第6章『風の王国』

2.戦士達の休息


「消えた・・・?」

さっきまで確かにビルとベンの二人がいたはずの場所を見つめながら、茫然とホークアイが呟く。
「いったいどこへ?」
「もうここにはいないわ。逃げたようね」
そう言ったのはアンジェラだ。
デュラン達との戦いに敗れたビルとベンは、瞬間移動をしてその場から逃げたというのだ。
「瞬間移動・・・二人にそんな力、なかったはずなのに・・・」


「やれやれ、役に立たない奴らだねえ」

「!!」

部屋の奥から呆れたような女の声が聞こえた。
六人の中でホークアイだけがその声に聞き覚えがあった。
(この声は!)
弾かれたように振り向き、ホークアイは声の聞こえた方に駆け出す。
少し遅れてデュラン達もそれに続いた。

辿り着いた奥の玉座には、アンジェラ以上に魅惑的な女性が座っていた。
炎のように赤く長い髪と、豊満な胸を強調するような大胆な姿のその女性は、紅い唇の端を吊り上げて余裕の笑みを浮かべ、掛け付けたホークアイ達を眺めている。
情熱的な外見に反してその瞳は氷のように冷たく、残忍さを秘めている。

彼女を見るなりホークアイは怒りに燃えてダガーを構える。
「イザベラ! もう逃げられないぞっ!」
激しい殺気を向けられてもイザベラと呼ばれたその女性は眉一つ動かないどころか、妖艶な笑い声を上げる。
「ホホホ、坊や生きてたのね。イザベラ・・・、そう言えばそう名乗っていたこともあったわね」
「お前はいったい何者だ! ナバールやローラントを占領して何をしようとしているんだ!!」
「そうでち! おしろをかえしなしゃい!! この・・・えーと、おばしゃん、だれ?」
「フフフフ・・・私は「美獣」。黒の貴公子様にお仕えしている」
「黒の貴公子・・・?」
思わず全員が眉を顰める。
美獣と名乗ったこの妖艶な美女が仕えているというそれはいったい何者なのか。

だが、ホークアイにとってはそんな誰だか解らないような者はどうでもよかった。
とにかく彼にとって倒すべきはこの美獣なのだ。
素早く美獣の傍まで近付いて彼女の喉元にダガーの切っ先を突き付ける。
「イーグルの仇!!」
それでも美獣は顔色も変えず、面白そうにホークアイの怒りに燃える金色の双眸を見つめ、
「だいぶ物忘れが激しいようね。私を殺してもいいのかしら?」
「っ!!」
瞬間、ホークアイは美獣から離れた。
美獣を倒したその時、イーグルの仇は取っても守るべき者の命が消える。

「死の首輪・・・か」
「そうさ! ジェシカの命、私が死ねばどうなるんだっけ?」
「・・・・・・」
勝利の微笑みを浮かべて問う美獣の言葉に、ホークアイは俯いてきつく唇を噛む。
そんなホークアイの様子に、武器を構えていつでも美獣に攻撃できるようにしていたデュラン達も彼女を攻撃してはいけないことを悟ってその場を動かなかった。

手出ししようとしない六人を、美獣のさも楽しげな笑い声が包む。
「アーッハハハハハ! まあ、こんな城は返してやるよ」
そう言って美獣は笑い声と共に消えていった。

「あっ、びぢうがにげる!」
シャルロットが声を上げるが、誰もどうすることもできなかった。

美獣が消えた後も、ホークアイは俯いたまま立ち尽くしていた。
彼は激しく自分を責めていた。
親友だったイーグルの仇である美獣を前にして、何もできなかったのだ。
今彼女を殺すわけにはいかない。
しかしそれではイーグルの無念を晴らせない。

イーグルの命が消える瞬間。
操られたフレイムカーン。
死の首輪を嵌められたジェシカ・・・。
それらを凌駕するような美獣の笑い声がホークアイの頭の中に響き渡り、激しい怒りに身体が小刻みに震える。

「ホークアイさん?」
遠慮がちなりースの声に、ホークアイはハッと現実に返った。
あまりにきつく噛み締めていたせいで唇には血が滲んでいた。
リースはハンカチを取り出して、優しくホークアイの唇にそれを当てる。
「ああ、ありがとう・・・」
「大丈夫ですか?」
心配そうに表情を曇らせるリースに、ホークアイは優しく微笑んだ。



