6.惹かれゆく心



「ルック、もうすぐここに帝国からの使者が訪れます。彼らをここまで案内して下さい」

師レックナ―トの言葉に、ルックと呼ばれた少年は「わかりました」とだけ答え、転移魔法を唱えてその場から姿を消した。

彼が移動したのは自分の家でもある塔に近い森の中だ。
大木に体を預けて腕を組み、そこで使者を待つことにした。
レックナ―トは岸辺まで迎えに行けと言いたかったのだろうが、ルックはその命令には従う気がなかった。
理由は単純に、面倒臭いからだ。
そして軍人が気に入らないからでもある。

師の使いで何度か帝都を訪れたことのあるルックは、帝国軍人がどれほど横柄で勝手な人間が多いか散々目にしてきたため、彼らの為に労力を使う気にはなれない。
事実、これまで星見の結果を求めて島に来た軍人はろくなものではなかった。
今回もくだらない人間の相手をするのかと思うと嫌気が差す。



しばらく待ち続けていると、複数の気配が近付いて来るのを感じて目を向けた。

現れたのは子供や女性を含む5人連れ。
その内の一人からはルックだからこそ感じ取れる気配を感じて一瞬眉を顰めるが、彼らがこちらに気付くと秀麗な顔に皮肉げな笑みを浮かべる。

「こんな島にお客とは珍しいな。これはさっそくおもてなしをしないとね。
わが真なる風の紋章よ・・・」

一瞬の光の中、轟音とともに形成されたのは魔法によって仮初の命を与えられた巨大な土の人形クレイドール。
ルックの与えた命令のままにクレイドールは帝国の使者と思われる5人に襲い掛かった。

驚いて逃げ惑う彼らの姿に、さも愉快だとばかりに馬鹿にした笑いが漏れる。

「レックナ―ト様に会いたいなら、そいつを倒してみなよ」

兆発する言葉に数人から怒りの込められた鋭い視線が向けられるが、ルックは意にも介さない。
クレイドールの攻撃を懸命に回避する彼らの様を冷笑を浮かべて眺めていると、一人微動だにせずに立つ人物に気付く。
恐れをなして動けないのかと思ってせせら笑うような目を向けると、自分を見つめてくる琥珀の瞳と目が合った。

「っ!」

衝撃に声を発することも忘れ、凍り付いたように身動きが取れなくなる。

ルックを捕らえるのは何の感情も現れていない静かな金色の瞳だが、わけもなく惹き付けられて目が離せない。
動けないのではなく悠然と佇むのは、艶やかな漆黒の髪と白い肌の細身のしなやかな肢体、中性的な秀麗な容貌を持つ、ルックよりも少し年上の少年。
他人の容姿にも内面にも全く興味のないルックだったが、初めて誰かを綺麗だと思えた。

しかし少年の視線はすぐに逸らされ、武器であろう棍を構えるとクレイドールに向かって地を蹴った。

武術の心得はあるようだが、どう見ても細く頼り無さげな少年ではクレイドールの巨体に敵うとはとても思えない。
らしくもなく焦りを覚えたルックの目の前で、少年は凛然と澄んだ声を響かせた。

「パーン、グレミオ、僕に続け! テッドとクレオは援護を頼む!」





ルックは一歩も動けずに、少年を凝視していた。
自分とそう歳は変わらないはずの少年の、部下を見事にまとめ上げる先導力に驚く。

初めはクレイドールの攻撃に逃げ惑うだけだった4人が、少年の一声だけで素晴らしい連携を見せた。
そして、確実に急所だけを突いた少年の一閃。
ルックよりは幾分背が高く、それなりに鍛えてはいるだろうが、それでも小さく細い身体でどうすればあれほどまでの戦闘力を発揮できるのか。


詰め寄る巨漢の男や青い胴着を纏う少年を無言で諌め、少年は礼儀正しくルックに挨拶をした。
ルックのしたことを咎めることもせず、気分を害した様子も見せない態度に当惑する。
これまで訪れた軍人達は皆一様に慌てふためき、ルックを激しく罵ったものだ。

動揺のあまりすぐには行動を起こせないでいると、天流と名乗った少年は訝しげな表情になる。その様子にようやくルックも冷静さを取り戻した。
ごまかすように軽く咳払いして気持ちを落ち着け、

「どうやら本物みたいですね。こちらへどうぞ、お客様方」

そう言って踵を返すと、天流達もすぐに後を追って来た。



奥へと進むルックの後ろでは、天流と青い胴着の少年が仲良くじゃれ合い始める。

「拗ねんなよ。小生意気でもティルは可愛いんだからっ」

明るく笑いながら天流に抱き付く少年。
ティルとは天流という少年の愛称なのだろう。
頬を染めながら怒る天流は、ルックに対していた時と違って年相応の幼さを見せる。
二人がどれだけ仲が良いか嫌でも解るというものだ。

おもしろくない。

知らず知らず、ルックの端麗な顔が不機嫌なものとなっていく。

「・・・着いたんだけど?」

自分でも意外なほど冷えた声が口をついて出る。
不愉快極まりない思いで天流に貼り付く少年を見やると、少年も睨み返してきた。

「すまない。案内してくれてありがとう」

落ち着いた動作で一礼する天流から幼さは消え、一変した態度にルックの心が苛立つ。
天流には何の落ち度もない。寧ろ帝国軍人とは思えないほど礼儀正しいというのに、何故こんな気持ちになるのか。

