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7.嵐と雷
あいつと出会ったのは随分昔、二人ともガキだった頃だ。
親父同士が知り合いだってことで、たまに会っては一緒に遊んだことがある。
真面目な奴だなって思ってたけど、どこか惹かれるところがあったんだよな。
ガキにしては達観したような態度や言動は、当時の俺には不思議で仕方がなかった。
掴み所のない存在。だからこそ惹かれるのだろうか。
久しぶりの再会はカクの町の宿屋。
女の子をナンパ・・・いや、会話を楽しんでいたら現れたのが親父と天流・マクドールだったんだ。
「お前、ティエンか?」
もう何年も会っていなかったのに、俺は一目でティエンが解った。
あいつの独特の雰囲気ってのは色褪せるどころか磨きが掛かっているようだ。
「シーナ? 久しぶりだな」
「本当になっ。お前しばらく会わない間に美人になったなあ」
ガキの頃からティエンは可愛かった。
色白の顔に綺麗で大きな瞳が映えて、柔和で優しい顔立ちに小さな身体。
聞けば何度か誘拐されかけたことがあるらしいけど、それがマクドール家の長男だからなのか、ロリ―ショタか?―コン趣味の変態心をくすぐったからなのかは定かではない。というより両方だろうな。
そんな愛らしい子供がそのまま成長して少年へと姿を変えたのが現在のティエン。
もっとじっくり顔を見たくて、俺より少し低い位置にある顎を摘まんでくいっと上げると、琥珀の瞳がまっすぐに俺を見上げてきた。
相手の眼をじっと見る癖は昔のままなんだな。
こいつに見つめられるとどうしていいか解らなくなる。
昔は何だか照れくさくてすぐ目を逸らしてたけど、今は逸らすこともできずに引き込まれていった。
「シーナ! お前は何を無礼なことをしているんだ!」
怒声を上げながら親父が俺の襟首を引っ掴んでティエンから引き剥がした。
「ぼぼぼ坊ちゃ〜ん! 大丈夫ですか? 変なことされてませんよねっ!」
ティエンの下男が青い顔で駆け寄り、ティエンを抱きしめた。
確かグレミオって言ったっけ? 俺をなんだと思ってんだよ、こいつ・・・。
親父は親父で火を吹きそうなほど顔を紅潮させて怒ってる。
「天流殿は大事な御身! 我々の仕えるべき人なのだぞ! そんな方に無体を働くな!」
無体ってなんだ! 俺は単にティエンと見つめ合ってただけだろ!
ん? それも変だな。
ところで親父、今何て言ったんだ?
大事な御身? 仕えるべき人?
ティエンを見ると、グレミオを宥めながら俺に困ったような笑みを向けてきた。
久しぶりに会ったあいつは、解放軍のリーダーなんてものになってたんだ。
で、俺も親父に無理矢理解放軍入りさせられた。
ティエンと一緒にいるのは嫌いじゃないからいいけどさ。
■■■■■
本拠地にレパントとアイリーンの一人息子シーナが来て数日。
朝早くから天流は石板のある小部屋に訪れていた。
部屋の主である風の魔術師の少年ルックは、他人に対して常に不機嫌も露に言外で「出て行け」と匂わす雰囲気を惜しげもなく醸し出すのだが、天流にだけは微塵もそんな素振りを見せないどころか話し掛けられると普通に受け答えもする。
天流は本拠地内においても特に幼いルックを気遣って、毎日のように彼を訪ねていた。
一人っ子な上に常に大人に囲まれて育った天流には、ルックが弟のように思えて嬉しいのだろう。二人でいる時の天流の表情は、いつもの緊張も解けて穏やかなものとなる。
生真面目なリーダーと無表情魔術師が共にいると本人達は談笑しているつもりでも、周囲の者はあまりの居心地の悪さに即行逃げ出したくなる。
尋常ではない近寄り難さに、いつしか石板の小部屋に訪れる人間はいなくなったほどだ。
静かな場所を好む天流とルックにとっては都合が良いので気にも留めなかったが。
しかし、この日は珍しくも二人の会話に割り込む人物が現れた。
「よう、ティエンじゃないか」
「シーナか」
明るい声に振り向いた天流に笑いかけながら歩み寄るシーナは、彼の隣に立つ見慣れない子供に気付いて小部屋に入ったところで足を止める。
天流と並んでも見劣りしないほど整った容姿の美しい子供。
「ん? 隣の子は彼女か?」
シーナの何気ない一言に天流は一瞬固まり、隣に立つ子供、ルックからは冷たい殺気が立ち昇る。
翡翠の瞳がシーナを睨み付けたかと思うと、突然巻き起こった風が彼を取り巻いた。
「・・・・・・切り裂き」
「んなっ!?」
低い声でルックが呟いた直後、風は刃となってシーナの身体を切り裂いた。
「うわっ! 痛えっ!」
多少は手加減していたとはいえ思いっきり切り裂かれて倒れ込むシーナを、天流は哀れみを込めて見下ろす。
無益な争いを好まない天流も、この時ばかりはルックを止めることはしなかった。
不本意ながらもルックの怒りがよく理解できたからだ。
だが、状況を理解していないシーナにとっては突然理不尽に魔法攻撃されたとしか思えず、怒りに満ちた表情でルックを睨み付けた。
「なんつーことをしやがんだ、てめえ! 危ねえだろっ!」
「ちっ、生きてたの」
心底残念そうに舌打ちする。
声変わりも終えていないながらも女性にしては低めの声に、シーナは怒りも忘れて呆然とルックを凝視する。
「もしかして男か? お前」
