3.生きなければ!


※この話には暴力や流血などの残酷的な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。




これほどの怒りを―これほどの恐怖を―僕達は知らなかった。


子供の頃に苛められた時の悔しさ、哀しみ、苛立ち――そんなものを遥かに超越した本物の憎悪と恐怖。

何故こんなことが許されるのだろう。

この世界は奇麗事なんて通用しない。絶対の正義など存在しない。
そんなことは幼い頃から痛感してきた。

けれど、どこかに優しさがあった。
差し伸べられるあたたかな手があったんだ。

スパイの汚名を被って街を出るしかなくなった僕達に、「早く逃げなさい」と言ってくれた人がいたように・・・。


だが、僕達が見たのは――救いの無い絶望だった――。





■■■■■





「ユアン、ナナミ、トトの村に行かないかい?」

フリック達に連れられて傭兵の砦に戻ってきたその翌日、充分に身体を休めてすっきり目覚めた朝にジョウイがそう切り出してきた。

「トトの村?」

きょとんとしているユアンとナナミにジョウイは口早に説明した。

「ユアンと離れていた間、トトの村の家族に助けてもらったんだ。ユアンが傭兵の砦にいるという情報を聞いて慌てて飛び出してしまったから、ちゃんと無事な姿を見せて、あの時のお礼も言いたいんだ」

「うん、行こっか! きっとその人達も心配してくれてるよ」

ナナミの言葉に、ジョウイはどこか照れたように「うん」と頷いた。


トトの村は、傭兵の砦から北西にしばらく行ったところにある小さな村だ。
人々は親切で子供の姿も多く、穏やかでのどかな雰囲気に満ちている。

村に入ると、ジョウイは真っ直ぐに村の奥の一軒の家に向かった。
出迎えてくれたのは、三十代の優しそうな夫婦とピリカという元気な女の子だ。

三人はジョウイを見て無事を喜び、後ろに控えるユアンやナナミをあたたかく家に招き入れてくれた。
対するジョウイは照れながらもどこか嬉しそうで、ピリカに「おにいちゃん」と呼びかけられると優しげに頬を綻ばせてそれに応えている。
それはまるで仲の良い兄妹のようで、本当の兄弟のいるアトレイド家では決して見せない笑顔だ。

そのピリカからミューズ市の道具屋で、父親の誕生日プレゼントにお守りを買って来て欲しいと頼まれると、ジョウイは彼女の我侭なら何でも聞いてあげたいとばかりに二つ返事で了承した。



ミューズ市はトトの村から北西の方角にある大きな街だ。
都市同盟の盟主として、ミューズ市長が各都市を束ねている。


ユアン達がミューズに辿り着く頃には、すっかり日が暮れていた。
すでに道具屋も閉店していたため、仕方なく三人は宿屋で一泊した。

早朝、開店と同時に再び道具屋を訪ねた三人は店主との交渉の結果、目的の木彫りのお守りを500ポッチで売ってもらえることになった。
ところが、持っていたお金は宿代に消えて500ポッチには届かない。
どうしようかと思案しているとジョウイが身に付けていた指輪を差し出し、下取りを申し出た。
指輪を見るや一目で値打ちものと見た店主は興奮し、2000ポッチで買い取ってくれた。

「良かったの? あれを手放してしまっても」

店を出ると同時に問いかけてみると、ジョウイはどこか清々しい笑顔で頷いた。

「いつまでも未練たらしく身に付けているよりも、ピリカの役に立てた方がずっといい」

「ジョウイ、ピリカちゃんやピリカちゃんのご両親が好きなんだね」

楽しそうなジョウイを見てナナミも自分のことのように嬉しそうだ。

「初めてなんだ。あんなにあたたかな家族に出会ったのは・・・。助けてもらってからの数日間、彼らの家族の一員になれたようで、すごく嬉しかった」

ピリカ達が喜んでくれるなら、アトレイド家との繋がりを断つことなど何でもないことだ。
血の繋がりがあっても他人のような家族もあれば、血の繋がりなどなくとも確かな絆で結ばれている家族もあるということは、ユアン達を見てきたジョウイはよく知っている。
そして、仲の良い家族であると同時に他人にも親切に出来るピリカ達がどれだけ素晴らしいか。数日間ではあったが、ジョウイは新しい家族が出来たような充実感があったのだろう。

