君との距離
坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール
2主:ユアン(元)



「「
マクドールさーんっっ!」」


グレッグミンスターの街中に響き渡る、不必要なほど元気な声。
毎度おなじみ同盟軍軍主の少年が姉と仲間を引き連れ、マクドール家のお坊ちゃんのお出迎えに現れたのだ。

いつにも況してキラキラと輝く瞳が、マクドール邸の扉が開く時を期待を込めて見つめている。

ここまで彼等がうっとうしいまでにうるうるうるうるしているのには理由があった。


敬愛してやまない愛しの天流・マクドールさんが、ある日突然家人のクレオと共にトラン漫遊に出て、早20日。
その間ユアンは毎日のようにサスケをグレッグミンスターに送り、天流が帰って来るのを今か今かと待ち侘びていた。
そして昨日、ようやく天流の帰宅の情報を得、勇んでマクドール邸にやって来たのだ。


サスケにとってはいい迷惑である。
彼はこの20日間グレッグミンスターに通い続け、マクドール家に訪れる度、その日その場にいたアレンやグレンシール、執事に庭師に掃除婦らに天流の不在を告げられ、とぼとぼとデュナンに帰って行くのを繰り返していた。
昨日、待ちに待った天流帰宅を最も喜んだのは、実は彼かも知れない。

そして今回付き合わされたビクトール、シーナ、ルックにとっても迷惑この上ないのだが、やはり彼らも天流に会いたいのは同じなため、文句は口にしなかった。
ただ、同じように天流に会いたくて同行を申し出たが、ルックとシーナによって行方不明とされてしまった某青雷は不運である。



期待に満ちた姉弟の視線を浴びるマクドール邸の扉が内側から開き、クレオがユアン達を出迎えた。

「いらっしゃい、ユアン君にナナミちゃん達も」

「こんにちは、クレオさん!」

「ティエンさんはいますか?」

彼女が居るということは、間違い無く天流は家に帰っている!
尻尾があればちぎれるほど振っているであろう仔犬のような姉弟に、クレオは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「ごめんなさい。坊ちゃんは今ちょっと出掛けられてるの。良かったら中で待っててくれる?」

「「はいっ。お邪魔しますっ!」」

元気な声で同時に答え、姉弟は邸内に入っていく。
この20日間の長さに比べれば、たかだか数刻が何の問題になろうか。

二人に続きながら、シーナが不思議そうにクレオに尋ねた。

「外出って、どこに行ったんですか? 帰って来て間もないのに」

「お城に、お土産を配りにね」

「ははっ。なるほど」

今頃、父親を始め城の者達は涙を流して喜んでいることだろう。
容易に浮かぶその光景。感動の渦に巻かれてさぞ居心地の悪い思いをしているであろう大切な友人に同情を禁じえない。
そして家に帰れば次は軍主姉弟が待ち構えている。

(絶対に俺が守ってやるからな、ティル!)

決意も固く、一人内心でガッツポーズを決めるシーナだった。


「じゃあ僕はティルの部屋にお邪魔するよ」

玄関をくぐるなりそう言って、勝手知ったる他人の家をまっすぐに階段を上がって行くのはルックだ。
すると、ギラリンと獰猛な光を発するユアンの目がすぐさま風の魔術師を捕らえて声を張り上げた。


ちょーっと待ったあああっっ! そこの性悪魔術師!!


「何さ。馬鹿猿軍主」


ユアンの制止の言葉もさることながら、自分が身を置く城の主に対するルックの言い様もたいしたものだ。
この二人の間には仲間意識も友情も好意もなかった。通うのは互いが邪魔だという認識のみである。

「ティエンさんの部屋に勝手に上がり込むつもり!?」

「ふん。何を今更そんなことを。いつものことだよ」

「いっ、いつものことぉ!!??」


確かにいつものことだ。
心の中でクレオはそう呟いた。彼女はルックがどれだけマクドール邸、いや天流の部屋に馴染んでいるのかをよく知る証人である。


「ティエンさんの自室に入るなんて、そんな羨ましい、じゃなくて不埒なことはこの僕が許さないぞ!」

「何であんたの許可が必要なのさ」

「不埒って、お前・・・」

いったい何を妄想してるんだ、とビクトールの呆れた視線が向けられる。


「だってティエンさんの自室だよ? 部屋に漂うティエンさんの匂いを嗅いだり、寝台に潜り込んだり、クローゼットを物色したり、机の引き出しを漁って秘密の日記をのぞいたりしてるんだーっ!!」