「・・・本気で死ぬかい?」
冷たいどころか絶対零度の殺気がシーナに突き刺さる。
このままではルックが本気でシーナを殺しかねないと判断し、事態を静観していた天流が険悪さを漂わせる二人の間に立った。
「シーナ、悪いことは言わない。ルックに謝れ」
溜息とともに親切に提言する天流。
だが、ここまで来ればルックもシーナもお互いに引けなかった。
確かに男であるルックを女の子と間違えたシーナが悪い。が、だからと言って問答無用に魔法攻撃はないだろうと、ルックに対して怒りが湧き上がる。
「お、男ならそれらしくすればいいんだよ! んな貧弱な身体でそんな髪形してたら間違うだろ、普通!」
「頭と目が悪い証拠だね。思い込みで他人を判断しないでくれる? だいたい男らしいって何さ? どこぞの熊みたく脳まで筋肉で構成されてるような奴かい? それともあんたみたいに見るからに軽薄で浅はかで判断力も分析力も劣るような奴?」
無口なルックにしては珍しく饒舌である。思いっきり毒を含んではいるが。
彼は彼でシーナに対して激しい怒りを覚えていた。
天流との静かな時間を邪魔しただけでなく、ルックを侮辱したも同然なのだから至極もっともな怒りではあるのだが・・・。
「喧嘩売ってんのか、テメエ!」
「そうやってすぐに熱くなるところが頭の悪い証拠なんだよ」
「むかつく! テメエ、表に出ろ!!」
「お断りだね。馬鹿に付き合うほど暇じゃないんだ」
「はっ、怖いのか? 暴力沙汰が嫌いなんて何ともお姫様じゃねえの」
「愚にもつかないことをする気はないって言ってんだよ。本当に理解力のない奴」
「このおかっぱーっ!!」
怒りを爆発させ、シーナは勢いよく腰の剣を抜くとルックに切っ先を向ける。
「息の根を止めて欲しいみたいだね・・・」
静かに殺気を放ちながら掲げたルックの右手が淡く光りだす。
「いい加減にしないと二人とも窓からトラン湖に落とすぞ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
ルックの殺気よりも尚冷たく凍る声が、一触即発の雰囲気を瞬時に凍り付かせる。
不敵なシーナとルックさえもが恐怖を感じるほどの冷気。
恐る恐る視線を向けると、完璧な無表情を張り付かせた天流が二人を見つめていた。
「ティエン・・・、脅すにしてももっとましな言い方ないのか?」
先程までの気迫はどこへやら。
震える声で天流を宥めようとするシーナだが、眼前に棍の柄を突き付けられて硬直する。
「本気だ」
微かな笑みを称えて棍を構える天流は、至って真剣だ。
こうして二人はリーダーモード全開の天流の前にあえなく屈服した。
それからというもの、ルックとシーナの間はかなり険悪なものとなった。
顔を合わせばどす黒いオーラを振り撒きながら睨み合い、周囲にまで危険を及ぼす。
そんな二人をどうにか引き合わせないように周囲は模索するが、二人には一つの共通点があったためそれもままならない。
その共通点というのが、リーダー天流・マクドールその人である。
ルックにとってもシーナにとっても天流は比較的話しやすい存在で年齢も近いこともあり、共にいることが多い。
そうすると、必然的に二人も顔を合わすのだが、天流の前では二人とも大人しかった。
理由は単純明快に、天流に嫌われたくない一心からである。
つまり、天流は二人の潤滑油的な存在だ。
ビクトールに言わせれば「水と油と石鹸水の関係」ということになる。
そんな天流が遠征に赴いたり、軍務で忙しくて暇が取れなかったりすると途端に悲惨な状況となる。
軍務の場合はまだ同じ城の中にいるのだから、何かあっても天流がすぐに駆け付けることが可能だが遠征ともなればそうはいかない。
天流が戻って来た時には何人もの兵士が切り裂かれたり、燃やされたり、感電させられたりして戦闘不能に陥っていたことが幾度かあった。
「何故そんなに仲が悪いんだ・・・?」
あまりの惨状に呆れを通り越して疲れたような力無い声音で尋ねる天流に、二人は申し訳なさそうな表情で口を揃えて言った。
「「こいつが気に食わないから」」
そんなわけで、解放軍には一つの決まり事が出来た。
曰く、【リーダーの遠征の際は、必ずシーナかルックのどちらかを同行させること】
当然置いて行かれた方の怒りと悔しさは半端なものではないが、二人揃われるよりはいくらかマシだろうということで、周囲はひたすら我慢する。
嵐と雷が揃って縦横無尽に吹き荒れるよりは、どちらかを含んだ暗雲だけで何とか耐え抜こうとする健気な解放軍だった。
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ルックとシーナ、滅茶苦茶仲が悪いです(苦笑)。
坊ちゃんは忙しくて二人に構ってあげられないため被害は無実の人達に。
危険なのはルックだけじゃなかったんですね・・・。
二人とも坊ちゃんのことは大好きなので、その辺りから理解が芽生えてくる・・・はずです。
ちなみにこの時はまだ二人とも坊ちゃんを「ティル」とは呼んでません。
次回はフリックが出て来れるかどうか。
もう少しルックVSシーナが続くかも知れない・・・(汗)
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