美獣が消えた後デュランとアンジェラは、戦闘の場となった部屋を出て城の中をまた引き返していた。
徘徊していたモンスター達がどうなったのか、気になったのだ。

いくつかの部屋を回り歩いたが、どこにもモンスターの姿がない。

「親玉が消えたんでモンスター共も消えたようだな」
確認し終えて再び仲間達の元に戻りながらデュランが結論付ける。
「そうねえ。にしてもさ、どうやらあの美獣ってのが黒幕みたいね」
「ああ。あの女がナバールを操ってローラントを攻撃したんだ」

そのために、ホークアイもリースもたくさんの大切なものを失った。
自分達よりもずっと辛い思いをしたであろう二人の心情を思って、デュランもアンジェラも沈黙した。
歩きながら、二人とも胸に怒りが込み上げてくるのを感じていた。


「デュラン様、アンジェラ様!」

ふいに声を掛けられて振り向くと、数人のアマゾネス戦士達が階段を上がって来るのが見えた。
「モンスター達の姿が消えましたが、どうなったのですか?」
アマゾネス達の問いにアンジェラが答える。
「敵は逃げたわ。もう大丈夫よ。最上階にリース達がいるわ」
アマゾネス達の表情が安堵と喜びに輝く。


最上階の奥の部屋に続く通路には、同じように仲間達の元へ向かおうとしていたリース達がいた。
帰って来た王女の元へ、誰からともなくアマゾネス達が駆け寄る。

笑顔で走って来る仲間達に微笑み返しながら、リースは久しぶりにローラントの優しい風を感じた。

数ヶ月前にローラントに攻め入り、国を占領したナバールの者達は全て捕らえ、城内を徘徊していたモンスターっも、もういない。

ようやく、風の王国ローラントに平和が戻ったのだ。





■■■■■





その日デュラン達六人は、平和の戻ったローラント城に泊まることとなった。
大広間では夜通し宴会が開かれている。
アマゾネス戦士を始め、生き残っていたローラントの市民達は皆喜びに満ちて酒を酌み交わす。

その宴会にはデュラン達も参加していた。
彼らはナバールからローラントを奪還した英雄として国賓として扱われた。
だが、デュランやケヴィン、ホークアイらはそんな扱いにまったく慣れていないので、多少の居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

しかし食事が出てくればそのような思いも吹き飛び、いくつものテーブルに所狭しと並べられた豪華なご馳走に舌鼓を打つ。

腹が満たされるとデュランとホークアイの二人は、当然のようにワインをグラスに注いだ。
さすがに王宮だけあって、出される酒は高級なものだ。

「くーっ、さすがお城の酒は下町の安酒とは違うぜ! 一本戴いて行こうかな?」
というホークアイの言葉にデュランは苦笑し、
「どうやって旅に持ってくつもりだよ」
それもそうか、と思案し始めるホークアイ。

「ねえねえ、私にも一杯ちょうだい」
デュランの後ろから、いつの間にか近付いて来ていたアンジェラが覗き込む。
「飲めるのか?」
「当たり前よ。私結構お酒強いのよ。ただホラ、お姫様育ちだから安物は飲めないけどね」
「「そうだろうよ」」
卑屈に毒づく二人。
アンジェラはそんな二人には構わず、デュランに注いでもらったグラスを手に取って一気に中身を飲み干す。
「うーん、久しぶりv 美味しー♪ もっと注いでっ」
「イケるじゃん」
意外なものを見るようにデュランはアンジェラを凝視する。
デュランのその視線に気付いたアンジェラは悩ましく流し目を送り、デュランに顔を寄せて艶っぽい声で囁く。
「飲み比べ、してみる?」
アンジェラの色気と、勝負を持ち込まれたことによってデュランの中のアルコールが、全身を電流のように走り抜けた。

「いいのか? 俺はフォルセナ一の酒豪だぜ?」
「私はアルテナ一よ」


バチバチバチッッ!!☆


ともすれば愛を語っているかのように親密に見える二人の間に、激しい火花が散る様をホークアイは唖然と眺めた。
「俺は席を外すよ。じゃね、お二人さん」
表情は飄々として見えるが、実は彼は何だか怖くなって逃げ出したのだ。



その頃ケヴィン、シャルロット、リースという酒とは縁の無い(一部、あってはならない)三人は、仲良くデザートを楽しんでいた。
三人の会話はといえば、ケヴィンとシャルロットが次々と出されてくるデザートのことを質問してリースがそれに答えるというのがほとんどだ。

「ぷはーっ、もうたべられないでちーっ」
腹いっぱい食べて、シャルロットは満足そうに腹を叩く。
「うん、美味しかったね」
「お腹はいっぱいになりましたか?」
「「うんっ!」」
無邪気な笑顔で頷くケヴィンとシャルロットに、リースは優しい笑みを返す。
一つしか年が違わないのにリースにはこの二人が小さな子供のように思えるらしい。まるで姉のように二人に接している。
実際シャルロットはとても15歳とは思えないほど子供っぽいし、ケヴィンも過去が過去だけに人間的にまだ成長できていない。
しかしリースは幼い頃からエリオットの姉として、ローラント王国の王女として育ってきたのだ。
外見だけならケヴィンよりも幼く見えるリースだが、精神的に彼女は年齢よりも大人だろう。

