第1章『旅の始まり』

2.フェアリー



太陽は西に傾きかけて、一日が暮れようとしている時間。
城塞都市ジャドの酒場には、お互いに正体は明かしていなくても、本来集まるはずのない三人が奇妙な縁で集まっていた。

草原の王国フォルセナのファイター、デュラン。
砂の要塞ナバールのシーフ、ホークアイ。
風の王国ローラントの王女にしてアマゾネス戦士、リース。

「そろそろ日が暮れる。二人とも、準備はいいな?」
ホークアイが鋭い瞳をデュランとリースに向ける。
二人は無言のまま頷いた。







「・・・うう〜ん・・・」
ジャドの宿屋のベッドの中、まさに今起きたばかりだというように、一人の少女が大きく伸びをする。
否、少女というにはその娘は女性として成熟した感じすらする。
「ああ、もう夜か。うーん、よく寝た」
もう一度伸びをして彼女は起き上がり、窓の外を見やる。
外は、もうすでに暗くなっていた。
寝台から起き上がった彼女は、身だしなみを整える。
だが、彼女の格好はかなり露出度が高く、とても大胆で刺激的だ。しかし、本人は別段気にしていないようだ。
実際どんなに奇抜な服であろうと、彼女の抜群のスタイルと完璧な美貌には、厭味でなくよく似合っていた。
菫色の長い髪と若葉色の瞳を持つその美女は、名前をアンジェラと言う。
身体の半分以上を露出したような格好を好むものの、これでもれっきとした魔法王国アルテナの王女だ。
「さーて、と。行くとしますか」
のんびりとした口調でそう云って、アンジェラは日の沈んだジャドの街に出た。







夜の街をデュラン、ホークアイ、リースの三人は走り抜けて行った。
時折出くわす狂暴化した獣人も、彼らの敵ではない。
デュランは力強く長剣を一閃し、ホークアイは素早い動きで二本のダガーで斬りつけ、リースは長い槍を自在に操って敵を薙ぎ払う。
三人の優れた戦闘力と見事なまでの連携技の前には、冷静さを欠いた獣人達は手も足も出なかった。
「楽勝だぜ!」
ダガーを振り回しながら楽しげに云うホークアイの言葉に、デュランもリースも薄く笑みを浮かべる。

「キャ―――ッ!!」

突如、闇を裂いて響く女の悲鳴が、ラビの森に出ようと南門に向かう彼らの耳に届き、デュラン達は思わず足を止める。
「何だ?」
急いで声のした方に駆け付けた彼らの目に、街の一角で若い女性が狂暴化した獣に襲われている光景が飛び込んできた。
「な、何なのよ、あんた達に用はないわよ! あっちに行って!」
喚きながら、女性は手に持っている杖を振り回して獣を追い払おうとしている。
「うーん。まさにあれは、夜中の女性の一人歩きは危険だという典型的状況・・・」
「そんなこと云っている場合じゃないです! 早く助けないと!」
呑気に感心しているホークアイを叱ってリースは走り出し、すぐにデュランも後に続く。
「やれやれ」
最後にホークアイがのんびりと歩いて行く。
リースとデュランが行ったのだから、自分の出番はないと踏んだのだ。

案の定、女性を襲う獣は、駆け付けたデュランとリースによって瞬く間にあえなく倒された。

「大丈夫ですか?」
リースは座り込んでいる女性に近寄って手を差し伸べる。
「ええ、助かったわ。どうもありがとう」
リースの手を握りながら、女性は感謝の笑みを浮かべて礼を言う。
その女性は大胆な格好をした美女、アンジェラだ。
彼女のあまりに奇抜な格好に、デュランは慌てて視線を逸らし、ホークアイは眉を上げて感嘆の眼差しで彼女を見る。
「私はアンジェラ。訳あって聖都ウェンデルに行くところなの。でもジャドがこの現状でしょ? だから夜になれば抜け出せるかなーって思ったんだけど・・・」
アンジェラの言葉に、三人はお互いの顔を見合わせた。
「あんたもウェンデルに行くのか?」
もう一度確かめるようにデュランが問うと、アンジェラは一瞬きょとんとした表情になったが、すぐに理解して、
「てことは、貴方達もそうなの?」
同時に頷く三人を見て、アンジェラの表情が明るくなった。
「ラッキー! ねえねえ、それじゃ私も一緒に連れて行ってくれない? か弱い女の一人歩きって何かと危険なのよね。いいでしょ?」
強引に同意を求めるアンジェラに、デュランとリースは思わずたじろいだが、さすがにホークアイは平然としたもので、
「もちろん、いいぜ。美女がもう一人増えて俺も嬉しいよv」
「ありがとv 私も素敵な男性方と一緒に行けるなんて嬉しいわv でもやっぱり周りが男ばっかりてのは危険極まりないからね。女同士、仲良くしましょ」
そう云ってアンジェラはリースの手を取ってにっこり笑った。
「あ、はい。よろしくお願いします」
戸惑いを隠せずにいるリースをアンジェラは怪訝そうに見つめる。
「なんか他人行儀ねえ。まあいいわ、貴方の名前教えてくれる?」
「リースと申します」
「リースか。じゃあそっちの口の上手い優男と、ざんばら髪で短気そうな彼は?」
にこやかに発せられたアンジェラの言葉に、一瞬デュランとホークアイは彼女を助けたことを後悔した。
「お、俺はホークアイ。よ、よろしくな」
「・・・・・・俺はデュランだ」
引き攣った笑顔で云うホークアイと、不機嫌に言い放つデュランを見て、リースは何となく先行きが不安になってきた。





