|
14.遠く近く、想いは傍に
キーロフの町から廃墟の町カレッカを抜けて、更に北上した先の秘密工場で火炎槍や新たな仲間を得、天流達は再びキーロフに戻っていた。
船着場では火炎槍を船に積み込む作業が進む。
「さあ、戻るか」
作業を終えたビクトールのその言葉に、疲労の色も濃いフリックがやれやれと船に向かう。
「じゃあ船に乗り込・・・」
ボコッ!
天流達を促そうとするフリックの後頭部にルックのロッドが直撃した。
非力とはいえ、不意打ちな上硬質なもので思いっきり殴られれば溜まったものではない。
頭を抑えて蹲るフリックを、侮蔑の込められた翡翠の双眸が冷たく見下ろす。
「冗談じゃないよ。僕達は先に戻るから。行くよ、ティル」
「え?」
「おい?」
ビクトール達が何か言う間もなく、二人の姿はその場から一瞬にして消え去っていた。
茫然となる一同の間を名残の風が吹き抜け、それに乗せられてくぐもった呻き声が通り過ぎていった。
気が付くとそこは本拠地の桟橋だった。
いきなり現れた天流とルックの姿に、クロンが目を丸くしている。
何が起きたのか解らず、天流は茫然と目の前に広がる湖から視線を巡らせて入り口に立つ少年を見やり、そびえる城を見上げた後、隣に立つルックの姿を琥珀の瞳に映した。
数十秒の沈黙の後、ルックは決まり悪げに視線を泳がせ、一言呟いた。
「・・・何か文句ある?」
「いや、別に・・・」
答えて、ようやく冷静さを取り戻した天流は、友人の心遣いに微笑を浮かべた。
新しくなった船に慣れないのは天流も同じで、またあの苦しい思いをしなければならないのかと思うと、ルックがテレポートしてくれたのはありがたい。
「ありがとう」
「・・・ふん」
天流が素直に礼を述べると、ルックはふいと視線を逸らした。
照れてほんのりと朱みを帯びた顔を見られたくなくて。
■■■■■
太陽が東から西寄りに移動した頃、本拠地に火炎槍が運ばれてきた。
何隻もの船から火炎槍が次々と下ろされる様子を、人々は興味津々と見つめている。
「へえ、これが火炎槍か。そんなにすごい武器なのか?」
感心したようにそう言いながら、人垣を割って現れたシーナが、マッシュとともにフリック達に指示を出している天流の傍に歩み寄って来た。
天流の隣に立つルックがシーナを一瞥して不快げに眉を寄せたのは、あえて黙殺する。
「当たり前だ。オデッサの遺した武器だぞ」
険しい口調でフリックがシーナの問いに答えた。
「あんたに聞いてねえよ」
シーナもまた不機嫌に返す。
左右と前方から立ち昇る剣呑な空気。
ちょうど真中の位置にいる天流は特に動じた気配も見せずに、火炎槍を運び込む作業をじっと見つめていた。
そして踵を返して険悪な三人から離れ、積み上げられた火炎槍の傍に立つ。
しばらくそうして佇んでいると、睨み合いを終えたルックとシーナが傍にやって来た。
「そんな顔して何やってんのさ?」
ルックの問いに、天流は知らず知らずのうちに表情が険しくなっていたことに気付く。
すぐに表情を和らげていつもの無表情を貼り付けるが、時すでに遅く。
「どうした、ティル?」
両隣から心配そうに見つめる二人に「何でもない」と答えを返そうとして、二人の真剣な眼差しに言葉を失くす。余程感情が表に出ていたらしい。
どうも、ビクトールとの夜の会話以来、感情の制御がうまくできていないような気がしてならない。それともルックやシーナの勘が良過ぎるのだろうか。
「火炎槍の使い道について考えていた」
「で? 火炎槍はお前にとって何なんだ?」
シーナの鋭い言葉に無表情を装うこともできず狼狽する。
何故か逆らえないような雰囲気に、天流は迷うような間を置いて諦めの息をついた。
伏せた瞳が映すのは、オデッサの残した火炎槍。
「解放軍にとっては喜ぶべきことなのだろうな。勝利を呼ぶ兵器なのだと。
・・・けれど・・・僕にとってこれは・・・父上やアレン、グレンシールを傷付ける凶器なんだ・・・」
「ティル・・・」
掛ける言葉が見つからず、二人は哀しげに俯く天流をただ見つめる。
暗く沈んだ沈黙。
それをもたらしたのが天流なら、破ったのも彼だった。
「すまない。変なことを云ってしまったね」
振りきるように火炎槍から視線を外し、二人に向き合う天流の表情からはすでに感情は消え去っていた。
ルックとシーナは揃って顔を顰め、シーナの手が天流の頭を掴んで強引に抱き締めた。
突然のことに驚き、逆らう間もなく抱き込まれる。
「俺達の前でまで強がるんじゃねえっての! 少しは頼れ、この意地っ張りっ!」
ゴンッ!
