8.エピローグ
リースは、風を感じていた。
見事な楕円を描く月と、宝石を散りばめたような星の光の中、柔らかで優しい風が吹く。
人の近付く気配に振り向くと、一人の青年が彼女を見つめていた。
銀色の長い髪を束ねた、細身だが鍛え上げられた長身のその青年は、鷹のように鋭い金色の瞳に今は優しさを宿して、その端正な顔には微笑みを浮かべている。
つられてリースも微笑んだ。
「眠れないのですか?」
微かに声が震えた。
緊張していることを悟られただろうか?
「君こそ。夜更かしは美容の大敵だぜ?」
冗談めいたホークアイの口調に、リースの緊張が解けて自然に微笑みが広がる。
闇の中、ホークアイが一歩ずつリースに向かって歩いて来る。
金色の瞳に捕らわれ、引き込まれそうな感覚を覚える。
「明日の朝には旅立つんだから、早く寝ないといけないよ」
低く、甘い声で囁かれ、リースの胸の鼓動が激しく高鳴る。
怖さにも似た、痛いような疼き。
「ホークアイさんこそ・・・」
声が掠れる。
か細いその声に、ホークアイは決まり悪そうに頭を掻いた。
「いやあ、ちょっと、興奮して、さ」
「・・・私もです。本当に、記憶が戻ったんですよね?」
確かめるようにのぞき込んでくる少女に、ホークアイは笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。辛い思いをさせちまってごめんよ。記憶を失っていた時のことはよく覚えてる。俺さ、君に心惹かれている自分に戸惑ってたんだよ。ほら、王族嫌いだから・・・」
その時のことを思い出したのか、ホークアイは肩を竦めて苦笑する。
「デュランには悪いことしたな・・・。実は俺、君とデュランの仲を誤解してたんだ」
「え?」
意外な言葉に、リースは驚いて彼を凝視した。
その視線を受けて、ホークアイは恥ずかしそうに俯き、
「いや、だってさ、君ら仲良いから、その・・・」
口篭もって、その先は言葉にならなかった。
「し、知りませんでした・・・。私は、同じ年の男の方がいれば貴方の気が紛れるだろうと思って・・・。済みません・・・。」
「おいおい、謝られると俺の立場がないよ。悪いのは俺なんだぜ?」
困ったように言うホークアイの言葉にリースは慌てて、
「ご、ごめんなさい」
沈黙。
「「くっ」」
同時に二人は吹き出した。
光り輝く夜空に二人の笑い声が響く。
「まったく、君には負けるよ」
一頻り笑った後、目を擦りながらホークアイは言った。
「だけど、ホークアイさんの機嫌が悪かったのは、その誤解のせいだったんですね。ホークアイさんも私と同じような気持ちでいたなんて、ちょっと意外です」
「ジェシカのことだね?」
静かに問われ、リースは少し躊躇した後頷いた。
「・・・はい。私はきっとジェシカさん以上の存在にはなれないんだろうなって、思っていました」
「ジェシカはジェシカ、リースはリースだよ。それ以上でも以下でもない。二人とも俺には大切だよ。ただ、ジェシカは妹、リースは・・・」
「・・・・・・?」
ふいに途切れた声に、不思議そうにホークアイを見上げたリースは真摯な視線に射竦められた。
ホークアイの両手がリースの頬をそっと包む。
この先の彼の行動を予測して、リースの頬が薔薇色に染まる。
「リース」
「は、はい?」
「いつになれば君は、俺を「さん」付けで呼ばなくなるのかな?」
「えっ? あ・・・」
少しずつホークアイの顔が近付いてくる。
鼻先が触れ合うほどの距離で、彼はまた問いかける。
「いつ?」
リースは耳まで赤くなって身を引こうとするが、ホークアイがそれをさせない。
彼の両手はしっかりと彼女の頬を挟んで離さない。
「ん?」
さらに追い詰めてくる。
「あの・・・、できるだけ、努力、しますから・・・」
恥ずかしさで消え入りそうなほど小さな声だったが、ホークアイにはリースの言葉がはっきりと届いた。
端正な美貌に、この上もなく嬉しそうな笑顔を浮かべる。
優しさと愛嬢に溢れた笑顔。
それは唯一人、彼の愛する少女にのみ向けられたもの。
微笑が消えても瞳の柔らかさは変わらず、また彼はリースに顔を近付けていった。
リースは今度は逃げようとはせずに、幸せな気持ちで湖面のように蒼い瞳を綴じた。
ホークアイはまず蒼い宝石を隠した瞼にそっと唇を触れ合わせると、金色の前髪の掛かる額へ、朱色に染まった頬へと唇を移動させた。
そして、それは・・・。
少し強い風が通り過ぎて、二人の長い髪が絡み合う。
風に招かれてやってきた雲が、月の光と星々の輝きから、重なり合う二つの影を、隠した―――・・・・・・。
fin.
〈コメント〉
はい、完結です。長いシリーズを読んで下さった方、ありがとうございました。
既存の話をリメイクしながら書き移していくだけの作業だったんですけど、
それでもこんなに時間が掛かってしまいました(汗)。
この話は結構気に入ってはいますが、5、6年ほど昔の作品なので照れます(苦笑)。
た、楽しんでいただけたでしょうか?
宜しければご意見ご感想など聞かせてやって下さいませ。
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