8.追憶の大地




「リーダーは?」

いきなり簡潔な問いを投げ掛けられ、クレオは声のした方を振り返る。

自室の入り口に立つ秀麗な魔術師の少年の姿を見とめると、先達ての戦争で幾人もの敵を切り裂いた己の武器である短剣を研ぐのをやめて立ち上がった。
いつもは強い色を湛える瞳を暗く翳らせて俯くクレオを、少年…ルックは訝しげに見上げる。

「坊ちゃんは・・・」

クレオから告げられた言葉に、ルックは怪訝そうに眉を寄せた。







解放軍にとって初めての戦争があった。
エルフやドワーフ、コボルトらと協力し、クワンダ・ロスマン率いる帝国軍を打ち倒したのはほんの昨日のこと。
一夜明け、兵士達には疲労の色も濃いが、今もまだ勝利の興奮は冷めやらない。

本拠地内に漂う熱気に似た空気を、鬱陶しげに肩で切りながらルックはエレベーターに向かう。

「よう、ティエンはどこだって?」

聞きなれた軽い声にルックは顔を顰めた。
駆け寄って来たのは短い金髪の少年、シーナだ。
露骨に嫌な表情になるルックに気付き、シーナもまた不機嫌になる。

「っとに失礼な奴だよな、お前」

「なら話し掛けないでくれる」

「俺だってお前なんかとお話なんざしたかねえっての。俺が聞きたいのはティエンのことだよ」

「フン、何で僕が答えてやらなきゃいけないのさ。知りたければ自分で調べな」

「ムカつくガキ・・・ッ!」

いつものようにお互い憎まれ口の応酬をした後、ルックはエレベーターに乗り込み、シーナは踵を返してどこかへ走り去る。
天流が共にいない場合、二人が長く同じ場所にいることはないのだ。



チンと軽い音がしてエレベーターが止まると、ルックはその足で地下へと続く階段を下りる。


薄暗い部屋の中は他のフロアに比べ、少し異様な雰囲気を醸し出している。

そんな地下室の入り口付近では、一人の少女が壁に凭れて眠たげにあくびをしているところだ。
ルックはまっすぐに彼女の傍に歩み寄り、前置きもなく切り出した。

「リーダーはどこに行ったの?」

突然掛けられた声に驚いて少女、ビッキーは目を丸くする。

「ルックくん? 珍しいねえ。どうかしたのー?」

のんびりと問いながらほえーと微笑まれ、ルックの秀麗な顔に苛立ちが浮かぶ。
見る者をわけもなく平和な気持ちにさせるビッキーの雰囲気も、どうやらルックには通用しないらしい。

「質問に答えなよ。リーダーはどこに行ったの?」

「ティエンさん? さっき来てたよー」

「で? どこに飛ばしたのさっ」

進まない会話に短気なルックは険しい表情でビッキーに詰め寄る。
普通の人間なら恐怖に凍るほどの怒りだが、どこまでもマイペースなビッキーにはあまり効果は無さそうだ。

「えーとね。んー、何て言ったかなあ」

「もういいよ! じゃあ僕を同じ所に飛ばして!」

本当は自分でテレポートするつもりだったが、場所を聞き出していたら日が暮れると判断して怒鳴るようにそう言うと、ビッキーは可愛らしく小首を傾げた後にっこり微笑み、「はあい」と応えて杖を翳す。


転移の光とともに、ルックはその場から姿を消した。







空と重なるような広大な大地は荒れ果て、強い陽の光を浴びて枯れ木と雑草が風に揺れる。
所々には人間や馬の死骸や、武器や防具の残骸が散らばっていた。


固く乾いた大地に降り立ったルックは、異臭に顔を顰めながら視線を巡らせて一つだけの色を探す。
青と黒、くすんだ土の色の中の小さな紅。



(見付けた)


はやる気持ちを抑えて風を纏い、ルックの身体がふわりと浮く。

高貴さを醸し出す紅を纏うのは、解放軍リーダー天流・マクドール。
何事にも動かない彼の心が、その色を見付けた。ただそれだけで波打つ。
しかし素直さとは無縁の性格のため、天流の傍に降り立つと同時にそっけない言葉が口をついて出た。