「別に。レックナ―ト様は最上階だよ。じゃあね」

不可解な思いから逃げるように、ルックは言い残してその場から消え去った。



しばらくして天流達は肩で荒い息をつきながら、ようやく最上階に辿り着いた。
そこで待っていたレックナ―トと挨拶を交わし、レックナ―トと天流の二人は星見の結果の譲渡のために従者達を待たせて奥へと場所を移した。





「ルック」

レックナ―トの声に、ルックは転移魔法で師の元へと跳ぶ。
どうやら事は終えたらしい。

「ここにいます、レックナ―ト様」

「天流達を岸辺まで送ってきなさい。くれぐれもイタズラはしないように」

「もちろんですよ。この僕がそんなことすると思ってるんですか? ひどいなあ」

台詞の白々しさに天流の後ろに控える4人が揃って肩を竦めた。青い胴着の少年と巨漢の男は皮肉げに口元を歪め、金髪の青年と女性は苦笑する。
しかしルックの注意はレックナ―トの傍に立つ天流にのみ向けられていた。

「ルック・・・というのか」

呟くような天流の言葉に、そう言えば自分の名を名乗っていなかったと初めて気付く。
天流は初めに名乗ったというのに、礼儀知らずなことをしてしまった。
悪戯を叱られるのを恐れる子供のように不安な気持ちで天流を見るが、彼は変わらず穏やかな表情でルックを見つめていた。

「また、会えると良いね。ルック」

手袋の嵌められた右手を差し出し、ルックに向けて初めて笑みが浮かべられる。

間近で美麗とも言える微笑を向けられ、ルックの心が早鐘を打つ。
ひどく落ち着かなくて苦しい、けれどどこか昂揚する。不思議な感覚だ。

おずおずと片手を上げて手を重ねると、天流の後ろからまた少年が抱き付いてきた。

「なんでそんな奴とまた会いたいとか思えるわけ、お前?」

「テッド。まだ怒ってるのか?」

「お前はなんで怒らねえんだよ!」

テッドと呼ばれた少年は、強引に天流の身体を引き寄せてルックから引き剥がす。

途端に急降下していくルックの機嫌。
テッドに対して切り裂き辺りを思いっきり食らわせてやりたいが、そんなことをすればいくら天流でも怒るだろう。
レックナ―トの手前もあるが、何より天流に嫌われるようなことはしたくなかった。

「わが真なる風の紋章よ。その力を示せ」

危険な衝動をぐっと堪え、風の紋章の力を発動させて天流達5人を空間移動させる。
その中でテッドだけは着地地点をずらしておいてやった。

(この程度で済ませてやるんだ。ありがたく思いな)

そう一人ごちた後、右手に視線を落とす。

ほんのわずかな間ではあるが、手袋越しとはいえ彼と触れ合った。
見知らぬ他人との接触など、これまでは不快なものでしかなかったのに、不思議と天流とだけは嬉しいとさえ感じた。

「天流・マクドール。貴方は彼と長い付き合いになるかも知れませんね」

静かに告げられた師の言葉に、思わずルックは彼女を見上げた。
また会いたいと無意識に願う心を読まれたのかと焦りを覚える。

「彼は天魁の宿命を背負っています」

予想外の言葉に一瞬呆気に取られた。

「天魁星? 天流がですか?」

問いに頷く師を見上げながら、ルックは納得した。

自分が108の星宿の一つ天間星の宿命を持っているということは聞かされていた。
天流が全ての星の中心に位置する天魁星なのだとすると、彼に惹かれるこの気持ちにも説明がつくというもの。

それでも、心のどこかでそれだけで片付けたくない自分がいる。
何故そう思うのか、それが何を意味するのかはルックにはまだ解らなかった。



ふと窓の外に目をやると、茜色に染まる空の彼方に小さな影が飛ぶ。
天流達が乗って来た竜の影だと理解するのに時間は掛からなかった。

次第に遠ざかるそれは徐々に視界から消えていったが、天流の面影がルックの中から消えることはなかった。

いずれ会える。
解っていることでも、その日が待ち遠しい。










数ヶ月後に再会を果たした時、天流は帝国軍人ではなく、帝国に敵対する解放軍のリーダーとなっていた。

レックナ―トに連れられ、約束の石板と共に本拠地に訪れたルックは天流との再会を内心とても喜んだ。
だが素直さとは無縁の性格であるため、つい憎まれ口を叩いて大人達の不興を買う。
天流だけはやはりルックの態度を気にすることもなく、「久しぶり」と言葉を返した。

相変わらず穏やかな笑みは人の心を癒す。
なのにルックは違和感を拭えなかった。
以前見た時と比べて微かに陰りを帯びるそれは、数ヶ月前には感じられた明朗さが消え去っている。

不審に思って視線を巡らせてみるも、唯一天流の幼さを引き出せる存在であるテッドの姿がどこにもない。


その彼が宿していたはずの呪いは今、天流の右手に息づいていた。





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というわけでルックサイドでの天流との出会いでした。
初恋に戸惑ってます(笑)。ちなみにこの時ルックは13歳になったばかりです。

ルックは天魁星だから天流に惹かれたというわけではないです。
もちろんそんな部分もあったかも知れませんが、相手が天流だからこそなんです。
何しろ2主やトーマスには欠片も惹かれてませんから(笑)。

次回はシーナが登場です♪



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