7.潜入捜査
どうして?
ねえ、どうして君がそこにいるの?
何度も、何度も問いかけられた言葉に、君はただ寂しげな眼で僕達を見つめた。
ピリカやナナミの涙に君も泣きそうな表情をして、けれど決して揺らがない決意を秘めて。
ああ、もう戻れないんだ。
心のどこかでそう呟く声を聞いた。
今、ここで別れたその瞬間から
僕達の道が再び交わる時――君と僕は――・・・。
■■■■■
「「潜入捜査!?」」
大きな瞳をさらに丸くして口を揃えた姉弟に、怜悧な無表情軍師は「はい」と頷いた。
「王国軍からグリンヒルを解放するのは今の同盟軍の力では無理です。しかし、市長代行のテレーズを無事に助け出すことができれば、いずれグリンヒルを取り返す時に市民の協力が期待できる」
都市同盟の一つ、グリンヒルが王国軍の手に落ちたという報告が齎されたのは昨日のことだ。
その後軍師シュウが一晩策を練った翌朝、ユアンに告げた一言が“潜入捜査”であった。
その場に同席するフリックやビクトールには、ユアンの隣で瞳を輝かせているナナミとピリカの様子が気に掛かった。
これは・・・面倒なことになりそうだ。
今回は同行を見送ろうと考えた矢先、シュウによる無情な命令が下された。
「フリック、お前にはユアン殿達に同行してもらいたい。表向きは引率者としてな」
「・・・俺がこいつらの引率者・・・・・・」
「わーい、フリック先生フリック先生!」
無邪気に喜ぶナナミとピリカ。こいつらついてくる気満々か。
子供の遊びじゃないんだと叱ってくれるかと思われたシュウは、その二人がいれば怪しまれることもあるまい、とフリックが背負う苦労には無頓着だ。
「それではユアン殿、共にグリンヒルに向かうメンバーを選んで下さい。潜り込むのは学院ですので、なるだけ年齢の近い者が良いでしょう」
「僕と年齢が近い人・・・」
言われてユアンは自分と同年代の仲間達を思い浮かべる。
年若く、有能な人材を考えた結果、最も望ましいメンバーは最近仲間になったヒックスとテンガアール、そして・・・。
「ルック、か?」
ユアンの迷いを察してそう言ったのはフリックだ。
ユアンの眉根がぐっと寄る。本心では仲間に加えたくないという気持ちがはっきりと現れているが、他に適任者がいるかというと、正直心許ない。
そんな軍主の迷いに、軍師は冷静に意見を述べる。
「ユアン殿、我慢なさい。どんなに性格が歪んでいようが彼が優秀な紋章術師であることに変わりはない。何よりかつての仲間が三人もいれば上手く操縦してくれるでしょう」
いや、無理だ。
フリックとビクトール、そしてシュウの補佐をするアップルは同時にそう思った。
■■■■■
グリンヒル市は多くの国から学生を受け入れ、大学都市として栄える街だ。
市長であるアレク・ワイズメルが長らく病に臥せる中、娘であるテレーズ・ワイズメルが市長代行として父の後を継いでグリンヒルを治めている。
現在はハイランドによって占領されているが、ニューリーフ学院に王国軍の手が入ることなく、変わらず運営されていた。
しかし王国兵の徘徊する街よりも平穏とはいえ学生達は不穏な雰囲気に萎縮してか、あまり学院の敷地内から出ようとはしないようだ。
その学院に、ユアン達は季節外れの転入生として入学した。
ナナミやピリカは初めての学校という空間の雰囲気に、物珍しげにきょろきょろしている。
意外にも文句言わずに同行したルックは学院内を見学した後、真っ直ぐに図書室に向かってそのまま夜が耽るまで出てこなかった。どうやら彼は初めからそのつもりだったらしい、というのはフリック、ヒックス、テンガアールの共通の認識である。
肝心のテレーズの行方は杳として知れず、ユアン達は新入生として学院内を見学する振りをしながら情報を集める日々を送ることになった。
ちなみに図書室に引きこもったルックが協力することは、一切なかったのは言うまでも無い。
何の収穫も得られないまま一日、また一日と過ぎていく中、ユアン達は普通の学生としての時間を過ごしていた。
「学校って楽しいね! ご飯も美味しいし♪」
無邪気に笑うナナミは心の底から学校生活や寮生活を楽しんでいるようだ。
本来の目的を覚えているのかと不安にすらなるが、幸せそうな笑顔を見ると何も言えなくなる。
同盟軍に関わるようになってから、ナナミは不安げな表情を見せることが多かった。軍主という立場に立たされたユアンを心配し、行方の解らないジョウイを想って、どれだけ心を痛めているだろう。