「うん、確かにマルコよりピリカちゃんの方が遥かに可愛くて素直だよね」

ジョウイの弟の生意気なくそガキを思い出しながら、ユアンはうんうんと頷いた。
優秀な兄であるジョウイに醜い嫉妬心を抱き、ユアンやナナミを見下した態度を取る少年のことは彼らも嫌いであった。
常に不愉快な思いをさせられてきたユアンの言葉にジョウイはもはや笑うしかなく、木彫りのお守りが入った袋に視線を落とした。


「喜んでくれるといいな」


ピリカの笑顔が見れることを楽しみに、三人はトトの村へ戻る道を急いだ。





村の様子がおかしい。

長い道の向こうに村の輪郭が見え始めた頃、ユアン達は漠然とながら違和感を覚えた。

「ねえ、何か村が黒く見えない?」

「うん・・・」

ミューズに向かう道の途中で何度か振り返った時に見た村とは色が違う。それが最初の印象だ。
徐々に近づくにつれ、建物の影もどこかおかしく感じた。建物というよりも、骨組みのような形に見える。

ユアン達は誰からとも無く足を速めた。



「こ・・・これは・・・」

呟いたきり、ジョウイは絶句した。
それはユアンとナナミも同様で、何度も周囲を見渡してここが本当にトトの村なのかを確認する。

焼け焦げ、破壊されつくした建物。無残に転がる死体。
生きるものの息吹の途絶えた死の大地。
静寂に包まれた村に、子供達の声はない。
たった一日でどうしてここまで様変わりしてしまったのだろう。

「ピリカ!!」

我に返った途端叫んで駆け出したジョウイの後を、すぐさまユアンとナナミも追いかけた。
向かったのは村の奥、ピリカの家があったはずの場所だ。

辿り着いたそこには質素な建物の残骸だけが残されていた。
ただ一つ違っていたのは、今にも崩れ落ちそうな家の影に膝を抱えて震えている小さな姿があることだ。

「ピリカ!」

呼びかけにビクッと大きく身体を震わせた少女は、恐る恐る顔を上げた。そしてジョウイ達の姿を目にした瞬間、大きな瞳に溜まっていた涙がぼろぼろと零れ落ちる。

「おにいちゃああん、おにいちゃああん、うわあああん!!!」

大声を上げて縋りつくピリカの小さな身体を、ジョウイの腕がしっかりと抱きしめる。
無事で良かった、と言っていいのだろうか。この村の惨状を見て。

涙でつっかえながらも、ピリカは懸命にジョウイに事情を説明した。
彼女が語ったのは両親に隠れるように言われて隠れたことと、怖い声が聞こえたこと。
村の惨状を見れば、突然何者かが襲ってきたたことが解る。そして、その中で両親の言葉を守って身を隠したピリカだけが奇跡的に助かったのだ。
しかし難を逃れた少女が目にしたのは、変わり果てた両親の姿だったという。

両親を恋しがって泣く少女に、ユアンもジョウイも掛ける言葉を失う。
幼い子供にとって、あまりにも残酷な現実だ。


「誰かいるの?」

不意に聞き覚えのない声が届き、ユアンはトンファーを構えてナナミやジョウイ達を庇うように前に進み出た。

現れたのは一人の少女だ。
年の頃はジョウイよりも少し上だろうか。見たところ武器も持たず、どちらかといえば室内で本を読むのが似合いそうな知的な雰囲気のその少女に害意はなく、ユアンは警戒は解かなかったが構えていた武器は下ろした。

「どうやらハイランドの兵士じゃないようだけど、生き残り?」

「ここで何があったんだ?」

彼女に聞いて事情が解るかどうかは知らないが、訊ける人間が彼女しか居ない。
そんなユアンに、少女ははっきりと答えを返した。

「ハイランドの狂皇子ルカ・ブライトの仕業よ。ただ軍の士気を高めるためだけに、この村を襲い、すべて奪い去って火を点けたの」

何だそれは。
表情が強張るユアンやジョウイの脳裏には、ユニコーン隊の悲劇の記憶がよぎる。あの時と同じなのか?