夜になっても、ケヴィンとシャルロットは、滝の洞窟の入り口で佇んでいた。
「・・・いったい、いつまでこうしてたらいいんでちかね・・・」
「こうしてても何の解決にもならない気、する」
「じゃあ、あんたしゃんがなにか、かんがえるでち!」
「無茶言うなよっ。だいたいシャルロット、ウェンデルから来た。何かするのはシャルロット!」
ケヴィンの反撃に、シャルロットは言葉を詰まらせる。
「な、なんとかできるならとっくにやってるでち。だいたいシャルロットはバネクジャコでたきのどうくつも、ひとっとびしてきたんでちから・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そうしてまた漂う重い沈黙。
結局、二人に打つ手はなかった。



しばらく沈黙の中で佇んでいると、何かが近付いてくる気配を感じてケヴィンが立ち上がる。
シャルロットは、いきなり立ち上がったケヴィンに驚き、彼を凝視する。
「ど、どうしたんでちか?」
「誰か来る! 一人じゃない、複数だ!」
抑えた低い声。それでも真剣なケヴィンの声に、それが偽りでないことがシャルロットにも解った。
「だ、だだだれでちかっ? もしかしてまたじゅーじんたち? ひょえ〜っ、こわいでち〜っ。ヒースにもあえないまま、しにたくないでち! ああ、ウェンデルのびしょうじょシャルロットちゃんのピンチでち〜っ!」
あまりに緊迫感のないシャルロットの台詞に、ケヴィンは内心呆れた。いや、シャルロットにすれば、この上なく本気で云っているのかも知れないが・・・。

少しずつ、少しずつ、気配が近付いて来るのを感じる。
ケヴィンは身構えて、いつ相手が仕掛けてきても対処できるように全神経を張り詰める。
シャルロットにも近付いてくる者達の影が見えてくる頃、その者達の話し声も耳に届いて来た。

「だいたいなあ、何なんだよ、お前のその格好は!」
「何よ、文句あるの?」
「ある! もうちょっと控えめな格好しろ!」
「そんなの私の勝手でしょ? 人の服装にケチつけようなんて、あんた何様のつもりよ!」
「何だとっ!」
「まあまあ、お二人さん。落ち着いて」
「そうです。喧嘩はやめて下さい」

ケヴィンとシャルロットは唖然として、喧嘩をしながら近付いて来る人影を見つめた。
それは、男が二人に女が二人の四人組だ。
言うまでも無くデュラン、アンジェラ、ホークアイ、リースの四人である。

まずホークアイがケヴィン達二人に気付いた。
「おや、先客かい?」
のんびりした口調で問われ、ケヴィンとシャルロットは戸惑った。
てっきり敵が現れると思っていたのだから、こんなふうに親しげに話し掛けられるとは考えていなかったのだ。

「デュランなんて大っ嫌い!」
「へっ、お前に好かれようなんて思ってねえよ!」
「何よ、野蛮人!」
「何だと、露出狂!」
「ふ、二人とも、やめて下さい」
「リース、放っておけよ。それより、あれ」
ホークアイは顎を杓って、ケヴィンとシャルロットを指し示す。
二人に気付くと、リースは礼儀正しくお辞儀して、
「初めまして、こんばんは」
「あ、はい、こんばんは」
思わず、つられて挨拶を返してしまう素直なケヴィン。
見ていたホークアイは、悪いと思いつつも笑ってしまった。
「君達、そこで何をしているんだ? 子供はもう寝る時間だよ?」
少しずつ六人の距離が近付いていく。
「だれがこども・・・」