だからこそ、一時とはいえ普通の学生生活を体験できる機会を存分に楽しんでほしいと思う。
部屋に入るとヒックスの姿はあったが、ルックは未だ戻ってはいなかった。
彼はユアンやヒックスが寝静まってから帰ってきているようだ。朝起きる時には部屋に居るのだから、今のところ図書室に泊まることはしていない。このままだといずれ図書室に住み着きかねないが。
「ヒックスさん、何か新しい情報ありますか?」
「そうですね、どうやら街で一悶着起きたようですよ。王国軍が強引に宿屋を捜索していました。幸い被害はありませんでしたが、街の人達は相当王国軍の横暴に悩まされているようです」
王国軍も必死にテレーズの居場所を探しているらしい。
だがユアン達が未だ手掛かりを得られないように、王国軍もまたその存在を掴めないでいるようだ。
しかし、いつまでもこの状態が続くわけではない。一刻も早く探し出さなければ。
「フリックさあ〜〜〜ん!!」
窓の外を黄色い声を上げながら駆け回る少女の姿があった。
学院の制服に身を包み、金色の髪を靡かせて走るその女生徒はニナという。
ひょんなことからフリックに助けられて以来、一目惚れした彼を追い掛け回している元気な少女だ。
フリックはそんな彼女に苦手意識を覚え、逃げ回っているのだが恋する乙女は驚異的なまでの執念を持って日々彼を求めて学院内を走り回る。
ルックは読んでいた本から顔を上げると、不機嫌を隠そうともせずに本棚の影に隠れる男を見た。
「相変わらず情けない男だね」
「うるさい。ああいうのは苦手なんだ俺は」
苦々しい口調と表情からも、彼が少女の存在に手を焼いていることが伺える。
というかこいつ、確かテレーズの居場所を知っているであろう側近だった男を探っている途中ではなかったか?
「で、いつまでこそこそ隠れてるのさ」
「好きで隠れているわけじゃない。何故かあの娘がやたらと俺の周りに出現して思うように行動できないんだ」
「あんた恋人いたことあるんだから異性の扱いくらい知ってるんじゃないの?」
「オデッサはあんな捕食者のような女じゃない」
言い得て妙である。
しかし、素晴らしい剣の腕前を持つ凄腕の傭兵である男が小娘一人にこうも振り回されている様子は愉快だ。
読書を邪魔する少女の黄色い声は不愉快だが、状況としては楽しめる。
捕食者の獲物であるフリックはというと、楽しむどころの話ではない。
窓の外に視線をやって、未だに庭をうろついているニナの後姿を見て頭を抱える。
「わけが解らん、何で俺を追い回すんだあいつは・・・」
「あの娘が言うには“恋しちゃった”からだろ」
笑いを含んだ声に、ルックが斜め上から状況を楽しんでいる心境がよく解る。なんて憎らしいガキだ。
「相手の迷惑を考えずに突進するようなのが恋なのかね」
当惑のため息とともに吐き出した言葉に、ルックの口の端が意地悪く歪んだ。
「そういえば三年前に相手の迷惑を考えずに絡んできた青い奴がいたね」
「・・・・・・・・・」
こいつといるとニナとは別の意味で辛い。
解ってはいたが改めてそれを実感し、こまっしゃくれ風使いのいる図書室を避難場所に選んでしまった己の愚かさを呪いつつ、フリックは「邪魔したな」と言い残して図書室から出て行った。
これでようやく一人の時間を過ごせる。
満足気な表情を浮かべ、ルックは本の世界へと入り込んでいった。
散歩するオバケが出る。
そんな噂が密かに寮内で広まり始めていた。
オバケを苦手とするナナミは夜も眠れないほど怯えてしまい、噂を知ったその日の夜などはユアンは何度かトイレに付き合わされるはめになった。
そしてその日の夜、異変は起きた。
・・・ギシ・・・ギシ・・・
不気味な足音が深夜の寮の廊下を軋ませる。
夢うつつから何とか意識を浮上させ、ユアンは寝台に状態を起こして寝ぼけ眼で周囲を見渡した。
ベッドの一つは空だが、もう一つには同じように眠たげなヒックスが身を起こしている。
「この音は何だろう?」
「何でしょうね?」
二人で首を傾げていると、隣の部屋の扉が開閉する音がした。すぐさまユアン達の部屋の扉がノックされ、切羽詰ったようなナナミの声が聞こえてくる。
「ユアン、ユアン、起きてる!?」
夜中ということで声を抑えてはいるが、それは恐怖に引き攣っていた。
