5.竜騎士・風の少年




間もなく15歳を迎える天流はその日、父テオと共に皇帝バルバロッサに謁見するためグレッグミンスター城へと訪れていた。

異例の速さで学校を卒業した天流は、この日から赤月帝国の正式な軍人となる。
彼が所属することとなったのは帝国近衛隊だ。
父テオの元に仕えたいのは山々だが、実戦経験もない少年が遠征の多い危険な部隊に入れるわけはないので仕方がない。

しかし上司となるグレイズは、一目で卑小な人間だと感じた。
テオも彼にはあまり良い印象を持っていないところを見ると、どれだけ心根の汚い人間か解るというものだ。
テオは人を見る目に長けている。だからこそ彼の元には忠誠心の厚い者達が集まる。
それは、天流にも受け継がれていた。

長いものに巻かれて己の力では何を成すこともできない人間に威張られ、使われるのは腹立たしいが、天流はそんな素振りも見せずに礼儀正しく振舞う。
相手は天流が子供であることなどを侮り、琥珀の瞳が少年とは思えないほど冷たい侮蔑の色を浮かべていたことには気付かなかった。

(こんな奴が重臣だとはね・・・)

帝国がいつの頃からか、かつての名声が嘘のように誇りを失いつつあることは知っていた。
英主と称えられていた皇帝は、己が統治する国の政を顧ず、結果権勢欲の強い者達がのさばるようになったのだ。

天流にはバルバロッサ皇帝が、そんなおろかな人間だとは思えなかった。
流石テオが仕えるだけあって威厳に満ち溢れた、尊敬に値する人物だと感じたのだ。
だが現実にこうして無能な人間が重職に就いている。

そして何よりも気になったのは、皇帝の傍に寄り添うウィンディという女性。
冷酷で残忍な色を宿す瞳を見た時、天流は言い知れない恐怖を感じた。





翌日、グレイズから魔術師の塔に星見の結果を取りに行くように任務を言い渡された天流は、強引に同行してきたグレミオ、クレオ、パーン、テッドを伴って竜騎士が待つ家畜小屋のある広場へと向かった。

そこで彼らを待っていたのは巨大な黒竜と、10歳にも満たない少年。
フッチと名乗る少年は、竜騎士見習で天流達を魔術師の塔まで送る任務を受けたのだという。
テッドやパーンなどはあからさまに不安げな表情となる。

「おいおい、大丈夫なのか? こんな子供に・・・」

「子供だと! お前だってガキじゃないか!」

「何だと! 俺はこう見えても・・・」

ムキになって怒るフッチに、テッドも怒りを露に反論しようとする。
天流はそんな二人の間に立ち、テッドを背後にフッチと向かい合う。

「僕は天流・マクドール。どうぞよろしく」

優しく微笑みながら右手を差し出す天流を驚いて凝視していたフッチだったが、照れたような表情を浮かべておずおずと握手を交わす。
後ろで不満げに眉を寄せているテッドに向き直ると、天流は呆れたように「子供じゃないんだから」と窘める。
テッドは益々顔を顰め、拗ねたような口調で「最近可愛くないぞ、お前」などと呟くも、それ以上の反論はなかった。


天流達全員が背に乗ったことを確認し、フッチはブラックと呼ぶ竜を飛び立たせた。
徐々に体が浮き上がり、力強く翼を羽ばたかせながら竜は大空高く舞い上がる。


籠の中とは言え浮遊感や風の抵抗感は強く、皆必死に籠の縁にしがみ付く。
慣れているフッチは「情けないなあ」と馬鹿にしたような視線をテッドに向ける。
悔しげに唇を噛みながら、得体の知れない感覚に耐えるテッドの隣に視線を移動すると、同じく耐えるように眉を顰める天流と目が合う。
すると天流は表情を和らげ、ふわりと微笑んだ。
びっくりして目を丸くするフッチ。
だがすぐに天流から微笑みは消えて、再び顔を顰めながら眼下に広がる雲や海に目を向ける。

