4.戦うんだね?





ずっと一緒なのだと信じて疑わなかった日々は、幻想にしかなり得ないのだろうか。


燃えるような夕焼けの空を見上げながら、君の無事な姿を待ち続けた時間は、永く・・・とても永く感じたけれど。
地平線の向こうから近づく人影を見たその瞬間――すべては喜びへと変わった。

君が僕達の元へ帰って来てくれて、また皆で一緒に新しい一歩を踏み出せるはずだったのに。

君はこの時から、少しずつ僕達と離れていったよね。


そして僕には・・・色々なものが見えていなかった。

君の手に握り締められたナイフから滴る血によって、初めて僕はそのことに気が付いたんだ。





■■■■■





「ジョウイ、遅いね・・・」

ぽつりとナナミが呟いた。
視線を向ければ膝を抱えて思いに沈むナナミと、その肩に凭れ掛かるようにして眠るピリカの姿がある。

ミューズ市門の壁に背を預けながら、どれだけ待ち続けただろうか。
戻って来るかどうかも解らない、大切な幼馴染を。
その姿を確認しようと眼を凝らしてみても、夕焼けに赤く染まる空がどこまでも続く。


傭兵の砦が落ちた後、ミューズ市へと逃れたユアン達は無事フリックやビクトールらと合流した。
だが安息も束の間、ハイランド軍の手はミューズ市にも伸びようとしていた。
トトやリューべの村が王国軍によって滅ぼされたという噂が広がり、市民の間にも戦争への不安が募っているようだった。

そんな時、ミューズ市長アナベルの片腕であるジェスから、国境近くに張られた王国軍のキャンプに忍び込んで食糧庫を調べて来てほしいと頼まれた。
王国軍の動向を知るためにも必要なのだと説得され、ユアンとジョウイは依頼を引き受けた。

借り受けた少年兵の軍服を着込んだ二人は上手くキャンプに忍び込み、テントの中に二週間分の食料を確認することができたものの、運悪く二人の顔を知るラウドに見つかってしまった。

追っ手から逃げる最中
(さなか)ユアンだけでも逃がそうと、自分を囮にして王国軍兵士を引き付けたジョウイの機転によってユアンは無事にミューズへと逃れることができた。


その時のことを思うと、ユアンの中には怒りと後悔が湧き上がってくる。
あの状況では共倒れを避けるためにも、どちらかが敵を引き付けておいて一方を逃がすという選択は正しいのだろう。
だが、それでも心が納得しない。

二人ならば、何とかなったのではないか――と。

大事な友達を置いて逃げるようなことは、したくなかったのに。


「大丈夫だよ、ユアン。ジョウイは絶対に帰って来るんだから」

黙り込むユアンに、ナナミが明るくそう言った。
自分も不安であろう少女は、それでも不安を隠してユアンやピリカを励ます優しさを見せる。

そんなナナミに小さく頷き返し、ユアンはふと自分の右手を見た。

大丈夫。何故かは解らないけれど、確かに感じる。
片割れを持つ者が無事であるということが・・・。


真の紋章の一つ――“はじまりの紋章”。
その片割れである“輝く盾の紋章”が、今ユアンの右手に息づいている。
そしてもう一つ、“黒き刃の紋章”はジョウイがその身に宿した。

傭兵の砦からミューズ市へと逃げる途中のトトの村で、ユアンとジョウイは導かれるようにこの未知なる力を得たのだ。


(ジョウイは、ピリカを置いて死んだりしない。必ず無事に帰る)


ナナミに凭れて眠る幼い少女はルカ・ブライトの凶刃より救われ、傭兵の砦から脱出してから一切言葉を話さない。
本人は懸命に何かを伝えようとはするものの、声は不明瞭な呻きとなって小さな口から漏れる。医学ではどうしようもない、恐怖からくる精神的な失語症だ。

愛する両親を失い、生まれ育った村を焼かれ、自分の命すら危うかった。
まだ幼い子供が背負うにはあまりにも過酷な出来事が、ピリカから笑顔と声を奪った。

始めは一時的なものだと思っていた。いや、そう思いたかったのだ。しかし、どんなに時間が経っても取り戻せないそれに、少女の笑顔と明るい声に救われてきたであろうジョウイは酷く動揺していた。

