5.誰を守りたい・・・
「力を貸すことはできんな」
冷たい声音で男はそう言った。
文句の付けようのない程に整った顔には一切の表情はなく、訪問者を見る目は氷のように冷たく厳しい。
あまりにも容赦のない言葉と態度に、ナナミなどはすぐにも逃げ出したそうに腰が引けている。
ユアンとてこれまでにルカ・ブライトという圧倒的な恐怖に晒されたことがなければ、すぐに気後れして後ずさったかも知れない。
けれど、ここで引くことはできないんだ。
今、この時に僕達の行く末が決まってしまうのだから。
決意を秘めた眼でキッと男を睨むと、視線を感じてユアンを見やった彼の眉根が僅かに顰められた。
――面倒ごとに巻き込むな。
そんな声が聞こえてくるようだ。
■■■■■
ミューズ市を脱出した後、コロネの村で運良く船に乗れたユアン達は湖の向こう側クスクスの町へと辿り着いた。
町から更に南下した先の大きな街、サウスウィンドウは都市同盟の一角だ。
ミューズが堕ちた後、都市同盟の兵や傭兵隊は新たな拠点としてサウスウィンドウを目指していた。そしてユアン達はミューズではぐれてしまったフリックやビクトールと、サウスウィンドウの街で再び会うことができた。
だが再会の喜びも束の間、ハイランド軍の手はサウスウィンドウにまで伸ばされようとしていた。
サウスウィンドウではハイランドとの戦争への緊張感と同時に、別の不可解な問題が上がっていた。
市長グランマイヤーの依頼を受け、ユアンとナナミはビクトールと市長の副官であるフリード・Yを伴ってサウスウィンドウより北西、湖を見下ろす断崖にそびえる古城の調査に出かけた。
かつてノースウィンドウという大きな街であった廃墟は、ビクトールの故郷だった。
街を滅ぼした張本人である吸血鬼ネクロードと遭遇し、彼の操る魔物を倒してノースウィンドウより魔物を一掃し終えた頃、サウスウィンドウがハイランドの手に堕ちたことを知らされる。
逃げ道を塞がれ、ミューズとサウスウィンドウの都市同盟軍と傭兵隊はノースウィンドウの城に追い詰められる形となった。城より北に逃げ場はなく、完全に退路を断たれた。
アナベルやグランマイヤーという頭を失った今、都市同盟としての機能はなきに等しい。
かろうじてビクトールやフリックが中心となって纏まってはいるが、あくまで傭兵の一人である彼らでは軍隊の“心臓”は勤まらず、“頭脳”となりえる軍師もアップルではあまりに力不足だ。
ビクトールやフリック、アップルの脳裏には四年前の戦争の記憶が過ぎる。
あの頃、解放軍は中心的人物に恵まれていた。初代のリーダーも、二代目リーダーとその軍師も文句無く優秀だった。
あれほどまでに完璧でなくとも、軍を背負えるほどの力を持つ人材が欲しい。
そんな時、アップルが意を決したように言った。
「軍師なら・・・いるかも知れません」
サウスウィンドウの東、ラダトの街に住む一人の男のことが思い出される。
何年も会ってはいないが、彼ならば師匠マッシュに勝るとも劣らない軍師となり得る。
アップルの言葉に一縷の望みを託し、他の傭兵と比べても自由に動きやすいユアンとナナミがアップルとともにその人物に会うこととなった。
そしてラダトの街で出会った男――シュウは久しぶりに会った妹弟子とその仲間を冷たくあしらったのだ。
「では兄さんはルカの凶行を知っておきながら、それを見過ごそうと言うのですか?」
「ああ、つまりはそういうことだ」
アップルの請願を撥ね付け、戦争で国がどうなろうが知ったことではないと言い切ったシュウに、尚も言い募ろうとするアップルだったが相手の意思は揺ぎ無かった。
戦争の混乱に乗じて商売をするとまで言い捨てる冷酷さに、アップルはもちろんのことユアンとナナミも言葉を失う。
取り付くしまもなくシュウの屋敷から追い出された三人は為す術もなく肩を落とした。
どう考えても彼に力を借りるのは無理だ。