皆が必死になっているおかげで、フッチは自分が赤面していることを知られずに済んだ。
5人は竜の背の上で、どこまでも続く蒼天の中を風を切って駆け抜けていった。





やがて竜が降り立ったのは孤島の入り口の岸辺だった。
地上に立った直後は足元がおぼつかず、その場に座り込んでしまった天流達だったが、やがて身体の感覚も正常に戻ってきた。
また何やら言い合っているテッドとフッチは軽く無視し、グレミオやクレオは確かめるように辺りを見渡している。

「ここが魔術師の島なのでしょうか?」

独り言のようなグレミオの呟き。
天流も来たのは初めてなので答えることはできない。
とにかく先に進もうと、天流達はフッチと竜をその場に待たせて奥へと進んだ。





鬱蒼と生い茂る草を掻き分けながら奥に進んで行くと、やがて拓けた場所に出た。
その先には、大木に凭れてこちらを見つめる一人の少年の姿が見える。

歳の頃は天流よりも若干年下、12、3歳程だろうか。少女のような美しい風貌の魔術師の姿をした少年は、天流達の姿に剣呑な笑みを浮かべた。
見下すような面白がるようなそれに、テッドやパーンは不快げに眉をひそめる。

「こんな島にお客とは珍しいな。これはさっそくおもてなしをしないとね。
わが真なる風の紋章よ・・・」

少年の右手が光を帯びたかと思うと地面が揺れ始め、突如噴出した土が何かを象るかのように集まり始める。
驚愕に後ずさるメンバーの前に、僅かな間で巨大な土の人形クレイドールが出現し、すぐさま天流達に襲い掛かってきた。
叩き付けるように繰り出された拳を、テッド達が慌てて避ける。

「レックナート様に会いたいなら、そいつを倒してみなよ」

くすくすと笑いを漏らしながら挑発する少年に、テッドやパーンは怒りを込めた目を向けるが、襲い来るクレイドールの攻撃に懸命に後方へと飛ぶ。
その様子をおもしろそうに眺めていた少年は、ふと微動だにせずに立つ人物に気付いて目を向ける。

「っ!」

瞬間、先程までの笑みは消え、少年は真っ直ぐに自分を見つめてくる琥珀の瞳に捕らえられた。
何を言われたわけでもなく、怒りも敵意も感じない瞳。
なのに何故か圧倒されて目が離せない。
だが視線はすぐに逸らされ、紅い胴着を身に纏うその人物は、クレイドールに向かって強く地を蹴った。

「パーン、グレミオ、僕に続け! テッドとクレオは援護を頼む!」

天流の凛とした声が響き、逃げ惑っていたテッド達は弾かれたように動きを止めたかと思うと、、すぐさま行動に出た。

クレオやテッドの矢が放たれ、天流の棍、グレミオの斧、パーンの拳がクレイドールを激しく打ち付ける。
怯むクレイドールに、絶え間ない矢の攻撃と共に天流は素早く走り寄り、

「はあっ!」

気合のこもった声と共に棍が一閃され、ある一点を正確に突く。
同時にクレイドールの巨体は崩れゆき、土へと還った。




少年は一歩も動けずに天流を凝視する。

彼の翡翠の瞳は天流だけを映していた。
少年の視線を受け、天流は棍をくるりと回すと戦闘態勢を解いて彼に歩み寄る。
ゆっくりと近付く天流に、少年が目を離せないでいると、

「危ねえだろ! 何てことしやがる!」

天流の後ろから怒りながら駆け寄って来るテッドに、彼はようやく自分を取り戻す。
呆然としていた顔には、また馬鹿にしたような笑みが浮かべられ、

「へええ、すごいね君達。僕の術を破るなんて、流石は帝国近衛隊というところかな」

冷ややかな嘲りに満ちた言葉。それでも僅かに動揺が含まれていた声音に、頭に血が昇っていたテッドやパーンは気付かない。

「ふざけんな! 俺達に何か恨みでもあるのかよ」

いきり立ち、掴み掛かろうとするパーンだが、少年との間に無言のまま天流が立ち、それを阻まれる。
パーンを無言で制し、小さく動揺を滲ませる少年に向き合う天流は優雅な動作で一礼する。