だからこそ、ユアンとジョウイは望んだ。
大切な人達を守る力を得ることを――。



やがて沈み行く夕陽の向こうに待ち望んだ人影を見つけた瞬間、三人は弾かれるように走り出した。





■■■■■





ユアンやジョウイが持ち帰った情報を受け取ったミューズ市庁舎は、早速対策を練り始めた。
やがて訪れるであろう王国軍との戦いには、傭兵の砦から逃げ延びてきた兵士達も参加するようだ。

ミューズ市に身を置きながらも、ユアン達はこれからどうするべきかを決めかねていた。
傭兵として戦闘に参加するべきなのか、一般人として安全な場所に留まるべきなのか。

ナナミは戦争に関わることには消極的だ。
だがジョウイは、はっきりと口には出さないが、来るべき戦争への覚悟を決めているようだ。その証拠に毎日ユアンをつれて傭兵達との訓練に参加している。



「戦うんだね?」

問いかけというよりも確認の意を込めてユアンはジョウイに言った。

宿屋の一室であるこの二人部屋は、ミューズ市に逃れてきた頃よりユアンとジョウイが使っている。
宿屋に泊まること自体がユアンやナナミには贅沢なことだったので、最初は戸惑いもあったが、今はすっかり宿屋の住人だ。

それはさておき、ユアンの言葉にジョウイはやはり明確な返答は避けたようだ。
だが彼は予想もしなかった話題を持ち出した。

「ねえ、ユアン・・・僕は最近トランの英雄のことを考えるんだ」

おもむろに零れた呟きに、ユアンは眼を丸くしてジョウイを見た。

「トランの英雄?」

トランの英雄のことはユアンも知っている。
今から三年前、遥か南のトランの地で解放軍を率いて赤月帝国を打ち倒し、トラン共和国を建国した希代の英雄だ。
その噂はキャロの街にも届き、少年達は皆トランの英雄の偉業に心を奮わせた。

辺境とはいえハイランド王国に属するキャロの街の大人たちは主君を裏切って祖国に刃を向けた彼を良く思わない者も多かったが、ユアン達にとっては自分達と同年代の少年が一軍を率いて強大な敵を倒した事実に強い憧れを抱いたのだ。

だが、今ここで何故トランの英雄の話になるのだろう。
首を傾げるユアンの視線の先で、ジョウイの言葉が続く。

「彼はどんな想いで解放軍リーダーになったんだろう。帝国に反旗を翻すことで彼は家族や友人を多く失ったはずだ。今の僕達はどこか彼に似ていると思わないかい?」

「・・・そうだね」

言われてみれば、似ているかも知れない。
最も、自分達には彼のように大軍を纏める力などなく、一兵卒にしか過ぎないのだけれど。

「僕は、失いたくない。ピリカも、ナナミも、ユアンも・・・絶対に・・・」

ジョウイの苦しげな表情が、ユアンに向けられた途端に和らぐ。

「この前は、嬉しかった。ユアンとナナミとピリカが、僕の帰りを待っていてくれて、“お帰り”って言ってくれたことが。・・・いいもんだね、帰りを待っていてくれる誰かが居るっていうのは・・・だから・・・」

ふと言葉が途切れ、一瞬きつく唇を噛み締めたジョウイは、押し殺した声で言った。

「僕は・・・彼とは違う道を選ぶ」

何か重大な決意をした者の悲壮な表情。

ジョウイの様子が変だと、ずっと前から気付いていた。
何かに迷っているような、追い詰められているような、隠し切れない焦りや苛立ちを持て余して苦悩する姿。
どうしたのかと問いかけても、彼は口を噤んで答えようとしない。
けれどその表情は切なげで、ユアンを見る瞳が助けを求めているように思えた。

無理にでも訊き出すべきなのだろうか。
自分から話してくれる時を待つべきなのだろうか。


遠慮からくる迷いが、取り返しのつかない擦れ違いを生み出そうとしていた。





■■■■■





ミューズ市庁舎のさらに街の奥には、ジョウストンの丘と呼ばれる有名な名所がある。
かつて、ミューズ、サウスウィンドウ、グリンヒル、トゥーリバー、ティント、マチルダ騎士団が最初の盟約を交わした地で、都市同盟発祥の丘だ。

そのジョウストンの丘に、今また五都市一騎士団が揃おうとしていた。
都市同盟の盟主、ミューズ市長アナベルの呼びかけに応えて丘上会議に出席した各都市の市長らは、迫りつつある王国軍への対応に意見を交わした。