だがアップルは諦めることなく、シュウとの接触を試みる。
何故そこまで、と痛々しいほどに一途に追いすがる彼女に付き合いながらも、ナナミはほとんど諦めかけている様子だ。
ユアンですら何度「もうやめよう」と言いかけたことか。
シュウがふいに取り出した銀貨を川に投げ、「拾って来い」などと言い放った時には怒りを爆発させるところだった。
怒りの衝動を抑えられたのは、その言葉をアップルが静かに受け入れたからだ。
水門を管理する番人達に頼み込み、一晩だけ水門を閉じてもらったユアン達は少しずつ水位の下がってゆく川を見つめた。
太陽の出ているうちは気にならないが、夜ともなれば一気に気温は下がる。ましてや川の中など、長時間浸かっていれば凍えるような冷たさを感じることだろう。
その中を小さなコイン一枚を探さなければならないなんて。
「諦めの悪い馬鹿な女だと思います?」
苦笑を浮かべながらアップルが言った。
ユアンは何と言えば解らず、困惑を浮かべる。
「アップルさんがそこまでするほどの価値のある人ですか?」
兄と慕う少女に対するあまりにも酷い仕打ちをする冷酷な男。
ナナミとユアンにとってシュウへの印象はとても良いとは言えなかった。
「少しでも戦力が欲しい時なんです。このままでは戦争で多くの人の命が奪われる。それに対抗する力がどうしても必要です。シュウ兄さんは軍師としては一流なの。彼がいれば失われずに済む命がどれだけあるか・・・。そのためなら、私のプライドなど捨てることに躊躇いはありません」
「でも、あの人を仲間になんて無理だよ・・・やめよう、アップルちゃん、ビクトールさんたちが別の方法を見つけているかも知れないじゃない」
引きとめようとするナナミに穏やかに微笑み、アップルは水位の下がった川に降りて行く。
少し遅れてユアンとナナミもアップルの後に続いた。
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
夜闇に浮かび上がる月の冴え冴えとした光が暗い水面に揺れる。
水に浸かる手足は刺すように痛み、冷たさにかじかむ手足の感覚はすでにない。長時間に及んで屈められていた腰や背中の痛みは限界をとうに超えている。
何度か休憩を挟みはしたが、ほんの数分も経てば休んでいられないとばかりにアップルは作業を続けた。
ユアンやナナミに比べて体力的に劣る彼女だが、弱音一つ吐くことなく黙々と川底をさらう。
だがその様子は今にも倒れそうなほどに疲労に満ち、耐え切れなくなったナナミが叫ぶように言った。
「見つかるはずないんだよ! わたし、見たんだもん! シュウさんが銀貨を投げる時、途中で小石にすり替えたのよ。だから、だから・・・探しても無駄だよ・・・」
ナナミの言葉に、アップルは自嘲の笑みを浮かべた。
「・・・いいのよ、貴方達はもう帰ってもいいわよ。・・・私も、知ってた・・・シュウ兄さんは私に僅かなチャンスさえくれなかったこと・・・。でも・・・信じたくなかった・・・だから、もう帰っていいわよ・・・」
「なんでそこまでするの? アップルちゃんは頑張ったよ! もうノースウィンドウに帰ろう。皆解ってくれるから!」
しかしアップルは静かに首を振った。
「・・・私に出来ることなんて本当に少ないのよ。私には戦う力もないし、軍師としての力だって未熟で皆の役に立てることなんて限られてる。でもね、だからこそ限られた役目を精一杯果たしたいの。後で後悔しないように、もう駄目だってところのその先まで頑張りたいのよ。・・・前は、後悔することばかりだったから・・・もう二度とあんな想いしたくない・・・」
「・・・アップルちゃん・・・」
その時、ユアンの眼に小さな光が映った。
初めは星の光が水面に映っているのかと思ったが、月の光に照らされてちかちかと煌めくそれに手を伸ばさずにはいられなかった。
そうして掬い上げた小さな金属――それは――。