起き上がって扉を開けると、ナナミとピリカ、テンガアールの姿があった。
「聞こえたでしょ、あの足音! オバケだよ、オバケが出たんだ!」
大きな瞳いっぱいに涙を溜め、縋り付くようにユアンの服を握り締める。
手の震えや顔色の悪さから、心の底から怯えているのが解る。
慰めの声を掛けようとしたユアンより早く、テンガアールがふと呟いた。
「でもオバケが足音立てるかなあ?」
「え?」
言われてみれば確かに。
足音を立てるということは実体があるということ。実体があるのならそれはオバケや幽霊などではない。
その瞬間ナナミの涙が引っ込み、怯えは怒りに変わる。
「ということは泥棒!? 大変! 追いかけるわよ!」
先ほどまでのしおらしさはどこへやら。
ユアンに縋り付いていた手はしっかりと弟の手を握り締め、強引に引っ張りながら駆け出す。
そうしてオバケとユアン達の追いかけっこが始まった。
寮内を一通り走り回ったユアンだが、地下室に入ったところで怪しい気配を見失ってしまった。
だが地下室を探し回っていると、偶然にも隠し扉を発見する。
「これであの足音がオバケのものじゃないってことよね!」
オバケではないことを確信すると、俄然やる気が出たようだ。
ユアン達は苦笑しながらも、今は不審者を追うことが先決と、隠し扉を潜った。
地下室の隠し通路は学院内へと続いていた。
真っ暗な広い校内を怪しい気配を追って進んでいたユアン達の前方に、立ち止まって身を潜める黒い影が見えた。
寮内でユアン達の視界の端を何度か通り過ぎた不審者に違いない。
少し距離を取って柱に隠れ、様子を窺う。
動く気配はない。
「いい、せーので行くわよ」
ナナミの言葉にユアン、ヒックス、テンガアールが頷く。
狙いは定まった。
「せーの!」
号令と共に一斉に四人+ピリカが柱の陰から飛び出した。
ハッと振り向く影に抵抗する間も与えず、四人+ピリカが飛び掛る。
「「「捕まえた っっ!!!」」」
「うわあ!?」
四人+ピリカの体重を受け止めきれず、影が倒れこむ。
ユアン達は逃げられないようにその上に圧し掛かった。
「さあ、観念しなさい!」
「正体を現せ!」
「いい加減にしろ、お前ら!!」
あれ? 何か聞き覚えがある声だな。
声に反応して動きが止まるユアン達の周囲に、突然明かりが灯った。
「「「「「!!!」」」」」
光源に眼をやると、そこには呆れた表情でユアン達を見る図書室に引きこもり中のはずの絶世の美少年がランプを手に立っていた。
「何やってるわけ」
ランプの明かりが煌々と照らしながらも、こちらを見るルックの眼も口調も凍りつくほど冷たい。
茫然とするユアン達の下からは苦しげな怒りの声が上がる。
「こら、早くどけ!!」
見ると自分達が押し潰していたのはフリックだった。
「なんでフリックさんがここにいるの?」
「俺はテレーズの側近の男の後をつけていたんだよ。いいから退け、見失うだろうが!!」
それは大変失礼しました。
弾かれたようにユアン達はフリックから離れる。
慌ててフリックは廊下のさらに奥に駆け出すが、その先は行き止まりだった。
「確かにこちらに来たんだがな・・・」
「寮の地下室みたいに隠し通路があるのかも知れませんね」
ヒックスの言葉に、ユアン達はそれぞれ壁際に走り寄ると丹念に調べ始める。
その様子を興味なさげに見ていたルックはおもむろに中央にでんと立つ石の胸像の前に立つと、何を思ったか思いっきり足蹴にした。
・・・ゴゴゴ・・・
隠し扉が開いた。
「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」
いや、もはや何も言うまい。
扉の向こうには暗闇の森が続いている。
こんな夜中に森の中をうろつくのは危険ではないか。
という良識は何故か今のユアン達には働かず、道があるのなら突き進むのみ!とばかりに足を踏み出した。
森の奥へと続く道をしばらく歩くと、途中に小さな小屋を見つけた。
「こんな所に・・・」
テレーズの隠れ家だろうか。そうであってほしい。
期待を胸に近づくユアン達の前に、ふいに男が立ち塞がる。
フリックが追っていたテレーズの側近の男だ。その後ろには儚げな風貌の美しい女性の姿もある。その女性こそ、ユアン達の探していたテレーズだった。
フリックは自分達に戦う意思はないことを側近の男―シンに伝え、テレーズには同盟軍に協力するよう要請する。