だが、会議の途中で王国軍がミューズに侵攻を始めたという報
(しら)せが届き、俄かに慌しさを帯びる。

一刻の猶予もならないと判断したアナベルは都市同盟全軍の集結を命じた。


都市同盟全軍が揃うまでの時間を稼ぐため、アナベルの要請を受けてビクトールら傭兵達も出陣した。

そしてユアンとジョウイもまた、傭兵隊の一員として戦闘に加わることを選んだ。


ソロン・ジー率いる王国軍を迎え撃つのはミューズ市の同盟軍兵士と傭兵隊、そしてマチルダ騎士団の青騎士団だ。

当初は都市同盟軍が優勢だった。
しかし、突如マチルダ騎士団が撤退したことによって、苦戦を強いられた。

何とか王国軍を一時退けることができたが、マチルダ騎士団が抜けた穴は大きい。
他の都市からの援軍が駆けつけるまで、ミューズは難しい状況に追い込まれてしまった。



上層部の事情など知りようのないユアン達ではあったが、フリックやビクトールの様子からも状況が悪いことを感じ取る。
ナナミですらピリカの前であっても不安を隠せない様子だ。

それでもまだ、ミューズ市内は平穏を保っていた。
市長であるアナベルの人徳もあるのだろう、人々はいつもの日常を過ごす。

ユアンはそんな街を一人歩いていた。
周囲を見渡し、幼馴染の姿を捜す。

戦闘を終えた後、ジョウイはどこへともなく出掛けてしまった。
最近の様子のおかしい彼を一人にしてはいけないのではないかと考え、後を追ってみたのだが、広い街の中でどこに行ったのかも解らない。

(ジョウイ、どこに行ったんだろう?)

捜し歩いて市庁舎の建物の近くまで来た時、ようやく目的の人物の姿を捕らえた。
巨大な柱の向こうを向いて佇む後姿に、ユアンは早足で近づく。
そして声を掛けようとして、不意に足を止めた。

柱の陰に誰かいる。

誰だろうと確認しようと近づこうとした時、気配は消えた。

(?)

「ジョウイ」

「あ、ユアン」

どこか焦りを浮かべてジョウイが振り返る。
彼のそばには誰も居ない。

(気のせいだったのかな?)

「何をしてるんだい?」

「うん・・・」

答え辛そうに視線を泳がす仕草に、ユアンはこれ以上踏み込まない方が良いと判断する。
いつか彼から話してくれる。そう信じていたから。

「この戦いは、すぐには終わらない・・・だから、君もナナミも逃げた方がいい・・・」

「え?」

「もし・・・僕が死んだら・・・ピリカのことを頼む・・・」

「何を言ってるんだ、ジョウイ?」

何故そんなことを言うのだろう。
戸惑うユアンにジョウイは歪んだ笑顔を向けた。

「何が起こるかわからないから、言っておこうと思って、ね」



この時に、無理にでも踏み込むべきだったのかも知れない。

すべてが変わってしまった後、ユアンはそう後悔した。





■■■■■





「ユアン、アナベルさんの所に行こう」


夜の帳に街が包まれた頃、ナナミがそう言った。

アナベルとは以前から互いに話し合う機会を持とうとしていたのだが、アナベルがあまりにも多忙過ぎてこれまで実現していなかった。
しかしようやく今夜、その機会が訪れたのだ。

彼女はユアンとナナミの育ての親であり師匠であるゲンカクについて、ユアン達が知らないことを知っているようだった。
ゲンカクの話であればユアンもナナミも是非訊きたい。
そうして二人は市庁舎へと向かった。



昼間は活気溢れる市庁舎も、夜中ともなれば職員の姿はほとんど無かった。
照明も最小限に抑えられた薄暗さの中、ユアンとナナミはアナベルの私室へと向かう。

扉をノックをして「失礼します」と開く。


「・・・・・・え?」


数秒間、言葉が出なかった。


部屋の中で倒れているのはアナベルだろうか。
彼女を見下ろすように立ち尽くすジョウイの表情は、これまで見たことのないくらい暗いものだ。
彼の手にしっかりと握られたナイフにべっとりと付いている赤いものは――。
そして何より、アナベルを中心にして床を染め行くどす黒い赤は――。