「アップルさん、これ」
「それは!」
「え? 本当? 本物だ! 本当にあの銀貨だ!!」
ユアンの手に乗る小さな一枚の銀貨に、ナナミが歓声を上げた。
驚愕したまま固まっていたアップルも、恐る恐るユアンの手元を覗き込んでしげしげと眺める。
「本当に・・・銀貨が・・・これでシュウ兄さんに・・・」
「アップル」
喜びに沸き立つナナミの声に被さるように、低い声が通り過ぎた。
ハッと向けられた三対の視線の先に、こちらをじっと見つめるシュウの姿があった。
「シュウ兄さん! 約束です」
「ああ、約束だ」
そう言って足元が濡れるのも構わずにシュウは川の中に入り、アップルの目の前に進み出た。
昼間は冷たく厳しかった眼が、今は神聖なものを見るかのように畏怖を抱き、同時に愛しいものを包み込むように柔らかい。
伸ばされたシュウの手がそっとアップルの肩を抱いた。
「こんなに冷たくなって・・・何故そこまで・・・」
「必要だからです」
ユアンやナナミと同じ問いを投げかけるシュウに、アップルは毅然と応えた。
「強い娘だ。俺はマッシュ先生の才を継いだが、志はお前が継いだようだな・・・」
その言葉に、アップルの瞳が潤んだ。
寒さに冷え切って真っ白だった頬にほんのりと朱が差す。
「・・・嬉しいです、その言葉・・・。私、どうしてもそれを認めてもらいたい人がいるんです。少しでも近づけたんですね」
震える声でそう言ったアップルは深く息をついて込み上げてくる涙を押し止め、真っ直ぐにシュウを見た。
「それじゃあシュウ兄さん・・・」
「ああ、任せておけ。お前には百万の軍勢に値する才を持つこの俺がついてる」
自信に満ち溢れた力強い言葉。シュウをよく知らない者からすれば過剰ともいえるほどだ。
だがアップルは彼の言葉に深く安堵したようだ。
アップルに頷いてみせたシュウは、ユアンとナナミに視線を向けた。その手がふと、銀貨を持つユアンの手に留まる。
「その右手の紋章は・・・」
淡く光を帯びるユアンの右手を確かめるように、表に裏にと引っ繰り返しながら凝視する。
何なんだ、と言いたいところだが、深く考え込むシュウの様子に声を掛けることもできず、ユアンはされるがまま右手を弄られた。
「もしやゲンカク老師の・・・」
「何でゲンカクおじいちゃんの名前を知ってるの?」
都市同盟に関わりも持ってから、何故かやたらと祖父ゲンカクの名が出てくることにユアンもナナミも困惑を隠せない。
「なるほど・・・今はもう知る人は少なくなったが、その昔は都市同盟にとってゲンカク老師という名には特別な意味があった」
「どういうこと?」
「それは、戦いが終わったら話そう。今は王国軍を破ることが先決だ。君とその紋章があればこの戦いにも勝ち目があるかも知れない」
そう言うとシュウは「早く川から上がりなさい」と言ってアップルを抱きかかえるようにして川岸へと促した。
川岸に上がるや、ほっとしたようにくず折れるアップルを横抱きに抱え、シュウは宿屋へと足を向ける。
その後を、ナナミに手を貸しながらユアンも続いた。
ようやく、長かった夜が終わりを告げる――。
■■■■■
軍師シュウの加入によって、敗北の色濃かった軍の士気は飛躍的に上がった。
破門されたとは言え、アップルにマッシュの弟子の中でも飛び抜けて優秀だと言わしめるシュウは確かに優れた軍師の才を持っていた。
冷静な判断力、広い視野、先見の才に恵まれ、尊大な態度と揺ぎ無い自信は軍師の駒たる兵士達に安心感すら与える。
ただ一方では冷酷な笑みを浮かべられて、呆気に取られるほど大層な要求をサラリとされた挙句、上から目線で冷たく見下ろされると「失敗したらただじゃ済まない」という強迫観念を植え付けられて妙に胃が痛む。
特にフリックにとってその感情はどこか懐かしくもあった。
(そうだ・・・あいつに似てるんだ・・・あの可愛い顔をした悪魔・・・)
