|
第1章『旅の始まり』
1.出会い
城塞都市ジャド。
ファ・ザード大陸のほぼ中心に位置し、強固な石の城壁に囲まれた要塞を思わせる大きなその都市は、世界各国の船の中継地点として栄え、聖都ウェンデルへの玄関口としても名高い。
だが、そこは今、ウェンデルを侵攻せんとする獣人達の突然の襲撃によって占領されてしまっていた。
陸海路を封鎖され、人々は街から出ることを許されなくなっている。
抵抗しない限り獣人達が人々を襲うことはないが、絶えず街を徘徊する獣人達に人々は怯え、ジャドにはかつての活気はない。
そんな中、街の武器屋に一人の戦士風の青年が訪れていた。
彼はいらいらと店の中を歩き、
「冗談じゃないぜ! なんにも無いじゃねえか!」
苛立ちを抑えられないように怒鳴る。
「だから、全部獣人達に取り上げられてしまったんですよ。これじゃ商売にもならなくて、私達も困ってるんです」
痩せ気味の商人が溜息と共に吐き出す言葉には、獣人達に対する畏怖と怒りが混じっている。
獣人達は人間達が逆らわないように武器や防具等を一切取り上げてしまっていた。
青年は忌々しそうに窓の外を見やり、視界に獣人の姿を捉えて舌打ちする。
「邪魔したな」
呟くようにそう云って店を出た。
穏やかな昼下がり、外は青空が広がって清々しい。
しかし、どんなに天気が良くても彼の心は晴れない。
「いったい何だってんだ。獣人の奴ら!」
吐き捨てるように云って、彼は人通りの少ないジャドの道を歩き始める。
精悍なその顔には、抑えきれない苛立ちが浮かんでいる。
伸ばし放しになっている茶色の髪と、藍色の瞳、そして鍛え上げられた逞しい身体。
全体的に気の荒そうな印象を受ける青年は、名前をデュランと云った。
「ジャドの街は我々ビーストキングダムが占領した! おとなしくしていれば危害は加えん!」
領主の館のバルコニーに立って、一人の獣人が街の人達に言い聞かせるように声を張り上げている。
その様子を、気付かれないように気を付けながら伺っている一人の少年がいた。
「・・・・・・あいつら、もう来てたのか。困った、何とかここ出ないと」
思案するように顔を顰め、少年は素早くその場を離れた。
浅黒く逞しい肉体を持ちながらも、その顔立ちには幼さが残る。金茶色の髪と金色の瞳、印象的な太い眉。戦士というよりは格闘家を思わせる風貌の少年は、よく観察してみるとジャドの街を徘徊する獣人達に似ている。
彼の名前はケヴィン。れっきとした獣人だ。
だがケヴィンは仲間であるはずの獣人達に出くわさないように、街を走った。
ジャドの酒場もまた、獣人達の侵攻の影響を受けて活気を失っていた。
広い店の中はしんと静まり返り、客は一人しかいない。
その唯一人の客は、まだ十代後半の若者だ。
彼はグラスを片手に物思いに耽っている。
(・・・この町も戦いに巻き込まれている。俺の故郷でも戦争を始めようとしていた。何だか世界各国で戦争が起ころうとしているようだ・・・。いったいどうなっているんだろう・・・?)