「リースしゃんはママのことおぼえてる?」
いきなりの質問に、リースは戸惑ってシャルロットを見つめる。
「どうしたんですか? 突然」
「いいから、いいから。ね、おぼえてるでちか?」
リースは少し考え込み、
「ええ、少しですが・・・。優しく強い人でした」
リースの母親でローラント王国の王妃ミネルバは、かつてアマゾネス軍の隊長を務めていた元女戦士だ。
彼女はリースが幼い頃、エリオットを産んですぐに息を引き取った。

「ふーん、ケヴィンしゃんは?」
「オイラ? オイラは全然覚えてない。普通の人間だったことは確かだけど・・・。獣人王の所から逃げ出したんだ」
父親の冷酷さを知ってビーストキングダムを出たケヴィンは、まだ見ぬ母親に会いたかった。

「シャルロットはね、パパもママもおぼえてないんでち。おじいちゃんとヒースがいたから、さみしくなんてなかったけど・・・やっぱり、あいたいでち・・・」
光の司祭や神官ヒース、そしてウェンデルの優しい人達に囲まれて幸せに育ってきたシャルロットだったが、やはり両親のいない寂しさを消すことはできなかった。

「そうですか・・・」
リースはそれ以上言葉を続けられなかった。
デュランは幼い頃に相次いで両親を亡くし、ケヴィンは両親の愛を知らずに育った。ホークアイは孤児だったし、アンジェラは父親は知らず、母親にも愛されなかった。そしてシャルロットは両親を知らない。
リースは、早くに死なれたとはいえ母親の愛を知っている。殺されたとはいえ父親にも愛されて育った。そういう意味では自分は六人の中で一番幸せだったのかも知れないと彼女は思った。
どうにかして彼らの寂しさを癒してあげられないものだろうか・・・。

そんなことを考えてふと顔を上げると、食欲が満足して今度は睡魔が襲ってきたのか、シャルロットが眠そうに目をこすっているのが見えた。
「シャルロットちゃん、眠いの? お部屋に行きましょうか?」
「んー・・・」
寝ぼけ眼でシャルロットはこくんと頷く。
「オイラも寝る」
シャルロットほど眠そうではないがやはり彼も眠いのか、ケヴィンはあくびをしながら席を立つ。

「もう寝るのか?」

ふいに背後から声を掛けられて、リースは驚いて振り返る。
「ホ、ホークアイさん? 驚かさないで下さい」
「いや、別にそんなつもりじゃ・・・。ごめんな」
「あ、いえ・・・」
そう言って二人は向かい合ったまま黙り込んだ。
「リースしゃ〜ん・・・」
お互いを強く意識して周囲の騒音から隔離された世界を作ってしまっていた二人を現実に引き戻したのは、眠たげなシャルロットの声だった。
見ればケヴィンもわずかに身体が左右に揺れている。
「眠いのか?」
シャルロットの前に膝を付いて問うホークアイに、「にゅ〜・・・」と意味不明な声を発して答える。
「それじゃ」と言ってひょいとシャルロットを抱き上げ、ホークアイはケヴィンとリースを促して大広間を出た。


ホークアイとリースに連れられて、ケヴィンとシャルロットは割り当てられた部屋に入るとすぐさまベッドに入った。

リースがベッドに入ったシャルロットにそっとシーツを掛けてやると、うっすらとシャルロットの目が開かれた。
「ママ、おやしゅみなしゃい・・・」
寝息と共に、小さく掠れた声で呟かれた言葉にリースは一瞬戸惑った後、すぐに優しい微笑みを浮かべてシャルロットの金色の髪を撫でながら静かな声で囁く。
「おやすみ、シャルロット・・・」
(ママ・・・)
くすぐったいような幸福感に包まれ、シャルロットは夢の世界へ入っていった。

シャルロットの安らかな寝顔をしばらく見つめてから、リースは静かに部屋を出た。
部屋の外ではホークアイが壁に凭れ掛かってリースを待っていた。
リースが出て来ると、押さえた声で少しためらいがちに話しかける。
「ちょっと話したいんだけど、いいか?」
一拍間を置いてから、リースは頷いた。