かつてのリーダーを懐かしく思い出す愛しい記憶の中に、嫌でも紛れ込んでいる史上最凶の風使いの美少年。
いや、あいつのことを考えるのはよそう。戦争が近いというのに縁起が悪過ぎる。
高台にそびえるノースウィンドウ城から見下ろせる丘の道に、サウスウィンドウより迫る騎影を捕らえ、来たる戦争への覚悟を決める。
この戦争に負けた時――それは都市同盟の崩壊を意味するのだ。
ノースウィンドウに向かって突き進む王国軍の数はおよそ一万。迎え撃つノースウィンドウの同盟軍は二千ほどだ。数では圧倒的に相手が勝る。
しかし王国軍兵の三分の一はサウスウィンドウの元兵士だとシュウは睨んだ。まずは彼らをこちらに引きずり込む。そうすればこちらにも十分に勝ち目はある。
ユアンとナナミの部隊はシュウの要請によってノースウィンドウから離れた森の中に姿を隠していた。王国軍の背後を突くためだ。
兵士数百人の部隊を編成し、その時を待つ。
「どうしてユアンがこんな危険なことしなきゃいけないのよ」
不満を口にしたのはナナミだ。
彼女はシュウからこの要請をされた時にも彼に食って掛かった。ユアンを危険に晒すような真似を許すわけにはいかないと。
しかしユアンでなくてはならないというシュウの強い言葉によってユアンが役目を引き受ければ、ナナミは従うしかなかった。だがやはり納得は出来ていないらしく、ぶつぶつと文句を言っている。
そんな彼らの視界の中にハイランド王国軍の騎馬連隊が通り過ぎて行く。
森の中に潜むユアン達に気付くことなく、彼らは真っ直ぐにノースウィンドウに向かった。
ユアンはじっと眼を凝らし、連隊の中の中心を探した。
目指す標的は唯一人、軍の指揮官ソロン・ジーだ。
頭を叩けば他の部隊は指揮系統を失って混乱する。
兵の中に、明らかに存在感の違う軍人達がいた。
この内の誰だろうか。
戦争が始まれば指揮官であるソロン・ジーは後方に下がって戦況を見守っているはずだ。
今は、戦闘が開始される時をおとなしく待とう。
シュウの策は見事に的中した。
サウスウィンドウの元兵士達は間もなく同盟軍へと寝返り、王国軍は混乱した。
その隙を見逃すことなく森の中から飛び出したユアン部隊が後方のソロン・ジー部隊を襲い、王国軍を前と後ろから挟み込んだ。戦況は一転し、同盟軍が優勢となる。
思わぬ反撃に急速に戦意を失った王国軍は、退却を余儀なくされた。
王国軍が慌てて撤退した後、ノースウィンドウでは歓声が上がった。
彼らの輝く眼は勝利の立役者であるユアンに向けられている。
城内に戻りながら、ユアンとナナミは戸惑ったように沸き立つ兵士達を見た。
「なんか大事になっちゃってるよ」
ナナミの声にも表情にも不安が表れている。
ユアンは何となく、これがシュウの狙いだったのかも知れないという疑念が沸いた。
シュウはどうしてもユアンの力が必要だと繰り返し言った。
彼がユアンを使って何かを目論んでいるのは明白だ。
同盟軍の存続の危機だったから引き受けた役目だったが、ユアンは本当にこれで良かったのだろうかと今更ながら不安を抱いた。
城内の一室、作戦会議の場となった広い部屋にシュウやビクトール達は揃っていた。
部屋に入ってきたユアンに、彼らの視線が一斉に注がれる。
「よくやったな、ユアン。一躍皆のヒーローになってしまったな」
フリックの言葉にビクトールが勝利の余韻を残す晴れやかな笑顔を浮かべる。
「そりゃそうだ、こんな少年がハイランド軍を打ち破る立役者になったんだ。気分爽快ってもんだ」
誰もが勝利の喜びに沸き立つ中、シュウの表情は厳しかった。
「この戦いは勝利を得ることができた。しかし、ミューズ市市長アナベル殿はすでに亡く、ミューズ市もハイランドの支配下に落ちている。都市同盟はバラバラになり、このままではそれぞれ撃破されていくのは眼に見えている。このノースウィンドウにもいずれは王国軍の本隊、ルカ率いる白狼軍が攻め入ってくるだろう、そうなれば今の我々に太刀打ちする術は無い。方法は唯一つ。この地に力を集めることだ」
