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12.同じもの
グレミオが死んだ。
天流・マクドールの従者の一人である青年。
彼は、ソニエール監獄で天流や俺達を人食い胞子から守ろうとして、自分を犠牲にした。
あの時。
帝国将軍の一人ミルイヒ・オッペンハイマーの手から放たれた胞子から逃れ、ほっとした瞬間。
聞いたことがないほど動揺を露にした天流の声が響いた。
振り向いた先に、堅く閉ざされた扉を叩きつけるあいつの姿。
俺は驚きを隠せなかった。
いついかなる時も冷静で、自分を見失うことのなかった天流が感情を表に出していたのだ。
すぐに事情を察知したビクトールやクレオが駆け寄り、天流と共に扉を叩き付ける。
初めて目にした取り乱す天流の姿に驚き、しばらく凍り付いていた俺だったが、やがて重い静寂が漂い始めると思考が戻ってきた。
誰もが暗い表情で立ち尽くしていた。
途切れがちに聞こえていた声も、すでにない。
ビクトールは拳を震わせながら俯き、唇を噛み締めている。
クレオは押さえきれない嗚咽を漏らしながら、両手で顔を覆う。
シーナは無言のまま、天流を抱き締めている。
天流は、微動だにせずに扉を見つめ続けていた。
そんな様子を眺めながら、俺はどこか安堵にも似た気持ちでいた。
これであいつも俺と同じように大事な人間を失った。
オデッサを失った俺の苦しみ、哀しみを、あいつも味わったのだ。
今まで俺の中で燻っていた天流への憎しみや怒りが、鎮まってゆくのを感じる。
これでもう、天流は俺の『敵』ではない。
これからは、『同じ』なのだ。
『同じ』哀しみを持ち、
『同じ』苦しみを味わい、
『同じ』ように、大切な存在を失った。
安心感のような同族意識のような気持ちで、俺はその時からあいつをリーダーと認めた。
■■■■■
名医リュウカンの薬によって毒を防ぎ、解放軍はスカーレティシア城に攻め込んだ。
事情を知る者達は、グレミオの弔い合戦だと異様に士気が高い。
ミルイヒ率いる帝国軍と激突し、勝利した後。
毒の花粉を吹き出している大きな薔薇を焼き払うため、グレミオの仇を討つために俺達は城の内部に突入した。
バルコニーに出て目的の薔薇を見付け火を放つと、慌てた様子でミルイヒが駆け込んできた。
だが突然、腕が痛むと苦しみだしたその姿に驚いていると、次の瞬間にはまるで夢から覚めたようなミルイヒの表情。
わけが解らずに茫然としている俺の前で交わされたマッシュと天流の会話によると、どうやら「ブラックルーン」とかいうやつのせいでミルイヒは操られていたとか云うことだ。
人間を操ることのできる紋章なんてものがあるのか。
すぐには信じられない話だが、天流達の口振りだと前にも同じことがあったようだ。
そして、グレミオの仇を討つのだといきり立つビクトールやパーン等を前に、天流は冷静に「この男に罪は無い」と云いきった。
家族の仇を前にしても、崩れない冷静な態度。
しかし、天流が決して冷たいだけの人間ではないということは、俺にももう解っている。
俺とは違い、仇を前に冷静でいられる天流の態度は理解できないが、まあ、育ちや性格の違いなのだろう。グレミオを亡くしたことで、オデッサを失った俺と『同じ』ように傷付いているのは事実だ。
天流の言葉に納得がいかずに剣を抜こうとするビクトールに、俺は思わず制止の言葉を口にしていた。
「やめろ、ビクトール。リーダーが決めたことだ。それに従うんだ」
「フリック、リーダーってお前・・・」
俺の台詞に驚愕するビクトール。
先日までの俺の態度を思うと無理もない。
天流の傍に立つシーナやルックは怪訝そうに俺を凝視する。
一瞬だけ視線を向けた天流の表情は、いつものように読むことはできなかった。
ミルイヒが仲間になった直後、テオ・マクドール率いる帝国軍が解放軍に攻め込んで来たという知らせが届いた。
すぐに城に戻ると、一人の少女が天流を待っていた。
話を聞くと少女はロッカクの村の忍だという。
帝国将軍の一人テオ・マクドール率いる軍は、ロッカクの村を攻めた後、この解放軍本拠地に迫って来ていた。
すぐに天流やマッシュの指揮のもと、迎え撃つ準備を整える。
■■■■■
解放軍は大敗したものの帝国軍は引き上げ、何とか事無きを得たその夜。
テオの鉄甲騎馬兵を倒すための案を模索しながら屋上に上がると、偶然にも天流が先に屋上に来ていた。
いつもなら傍にいるクレオ、ルック、シーナ、マッシュ、ビクトールなどの姿は無い。
彼が自室以外で一人になるというのは珍しい。
スパイを警戒するマッシュは滅多に天流を一人にはしないのだが。