シーナの脳天に見事にヒットしたのは言うまでもなくルックのロッドだ。
「ルック、テメエ!」
「気安くティルに触るな。阿呆が移る」
この先の展開は、毎度のことながら不毛な舌戦が繰り広げられた。
天流は二人のじゃれ合い(なんて可愛いものではないが)を見つめながら、激しくなる動悸を抑えるのに苦労していた。
シーナに言われた言葉はビクトールの言葉を否応なく天流の脳裏に蘇らせる。
考えることを放棄していた感情の波が再び胸に広がる。
あの時と同じように、思い出しかけた何か。
それは当たり前のように知っていたはずなのに、いつしか忘れていたもののような気がした。
天流の物思いを遮ったのは天流の意志ではなく、彼を呼ぶ声だった。
「リーダー」
天流の隣に立ち、火炎槍を見つめるのは青いマントを靡かせる青年。
すでに彼から天流に対する悪意はない。
フリックは少年のように目を輝かせて火炎槍を見つめている。
「凄いと思わないか? オデッサが遺してくれた最高の武器だ」
「・・・そうだな」
答える天流の声は心なしか固い。
しかしフリックは天流の様子には気付かず、更に弾む声で言葉を続けた。
「なあ、リーダー。これで鉄甲騎馬兵なんか焼き払ってしまおうぜ!」
熱く語るフリックの言葉に、天流の無表情の仮面が崩れた。
苦しげに、哀しげに秀麗な顔を歪める天流を見て、フリックは驚愕のあまり言葉を無くす。
フリックの声が聞こえた時点で言い争いを止めていたルックとシーナは、瞬時に本気の怒りを浮かべて彼を睨み付けた。
「切り裂き」
青空に血に染まった青いマントが舞い、地面に倒れ臥す。
無残な光景なのだが、解放軍の面々はそれを日常茶飯事だと微笑ましげに見ているのだから、この軍も恐ろしいものだ。
触らぬ神に祟り無しとばかりに遠巻きに見守る彼らは、漂う不穏な空気になど気付かない。
シーナに肩を抱かれて俯くリーダーが、ルックのテレポートで消えても誰も気に留めない。
ただ、何人かが苦笑しながらフリックに駆け寄り、リュウカンの元へと彼を運ぶ。
蒼穹の空の下、ここは平和だと誰もが思っていた。
■■■■■
「落ち着いたか?」
ルックが転移したのはやはりトラン城の最上階にある天流の自室だった。
シーナは天流を抱き締めたまま寝台に腰掛け、腕の中の友人をのぞき込む。
「・・・済まない。手数を掛けた」
気丈に振舞うが、元々色白な顔には生気がない。
天流をよく知らない者ならば簡単に騙せるだろうが、勘の良いルックやシーナを欺くことはできなかった。
シーナは天流を抱き締めていた腕を解き、呆れと怒りが混ざり合ったような表情で声を上げる。
「まーったくお前はっ! 俺らにまで気を遣ってんじゃねえのっ」
「あんなガキ中年の言うことなんて気にすることないだろ。何言われたって躾の出来てない駄犬が吠えてるんだと思いなよ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
ルックの痛烈な台詞に弁の立つシーナや意外に辛辣な天流さえも、その例えの冷酷さには言葉を失った。シーナは先程までの怒りも忘れて困ったような笑いを漏らす。
「お前・・・いくら何でもそれは・・・」
「フリックは人間以下か・・・」
答える代わりにルックはふんと鼻を鳴らした。彼が心の底からフリックを嫌っているのだと、嫌でも解る。
これ以上この話を続けると、ルックが本格的にフリックへの怒りを爆発させて何をしでかすか解らないと判断し、シーナは寝台から腰を上げて話は打ち切りとばかりに天流の頭とルックの肩を軽く叩く。
「まあまあ、お前ら今日は色々あって疲れてるだろ? とりあえず風呂にでも入って夕飯といこうや」
「その口調、まるで熊だね」
「おっさんと一緒にすんな!」
シーナの手を煩わしげに払いながら呆れたように言うルックに、シーナは心外そうに反論する。
しかし返されるのは更に棘のある言葉で、いつものように舌戦はヒートアップしていったのだが、天流が一言呟くと瞬く間に戦争は終結した。
そうして三人は仲良く部屋を出て行った。
ちなみに風呂を管理するサンスケに「ルックさんとシーナさんは一緒に入らないで下さい〜っ!」と懇願され、ふてくされた表情のシーナが浴場の入り口で突っ立っていた様子は複数の者に目撃されていた。