「ここを王国軍に対抗するための本拠地にするってことか」
「そうだ。人々を集めるための器はこの城だ。必要なのは人々を結びつける力、人々を導くリーダーだ」
「あんたがリーダーになるってことか?」
ビクトールの問いに、シュウは「ごめんこうむる」と即座に否定した。
自分はあくまで軍師として存在する。そう言い切る。
「となると・・・残る都市の市長を立てるのが筋になるのか? しかし、リーダーどころか、俺達に力を貸してくれるかどうか・・・」
「リーダーになるべき人物はここにいる」
そう言ってシュウが見据える先に、ユアンがいた。
何も言えないでいるユアンの前に、シュウが進み出る。
「ユアン殿、貴方が新しい同盟軍のリーダーとなるべきです。どうか我々に勝利への道を示して下さい」
あまりの展開に言葉を失うユアンとナナミ。
その場は水を打ったかのように静まり返った。
いち早く立ち直ったのはナナミだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでユアンなの? なんかおかしいよ、説明してよ」
「ゲンカクの名前・・・か」
ビクトールが呟いた。
彼はシュウがユアンをリーダーに据えると言い放ったことに、さして意外性を感じていないようだ。
当の本人であるユアンが混乱の極みにあるというのに、どこか納得すらしている。
これまでにも何度か出てきた“ゲンカク”の名前。
アナベルも、ビクトールも、シュウもその名前に異様に固執しているように思えた。
「三十年前都市同盟を追われた英雄ゲンカクの子、そしてゲンカクもまた宿していたという“輝く盾の紋章”をその右手に携え、今ソロン・ジーを打ち破ったユアン殿。多くの人々が貴方の姿に希望を見るでしょう。そして、何より貴方の中に輝きを見た。時代の必要としている輝きを。貴方こそが、この同盟軍を率いるべきです。狂皇子ルカ・ブライトを倒し、地に平和を取り戻すためには貴方の力が必要です」
先ほどの戦闘でユアンに重要な役目を与えたのはこの為か。
ビクトールもフリックも、そしてユアンもそれを理解した。最初からシュウはユアンをリーダーとするつもりだったのだと。
「ユアンがそれをしなくちゃいけない理由はあるの? もっと危ない目に遭うかも知れないのに?」
必死にユアンを守ろうとするナナミの姿に、ユアンはミューズで別れてしまったジョウイを思った。
“僕は・・・トランの英雄とは違う道を選ぶ”
思い詰めた表情でそう言った親友。彼の選んだ道がどこに通じているのか、ユアンには知る術も無い。
そして今皮肉なことに、ユアンはそのトランの英雄と同じ立場に立たされようとしている。
一軍の軍主という立場に。
(どうすればいいんだ・・・僕はどうしたいんだ・・・)
周りの皆がユアンの決断を待っている。
居た堪れない状況に、ユアンは拳を握り締めて俯いた。
ふと見れば、フリックとビクトールが痛ましげにユアンを見つめていた。アップルもどこか複雑そうだ。
「お前が自分で決めることだ」
そう言ったのはビクトールだ。
いつも豪快な男が、静かに凪いだ眼でユアンを見る。どんな決断を下しても、彼らは受け入れてくれる。そう思わせてくれた。
ふと、ユアンの服の裾を引っ張る小さな手があった。
言葉と笑顔を失った少女ピリカが物問いたげにユアンを見上げている。
(ピリカ・・・ジョウイに会いたいだろうな・・・)
ジョウイはアナベルを殺した。
このまま都市同盟にいれば、もう一度会う機会があるかも知れない。
だが再び出会ったとき、彼とは敵同士だ。
(それでも選ぶか? 僕はどうしたい・・・誰を守りたい・・・?)
その答えなら解っている。ユアンが守りたいのはナナミとピリカだ。それ以外にない。
(何も無い? ・・・本当に?)
