|
16.無知の代償
「なあ、リーダー。これで鉄甲騎馬兵なんか焼き払ってしまおうぜ!」
興奮を隠せない強い口調で、俺は隣に立つ天流にそう言った。
解放軍本拠地、トラン城に運び込まれてゆく火炎槍。
帝国将軍の一人、テオ・マクドールとの戦闘に備えてオデッサの遺したそれを取りに行ったのは昨日のことだ。
途中のキーロフの町では、まあ、色々とあったが、何はともあれ俺達は火炎槍を手に本拠地に戻った。
オデッサの遺した武器。
最強と謳われる鉄甲騎馬兵も、これには一溜まりもないだろう。
解放軍はきっと勝てる。
そう思うと、嬉しさを抑えることなどできなかった。
解放軍のリーダーである天流も同じ気持ちだろうと、視線を向けた。
だが、そこにあったのは見たこともないほど辛そうな天流の表情だ。
常に無表情なこいつが感情を露にする様子を、初めて見た。
いや、それよりも何故こんなにも哀しげな顔をするんだ?
わけが解らず、声を掛けようとしたその時。
「切り裂き」
俺の意識は暗転した。
■■■■■
目が覚めるとそこは医務室だった。
「気が付いたかの」
視線を動かすと、のぞき込んでくるリュウカンの顔がある。
自分の置かれている状況が理解できず、どうして医務室で寝ているのかを考えていたら、すぐに思い浮かんできたのは意識を失う直前に響いたあの冷たい声音。
(・・・・・・あのガキ・・・)
つまり、俺はルックの魔法を食らったわけだ。
仮にも仲間にいきなり攻撃されるとはな。
どうなってやがるんだ、この軍は。
ルックに突然攻撃されるのは初めてではない。はっきり言って命の危険すら感じる時がある。
あいつは俺を隙あらば殺してもOKとか思っているのではないだろうか。
とにかく、ルックのことはさて置いておいて、俺は天流のことが気になった。
イライラするほど無感情なあいつが初めて俺の前で見せた動揺。
あいつが見た目ほど冷たい人間ではないということを知っているため、どうも気に掛かる。
やはり放っておくわけにもいかないだろう。
医務室を出た俺は、その足で天流の部屋へと向かった。
城内の最上階が軍主である天流の部屋だ。
長い廊下を突っ切って天流の部屋の扉の前に立ち、ノックをしようと手を上げた時、中から話し声が聞こえて思わず動きを止めた。
来客中ということを考慮したというのは確かだが、最たる理由は聞こえてくる声が性質の悪い二人組だったためだ。
ルックとシーナ。
こいつら程とんでもないガキ共を俺は知らない。
こいつらが原因で何度川の向こうのオデッサを見かけたことか・・・っ。
いや、そんなことはこの際いいんだ。
さて、どうするべきか。
ここでノックして部屋に入ったとして、無事でいられる自信はない。
逡巡していると、不機嫌に満ちた声が聞こえてきた。
「ティル、あんた解ってるんだろ? あの青いのがどういうつもりかってのは」
「青いの」って言葉に悪意を感じるのは、多分気のせいではないだろう。
ルックは「青いの」、つまり俺のことが嫌いらしいからな・・・。
とにかく、話題が俺のことだったので、ついそのまま立ち聞きしてしまった。
そんな俺の耳にルックの容赦無い言葉が次々に届く。
「つい最近まであんなに敵意を剥き出しにしてきた青いのがいきなり態度を変えたのは、従者を失ったあんたが自分と同じ『不幸な奴』になったとか考えているからだ。自分と同じ苦しみを味わったのだから認めてやろうとかくだらない考えでいるってこと、あんたは解ってるんだろ?」
「解ってる」
「なんだよ、それ。まだ自分だけが不幸なんだって思ってんのか? 馬鹿じゃねえの? 最低だな、あいつ」
シーナが吐き捨てるようにそう言い放つ。
あまりの言われように怒りが込み上げたが、ルックとシーナの言葉は確実に俺の胸を貫いた。
「自分と同じ」 「不幸な奴」 「同じ苦しみ」 「自分だけが」
・・・・・・くだらない・・・・・・馬鹿じゃねえの?・・・・・・最低だな・・・・・・
酷い言われ様だが、何を反論すればいいのか咄嗟に思い付かなかった。
しかし、それ以上に次の天流の言葉にさらに衝撃を受けた。
「別に構わない。彼が僕を仇だと罵ろうが、同族意識で不幸仲間だと思っていようがね」
「構わない? 独り善がりな不幸に酔って、悲劇の主人公ぶって自己陶酔してる奴に我慢する必要がどこにあるわけ?」
「解放軍の役にさえ立つなら誰がどういう感情を持っていても関係ない。必要なのは戦力だ。個人の感情などいちいち構っていられない」
・・・・・・っ!