「こんな所で何やってるのさ」

「ルックか。何をしに来たんだ?」

落ち着いた声音で問いにさらに問いを返す天流に、ただでさえ短気なルックの機嫌が降下する。
少しだけ高い位置にある天流の顔を睨むように見上げ、

「聞いてるのは僕なんだけど? こんな戦場跡にわざわざ何の用があるのさ」


二人が立つ荒れた大地。
そこは昨日、解放軍とクワンダ・ロスマン率いる帝国軍が戦争を繰り広げた、まさにその場所だ。

二人の間を、乾いた風が通り過ぎた。

「知っているか? ここはかつて緑に覆われた美しい土地だったんだ」

その言葉にルックは辺りを見回すが、一面は無残な荒地が続くだけ。
枯れた大地と死んだ木々の姿に、美しい緑の面影など微塵もない。

「いつの話? それ」

「そう昔じゃない。5年ほど前に父上と訪れた時はここの美しさに目を奪われた」

動物もいたんだと、そっと呟く。

現在、荒廃したその場所に息づくものは何もない。
戦争によって命を落とした兵士や馬、火に焼かれた大地と薙ぎ倒された木々。
静寂と異臭、そして不吉なほど不気味な空気だけが土地を覆う。
目を覆いたくなるほど無残な死の世界。


解放軍のリーダーである天流が居ていい場所ではない。
何より彼の右手で息づいている「もの」が、この光景に歓喜している様子が紋章を通じて伝わってくる。

天流を早くここから遠ざけたい。
ルックは強引に天流の腕を取ると、彼が何かを言うより早く戦場跡を遠く見下ろす切り立った崖の上まで一気にテレポートした。


移動した先で掴んでいた天流の腕をそっと外すと、足元がおぼつかないのか天流の身体が僅かに傾ぐ。

「・・・一言云ってくれ」

冷静な天流も突然強制的にテレポートされて驚いたようだ。
珍しく秀麗な面に戸惑いと焦りが浮かんでいた。

「あんな所にいつまでも居たくなかったんだよ」

天流は短く嘆息しただけでそれ以上は何も言わずに崖の下を見下ろした。
高く離れた場所から見ても大地が死んでいるのが解る。
普段は無表情ながらもどこか優しい天流の表情が難しいものになった。

「戦争によって美しかった風景が壊されるのは堪らないな。その責任の一端が自分にあると思うと、辛い・・・」

苦渋に満ちた声で吐かれた、ルックが初めて聞く天流の弱音。
常に冷静に周囲を観察し、最善の策のみを瞬時に見極める若きリーダーは「感情がない」と揶揄されるほど冷徹な態度を崩すことなく、弱音や本音など一切吐かない。
そんな彼が初めて「辛い」と言った。
共に居ることが多いせいだろうか、毎日のように言葉を交わしていたルックやシーナには天流も打ち解け、二人もしくは三人で居る時には「リーダー」の仮面を外すようになっていた。

信頼されているのだ。
そう思うと嬉しくて、面映い。
同時に、天流の姿が痛々しい。

「そんなに辛いなら、リーダーなんてしなきゃいいのに」

吐き捨てるように云ったルックの言葉に、天流は驚いたような視線を彼に向けた。
その様子にすら苛立ちが募る。


家族と敵対してまで、他人のために戦う必要があるわけ?

天流は考えたこともないのだろうか。
自分はいつも思っていることなのに。


今、天流が居なくなれば解放軍が駄目になることはルックにも容易に想像はつく。
しかし元々天流は帝国側の人間だったはずだ。
それが何故解放軍のリーダーなどに祭り上げられなければならない。

こんな天流の顔を見るくらいなら、帝国に戻って初めて会った時に親友に向けていたような笑顔で居てくれた方がいい。
そんな思いがルックの中に溢れていた。

苦笑を浮かべて、天流がルックを見る。

「そうかも知れないな。けれど、誰かがしなければならないことだから」

「それがあんたである必要は?」

「人々の苦しみをこの目で見て、この耳で聞いて、知った者の義務だろう。どんな形でもいいから解放軍に加わろうと思ったことは事実だし、後悔はない」

そこまで言って、再び天流は眼下の大地に視線を落とした。
艶やかな漆黒の髪を、微かに血の匂いが混じる風がゆっくりと揺らす。
ルックは天流の繊細な横顔を黙って見つめた。

「踏み荒らされた田畑を耕すのは並大抵のことじゃない。焼かれた森を元に戻すのには永い時が掛かる。戦争などというものは、最悪の贅沢でしかないんだよ」

一旦言葉を切り、迷いのない瞳が真っ直ぐに大地とそれに続く空を見やる。
そして静かに振り向いた天流の、優しさを宿す琥珀がルックの姿を映す。

「それでも戦わなければいけないというのなら、僕達がしなければならないのはこの戦争を早く終わらせることだけだ」

幼いリーダーの意思が強いことなど解りきっていた。
ルックの無責任でありながらも天流を甘やかすような言葉に心が動くことはないことも。
自嘲するように口元を歪めるルック。
しかし天流はルックの言葉を咎めようとはせず、それどころか笑みさえ浮かべる。