闇夜の中、月明かりに照らされて佇む天流の姿。
綺麗な子供だとは思っていたが、薄明かりの下で見る天流は意外なほど華奢で、憂いを含む乏しい表情は儚さを引き立たせている。
今にも消えてしまいそうな危うさに、俺は焦りを感じて声を掛けた。
「一人なのか?」
問い掛けに、屋上の縁に立つ天流は顔だけをこちらに向けて、黙って頷いた。
すぐに視線は逸らされ、天流の目はどこか遠くを眺める。
傍まで歩み寄り、天流の見ている方へと目を向けるが、眼下には暗い湖とその先のカクの町の明かりが見えるだけで何ら変わったものは見受けられない。
「何を見ているんだ?」
「待っているんだ」
「何を?」
「パーン」
ああ、と納得した。
グレミオやクレオと共に幼い頃から天流に仕えてきた男。
彼は天流達を逃がすためにテオ・マクドールに一人挑み、未だ戻って来ていない。
やはり家族のことは心配か。
グレミオを亡くして間も無いのだから無理もないか。
「大丈夫だろ、あいつは。すぐに戻るとも言っていたじゃないか」
今までの俺からは考えられないことだが、自然と慰めの言葉を口にしていた。
つい先日天流の付き人の衝撃的な最期を目にしたばかりなため、そんな気持ちになったのだ。
だが、天流はいつもの感情を含まない声音で言った。
「いや、パーンはもう戻っては来ない」
思いも掛けないその言葉に、天流を凝視する。
当惑する俺に気付いてか、落ち着いた声がさらに言葉を続ける。
「パーンの力ではまだテオ・マクドールは倒せない。
家族といえども父上が裏切り者を見逃すとも思えない。
パーンは戻らないよ」
淡々とそう話す天流。
俺はますます混乱した。
常日頃からわけの解らない奴だと思っていたが、まさかここまで不可解だったとは・・・。
自分の父親が家族同然の男を殺すかもしれないというのに何故こんなにも平然としているんだ?
それに、帰って来ないと確信している者を何故待つ?
湖から吹き上げてくる夜風は冷たい。
いつからここにいるかは知らないが、天流の身体は冷え切ってるはずだ。
それなのにこいつがここにいるわけは・・・?
すると、背後で風が動く気配を感じ、俺達は同時に振り返った。
風を纏って現れたのはルックだ。
一瞬だけ俺を見て不審そうに眉を顰めたが、すぐに俺には目もくれずにまっすぐに天流の傍に行ってその腕を取った。
「気は済んだわけ?」
ルックの問いに、天流はふっと瞳を伏せた。
その仕種があまりにも儚く見えて、一瞬息が詰まった。
動揺している俺の存在など完全に無視し、ルックは天流の頬を両手で包む。
「もういいだろ? 君だって解っているはずだ」
な、なんだ、この雰囲気は?
先程とはまた違う焦りが俺を襲う。
目の前の小柄な二人の少年。しかも二人とも人並み外れて整った容姿。
そして二人を包むえらく親密な空気。
黙ったままの天流を、ルックはゆっくりと抱きしめた。
思わず後ずさる俺。
「このままじゃ、君が倒れてしまうよ」
「すまない」
ようやく、吐息のような天流の言葉が漏れた。
その声に、俺は心臓が高鳴るのを感じた。
なんだっていうんだ、いったい。
「それじゃあ、いいんだね?」
一拍、迷うような間を置いて天流は頷いた。
同時に風が抱き合う二人を包み、次の瞬間には二人ともその場から姿を消していた。
一人残された俺は、ただただ茫然と突っ立っているだけだった。
「何がいいんだ・・・?」
呟いた疑問は、誰にも届くことなく風に消えていった。
その後俺は暫くその場を動けず、ようやく硬直状態を脱した時には全身が芯まで冷え切っていた。
すぐに風呂場に向かったのだが・・・・・・
・・・・・・・・・・・・呪い風呂なんかで温まれるわけもなかった・・・・・・・・・・・・。
そして・・・ティエンの言った通り、パーンは戻っては来なかった。
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坊ちゃんがではなくて私がフリックを嫌いなんだと思われそう(汗)。
好きですよ、フリック。お願い、信じてv(滝汗) 歪んだ愛情表現てやつですvv(阿呆ですね)
今回はフリック視点で、前回同様やたらと早く話を進めてしまった気がします(苦笑)。
ラストはルク坊でギャグちっくv(苦笑) 呪い風呂にしたのは誰でしょうね。
坊ちゃんが今の状況でそんなふざけたことするとは思えないので、
シーナ辺りのフリックへの嫌がらせでしょうか。
次回は坊ちゃんの話。これからちゃんとフォローをします(汗)。
どうやらビク坊になりそうな気配。
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