銀色の髪を長く伸ばした、しなやかな長身の青年。思わず見惚れるほど美しく整った顔立ち、特に印象的な鋭い金色の瞳は、狙った獲物を瞬時に捕らえる鷹を思わせる。
彼には日中の日差しよりも、月の光が淡く照らす夜の闇が似合いそうだ。
彼の名前はホークアイと云った。
ふと気配を感じてホークアイが視線を巡らせると、酒場の扉が開いて一人の少女が入って来たのが見えた。
可愛らしい羽の髪飾りが印象的な美少女で、到底酒場という場所には似つかわしくない。
あまりに場にそぐわない少女の出現に、ホークアイの興味はそちらに向けられた。少女が、自分が助けなければならない幼馴染の少女と同じ年頃であることも、興味を引かれた要因の一端であるかも知れない。
少女は真っ直ぐにカウンターへと進んで、マスターに何か話し掛けていた。
内容はよく聞き取れないが、微かに聞こえる少女の声音は耳に心地良く、ホークアイはその声を近くで聞いてみたい思いに駆られて少女の元に近寄って行った。
連れ去られた弟を探してジャドに来た少女は、獣人達に占領された街の現状に戸惑った。
(困ったわ。これではエリオットのことをどう聞けばいいのか・・・。取り敢えず人の集まる場所に行ってみましょう)
そう考えて、彼女が向かったのは酒場だった。
身長と同じくらい長く伸ばした美しい金の髪、ほっそりとした肢体、幼さを残した可愛らしい顔立ち。どれを取っても天使のように可憐で頼りなげな印象を受けるが、背丈よりも長い槍と強い意志を宿した湖面のような瞳が、この少女がそれだけではないことを物語っているようだ。
少女の名前は、リースと云った。
酒場を見つけたリースは中に入ってすぐにカウンターを目指し、マスターと思われる男に話し掛けた。
「あのー、すみません。私と同じ髪と目の色をした10歳ほどの男の子を見ませんでしたか?」
問われて男は少し考え込み、
「・・・さあねえ、見てないなあ」
「・・・そうですか・・・」
表情を曇らせ、落胆するリースにマスターはグラスを渡した。
「まあまあ、そう気を落とさないで。何か飲むかい?」
「いえ、お酒は・・・」
「どうしたんだい? 美しいお嬢さん」
マスターの勧めを断ろうとしたリースは、背後から声を掛けられてハッと振り向いた。そして興味深げに自分を見つめている少年と目が合った。
鋭い瞳が印象的な美青年だ。
突然のことにリースは戸惑ったが、
「あの、弟を探しているんです。ご存知ないですか?」
礼儀正しく問い掛ける。
青年はリースをまじまじと見つめ、
「君に似てるの?」
「はい。同じ髪と目の色をしています」
「ふーん。いや、見てないな」
「・・・そうですか・・・」
「この街にいるのか?」
「いえ、それは・・・」
リースは返答に詰まった。
エリオットがこの街にいるとは限らないのだ。いや、連れ去ったのはナバールの者達のはずだから、もうすでにナバールまで連れて行かれたのかも知れない。
「それじゃ他の街にも行くのかい? でもこの街からは出られないぜ?」
リースがさらに困った表情をするのと、酒場の扉が開いて茶髪の青年が入って来たのはほぼ同時だった。
酒場に入ってきた戦士姿の青年は真っ直ぐにカウンターに来て、
「マスター、酒!」
不機嫌も露に言い放ち、横でこちらを見ている同じ年頃の男女二人に目を向けた。
「やあ、お兄さん。昼間っからお酒かい? ところであんた、この子の弟見なかった?」
突然男の方に陽気に話し掛けられ、その突拍子もない問いに青年は当惑したような表情を浮かべたが、
「いや」
と、それだけ言った。
「そうか。うーん、困ったな。どーやって探すべきか・・・」
いつのまにか弟を一緒に探すことになってしまった青年を、リースは困惑の目で見やる。
(この人、いったい・・・?)