ホークアイの言葉に反論しかけたシャルロットが、はっと息を呑んで黙り込んだ。
いや、彼女だけではなく、その場の全員が驚いて言葉を失った。
というのも、ここに集まった六人から突然、光が発せられたのだ。
もちろんそれは彼らが故意にしたことではない。
それに、彼らの周りには光を発するものなどないはずだ。
だが、それは確かに今、六人を取り囲んでいる。

始めは淡く、だがすぐにそれは強い光を放って六人を包み、様々に色彩を変えながら闇夜を照らし出す。

いきなり起きたその現象に、六人は茫然と見入った。


思考回路が正常な働きを取り戻すまで、かなりの時間を要した。

「何でしょうか・・・、これって・・・」
ようやくリースがそう呟いたが、その問いに答えられる者は誰もいない。
誰もが自分達の身に起きたことが理解できないのだから。

すると、六人からそれぞれ色の違う光の球体が現れた。
デュランからは青銀、アンジェラからは真紅、ケヴィンからは銀灰、シャルロットからは黄金、ホークアイからは漆黒、リースからは純白の光が現れ、やがて少しずつ輝きを鎮めていった。

光が輝きをおさめると、またもやデュラン達は驚いた。
光が人の形を取ったのだ。
否、正確には人ではなく妖精だ。
小さな身体で背中には羽が生えているのだから、どう見ても人ではない。妖精達の髪形や全体的な色彩などはそれぞれ違うものに、顔立ちや雰囲気はそっくりだ。

どういうわけか六人の前に現れた六匹の妖精を、デュラン達は言葉も無く凝視していたが、やがてシャルロットが震え始めた。
「・・・・・・ひ・・・ひょえ〜っ! オバケでち――っっ!!」
シャルロットの泣き声に、デュラン達はようやく我に返った。
〈失礼ね。私達はオバケなんかじゃないわよ〉
心外だと言いたげに黄金の妖精が言うと、ホークアイが腰を抜かさんばかりに驚いた。
「うわっ! 喋ったぞっ!」
〈・・・・・・喋るわよ・・・〉
あからさまに呆れたように、漆黒の妖精が返す。

〈でも本当に良かったわね。一時はどうなるかと思ったけど、こうして皆無事に会えたんですもの〉
銀灰色の妖精がそう言うと、青銀の妖精も同調する。
〈まったくだわ。聖域を出る時にかなり体力を消耗しちゃったから、もう駄目かと思ったけど〉
〈そうそう、でも限界かと思った時に私、偶然見つけた彼女の内に入って休んでたの〉
呆気に取られているアンジェラを見やって、真紅の妖精が微笑む。
〈私も。でもこうしてまた六人が揃うなんて思わなかったわ〉
嬉しそうに頬を染め、純白の妖精が言った。

「ち、ちょっと待て。どういうことだ?」
それまでずっと黙っていたデュランが、当惑したような表情で口を挟むと、青い妖精が済まなそうに彼を見た。
〈ごめんなさいね、デュラン。私ずっと貴方の内にいたの。すごく疲れてて、あのままだと死んでしまうところだったのよ〉
「ずっとって・・・。貴方達皆そうなの? じゃあ、貴方いったいどれくらい前から私に取り憑いてたの?」
嫌悪感も露に、アンジェラは真紅の妖精に尋ねる。
〈取り憑くなんて・・・。でも安心して。私達つい先日この世界に来たの。貴方の内に入ったのも貴方がジャドに来てからよ」
妖精の答えにアンジェラは心からホッとした。
(ああ良かった。自分の知らないうちに得体の知れないものと四六時中一緒にいたなんて、考えただけでぞっとするわ)

「それで、どうして皆さん出て来たんですか?」
不思議そうにリースが問うと、妖精達は少し表情を曇らせ、
〈ええ、実は私達も光の司祭様に会いに行きたいの。お願い。私達も一緒に行っていいかしら?〉
「おやま、あんたしゃんたちもウチのおじいちゃんにようでちか? ウチのおじいちゃん、だいにんきでちね! あのとしよりにいったいどんなミリョクが?」
というシャルロットの戯言は無視された。
「で、でも、洞窟入れない」
困ったように結界を指差すケヴィンに、妖精達はにっこりと微笑み、
〈大丈夫。私達の力を合わせれば結界を解くことができるわ。皆、下がっててね〉
そう言うと、妖精達は結界の元に飛んだ。