少女の言葉はさらに続いた。

「貴方達、ビクトールという男を知っている? この近くで傭兵をしていると聞いて来たのだけど」

ビクトールの名に反応を示したユアン達に、少女は詰め寄るように一歩踏み出す。

「知ってるのね? 時間がないの、そこへ案内してもらえない?」

いきなりそんなこと言われても。
戸惑うユアン達に「一刻を争うのよ、急ぎなさい」といきなり場を取り仕切り始めてしまった少女に抗う術もなく、泣いているピリカをジョウイが抱き上げて一行はトトの村を後にした。

道すがらに自己紹介を交わすと、少女は自らをアップルと名乗った。
軍師の勉強をしているということで、成る程、道案内をしているのはユアン達のはずなのに、何故か彼女が牽引しているような気がする。



傭兵の砦に辿り着くと、さっそく執務室を訪ねた。
その部屋にいたフリックとビクトールは、アップルを見るや歓迎の言葉を掛ける。

「よお、アップルじゃねえか? 久しぶりだな」

「何を言ってるのよ。無事なら知らせくらいよこしたらどうなの? 皆心配してたんだからね!」

アップルは開口するなりビクトールを叱責し始めた。
三十路過ぎの大の男が二十歳にも満たない小柄な少女に叱られる図は何だか笑える。
さらに横からフリックが怒鳴りつけた。

「おいビクトール、どういうことだ! 皆には『俺から伝えておく』って言ってたじゃないか!!」

笑って誤魔化そうとするビクトールにフリックが言葉を重ねようとした時、アップルが呆れたように息をついて話題を変えてきた。

「ルカ・ブライトがトトの村を襲ったわ」

「ハイランドの狂皇子か!」

「ええ、酷い有様だった。奪えるものは全て奪って火を放ったの。生き残ってたのは、その子一人だったわ」

ジョウイと手を繋いできょろきょろと周囲を見渡している幼い少女の泣きはらした顔に、フリックとビクトールの痛ましげな視線が向けられる。

「ルカ・ブライトは都市同盟への進攻を本気で狙っているのよ。それにはこの砦が邪魔なの。残しておいたら、ミューズを攻める時に後ろを取られかねないから」

「冗談だろ、休戦協定はどうなるんだ」

「ルカは『都市同盟が条約を破り、奇襲をかけた。今度の戦いは死んだ少年兵達の弔い合戦だ』と、嘯いているわ」

「そういうことか・・・」

ジョウイの低い呟きは、そのままユアンの心情でもあった。

結局ユニコーン隊はこの戦争のために生贄にされたわけか。
皆、将来のある若者ばかりだったのに。
本気でハイランドを守ろうという意志を持つ者さえいたのに。

それぞれの思いに沈むユアン達に、ビクトールの声が掛けられる。

「案内ご苦労さん、俺達は対策を考えなきゃならんがお前達は疲れただろう。部屋へ戻って休みな」

もっと話を聞きたかったが、フリック達は三人だけで話し合いたい様子なので、ユアン達は名残惜しげに部屋を出た。





「ユアン・・・僕達は、どっちの味方をしたら良いんだろう・・・」

ベッドで静かな寝息を立てるピリカの髪を優しく梳きながら、ジョウイが静かに話し始めた。
ピリカの丸い頬には幾筋もの涙の跡がある。部屋に落ち着いてからもピリカは発作のように泣いたりぐずったりを繰り返したのだ。
ジョウイはただ抱きしめてあげることしかできなかった。

「僕は、ハイランドが自分の国だと思っていた」

けれど、ユニコーン隊の仲間やトトの村の人達を蹂躙したのは、そのハイランドだった。
ユアンとジョウイも危うく命を落とすところだった上に、汚名を着せられて拷問まで受けた。
尽くすべき国家、守ってくれるはずの国が、何故こんな理不尽なことができるのだろう。

「僕らは・・・何を信じれば・・・」

「僕とナナミは味方だよ」

打ち沈むジョウイの気休めにしかならないかも知れないが、言わずにはいられなかった。
ユアンの言葉を受けて、暗かったジョウイの表情が和らぐ。

「そうだな、ありがとう・・・」

真面目過ぎるが故に思いつめてしまう幼馴染。
自らの存在意義に疑問を持ち始めてしまった彼は、ユアンから見てもどこか危うい。
出来ることならば、このままナナミとジョウイとピリカと四人で穏やかな日常に戻りたい。

だがそんな願いも数日後には儚く破れる。





ユアンは自分が今目にしているものが信じられなかった。

武器を持った軍人が丸腰の村人を追い回し、躊躇いもなく剣を振り落とす。
噴出す血潮をまるで玩具でも見るように瞳を輝かせて笑う。
人の命をまるで虫けらでも潰すような気軽さで、次々に蹂躙していく。

悲鳴と怒号が飛び交い、耳を塞ぎたくなるような断末魔が木霊する。
その中で一際強い力を持った哄笑が轟いた。


はははは!! 殺せ! 焼き尽くせ!! 戦う牙も持たぬ虫けら共だ!!


