね〜(汗)。
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