結界の前で目を綴じる妖精達の身体がまたもや光に包まれ、その光に共鳴するようにフッと結界が消えた。
〈さあ、これでOKよ! 行きましょう。それまで私達は休むわね〉
そう言うと妖精達はまた、デュラン達の内にそれぞれ入っていった。
「うわわっ」
〈早く行きましょう。それと、私達のことはフェアリーと呼んでね〉
頭の中から直接語り掛けるように妖精の声がして、デュラン達は仰天する。
「うわーっ! 頭の中から声がする!」
「きゃーっ! 何よこれ! 気持ち悪ーいっ」
〈早く!〉
騒ぐ彼らを叱咤するようなフェアリーの声に、デュラン達も気を取り直す。
「わ、解ったよ!」
いまいち納得できない部分もあったが、デュラン達六人は一緒に滝の洞窟に入って行った。



薄暗い洞窟の中を六人はお互いの自己紹介をしたり、取り留めもないことを言い交わしながら進んで行く。
そんな中、シャルロットはひしっとリースにしがみ付いて離れない。
「ちょっと、あんた何してんのよ?」
アンジェラが呆れたように聞くと、シャルロットはおずおずと顔を上げて、
「だ、だって、こわくて・・・」
「怖い? 何が?」
「シャ、シャルロット、きいたんでち。・・・こ、このどーくつ、オバケがでるんでち〜・・・」
これにはアンジェラだけでなく、デュランやホークアイも呆れたような視線をシャルロットに向ける。
「ばっかじゃないの?」
身も蓋も無いアンジェラの言葉にシャルロットはムキになって、
「う、うそじゃないでち! み、みんないってるんでちから! このどーくつでへんなおとをきいたとか、それに、それに・・・」
「はいはい、解ったわよ。でもね、そんなものよりこの洞窟にだってモンスターはいるのよ。そんな見たこともないようなもの怖がってないで、前から来るマイコニドでも倒せば?」
前方に目を向けると確かに、マンドラゴラの変種といわれるマイコニドや、洞窟には付き物のコウモリといったモンスター達が向かって来るのが見えた。


「うぎゃーっっ! モンスターでち――っっ!!」


「駄目だわ、こりゃ」
アンジェラは諦めの溜息をついて、ロッドを構える。

デュラン達も戦闘態勢を整えて、掛かって来るモンスター達に応戦する。
六人の中でもデュランとリースは戦いのエキスパートだ。
二人ともタイプは違うが、上手く仲間のフォローをしながらモンスターを倒していく。
シャルロットは悲鳴を上げながら逃げ惑っていたが、フレイルを手に何だかんだと言いながらモンスターを倒している。なりふり構わず攻撃しているので、もしかすると六人の誰よりもモンスターを倒しているのかも知れない。


次から次へと襲い来るモンスター達を相手に、六人が苦戦をするということはないが、数の多さに対処しきれずに、次第に六人はバラバラになっていった。
すぐに事態を察したリースは、素早くアンジェラの傍に行って彼女を助ける。
デュランは飛び跳ね回るシャルロットを、乱暴ではあるがモンスターをけしかけながらケヴィン達の方に追い立てる。
ホークアイとケヴィンは、お互いをフォローしながら連携して戦う。

全員と一緒にいることはできなくても、一人で行動することは危険だ。
シャルロット以外はそれをちゃんと解っていた。





■■■■■





しばらくして、最初に滝の洞窟を出たのはアンジェラとリースだった。

夜が明けて、朝靄の中ウェンデルの美しい街並が視界に広がる。
朝日に溶け込むように整然とした風景は、息を呑むほど美しい。

「ふう、やっと出られたわね。ところでデュラン達はどうしたかしら?」
「皆離れ離れになってしまいましたね。あの混乱で互いの存在を確認するのはとても無理でしたし・・・。私達はどうしましょう?」
「そうね。取り敢えずウェンデルに行きましょう。最終的に皆が集まるのはそこなんだし。もう行ってる人もいるかも知れないしね」
「そうですね」

そうして、アンジェラとリースはウェンデルに向けて、小道を歩き始める。



昇り始めた太陽が朝露を照らす。
日の光の眩しさに、アンジェラもリースも思わず目を細めた。
彼女達の視線の先にあるのは、聖都ウェンデルだ。


導かれるように、今、運命は一つの方向を指し示した。





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04.4.20.UP


というわけで六人が早々に揃いました(笑)。
いきなりバラバラになりましたが、すぐ合流しますので。
六人もフェアリーがいたら混乱しそうですが、別に難しく考えなくて良いですよ。
基本的に皆一緒ですから(苦笑)。

次回はシャルロットのおじいちゃんの悩み相談室(え?)



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