リースのこの疑問ももっともなことだろう。
そんなリースの心の声が聞こえたのだろうか。青年がリースを見つめて悪戯っぽく微笑んだ。
すると、茶髪の青年にブランデーを注いでいたマスターが、三人に小声で話し掛けてきた。
「お客さん方、獣人達は夜になると変身して狂暴化してしてしまうんですよ。でもその分警備が手薄になります。その時が逃げ出すチャンスですよ」
「本当か? あんたらも街を出るのか?」
茶髪の青年の問いにマスターは無言で頷き、リース達は互いに顔を見合わせて青年に視線を移し、同時に頷いてみせた。
「それじゃあ三人で一緒に逃げようぜ。俺の名前はデュランだ。ところであんた達二人はどこへ行くつもりなんだ?」
「私はリースと申します。とりあえず聖都ウェンデルを目指しています」
「へー、奇遇だなあ。実は俺もウェンデルの光の司祭に会いに行くところなんだ。これも何かの縁ってやつかな? 俺はホークアイ。それじゃリース、一緒に行こう。デュランは?」
「俺もウェンデルを目指している」
デュランの答えに、ホークアイは軽く口笛を吹いた。
「すごい偶然だなあ。そんじゃ話は早い。三人一緒にウェンデルに行こうじゃないか」
ホークアイの提案に、デュランもリースも異議は唱えなかった。
「というわけでリース、それまでここで俺とデートと行こうか」
本気で云っているのか、冗談なのか・・・。
にっこり笑って云うホークアイの言葉にリースは当惑した。
一方、獣人の少年ケヴィンは、ジャドを出ようとウェンデルへの道が続く南の門へと向かっていた。
そこには当然のように門番がいるので、ケヴィンはどうしたものかと門の付近を長い間うろうろしていた。
「ケヴィンじゃないか!」
「うわあ!」
突然声を掛けられてケヴィンは飛び上がった。
声を掛けてきたのは門番の獣人だ。
「お前、どうしてここに? 人間討伐には参加してなかったんじゃないのか?」
「あー・・・、えっと・・・」
返答に窮して困惑しているケヴィンを、獣人は不審そうにのぞき込み、
「あ、もしかして獣人王様の密名を受けているのか?」
ケヴィンは一瞬ぽかんとした。
彼らはケヴィンが返答できない理由を間違って受け取ってしまったようだが、ケヴィンには事実を話すことができないので、彼はそれに便乗することにした。
「うっ・・・実は、そうなんだ・・・」
「そっかー、大変だなあケヴィン。解ってる。このことは誰にも言わないから安心しろ。ところでここで何をしてるんだ?」
「オイラ、外に出たい。いや、出なきゃいけないんだ。でないと、任務果たせない。通してくれるか?」
「よし、解ったぜ! 通してやるよ、ケヴィン。頑張れよ!」
「ありがとう、助かるっ」
明るい表情でそう云ってケヴィンは心の中で彼に謝りながらジャドを走り出て行った。
ジャドを出てウェンデルを目指すには、ラビの森の途中にある滝の洞窟を抜けなければならない。
ラビの森とはその名の通り、ラビと呼ばれるモンスターが棲息する森である。
ラビは一見可愛い姿をしているが、実態は鋭い牙と爪を持って人を襲う肉食獣だ。だが、普通の人間にとっては危険極まりない猛獣でも、ケヴィンにとってはさほど脅威にはならない。
ケヴィンは襲ってくるラビ達を、難無く倒しながら森を走り抜けて行った。
「ん?」
しばらく走っていると、ふと異変を感じてケヴィンは立ち止まり、耳を澄ませる。
弱く、か細く聞こえるこの旋律は・・・。
「泣き声?」
眉を顰め、ケヴィンは呟く。
ケヴィンは誰が泣いているのかを確かめようと、声を頼りに歩き始める。
少女は目の前で起きたことが理解できずに、しばらく呆然と佇んでいた。
やがて事態を飲み込み始めると、どうすればいいのか解らない不安と焦燥に襲われる。また、先程までの恐怖を思い起こして、その小さな身体が震えるのを止められなくなった。
同時に大きな瞳に溢れてくる涙。
「・・・う・・・、うぅ・・・・・・っ、うわ―――んっっっ!」
堰を切ったように声を上げて泣き出したその少女は、まだ小さな女の子だ。
丸い綿毛の付いた赤い帽子がよく似合い、くるくるした長い金髪の可愛い女の子。
空色の大きな瞳を涙で濡らして大声で泣いているその女の子の名前は、シャルロットと云った。
「うわ――んっ! うわ―――んっっ!」
「ど、どうしたの?」
しばらく声を上げて泣き続けていたシャルロットは、ふいに掛けられた聞き覚えのない声に、潤んだ瞳を向けた。
「・・・だ、だれ、でちか?」