だが、テレーズは哀しげに首を振って答えた。
「私では貴方方の力になれないわ」
そう言って彼女はグリンヒルが王国軍の手に落ちた経緯を語った。
それはあまりにもやりきれない出来事だった。
王国軍の侵攻に備え、住民総てがテレーズのもと一致団結して警戒していた時。
王国軍に捕らえられ、捕虜となっていたミューズの兵士が何故か釈放されてグリンヒルに合流した。
武器を返され、戦う術を持つミューズ兵士の合流をグリンヒルの人達は歓迎した。
だが、王国軍はすぐに攻め入ることはせず膠着状態が続き、次第にグリンヒルの食料が尽き始めた。
そしてグリンヒルの人々とミューズ兵士の間で食料の奪い合いが始まり、グリンヒルは内側から崩壊したのだ。
誰のせいでもない。だが、誰もの責任でもある。
誰もそんなつもりではなかったはずだ。なのに、グリンヒルは戦わずして敗北した。
「私はもう、あんな戦いを見たくは・・・」
余程彼女の心に深い傷が残ったのだろう。
精神的にテレーズがかなり追い詰められているのが解る。
これ以上彼女に協力を求めるのは酷なのかも知れない。
シンに守られながら小屋へと戻るテレーズを、ユアン達は見送ることしかできなかった。
■■■■■
テレーズに会うことはできた。
だが、彼女を同盟軍に連れ帰ることは出来そうにない。
説得する術を持たず、ユアン達はこのままノースウィンドウに戻るべきだろうかと思い始めていた。
その矢先、グリンヒルの街に出たユアン達は広場が騒がしいことに気付いた。
好奇心に駆られ、そちらに足を向ける。
広場は物々しい雰囲気に満ちていた。
大勢の人が集まる中、彼らの前に王国軍が立ちはだかっている。
王国軍の中心に立つ人物が、かつてユニコーン隊に所属していた頃に隊長だったラウドであることに気付き、ユアンは目に付かないように人波に姿を隠す。
ラウドは街の人々に向け、テレーズを見つけた者に対して賞金を与えると声を張り上げていた。
王国軍の横暴に苦しめられていた街の人々はラウドの言葉に不信感を抱いているが、やがて金欲しさに情報を売る者が出てもおかしくはない。
その時、ラウド達のもとに近づく新たな王国軍の一団があった。
「うそ!」
ナナミが驚きの声を上げる。
ユアンやフリックも息を呑み、その人物を凝視した。
「グリンヒル市民の方々、これはハイランドの皇子ルカ・ブライト様からの正式な布告である。テレーズは必ず“生きたまま”捕らえてもらいたい。王国軍は死体に金を支払う気は無い」
凛とした声が広場に響き渡る。
それはユアンとナナミが知る優しい幼馴染ではなく、王国軍の将の姿だった。
「どうして? どうしてジョウイがあんな所に!」
動揺を隠せないでいるナナミの横をピリカが走り抜けていく。
ユアン達の制止の声も届かず、小さな少女は人ごみを潜り抜け、まっすぐにジョウイのもとに走った。
慌てて後を追ったユアン達は人波を掻き分けてジョウイの目の前に飛び出していた。
王国軍の視線が一斉にユアン達に注がれ、ユアンの顔を知るラウドが「お前は!」と声を上げた。
ユアンの眼はラウドなど掠りもせず、ジョウイにだけ向けられた。
何の感情も浮かばない瞳がナナミとピリカ、そしてユアンを映す。
「ジョウイ・・・どうして君が・・・」
「ユアン・・・」
確かに幼馴染なのに。
ハイランドの軍服を纏い、王国軍兵士を従えた彼の姿は目の前にいても遠く感じられた。
「逃げるぞ、ユアン、ナナミ!」
フリックの厳しい声に我に返り、ユアンとナナミはピリカをつれて駆け出した。
こんな所で王国軍に捕まるわけにはいかない。
ユアン達を追おうとする王国軍だが、彼らに不満を募らせていたグリンヒル市民の暴動と相まって、広場は大混乱に陥った。
この分では街の入り口はすでに封鎖されているはずだ。
ユアン達は学院に引き返し、隠し通路から外に出ることにした。
学院内を走り抜き、森の道を突き進んだ先の小屋にたどり着いた頃、ようやくユアン達は一息をついた。
「話に聞いていたハイランドの“切れ者の指揮官”ってのはジョウイのことだったんだな。しかし、王国軍の軍団長に収まっているとは・・・」
「そんな、嘘よ、ジョウイはそんなこと・・・」
フリックの呟いた言葉に、ナナミが悲痛な表情で首を振る。
「とにかく、王国軍の口約束など信用できない。テレーズは奴らに殺されるかも知れない。力尽くでも連れて逃げるぞ」