大地が大量の血に染まり、空が燃え盛る炎に焼かれても尚、その男は殺戮と破壊を求めた。

地獄という言葉だけでは語れない、残虐な光景。
立ち尽くすしかなかった自分達は、何て無力なのだろうか。



リューべの村が襲われたという報告は、ユアンとジョウイが連れてきたツァイによってフリックらに詳しく説明された。
火炎槍という特殊な武器を修理できる存在ということで、ビクトールに依頼されて彼の元に訪れたユアンとジョウイは、連れ立って砦に戻る途中でリューべの村の惨状を目の当たりにしてしまった。

すっかり顔色を失っている二人に、ビクトールは「ミューズに逃げろ」と促した。

「これは、お前達には関係の無い戦いだからな。すぐに支度をして逃げるんだ」

そう言うとフリック達は早速アップルとの作戦会議を始めた。
ユアンとジョウイは黙って執務室を出た。



「ユアン・・・僕達はこのままでいいのか? 君も見ただろう、ルカ・ブライトの所業を・・・」

宛がわれた部屋に戻って身支度をしていると、ジョウイが苦しげに声を絞り出した。

「ジョウイ、どうしたの?」

ナナミが心配そうに問いかける。

「ユニコーン隊の皆も、ルカ・ブライトのせいで命を落とした・・・。僕は・・・戦いたい・・・たとえ非力でも・・・少しでも・・・僕は・・・」

「ジョウイ、僕達はナナミやピリカを守らなくちゃ」

「でも、やっぱり僕は逃げるなんてできない。ユアン、ルカ・ブライトと戦おう。ほんの少しでも・・・死んだ皆のために・・・」

「気持ちは解るけど、実戦経験のない僕達はフリックさん達の足手まといになるだけだよ」

「それでも! トトの村や、リューべの村で起きた悲劇が繰り返されるのは耐えられないよ。違うのかい?」

「それはそうけど・・・やっぱり今はビクトールさんが言ったようにミューズに行った方が・・・」

今はまだ考える時間が欲しい。
怒りに任せてルカ・ブライトに挑んでも、勝てるとは到底思えない。
あれほどまでに強大な存在をユアンは知らなかった。そして、子供でも老人でも容赦なく屠れる残虐さが恐ろしい。

「駄目だよ・・・ユアン、君はルカ・ブライトが怖いのかい? 僕は・・・ルカが怖い。でも、怖がって逃げたって、目を逸らして、耳を塞いだって、なくなるわけじゃないんだ。僕等は非力かも知れないけど、それでも・・・」

ああ、これはもう何を言っても聞かないな。
長い付き合いの中でジョウイがどれだけ頑固かは熟知している。

どちらかと言えば暢気でテンポが遅れがちなユアンは、しばしばジョウイやナナミのペースに巻き込まれる。
だが確かに、ルカ・ブライトを許せないのはユアンも同じなのだ。リューべの村を出てしばらく経つのに、手の震えが止まらない。
ユアンはそれを隠して、あえて明るい声を出した。

「まったく、一度言い出したら聞かないんだから」

「ありがとう・・・ユアン・・・一緒に戦おう」



フリックによる試験の結果、ユアン達は無事傭兵の一員として部隊を率いることになった。

ユニコーン隊としては前線に出ることのなかったユアンとジョウイにとって、この戦いが初陣だ。
しかも相手はつい先日まで所属していたハイランド軍。だがこの戦い、決して負けたくなかった。


早朝の広場の中央ではビクトールの野太い声が張り上げられ、傭兵達を鼓舞する。


いいかぁ、あの“獅子の旗”にかけてもこの砦を守り抜くぞ!!


「獅子の旗ってどこにあるの?」

ナナミの疑問にユアンもジョウイも他の傭兵達を揃って首を傾げた。
獅子?・・・熊なら真ん前にでっかく見えるけど?