「心配してくれたんだろう? ありがとう」

「べ、別に・・・」

綺麗な笑みを向けられ、さらに図星を突かれたルックは不機嫌そうに顔を顰めて目を逸らす。
しかし彼の白い頬は僅かに赤みが差していた。
天流は小さく笑って、ルックにというよりは自分自身に言い聞かせるように呟く。

「戦争で得るものなど何もない。それでも、誰もがこの先に必ず平和が訪れることを信じて戦っている。少しでも僕が人々に貢献できるのならそれでいい」

“それで? 君自身に何が残るっていうの?”

喉元まで出掛けた言葉を、しかしルックは飲み込んだ。
これ以上天流を困らせたくは無かった。
その代わりに口をついて出た言葉は。

「ティル」

「え?」

「・・・・・・て、呼んでもいい?」

遠慮がちの問い。
突然のそれにすぐには答えられず、天流は茫然とした表情で数秒間ルックを見つめた。


お互い黙ったまま暫しの時が流れる。
天流は知らず知らずのうちに詰めていた息を深く吐き出す。

「・・・驚いたな。テッドが僕のことをそう呼んでいるんだ」

“知ってる。だからこそだよ。”

心の中で呟く。

テッドが天流にとって何にも変え難い大切な存在だと知っているから。
その細い肩に想像を絶する責任を背負う少年に、もう甘えも弱さも見せられない彼に、少しでも安らぎを思い出せるものを与えてやりたくて。
テッドの代わりになる気はないし、彼のことは実は嫌いなのだがそれでも天流の心を僅かながらも癒せるなら何でもしてやりたい。
誰かのために何かをしたいと、ルックは初めて望んだ。

「で、いいの?」

「いいよ。でも、何故? 皆は僕をティエンと呼んでいるのに」

素朴な疑問に答えようとしたその時、微かな魔力の波動を鋭敏に感じ取ったルックは天流を庇うように彼の前に移動して、魔力の集まりゆく一点を睨み付ける。
すぐに異変を察知してルックを下がらせようとする天流だが、ルックは頑として動こうとはせず、それどころか天流を自分の後ろへ押しやった。

魔力の集まり、それは転移の光だ。
覚えのあるその波動に怪訝そうに顔を顰めていると、やがて象られた光の中からやはり見慣れた少年が現れた。

「いよう! ティエン、見付けたぜ」

「シーナ」

成る程、この魔力はビッキーのものか、とルックは警戒を解いて天流を押しやっていた手を下ろす。
だが秀麗な顔には明らかな嫌悪。
それに気付いて口元を引き攣らせながらも、シーナはルックを無視して天流に笑みを浮かべてみせる。

「ティエン、こんな所で何してるんだ? グレミオさんが大騒ぎしていたぜ」

「グレミオが?」

「ああ、涙流しながら『ぼっちゃ〜ん、どこですかあ〜っ!?』ってさ」

「「・・・・・・・・・」」

天流とルックはその様子を如実に思い浮かべて押し黙る。
容易に想像がつくのだ。彼の過保護振りを毎日見せ付けられているのだから。

「それは大変だな。すぐに帰ろう」

想像だけで精神的に疲労を感じたような表情で、天流はルックを見やる。
どうやら彼はビッキーにここまで送ってもらった後、ゆっくりと歩いて帰るつもりだったらしい。
しかし今から歩いて帰れば、おそらくグレミオが大騒ぎして捜索隊が派遣されてしまうだろう。
そんなこと、冗談ではない。

天流の気持ちを汲み取り、ルックは「仕方ないね」と言いながらも文句は口にしなかった。
単純に天流に頼られるのが嬉しいのだが、残念ながらそれを素直に出すような性格ではない。