図らずともその様子は、天流の従者であるグレミオやパーンを思わせるものだったが、それを口にする者はいなかった。
■■■■■
解放軍本拠地で天流が二人の友人と友情を温めている頃、トラン城から離れた場所にある帝国軍の駐屯地では、ガルフォースの嘶きの中、二人の青年が陣営の一角にあるテントを目指して歩を進めている。
ほどなくして目的のテントの前で立ち止まり、入り口で声を掛けるとすぐに中から答えが返り、二人はテントの中に入った。
迎えたのは、テオ・マクドール将軍だ。
「テオ様、ただいま戻りました」
「ご苦労だったな。アレン、グレンシール」
テオが労いの言葉を掛けると、アレンとグレンシールはどこか暗い表情で敬礼した。
「テオ様のお言葉通り、パーン殿の遺体はグレッグミンスターに送り届けました」
二人に頷いて見せながら、テオは穏やかな表情でアレンとグレンシールを見やる。
「済まなかったな。嫌な役目を押し付けた」
「そんな、テオ様・・・」
戸惑う二人に、テオはただ自嘲の笑みを浮かべた。
アレンとグレンシールは掛ける言葉もなく俯く。
家族同然であるパーンに手を下したのは、他ならぬテオ自身だ。
アレンやグレンシールにとっても旧知の仲である青年は、反逆者としてテオの前に立ち塞がり、倒された。
「お前達は、私を責めるか?」
「我々は、テオ様に従います」
「息子と戦うことになってもか?」
「「・・・・・・っ」」
動揺を浮かべる二人に、テオは責めるでもなく笑みを湛える。それは先程の自嘲気味のそれではなく、温かなものだった。
「もう下がれ。ゆっくりと休むといい」
アレンとグレンシールは同時に敬礼し、テントを後にした。
残されたテオは、暫くの間微動だにせずに立ち尽くしていた。
先日、自分の目の前で息絶えていったパーンを悼み、近いうちに会い見えるであろう息子を想うその表情は穏やかで優しく、哀しいものだった。
テントを出たアレンとグレンシールは長い間無言だった。
周囲を見渡すと、兵士達が武器を手入れしたりガルフォースの世話をする様子が目に映る。
近い戦争への緊張感と共に、誰もが複雑な思いを抱えていた。
自分達の敵である解放軍。
それを率いているのは、尊敬するテオ将軍の息子であることは今や誰もが知っている事実だ。しかし、テオの部下達は誰もがそれを未だに信じられずにいる。
アレンやグレンシールさえもすぐには受け止められずにいたのだ。一般の兵達の動揺は大きい。
”天流・マクドールは解放軍に捕まり、野蛮な彼らに脅されて利用されている”
ほとんどの兵士達がそう思い込み、解放軍を潰して天流を救い出すという使命に燃える。
確かに決して否定できない仮説ではあるが、マクドール家とは長い付き合いであるアレンやグレンシールは天流に仕えるグレミオやクレオが一流の戦士だと知っている。
もしも本当に解放軍に捕らわれそうになったのだとすれば、彼らは命を掛けて天流だけでも逃がすだろう。
そして天流。
戦士としての力こそまだ弱く、武器の扱いも筋が良いと伺わせるものの未熟ではあるが、特筆すべきは身体能力ではなく精神面である。
例え力で抑えつけられたとしても、彼の誇り高さは蛮族に膝を屈することを良しとしない。
天流は自ら望んで解放軍の軍主となったのだろう。
「だが俺は、ティエン様の気持ちが解るな」
沈黙を破ってそう呟いたアレンに、グレンシールの視線が向けられる。
「今の帝国は、昔とは違う・・・」
「アレン、滅多なことを言うものではない」
「お前は違うのか? 帝国の腐敗した政治が民を苦しめているのは事実だろうが!」
咎めるグレンシールに、アレンの激昂した声が叩きつけられる。
グレンシールは嘆息するが、相棒の言葉を否定しようとはしない。
代わりに一言だけ、アレンを見据えて低い声で言った。
「俺達はテオ様に従う。そうだろう?」
「・・・・・・」
グレンシールの問い掛けに、アレンは不満そうに眉を顰めながらも口を噤んで俯く。
帝国が今や腐りきってしまっていることは、随分前から気付いていた。
それでもテオはバルバロッサへの忠誠を貫き、アレンやグレンシールはそんなテオに傅く。
間違っていても、正しいことでなくても。
テオはバルバロッサを信じ、自分達はテオを信じて。
「だが、辛いな・・・」
グレンシールのか細い呟きは、アレンの耳に微かに届いて風に消えた。