「「変態か、お前は」」

シーナとビクトールの声が見事に揃う。
ところがいつもは冷ややかな軽蔑の眼差しで毒を吐くルックは、今回珍しくユアンに同意した。

「ま、寝台に潜り込むくらいはしてるね。本人が居る時に」


「「「
するなっっ!!!」」」


ユアンまでが加わり、見事な三重奏となった。

そんな三人に「フン」と冷笑を返し、ルックは階段を上がって行く。
その後を猛然と追いかけるユアンとつられて続くナナミの姿に、数秒間取り残されていたビクトールとシーナも後を追った。

綺麗に片付けられた部屋ではルックとユアンの睨み合いと毒舌合戦が繰り広げられていた。

「まったく、図々しいヤツだね。無遠慮に他人の部屋に上がり込むなんて」

ルックには言われたくない台詞だろう。

「ティエンさんの部屋の空気を一人占めしようなんて、レックナート様が許しても僕と正義が許さないんだよ!」

その台詞も如何なものかと・・・。

「ティエンさんの部屋綺麗〜。一輪挿しはあるけど人形はないのね。今度ぬいぐるみプレゼントしようかな♪」

彼女は隣国の英雄に何を求めているのだろう。

「フリックも来たかっただろうなあ。それにしても何処行っちまったんだろうな、あいつ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

メンバーそれぞれに内心で突っ込みを入れていたシーナも、ビクトールの台詞に返す言葉はなかった。何しろ彼は犯人の一人である。

バツが悪そうなシーナの様子には気づかず、ビクトールは天流の部屋をぐるりと見渡し、やがて何かを発見して白熱する舌戦の発生源を迂回してそれに歩み寄った。

部屋の隅に大切そうに立て掛けられている一振りの細身の剣。かつて、一度だけ天流がそれを振るうところを見たことがある。
それから数年が経つが、現在も丁寧に手入れされていると解る剣は今尚鋭利で美しい。

「わあ、綺麗な剣〜」

ビクトールの後ろから顔を出したナナミが剣を見て感嘆の声を漏らした。

「さすが名将軍テオ・マクドールの子息だけあって立派な剣持ってるよなあ。そこらのナマクラとはわけが違うぜ」

ちらっと自分の腰のものを見て、はあ〜とため息をつく。
そんなビクトールに、シーナは悪意はないが小馬鹿にしたような笑い声を上げる。

「お坊ちゃんと山賊を一緒にすんなって」

「誰が山賊 『誰がナマクラだ!

ビクトールの声を遮って、怒りに満ちた別の声が響き渡る。
聞き慣れているビクトールはうんざりしたように再び自分の腰元を見やった。

「別に誰とは言ってないぞ。ティエンの剣が立派だって話だ」

『ふん、質は良くても剣は使わなくては意味がない』

「たまに眠らせたままでいた方が良いって例もあるがな」

『未熟な貴様に我慢して使わせてやっているというのに、一人前に文句か』

「質も口も悪い上に使えねえやつが何ほざいてんだ」

『貴様、我を愚弄するか!!』


怒りと屈辱に満ちた怒声とともに、ぐにゃりと空間が歪んだ。



「「「「「!!!!!!!!!!」」」」」



事態に気づいた時にはすでに遅く、天流の部屋は異界への入り口と化してしまった。


哀れ、五人はブラックホールにちゅるん、と吸い込まれたのだった。







「「「「
うわわわっっ!!!」」」」



しゅぽん、と空間から放り出された五人はもんどり打って地面に叩きつけられた。
約一名だけ素早く風を纏ってふわりと着地したが。



「っの熊! てめーには学習能力ってのがねえのかよっ!!」

「何で僕まで巻き込まれなければいけないのさ」

衝撃が治まると同時にシーナが食って掛かり、続いてルックが絶対零度の怒りを声に滲ませる。二人は4年前に一度同じような目に遭ったことがある。
まさかまた300年の時を越えたりはしていないだろうか。