ホークアイとリースの二人は、宴会の喧騒から離れてバルコニーに出た。

ローラントの風が二人の長い髪を掬い上げる。
「気持ち良い風だな」
「はい。ローラントを護っている風です」

二人の間に沈黙が落ちた。
お互いに訊きたいことや言いたいことはたくさんあるはずなのだが、何から話せば良いのかが解らなかった。

「あの、美獣って名乗った女・・・」
静かにホークアイが切り出した。
「あいつがナバールを操り、ローラントを滅ぼした張本人なんだ」
「はい・・・」
それはリースにも察しがついていた。
「今、あの女を倒せばジェシカの命が危ない。俺には手が出せないんだ・・・」
苦しそうに呟くホークアイを見るリースの表情が陰りを帯び、瞳が伏せられる。
「その、ジェシカさんって・・・ホークアイさんの・・・」
遠慮がちな問い。
だが言葉の中にリースの押さえきれない不安が混ざっている。

「違うっ、リース」
慌てたようなホークアイの声に、リースは思わず顔を上げた。
ホークアイの真剣な双眸が彼女を捕らえる。
「ジェシカは、俺にとっては妹のようなものなんだ。君が思っているようなものではない」
「わ、私が思っているようなって・・・」
見透かすようなホークアイの言葉に、リースは動揺した。
ホークアイは、ほんの少し余裕のあるような笑みを浮かべてリースを覗き込む。
「今更誤魔化すこともないだろう? リース」
彼の両手がリースの頬を優しく挟み込んだ。

リースは一言も発することができずに、ホークアイを凝視する。
引き込まれるような金色の双眸が、戸惑いを隠せないでいるリースを映し出している。
その瞳が徐々にリースに近付いてくる。
思わず両目を綴じて、その瞳の光から逃げようとするリース。

唇に、ホークアイの息が掛かった。





■■■■■





「ろ、ろうら、あんりぇりゃ、まへをみろめるか?」
「ま、まらまらよ、あんたこひょいいかげんに、みろめなひゃいよ・・・」

何とも意味不明なこの会話は、飲み比べでなかなか勝負が着かず、それでも飲み続け、その結果酔いつぶれてしまったデュランとアンジェラのものだ。

二人とも完全にろれつが回っていない。
ちなみに今の会話は、
「どうだ、アンジェラ、負けを認めるか?」
「まだまだよ、あんたこそいい加減に認めなさいよ」
と、なる。

「あ、あのぉ、デュラン様にアンジェラ様。そろそろお止めになった方が・・・」
見兼ねたアマゾネス達が、躊躇いがちに二人に声を掛けてきた。
じろりと彼女達を見る二人の目は虚ろで、焦点が合っていない。
「なあにいってんろよ、しょうぶがつくまれのむわよぉ。ちょっろ、あんららち、もっろおさけもっれきれよ」
アンジェラは「何言ってんのよ、勝負が着くまで飲むわよ。ちょっとあんた達、もっとお酒持って来てよ」と言っているのだろう。
アマゾネス達は一様に困ったような表情で視線を交し合った。
さてこの酔っ払い達をどうしたものか・・・と。

だが、彼女達が何かを言おうとする前に、二人とも同時にテーブルに伏せたかと思うと、寝息を立て始めた。

呆気に取られて二人を見つめていたアマゾネス達は、やがて誰からとも無く苦笑する。
そして、おそらく目が覚めると二日酔いになっているであろう二人の容態を慮ったのだった。





■■■■■





ゆっくりとホークアイが身体を離すと、リースは両手で口元を押さえて後ずさった。

「リース・・・」

掠れた声でホークアイが名を呼ぶと、リースはびくっと身体を強張らせて俯く。
そして、彼女は何も言わずにその場を走り去った。

リースの後姿を見送るホークアイは、その後を追わなかった。

代わりに星の瞬く夜空を見上げ、リースの柔らかな唇の感触を思い出そうとするかのように瞳を綴じた。





Back   Next

04.11.20.UP


デュラアン、ホークリが咲き乱れたローラント編の終了です。
ホークアイ、攻めました(笑)。
初心者なリースには刺激が強過ぎでしょう。

次回からは幽霊船イベントなのですが、取り敢えずこの辺で「LEGEND」は終了と致します。
「はじめに」でも書きましたが、この先の話はまだ執筆途中なので・・・。
しかも再開の目処は立ってません(滝汗)。
私自身こんな中途半端な状態で終わるのは心苦しいのですが、
この先続けられるか解らないので・・・。
長い話でしたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございましたv
励ましや感想のお言葉、とても嬉しかったですv
「LEGEND」は休止ですが、イラストや短文などはこれからも書いていきますので、
どうぞこれからもよろしくお願いします。



ブラウザのバック推奨