息が、止まるかというほどの衝撃が走った。
確かに、これまで俺がどんなに感情的に突っ掛かっても、天流はまるで取り合おうとはしなかった。
俺の存在そのものを気に留めてもいないような冷淡な態度。
それはつまり、天流にとって俺の苦しみや哀しみは「どうでもいい」ことだからなのか!?
「そう。まあ、そうかもね。君はリーダーだし、瑣末に構っていられないよね」
「でもそれじゃあ、お前ばかり損してんじゃねえの? いわれの無い非難受けてさ、安っぽい同情されて・・・。青いのはお前を貶めて侮辱してるだけじゃん?」
瑣末だの侮辱だの、こいつら本当に言いたい放題言ってくれるじゃねえか。
いい加減頭に来た俺は、部屋の扉に手を掛けようとした。だが。
「いや。彼が侮辱しているのはオデッサさんだ」
!!??
な・・・何・・・?
天流の言葉が理解できなかった。
あいつは今何と言った?
何故そこでオデッサの名前が出る?
「目先の怒りに囚われて自分より不幸な人間を探して満足するような卑しさは、彼を信じていたオデッサさんの想いへの裏切りに他ならない。残念ながら、その程度のことすら彼は気付いていないようだが」
「フン、あの青二才が気付くわけないよ。自分の狭い視野で見たことしか理解できないような度量の狭さだからね。あんたのような冷静さはあいつには備わってない」
「・・・・・・っ!」
両の手の平をきつく握り込む。
食い込む爪によって皮膚が裂け、痛みが走るが、そんなものは気にならない。
ただ、込み上げてくる激しい憤りが心を侵食する。
このままでは自分が何をするのか解らなかった。
奥歯を噛み締め、今にも剣を抜いて扉を蹴り破りそうになる自分を何とか抑えつけ、俺は天流の部屋から引き剥がすように視線を外し、来た道を引き返した。
部屋に戻り、乱暴にマントや上着を脱ぎ捨てると寝台に勢い良く倒れ込む。
途端に怒りと哀しみと悔しさが込み上げ、きつく目を綴じた。
一回りも年下の連中に、何故あれほどまでに侮辱されなければいけないのか。
三人に対する怒りで頭が混乱した。
何も知らないくせに。
俺が、どんな思いで天流を許そうと思ったか。
どんな思いでオデッサのいない解放軍に協力してやろうと思ったか。
オデッサの望みだったのだ。
帝国を倒すこと、虐げられた民を救うことは、オデッサの願いだったのだ。
だからこそ、俺は最後まで戦おうと・・・。
なのに、あいつらは・・・・・・っ!