何が起こったのだろう。
何をしているのだろう。

疑問ばかりが浮かんで状況が理解できない。


「ジョウイ・・・何があったんだ?」

「ユアン・・・すまない」


信じられない光景に絶句する二人に苦しげな視線を向け、ジョウイは振り切るように窓に向かって駆け出した。

闇に姿を消したジョウイの後を、ユアンは追えなかった。
ジョウイと入れ替わるようにアナベルの補佐、ジェスが駆け込んできた時も、兵士が王国軍の侵攻を伝えに来た時も、放心状態にあったユアンとナナミにはまともな答えが出せなかった。

ようやく二人の時間が動き出したのは、苦しい息の中で二人に呼びかけるアナベルの声を聴いた時だった。

ゲンカクへの謝罪と、ユアンとナナミへ優しい言葉を紡ぐ彼女の命の灯火が消えようとしていることを感じ、耐え難い現実を受け入れざるを得なくなる。

(アナベルさんを刺したのは――ジョウイだ・・・)

いったい何が起きたのか知りたい。
だが、瀕死のアナベルを問いただすわけにはいかない。
今は彼女の命を救うことが先決だ。
しかし、手当てをしようとするユアン達の手をアナベルが拒む。彼女はすでに我が身が持たないことを解っていた。
自分を刺した者への恨みを吐くこともなく、彼女はただユアンとナナミの身を案じる。

「私の最後の願いだ・・・死ぬな・・・ユアン・・・ナナミ・・・さあ、早く逃げなさい」


アナベルの言葉に追い立てられるように、ユアンとナナミは駆け出した。

怒号と悲鳴が飛び交う夜闇のミューズ市街へと――。





■■■■■





どうしてこんなことになってしまったのだろう。

夜空に光り放つ満月を見上げながら、ユアンは言いようのない無力感に捕らわれる。

巨木に腰掛けるナナミの膝の上では、ピリカが静かな寝息を立てている。
ミューズ市から逃げる中、彼女は何度も後ろを振り返っていた。
その無邪気な眼が誰を捜し求めていたのか、ユアンやナナミにも痛いほど解った。

けれど二人には、もう慰める言葉も無い。

夕焼けの中で彼の帰りを待っていた時と、状況はあまりにも違ってしまった。

ジョウイは、裏切ってしまったのだから――。


「ねえ、ユアン・・・やっぱり・・・ジョウイが・・・アナベルさんのこと・・・」

震えるナナミの声が途中で途切れる。その先を言ってしまってはもう戻れない。
そんな心の葛藤が見えるようだ。

「ううん・・・そんなわけ、ないよね・・・」

ユアンですらすぐには受け入れられない出来事だ。
心優しいナナミならば尚更信じられないのだろう。
不安を誤魔化すように、ナナミは明るい声を出した。

「ねえ、これからどうする? あのさあ、どこか遠い所へ行かない? こんな戦いばっかりの所は逃げ出してさ、どっかの山の中で狩りとかして暮らすんだよ。畑とか耕してさ、三人でなら、何とかなるよ・・・」

ナナミの表情を見て、ユアンはわずかに眉を顰めた。
彼女は気づいているのだろうか。
明るい笑顔を浮かべているつもりなのだろうけれど、それは今にも泣き出しそうなほど痛々しい。

“それもいいね”と返してあげるべきなのだろうか。
ナナミが安心するならばそれでもいいかも知れない。
だが、ユアンはすでに選択を間違えている。

「そんなこと・・・できないよ・・・ナナミ」

一瞬だけ、ナナミの表情が歪んだ。
だが、すぐに苦笑いへと変わる。

「そうだよね・・・無理だよね、できるわけないよね・・・ジョウイを置いて・・・。・・・ごめんね・・・疲れたな・・・もう寝るね、おやすみユアン・・・」

そう言うとナナミはピリカを抱きしめるようにして芝生に横になった。


静寂だけが周囲に広がる。

ナナミとピリカから視線を外し、ユアンは再び月を見上げた。

(なんて綺麗なんだろう)

そういえば、天山の峠でルカ・ブライトの軍に追われてジョウイと逃げたあの日も、月が美しかった。

あの時、しっかりと繋いでいた手は急流によって離されてしまったのだっけ。
まるで、今の自分達のようだ。

遠く、遠く離れてしまった手は、心の距離のようでもある。

(君が次に流されてしまう場所に、ピリカのような存在が居てくれることを願うよ)


そして、再び会えたら――その時は――・・・。



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というわけでジョウイとの決別でした。
ユアン、ひたすら流されてる・・・。
彼はこれからどんどん精神的に追い詰められていきます。
それを救うのがやはり何といっても・・・(笑)。



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