二人が同時に視線を向けた先には、遠くトラン湖にそびえる古城の影。
そこにいるであろう、弟のように思っていた大切な少年の姿は容易く脳裏に思い浮かぶ。
今度の戦争がどういう意味を持つのかを考える者は・・・いったいどれほどいるのだろう。
親と子の決戦の時は近い。
■■■■■
入浴の後、天流はルックとシーナと共に自室に戻っていた。
テーブルには食堂から持って来た三人分の夕食が並べられている。
「ティル、あんた解ってるんだろ? あの青いのがどういうつもりかってのは」
不機嫌な声でそう言ったのはルックだ。
口調の冷たさに、天流とシーナは食事の手を止めてルックを凝視する。
風呂に入ってだいぶ落ち着きはしたものの、ルックの怒りは治まってはいないらしい。
「つい最近まであんなに敵意を剥き出しにしてきた青いのがいきなり態度を変えたのは、従者を失ったあんたが自分と同じ『不幸な奴』になったとか考えているからだ。自分と同じ苦しみを味わったのだから認めてやろうとかくだらない考えでいるってこと、あんたは解ってるんだろ?」
「解ってる」
天流はただ一言そう言った。
何の感情も篭らない、どうでもいいことだという声音で。
「なんだよ、それ。まだ自分だけが不幸なんだって思ってんのか? 馬鹿じゃねえの? 最低だな、あいつ」
不愉快そうに、吐き捨てるように辛辣な台詞を吐いたのはシーナだ。
だが、二人の友人の怒りに天流は無感情に言葉を返した。
「別に構わない。彼が僕を仇だと罵ろうが、同族意識で不幸仲間だと思っていようがね」
「構わない? 独り善がりな不幸に酔って、悲劇の主人公ぶって自己陶酔してる奴に我慢する必要がどこにあるわけ?」
「解放軍の役にさえ立つなら誰がどういう感情を持っていても関係ない。必要なのは戦力だ。個人の感情などいちいち構っていられない」
冷酷とも言える台詞を何でもないことのように吐く。
ルックとシーナは言葉を失ったのか、不気味な沈黙が落ちた。
「そう。まあ、そうかもね。君はリーダーだし、瑣末に構っていられないよね」
ルックが納得したように呟くと、シーナが不満そうな声を漏らす。
「でもそれじゃあ、お前ばかり損してんじゃねえの? いわれの無い非難受けてさ、安っぽい同情されて・・・。青いのはお前を貶めて侮辱してるだけじゃん?」
「いや。彼が侮辱しているのはオデッサさんだ」
天流の口から出た名前に、ルックとシーナは思わず目を丸くした。
『オデッサ』の名は二人も知っている。天流に解放軍を託した前リーダーであることも。彼女は軍師であるマッシュの妹で、話題に上っているフリックの恋人だった。
「目先の怒りに囚われて自分より不幸な人間を探して満足するような卑しさは、彼を信じていたオデッサさんの想いへの裏切りに他ならない。残念ながら、その程度のことすら彼は気付いていないようだが」
「フン、あの青二才が気付くわけないよ。自分の狭い視野で見たことしか理解できないような度量の狭さだからね。あんたのような冷静さはあいつには備わってない」
10歳も年下の二人にここまで言われてしまうとは・・・。
シーナはフリックに同情を覚えながらも、やはり愉快な気分だった。
(ここにあいつがいたら、ショックのあまり泣き出すかもな〜♪)
何とも楽しげにそんなことを思う。
ルックもシーナも、フリックのことなどどうでも良いのだ。ただ、天流がこれ以上彼に煩わせられることが嫌だった。
ただでさえ解放軍という重責を担い、辛い思いを耐えているというのに、フリックのような自分のことしか考えていないような人間に天流が傷付けられるのを黙って見ていることはできない。
何事も無かったかのように三人が食事を再開する頃、窓の外は夜の闇に包まれていた。
back next
坊ちゃんが皆に大切に想われている、という話です♪
しかし、目の前でフリックが血まみれになっても微笑ましく見守る解放軍て…。
余程ルックとシーナの大暴れで免疫がついたと見えますね(苦笑)。
坊ちゃんはどうやら合理主義の人らしいです。
ルックとシーナを加えたら、仲は良いけど辛辣な三人組だ(苦笑)。
攻撃対象は主にフリックですが(合掌)。
本当にフリックが気の毒で仕方が無いです・・・。でもまだしばらくは・・・えへv
次回はテオ様VS坊ちゃんです。
|