思い悩むユアンにシュウは「一晩考えて欲しい」と告げ、その日は解散した。
夜のノースウィンドウは静かだった。
勝ち戦で気分が高揚していた者が夜遅くまで騒ぐかとも思われたが、疲れの方が勝ったのか皆大人しく眠りについたらしい。
だがユアンはどうしても寝付くことができずに、寝台の上で何度目かの寝返りを打った。
夜はやはり気温がぐんと下がって肌寒い。寝台を一歩出れば底冷えする寒さに身が竦む。
この寒さの中、冷たい川で何時間も小さなコインを探していたアップルの姿が思い浮かんだ。
彼女は何と言っていただろうか。
“兄さんはルカの凶行を知っておきながら、それを見過ごそうと言うのですか?”
ルカ・ブライトはピリカの両親を含め、多くの命を理不尽に奪った。
圧倒的な力の前に、ユアンは無力だった。でも、今目の前には対抗できる“力”がある。
多くの命を守る“力”が――。
“後で後悔しないように、もう駄目だってところのその先まで頑張りたいのよ”
今、ここで彼らに背を向ければ、自分はきっと後悔する。ならば――。
「僕に、その力があるのなら・・・」
ピリカのような子供を、二度と出さないように――。
翌朝、同盟軍に新しいリーダーが誕生したという情報が駆け巡った。
了承の意を伝えたユアンに、シュウは臣下の礼を以って応えた。
「我が師のもとで受けた教え、神謀鬼策を以って尽くしましょう。そして、勝利を齎すことを約束する」
「私も・・・非力な私だけど・・・持てる力を全て使って、貴方を助けます」
本当にこれで良かったのか、まだユアンには判断が付かない。
それでもアップルのその言葉だけでも、どこか報われた思いがした。
ハイランド軍との戦闘から一夜明け、ノースウィンドウには同盟軍の勝利を聞きつけた人々が集まりつつある。
彼らの力を借り、彼らと共に頑張ってみよう。
まだリーダーとしての自信はないけれど、できることをやってみよう。
そう、決意する。
その時、突然部屋の中に光が現れた。
「何だ!?」
フリックやビクトールが咄嗟に剣を抜き、身構える。
そこに現れたのは盲目の女性と、美貌の少年だ。その後ろには何故か巨大な石版。
「「うわっ!」」
敵意も害意もなく、一見非力な二人の人間を見た瞬間、フリックとビクトールという一流の戦士が恐怖に満ちた声を上げた。
「私はレックナート、“門の紋章”を受け継ぐ者。バランスの執行者。ユアン・・・“輝く盾の紋章”を受け継ぐ少年・・・時は再び回り、多くの宿星が再び集まろうとしています」
言っていることの意味が全く理解できない。
いきなり現れて何を言い出すんだ、この人。
呆気に取られるユアン達に、面倒くさげな声が届く。
「僕は弟子のルック、そしてこれが“約束の石版”、あんたにあげるってさ。あと気は進まないけど仲間になってやるよ、ありがたく思いな」
何その押し付けがましい台詞は。
フリック、ビクトール、アップル以外の者達がルックと名乗る少年の不遜な態度に眉を顰めた。
険悪な空気をものともしない少年はユアンに眼を留めるや圧倒的な美貌に嘲りに満ちた冷笑を浮かべ、吐き捨てるように言った。
「小猿だね」
「こざ・・・っ」
初対面の人間をいきなり猿呼ばわりかっ!
シュウの態度も悪かったが、少なくとも人の容貌を貶したりはしなかった。
文句を言いたかったが、すでにルックの注意はユアンから逸れていた。
そしてレックナートが消えたその瞬間。
「死にな、熊男に青男」
凄まじい勢いで風の刃が部屋の中を荒らし尽くした。
その日、風の魔術師ルックは同盟軍最重要注意人物のトップに名前が記されることになった。
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あはは、たーのしーい♪
いやもう、頑張って書いた話なのにルックに全部持っていかれました(笑)。
今まで書けなかった反動で彼が暴走しないよう気をつけなければ・・・(汗)。
今回の主役はアップルのつもりです。ルックじゃありません。
『時の砂―目指す道―』の続編のようなものかと。
ちなみにこの話は『時の砂―傍観者』ともリンクしています。
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