あまりの悔しさに、目の奥が熱くなる。
綴じた目の端から頬を伝う涙を拭うこともできず、俺はただひたすら耐えた。
どれだけそうしていたのだろう。
ようやく落ち着くと、冷静さも戻ってきた。
あんなガキ共の言葉に翻弄されてたまるか。
とにかく、今は来たる帝国軍との戦争のことを考えなければ。
オデッサの遺した火炎槍。
あれさえあれば、解放軍の勝利は間違いないのだ。
さっさと帝国など倒してあいつらともオサラバしたいものだ。
それにはまず、帝国最強と謳われるテオ・マクドール将軍率いる鉄甲騎兵を・・・・・・。
そこまで考えてハッとした。
今度戦うテオ・マクドールとは、天流の父親ではなかったか?
あいつは父親と戦うことになるということか。
ならば、あんなにも辛い表情を見せたことにも納得がいく。
そうか、俺は天流にひどいことを言ったんだな。
誰でも『親を倒そう』と言われて快く頷けるわけがない。
なのに、俺は随分と無神経だった。
怒りが急速に萎み、代わりに罪悪感が心を満たした。
あいつは、どうするのだろう。
父親と戦うつもりだろうか。
グレミオやパーンを失って間もないというのに、また家族を失うのか?
■■■■■
テオ将軍との戦争は、一方的なまでに解放軍の勝利だった。
勝ったというのに、俺は複雑な心境だ。
というのも、天流の父親に対するとは思えないほどの冷徹な態度。
自分の父親に対して「必要ない」とまで言ってのけた。
天流は軍主だった。
総てにおいて、完璧なまでに。
親子の情も、子供としての甘えも存在せず、当然のようにテオ将軍と武器を向け合い、父親を討った。
帝国最強の鉄甲騎兵を倒したとあって、解放軍は狂喜乱舞している。
誰もが、軍主である天流を称える。
しかし、彼らは気付いているのだろうか。
テオは、天流の父親だという事実に。
親を殺して称えられて、天流はいったいどんな気持ちなのだろう。
オデッサが死んでも、グレミオが死んでも、パーンが帰って来なくても、あいつは冷静に受け止めていた。
そして今、天流は毅然と勝利を宣言する。
頼もしい軍主の顔で。
釈然としないままに本拠地に戻った俺は、自室に向かう途中で二人の青年と鉢合った。
見覚えのあるその二人は、先ほどまでの敵で、テオ将軍の側近だった奴らだ。
年の頃は俺と同じ位だろうか。それなりの地位にある人物のようで、堂々とした態度からは風格が漂う。
「あんたらは・・・」
「本日より解放軍の一員となりました、グレンシールと申します」
「同じくアレン。よろしく」
礼儀正しく挨拶してくる二人だが、やはり数時間前までは敵同士だったのだ。すぐに打ち解けられるわけもなく、二人の表情は固い。
「俺はフリック。いいのか? あんた達にとって俺達は主の仇だろう?」
当然の疑問を口にしてみた。
彼らの心の傷を抉ることになるだろうが、俺自身オデッサの死を受け入れるのにはかなりの時間を要した。
二人が天流や俺達解放軍を憎む気持ちはよく解る。
そんな俺の問いに、二人は生真面目な表情のまま答えを返した。
「解放軍を恨む気持ちはないし、ティエン様を仇などとは思っていない」
「テオ様はご自身の意志でティエン様に倒されたのだ。そのお心を無視し、ティエン様を仇などと呼ぼうものならばそれはテオ様に対する侮辱となる」
「!!」
二人の答えに、俺は動揺を隠せなかった。
彼らは俺に軽く会釈をすると、自信に満ちた足取りで階段の方へと歩いて行った。
テオが天流によって命を落としたのはつい先程のことなのに、アレンとグレンシールはその天流の前に膝を付くことを躊躇いもしていない。
主を死に追いやった天流を恨んでなどいないと言いきった二人の瞳は真っ直ぐで、真実を口にしているのだと解る。
何よりも彼らの言葉は、前日の天流やルック、シーナらの会話を彷彿させた。
―――彼が侮辱しているのはオデッサさんだ―――
俺はあの戦場で、テオの今際の言葉を聞いていた。
苦しげな様子も見せずに、息子に優しく語り掛ける父親の強さと温かさ。
息子の成長を喜び、これから天流が選ぶ道を祝福した。
あんなにも深い父親の愛情を見せられ、天流を仇などと詰ることなどできない。
グレミオやパーンもそうだったな。
彼らは天流を信じ、天流のために命を掛けたのだ。
そんな彼らの死に、家族同然であるクレオは天流を責めもせず、今もグレミオ達の分まで天流を護っている。
―――ならば、オデッサは?