小屋に居たテレーズはフリックの言葉に難色を示していたものの、シンや彼女達に密かに協力していたというニナの説得によってユアン達とともに逃げる決意を下した。
小屋を出てさらに森の奥に進めばグリンヒルから脱出できる。
ユアン達は再び走り出した。
後もう少しで出口というところで、ようやくユアン達は走る速度を落とす。
「なんとか逃げ切ったみたいね」
すでに背後から追っ手の気配はない。
安堵を浮かべたその時、前方からこちらに向かって歩いてくる一人の軍人がいた。
「あ・・・!」
驚きを浮かべて足を止めるユアン達とは逆に、ピリカはその人物目掛けて走り寄って行く。
体当たりするピリカを受け止めたその軍人は、ジョウイだ。
共も付けず、たった一人で現れたジョウイはユアンとナナミを見つめながら確かな足取りで二人のもとへ近づく。
「ユアン・・・ナナミ・・・」
「ジョウイ!」
泣きそうなナナミの声に、ジョウイの表情が歪む。
「これは友人としての忠告だ。同盟軍のリーダーなんてことはやめて、どこかに逃げるんだ。勝敗はすでに定まっている。君らのやっていることは、ただいたずらに戦いを長引かせるだけだ」
「それはハイランドの言いなりになれってこと?」
「ハイランドも都市同盟もルカの好きにはさせない・・・。君が戦う必要はない・・・ユアン・・・」
「僕は・・・逃げるわけにはいかない」
二人の間に、重苦しい沈黙が降りる。
異様な雰囲気に怯えたのか、ピリカが泣き声を上げた。
ナナミもまた、哀しげに二人を見る。
互いに静かに相手を見つめるユアンとジョウイの間に、かつての幼馴染としての気安さはなかった。
静寂を切り裂くように、森の奥から追っ手の気配が近づいてくる。
するとジョウイはスッと道の端に寄り、ユアン達に道を開けた。
「そろそろ逃げた方がいい」
「ジョウイ、どうしたの! 嘘でしょ! 信じないもん!! ジョウイがルカの手先になるなんて!!」
堪え切れず、ナナミが悲痛な叫びを上げた。
だがジョウイはナナミに答えることはなかった。
「追っ手が来る、逃げるぞ!」
「行こう、ナナミ」
ピリカを腕に抱いて走り出すフリックの後ろを、テンガアールの手をヒックスが、ナナミの手をユアンが引きながら続く。
「やだやだやだ、こんなのやだ!! せっかくジョウイに会えたのに!!」
必死にジョウイに向かって差し出すナナミの手を、ルックの手が掴んでユアンと共に強引に引きずる。
「まったく、手の掛かる小娘だね」
吐き捨てるようにそう言ったルックの言葉にも、ナナミは「やだやだ!!」と駄々っ子のように繰り返す。
ルックと共にナナミを引きずりながら肩越しに振り返ったユアンの視線の先に、こちらをじっと見つめたまま立ち尽くすジョウイの姿が映った。
痛々しいまでに孤独な姿に胸が痛む。
ナナミのようにジョウイに向かって手を差し伸べ、「一緒に行こう」とは言えなかった。
都市同盟のリーダーであり、ミューズ市長であったアナベルを手に掛け、同盟軍を分裂させてしまったのは他でもなくジョウイだ。
ユアンとナナミが許しても、同盟軍に彼の居場所はない。
ユアンが望まない、要らぬ争いの火種を持ち込んでしまうだけなのだから。
(たった一人で、君はどうしようと言うんだ、ジョウイ・・・)
そんなにも泣きそうな顔で僕達を見つめているくせに、何もかもを背負っていったい何を始めようと言うのか。
自分の手を罪に染めてまで、成し遂げたいことって何?
疑問を投げかけながらも、ユアンは心のどこかでそれを知っている。
ジョウイが何よりも守りたいものは、ユアンとナナミとピリカ。
大切なものを守るためならば、自身の命すら懸けるのだろう。
そのために大切な人達を傷つけることになっても。
幼馴染と敵対することになっても。
再び再会する時――僕達は敵同士だ。
どちらかが言ったわけではないけれど、互いにそう確信していた。
振り切るようにジョウイから視線を引き剥がし、前方だけを見据えて走り出すユアン。
二人の少年の間に生じた距離は、ただ広がるだけだった。
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グリンヒル編でした。
今回はルックにしては協力的だったかと。
フリックは散々だったね(苦笑)。
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