「う〜・・・ここどこぉ?」

打ち付けただろう場所をさすりつつ、ナナミが辺りを見回しながら言う。

そして五人ははて、と首を傾げた。

「・・・・・・何か、あまり変わり映えしないような・・・」

「ティルの部屋・・・っぽいな」

「だが微妙に違う気も・・・」

ユアン、シーナ、ビクトールが部屋を見渡して感想を述べた。

「おい星辰剣、ここは何処だ」

『知らん』

「・・・使えねえ」

家具の配置が少し違う気もするが、彼らが立つ場所は間違いなく天流の部屋だった。窓から見える風景も特に大きな変化はないのだが、先程まで話題に上っていた細身の剣がなく、一輪挿しに飾られている花も別のものだ。

時間を越えてしまったことは確かなようで、用心深く部屋を眺めていたルックはおもむろに扉を開けて部屋を出た。

その時。


「誰ですか?」


「「「「え?」」」」

天使のように澄んだ可愛らしい声に、ユアン達も続々と部屋を出た。
そんな彼らを驚いたように見つめる琥珀の瞳。その瞳に映された瞬間、全員が動きを止めた。


「――この子って・・・」

白い肌、艶やかな黒髪、宝石のような金色の瞳、紅い胴着に緑のバンダナ・・・ここまで揃っていれば、どこからどう見てもその人物の正体は――。

「ティル!?」

シーナの声に、彼はビクッと身体を強張らせた。それを怯えと見て取ったルックとシーナは咄嗟に彼と距離を取った。足の速い彼ならば充分に自分達から逃げられるだけの空間を与える。

ルックとシーナに遮られながらも軍主姉弟は好奇心に満ちた声を上げた。

「えええ〜!? かわいいーっvvv」

「ティエンさん! 何で縮んじゃってるんですかあ!!?」

彼らの知る天流は外見十四、五歳、中身二十歳なのだが、今目の前に居る天流らしき人物は――十歳をちょっと超えた位だ。
見ず知らずの人間を前にしても平静を保とうとする姿勢は将軍の子息として相応しく、聡明な印象を与えるが、現在の彼よりずっと幼くあどけない。まさしく、“かわいい”という言葉がぴったりだ。


「落ち着きなよ、鬱陶しい。単に僕達が過去に来てしまっただけだろ」

後ろできゃあきゃあと騒ぐ姉弟にうんざりし、ルックは吐き捨てるように説明をする。

「えっ? あ、そうか。つまりティエンさんが子供の頃に・・・
えええええっっ!!!???