彼女は自らが立ち上げた解放軍を天流に託して死んでいった。
傍にいたビクトールでも、副リーダーである俺でもなく、天流に総てを託したのだ。
そして、天流は充分過ぎるほどにオデッサの想いに応えている。
今や解放軍は天流無しには機能しないのではないかというほどだ。
いくら俺が天流に反発心を抱いていても、それは否定のしようがない。
だが、そのために天流はいったいどれだけのものを失ってきたのか。
果たして俺は、天流のことを考えたことがあっただろうか。
ずっと見てきていながら、俺はこんな簡単なことに気付いてすらいなかった。
グレミオやパーンの死。
テオとの対決。
14、5歳の少年が背負うにはあまりに過酷な現実。
それは、解放軍の軍主などしなければ避けられたことではないのか。
なのに、俺達はただ天流に頼り切るだけで、彼のことなど何も考えていなかった。
―――何も知らないくせに
この台詞は、俺にこそ向けられるべき言葉だった。
ルックやシーナが怒るのは当然だ。
何も解っていなかったのは、思い上がっていたのは―――他ならぬ俺自身。
そんな俺に、天流はいつも何も言わなかった。
理不尽な怒りを、謂れのない罵倒を、静かに聞き流して責めることもしなかった。
天流が冷淡だからではない。
俺を馬鹿にしていたわけでもない。
俺が、何も知ろうとしなかったのだ。
『目先の怒りに囚われて自分より不幸な人間を探して満足するような卑しさは、彼を信じていたオデッサさんの想いへの裏切りに他ならない』
昨夜は目の前が真っ赤になるほどの怒りを齎した言葉が、今は重く圧し掛かる。
つくづく自分の未熟さが腹立たしい。
何の責任も無い、俺よりもずっと年下の子供に理不尽に八つ当たりし、歪んだ同情を向けて侮辱し、心無い言葉で傷付けた。
(オデッサに頼られないのも当然だよな・・・)
このままでは彼女にも、天流にも合わせる顔が無い。
(とにかく、天流には謝らないとな)
許してもらおうとは思わない。
罵倒されたって構わない。
誤解していたことを、今まで吐いた醜い侮辱の言葉を総て謝罪したい。
俺は自室を通り過ぎて天流の部屋へと足を運んだ。
昨夜は思い止まった扉の前に立ち、軽くノックをする。
間を置いて内側から開かれた扉の先には・・・・・・。
「げっっ!!」
「邪魔だよ。切り裂き!」
薄れ行く意識の向こうで、倒れた俺を見下し「何の用さ?」と問うルックの声が聞こえた。
・・・・・・答えられるわけねえだろうが・・・・・・。
back next
あれ? 仲直りできなかった。(おいおい) しかもギャグオチ?
フリックが坊ちゃんの部屋に行った時、坊ちゃんは執務室でマッシュとラブって(誤)おりますので
部屋には居ませんでした。
代わりに坊ちゃんを待つルックがいたのですね。どこまでも不運なフリック・・・。
とりあえずフリックは何とか間違いに気付いたようです。まて次回。てことですね(笑)
坊ちゃんにもフリックとの和解を頑張ってもらいます♪
次回はフリ坊と見せかけてルク坊なんだけどシナ坊交じりのやはりテド坊な話です。
何だか意味不明・・・。つまり坊受ってことで(笑)。
|