どうやら皆が“熊”だと思っていた絵は“獅子”であることが、ここで初めて明らかにされた。

思わず和みかけたがここはれっきとした戦場である。
砦の正面に数百の騎影が現れると、にわかに傭兵達に緊張が走った。

「十日後にはミューズからの援軍が来る。それまで何としても持ち堪えるぞ!!」

フリックの声に傭兵達の怒号のような声が応える。

傭兵の砦は幸いにも森に囲まれ、自然の防御壁となっている。
持久戦には持ってこいだ。

誰もがそう思っていた。



王国軍の不意を突き、火炎槍という武器を駆使した傭兵達は戦況を有利に運ぶことができた。
炎に焼かれ、王国軍は目に見えて動揺している。

「勝てそうだね」

思わず弾んだユアンの言葉に、ジョウイも興奮が隠せない様子で頷いた。

勢いを失った王国軍は吹き上がる炎の攻撃に対抗できず、徐々に後退していく。
そして、指揮官と思わしき軍人から溜まりかねたとばかりに声が上がった。

「一度態勢を立て直す! 退却だ!!」

その声に呼応して、王国軍が波が引くように戦場を離れていった。

「よぉし!! やったぞぉ!!」

傭兵達から歓声が上がる。

圧倒的に不利ながらも見事に王国軍を撃退できた。
傭兵達の表情は誇らしげに輝いていた。


深追いはせずに砦に戻った傭兵達は、すぐさま砦の周囲にいくつものバリケードを張って篭城の準備を始める。

「王国軍は遠征で疲れています。次の攻撃は兵を休めた後、明後日以降のはずです」

アップルの言葉に、ようやく一息つけると気を抜いたその時、傭兵の一人が血相を変えて報告に来た。

「ハイランド軍が攻めて来ました!!」

その報せにアップルの顔色が変わった。

「そんな・・・遠征してきた軍を一戦した後、再び強行軍させて攻め込むなんて、そんな無茶な・・・」

「・・・ルカって奴は常識で測れないってことさ。しかし・・・こりゃ厄介だな・・・」

常に鷹揚なビクトールですら焦りを隠せないようだ。
だが、傭兵達は応戦するしかない。
砦を落とさせるわけにはいかないのだから。

(やぐら)に上って砦の向こうを見渡すと、確かにすでに陣形を整えた王国軍が進軍してくる様子が見てとれた。

傭兵側は砦内に陣を張って、専守防衛の構えだ。
とにかく今は耐えるしかない。


砦の内と外からの攻防が始まった。

前線にはフリック率いる騎馬隊が立ち、弓矢で応戦している。
歩兵隊であるユアンやジョウイは後方から物資を運ぶ役目に着いていた。

早く王国軍が疲労して後退してくれることを願う。



ふと、気配を感じた。
同時に、ユアンの全身を駆け上がるように悪寒が走る。

何だ、この圧倒的な威圧感は。
知りたくない、だが気付かなければ死ぬだけだ。

生い茂る木々を擦り抜け、一騎、また一騎と騎兵の姿が現れる。
砦の後方、絶対に安全と思われていた森の中から。

それはすぐに同じく後方支援に回っていたビクトール達も気付いたようだ。

「あの大部隊が森を通って来るなんて・・・嘘よ・・・」

アップルの絶望感に満ちた力無い声に、ルカ・ブライトの力強い声が重なる。


一気に蹴散らすぞ!!