嗚咽を交えて問う彼女の視線の先には、浅黒い肌と金の髪と瞳を持つ少年が心配そうな面持ちで立っていた。
「オ、オイラ、ケヴィン。その、泣き声が聞こえて・・・」
「・・・シャ、シャルロットのおなまえは、シャルロットちゃんでち・・・。じつは、ヒースが、ヒースが・・・、・・・うわ―――んっっ!!」
「うわ、うわわわっ、な、泣かないでっ」
「うわ―――んっ! い、いないんでちっ! ヒースが、いないんでち――っ!」
「わ、解ったよっ。オイラも一緒に探してあげるよっ!」
「・・・うぅ・・・、ほんとうでちか?」
何とか涙を堪えてシャルロットはケヴィンを見上げる。その仕草は何とも可愛らしい。
シャルロットがようやく泣き止んだことにケヴィンはほっとして、
「うん。あ、でもオイラ、ウェンデルの光の司祭に会いに行かなきゃ・・・。あの、その後ってことでいいかな?」
「なんだ、あんたしゃん、うちのおじいちゃんにごようでちか?」
「え? おじいちゃんって、光の司祭のこと? それじゃ・・・」
目を丸くするケヴィンに、シャルロットは胸を反らして、
「えっへん! なにをかくそう、このシャルロットちゃんはひかりのしさいのおまごしゃんでち! はっはっは、おどろいたでちか? うやまってへつらうでち! ちみちみ、おまごしゃんはてーちょーにあつかうでちよ? でないとめがみしゃのバチがあたりまち!」
「・・・・・・・・・(こ・・・こいつ・・・)」
さっきまでのしおらしさはいったいどこに行ったのか。
突然踏ん反り返って、鬼の首でも取ったとばかりに威張り始めたシャルロットを、ケヴィンは呆然と見つめる。
「さて、このさきにたきのどうくつはありまち。さあ、れっつごー!」
何か釈然としないものを感じたが、ケヴィンはシャルロットと共に滝の洞窟に向かった。
「・・・なんでちか? こりわ・・・」
「結界」
唖然と呟くシャルロットの問いに、ケヴィンは茫然と答える。
滝の洞窟の前で立ち尽くす二人。
目の前の入り口は、何重にも結界が張り巡らされていたのだ。
「んなことはわかってまち! シャルロットがいいたいのは、なんだってこんなけっかいがはられてあるのかということでちよ! これじゃ、はいれないでちっ!」
「オ、オイラ、知らないっ」
「くっそーっ、どこのどいつでちか! こんなけちでいまいましいモンをはりめぐらせたばかやろーはっ! ・・・・・・ん?」
云い終えてシャルロットはふと考え込んだ。
(そういえば、たしかヒースがどうくつにけっかいをはるとかなんとか、おじいちゃんとはなしてたような・・・)
そうお思い当たると同時に彼女の態度は一変し、
「しかし、なんでちね。このけっかい、そうとうなもんでち。ね? あんたしゃんもそうおもうでちよね? このけっかいにはじゅつをかけたひとのつよさとやさしさと、きひんをかんじるでち!」
「そ、そうかな?」
いきなり豹変したシャルロットの態度に戸惑いながら、ケヴィンは首を傾げる。
「・・・あんたしゃん、シャルロットにさからうきでちか・・・?」
「えっ? あっ、い、いえっ、そのっ!」
「だいたいでちねえ! ヒースがこんなけっかいをはったりしたのは、みーんなじゅーじんたちのせいなんでちからっ!」
「え?」
『獣人』という言葉にケヴィンは硬直した。
だがシャルロットはケヴィンの硬直した意味を別に取ったようで、
「あんたしゃん、しらないんでちか? じゅーじんたちはオロカにもウェンデルをしんこーしようとしてるんでち。だからヒースはじゅーじんたちがウェンデルにくることができないように、こうやってけっかいをはったわけなんでちよ」
まるで、自分の功績だとでも言うような口振りでの説明だったが、ケヴィンは話の内容の方を重点的に聞いていたので、特に気にはしなかった。
(そうか・・・、それならルガー達はジャドで足止めされてるんだな)
安堵する反面、疑問が浮かぶ。
「だけど、オイラ達はどうやって中に入ればいいんだろう?」
「あ」
それっきり二人は口を噤んでしまった。
静かな夕暮れ時の滝の洞窟前。
辺りには滝の音だけが響いていた。
Next
04.4.10.UP
始めてしまいました。連載を・・・。
この話も例に漏れず、過去に作成したものなのですが・・・(汗)。
じつわ私の聖剣作品は過去のものの方が良いのです(滝汗)。
1話ではアンジェラが出ませんでした(アンジェラファンの方、済みませんっ)。
次回、ちゃんと活躍しますので。
|