「じゃあ、行くよティル。とタラシ、あんたもか?」

「誰がタラシだ! せっかく呼びに来てやった俺に・・・て待て! ティルってのはティエンのことか?」

「他に誰がいるのさ?」

「な、何で、いつからそんな風に呼んでるんだ!?」

「僕が誰をどう呼ぼうが勝手だろ」

シーナは激しいショックを受けて硬直した。
かと思えば勢いよく天流に詰め寄り、がしっと彼の肩を両手で掴んだ。
あまりの剣幕にさすがの天流も戸惑いを隠せない。

「ティエン! 俺もティルって呼んでいいか!?」

「・・・・・・え・・・?」

わけが解らず反応に困る天流。

ゴンッ

「〜〜〜〜〜っっ!!」

脳天から突き抜けてきた鈍い激痛に頭を抱えてしゃがみ込むシーナ。
杖を持つ両手に走る痺れに顔を顰めながら、ルックは侮蔑を込めて天流の足元に蹲るシーナを見下ろす。

「何を血迷ってるのさ・・・」

棘を含んだルックの言葉に、頭を押さえながら立ち上がったシーナは涙が滲む目でルックを睨む。

「うるせえ! だいたいずるいじゃないか、お前ばっかり!! 今日だって俺がティエンを捜してるのを知ってて一人で悠々と会いに来やがって!! 俺なんかあの後グレミオさんに泣き付かれるわ、親父に怒鳴られるわ、マッシュさんに説教食らうわ、ビッキーちゃんはなかなか話が進まないし・・・っ」

「「・・・・・・・・・」」

やはり易々と想像がつくと同時に精神的に疲れる彼の話に、天流とルックはそっと哀れなシーナから視線を逸らした。

「というわけでティエン、俺もティルって呼んでもいいよな!」

何が「というわけで」なのかは解らないが、ここで断ったりしようものならあまりにもシーナが報われないだろう。
天流は困惑しながらも頷いた。
途端に顔が輝くシーナと、不機嫌を露にするルック。

「しかし、何故二人ともそんなにこだわるんだ? 別に呼び方など皆と同じで・・・」

「「
人と一緒じゃ嫌なんだよ」」

見事なまでに同時に発せられた、思いっきり聞き覚えのある台詞に天流は唖然と二人を凝視する。
天流の視線を浴びながら、ルックとシーナはお互いにギロリと睨み合い、

「真似しないでくれる?」

「そりゃ俺の台詞だ!」

そして勃発する舌戦に、いつもは問答無用で二人を黙らせる天流だったが、今回ばかりは必死に込み上げる笑いを堪えて口元を押さえて俯き、肩を震わせていた。




結局、天流がようやく笑いを収めてルックとシーナの舌戦を二人の頭を叩
(はた)くことで終わらせた後、本拠地に帰る頃にはかなりの時間が経過していた。

城に帰った三人を待ち受けていたのは、心配の涙を滝のように流すグレミオと、呆れと苛立ちに眉間に皺を刻むマッシュ、怒りに顔を真っ赤にさせるレパントと、苦笑を浮かべるビクトールとクレオの5人の大人達だった。


それから天流がグレミオに泣き付かれ、シーナがレパントに怒鳴られた後、三人の少年が延々と軍師の説教を聞かされたのは云うまでもない事実である。







その後、天流の指揮のもとクワンダ・ロスマンとその部下を始めとする解放軍達は、戦争で死んでいった者達の遺体を丁重に葬り、魂を慰めるための祭祀を執り行った。



戦争の跡を微かに残すその大地に立つのは天流とルック、シーナの三人だけ。

ルックとシーナに両脇から肩を抱かれながら、天流は戦争によって死んだ人々の魂と大地に哀悼を捧げる。

天流の思い出にある緑が蘇るには永い永い時が掛かるだろう。
乾いた風が追憶の中の優しさと恵みを与えるものへと変わるのも、いつになるのか解らない。


それでも・・・
              ・・・いつか・・・きっと・・・


二人の友人に促され、天流は静かにその場を後にした。



三人の少年が消えた大地には、風が吹き抜ける。


荒廃した大地に芽吹く小さな命の息遣いに、彼らは気付くことはなかった。


乾いた大地の上には、青く澄んだ空がどこまでも続く―――。



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予想外に長い話になってしまいました(苦笑)。
構想は早くに出来ていたのですが、文章にしていくと終わらない終わらない。
ルックと坊ちゃんだけならシリアスな話で終わったんですけどね、
シーナが出た途端にギャグになってしまったのが不思議です(笑)。
実はこの話で一番書きたかったのは「戦争とは最悪の贅沢だ」てことです。
この言葉はあるニュース番組のキャスターが言った言葉ですけど、納得はできますよね。
何が悲しくて他人を傷付けるために膨大な金を掛けなきゃいけないんだと、疑問でなりません。

さて、この時からルックとシーナが坊ちゃんを「ティル」と呼ぶようになりました。
でも二人はまだ不仲です。(ある意味気が合ってはいますが)

そしてフリック、最後に出るはずだったんだけど・・・。つ、次、かな??



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