すぐさまビクトールの部隊が応戦に周り、ユアンとジョウイもそれに続いた。
だが、あまりにも歴然とした力の差に、あえなく砦への侵入を許してしまう。

後方の状況はすぐにフリック達の隊も気付いたようで、瞬く間に傭兵隊の足並みが乱れた。

ハイランド軍の攻勢は容赦なく、次々にバリケードを破壊される。

「この砦はもう駄目だ! 皆、できるだけバラバラに逃げるんだ!!」

朗々たるフリックの声に、混乱していた傭兵達が我に返ったように、次々に駆け出した。


砦に侵攻してきたハイランド軍は、あっという間に砦の中を制圧した。

逃げる間もなく切り裂かれた傭兵達の死体が積み重なる中、ジョウイとユアンは王国軍の攻撃をかわしながら砦の中に駆け込んだ。

「ピリカはどこだろう?」

「早く助けないと!」

無事でいてくれ。

内心で強く願いながら、王国軍を掻い潜って二人はいくつもの部屋を確認して回った。



「うわあああ!」

最上階に辿り着くと、執務室の中から悲鳴が聞こえた。
続いて子供の甲高い泣き声。

「ピリカ!」

力任せに扉を開くと、今まさにルカ・ブライトの剣がピリカに振り下ろされようとしている瞬間だった。

考えるより先に身体が動いた。

ガキッという金属音が響き、凶刃を防いだ棍とトンファーを持つ手に重い衝撃が走る。
二人掛かりでさえ凄まじい力に負けてしまいそうになる。

剣を止められたルカ・ブライトは一瞬驚きを浮かべたが、ジョウイとユアンを見下ろすその眼はすぐに身も凍るような残虐さに満たされた。
ユアンやジョウイの歯が立つ相手ではないことは、一目でわかった。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。
ぐっと、武器を持つ手に力を込める。

「何だ貴様らは、このガキを助けたつもりか?」

鼻で笑って無造作にルカが腕を振り払っただけで、ユアンとジョウイは簡単に吹き飛ばされた。

倒れた二人を見下すルカ・ブライトの人間らしさの欠片もない獣のような表情に、本能的な恐怖を感じる。

「いいことを教えてやる。この世には強い者と弱い者がいる。強い者は全てを奪い、弱い者は死ぬ。それがこの世の仕組みだ。それをこれから見せてやろう。強者が弱者を奪う瞬間だ!」

「やめろ!」

再び剣を振り上げたルカに、ジョウイが叫んだ。

「やめてくれ!!」

懇願の声に、ルカ・ブライトは怒りに満ちた視線をジョウイに向けた。どこか熾烈な憎しみにさえ似たそれは、ユアンとジョウイを心肝から怯えさせる。

「黙って見ていろ虫けら!! そんなことより命乞いの台詞でも考えておけ。次はお前等だ。安心しろ、俺は何百何千と首を撥ねてきた。眼を瞑っていても仕損じることはない。ふははははは!!」

恐怖と絶望がその場を支配した刹那、凄まじい爆音が轟き渡ったかと思うと、直後に激しい揺れが襲ってきた。

「!?」

流石のルカ・ブライトも態勢を崩し、思わず床に膝を着く。
爆音は何度も繰り返され、その度に砦は大きく揺らいだ。このままでは建物自体が崩れ落ちてしまう。

その時、執務室の扉が開いてフリックとビクトールが駆け込んできた。

「こっちだ、早く来い!!」

爆発が一旦治まった頃を見計らってフリックが部屋に入り、ピリカを抱え上げると、ビクトールはユアンとジョウイを促して室外に出した。

「火炎槍を全部地下のボイラーに投げ込んでやった。すぐに爆発が始まるぞ。急げ、走るんだ! 逃げ延びたらミューズを目指せ。そこで落ち合おう。行け!! 死ぬなよ」


フリックからピリカを抱き取り、ジョウイとユアンは互いに頷きあうと揺れる砦の中を走り抜けた。

砦の入り口ではナナミが待っていてくれた。

「早く逃げよう!」

火の手が次々に上がり、砦の周囲は大混乱だ。
その隙にユアン達は夜の闇に閉ざされた森の中へと駆け込んだ。

背後からは大きな爆音が何度も上がり、建物の崩れ落ちる音も聞こえてくる。

だが、三人は決して振り向くことなく走った。



――生きなければ!!


それだけが、今のユアン達の心の叫びだ。



森の中は奥に進むにつれ真っ暗で、炎の光もやがて木々に遮られた。

だが、今のユアン達にとってこの闇はむしろ優しかった。
背後から迫り来るような恐怖から、闇が隠してくれているかのような感覚。


生と死が光と闇によって分けられるのであれば、今この時は闇こそが生を守る繭だった。



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この話は『時の砂―戦場を奔る炎』と一部リンクしています。
ジョウイとナナミが放っといたら暴走するタイプなせいか、2主は意外と慎重なようです。
(坊ちゃん相手の暴走具合はこの反動か?(汗))
今回ジョウイと『時の砂』での坊ちゃんの行動や言動も若干リンクしています。
まったく違う立場ですし、下した結論も違って、ジョウイは戦争に身を投じますけど。



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