今度は別の意味で叫び声を上げるユアンに、ルックとシーナは不快げに耳を塞いだ。

「あの・・・?」

わけが解らないのは幼い天流も同様で、突然現れた珍客に困惑している。そんな天流に、ルックはユアン達に向けるものとはまったく違う優しく穏やかな目を向けた。

「ああ、悪いね。別に怪しい者じゃ・・・充分怪しいか。こいつらは」

「お前はどうなんだよ」

「うるさい。ところで、ここはグレッグミンスターかな? 赤月帝国の」

問いかけに、天流はこくんと頷いた。

「そうです。もしかして迷子ですか?」

「・・・まあ、間違ってはいないね。この家には君一人なの?」

ここが過去ならば、坊ちゃん命の従者が居るはずだが、広い屋敷に人の気配は感じられない。将軍の子息である天流の傍には常に誰かが警護のためくっ付いているはずだが。

「今は・・・。でももうすぐテッドが来るから」

「あいつか・・・」

「テッドを知ってるの?」

忌々しげな低い口調だったが、面識がある様子に天流から警戒心が薄れる。

「・・・知ってはいるね・・・」

じっと覗き込んでくる無邪気な瞳に、ルックは複雑そうな表情でそう呟いた。
幼い天流の緊張を和らげるために、あいつの力を借りることになるとは・・・。



「ティル〜っ! テッド様が来てやったぞ〜っ」


階下から届く明るい声に天流はパッと顔を輝かせて身を翻し、階段を駆け下りて行く。

「あ、待って下さい〜」

複雑そうなルックとシーナの脇を擦り抜け、ユアンとナナミが弾む足取りでその後を追う。
一拍後、残った三人も階段を下りて行った。


「テッド!」

駆け寄る細い身体を、彼よりも少し大きな少年がぎゅっと抱きしめる。
満面の笑顔の二人は互いに会えたことを心から喜んでいた。

――気に入らない。


「よしよし。寂しくなかったか? ん?」

天流の後ろから続々と現れる見知らぬ他人達の姿に気付いたテッドは、朗らかだった雰囲気を一変させて警戒を露にする。

「ティル、こいつら誰だ?」

「迷子になったそうだよ」

「迷子〜? あんなムサイおっさんもか? 馬鹿! 何でこんな怪しい奴等を家に上げるんだよお前はっ!」

「馬鹿じゃない! それに上げたんじゃないよ。いつの間にか入って来てたの」

阿呆かあああっっ!! そんじゃ不法侵入じゃねえかっ!!

親友のあまりの剣幕に、天流はユアン達が見たことがないくらい動揺した。

「だって悪い人達には見えないし・・・」

「何言ってんだ! 女の子は別としても、山賊のようなおっさんといい、そこの二人の目付きの悪さといい、あいつの馬鹿そうな顔といい、怪しいことこの上ないだろっ!」

「「「何だとコラ・・・」」」

山賊と目つきの悪い二人其の一と馬鹿面が声を揃えた。

「失礼だよ。テッド」

たしなめる声には答えず、テッドは天流を護るようにその腕に閉じ込め、ユアン達を睨み付ける。

「別にその子に危害を為すようなことはしないよ。あんたなら解るだろう。この熊が持ってる剣のことを」

剥き出しの敵意に、目つきの悪い二人其の二ルックが面倒臭そうに言葉を返す。
その指が指す方に胡乱げに視線をやったテッドは、“それ”を見止めて瞠目した。

「・・・星辰剣」

「そういうこと」

考え込むように沈黙し、テッドは用心深く五人を見据えながら天流から腕を離した。

「ティル、お前、こいつらにお茶でも出してやれよ」

「? わかった」

素直に言葉に従い、天流は厨房へと向かう。
その姿が完全に視界から消えると、テッドはルックと対峙した。

「つまりお前達は過去か未来から来たってわけか?」

「未来、だよ。この熊が馬鹿なことしてね。気が付けばここに来てたってわけ」

「ふうん。で、どうやって帰るんだ?」

「さあね。こいつに聞いてよ」

ひんやりとした空気が辺りに漂う。
天流がいなくなった時点で気温が数度落ちているのは間違いないのだが、さらに冷ややかなのは二人の少年の互いに向ける視線と声音だ。
ユアンとルックの争いの場合はユアンが一方的に熱くなって喚き立てるので、冷気は一人分に止まっているが、人生経験豊富なテッドはその気になればルック以上の冷気を発することができる。

ルックは内心で舌打ちした。
本当に憎々しいくらいに変わっていない。
5年前に魔術師の塔で出会った頃のそのままの姿で、彼は目の前に居た。


「おい、ユアン。どうしたんだよ」

冷たい空気もそっちのけで、天流が去って行った方向をぼーっと眺めて突っ立っているユアンに、シーナが不審そうに声を掛けた。
何やら頬が染まり、瞳がきらきらしているように見えるのは気のせいだろうか。いや、気のせいではなかった。

だって・・・ティエンさんがあまりにも可愛過ぎて・・・v

夢見るポーズで感動しているユアンの言葉に、テッドが素早く反応する。

「お前ら、ティルを知ってるのか? 未来での友人か何かか?」

「そんなところだよ」

友人のままでいる気はないけどね。
と続いたルックの言葉に、テッドは再び警戒を浮かべる。

「なっ! ルック! ティエンさんに手を出したら承知しないぞ!!」

怒りを露に怒鳴るユアンの声などどこ吹く風とばかりに綺麗に無視をし、ルックとテッドは無言で睨み合う。


「てめえ・・・ティルに変なことしたら・・・裁くぜ?」

「やってみなよ。その前に切り裂いてやるからさ」


温かな家庭の代名詞であるマクドール邸が、今やツンドラの大地と化した。



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