「初めまして。赤月帝国軍近衛隊の天流・マクドールと申します。レックナート様に星見の結果を戴きに参りました。お取次ぎ願います」

礼儀正しい天流に、少年は当惑の色を隠せない様子だ。
テッドやパーンのように怒ることも、多くの軍人のように威張り散らすこともなく、天流は丁寧で静かな態度を崩さない。
沈黙したままの少年を不思議そうに見やる天流に気付いて、少年は冷静さを取り戻すように軽く咳払いする。

「どうやら本物みたいですね。こちらへどうぞ、お客様方」

踵を返し、少年は天流達の先頭に立って奥へと進む。
その後ろでは、テッドが天流の肩に腕を回して文句を言っていた。

「なんで止めるんだよ? ああいう奴は一度痛い目を見ないとわかんねえんだぞ?」

「ここには喧嘩をしにきたわけじゃないだろう?」

苦笑する天流に、テッドは不満そうに唇を尖らせて恨めしげに呟く。

「近頃のガキは小生意気な奴ばかりだぜ・・・」

「それは僕も入ってるのか?」

天流は途端に不機嫌そうになり、テッドはニヤリと笑う。

「お前が筆頭だよなあ」

「・・・・・・・・・・・・」

更に機嫌を損ねた天流は、肩に回された腕を邪険に払う。
テッドはすっかり上機嫌となり、明るく笑いながら後ろから天流に抱き付いた。

「拗ねんなよ。小生意気でもティルは可愛いんだからっ」

「嬉しくないよ!」

白い顔を僅かに紅潮させながら逃れようともがくが、テッドの腕は容易には離れない。
いつもの光景にグレミオ達は目を細め、微笑ましげに二人を見守る。


「・・・・・・着いたんだけど?」

冷えた声がほのぼのした雰囲気を散らす。

目を向けると、広く拓けたそこには確かに高く伸びる巨大な塔が建っていた。
ここが魔術師の塔なのだろう。
入り口に立ち、案内をした少年は不機嫌も露にテッドに冷たい視線を注いでいる。
敵意に満ちたそれにテッドの笑顔も瞬時に消え去り、負けじと少年を睨み付ける。

「すまない。案内してくれてありがとう」

ようやくテッドの腕から抜け出した天流が、真面目な表情で少年に一礼する。
少年は複雑そうに天流を見やると、

「別に。レックナート様は最上階だよ。じゃあね」

言い捨てて、少年の姿が一瞬のうちに消えた。

「「「「!!??」」」」

何が起きたのかすぐには理解できず、天流達は少年の消えた場所をしばらく呆然と凝視していた。

「消えた?」

「テレポートってやつだね。初めて見るよ・・・」

呆然としたグレミオの呟きに、抑揚のない声で続いたのはクレオ。

「ほんとにいちいち癪に触るガキ・・・」

青筋立てて忌々しげに吐き捨てるテッドを、天流は呆れたように見やる。
どうやら完全に相手を嫌っているテッドは、少年が何をしても気に障るのだろう。

いつまでも突っ立っていても仕方がないと、天流達は長く続く階段を上り始めた。



あまりにも長い階段に、テッドの機嫌が最悪になったのは言うまでもない。


隣でぶつぶつと紡ぎだされる恨み言を聞き流しながら、天流は竜の背から見た空は蒼く澄んでいたなあと、どんよりとした雰囲気の中で深い溜息を吐いた。



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年下キラー坊ちゃん(笑)。年上キラーでもありますけどね。
でもやはりテッドとラブラブなので、テッドは思いっきり嫉妬されてます。
ルックもフッチも坊ちゃんに惹かれてます、はい。
ちなみに坊ちゃんの二人への印象は良くも悪くもないです。
二人ともかなり態度悪いですけど、「子供なんだから」という認識ですから。
まあ、「可愛い子供達だな」って程度でしょう。坊ちゃんも子供なんですけどね。
「T」時代の間は坊ちゃんにとって二人は子供です(苦笑)。頑張れルック・・・。
次はそんなルックサイドの話です。



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