17.冷たさの裏側





炎のような茜色だった空が、燃え尽きるように闇へと沈む頃、天流はマッシュとの話し合いを終えて執務室を出た。

暗く赤に染められた廊下を進んでいると、前方の壁に凭れて立つ人物に気付いてスッと目を細める。
壁に背を預け、窓の外をじっと見据える、茶色の髪を肩で切り揃えたメガネの少女。窓から視線を外すことなく佇んでいるが、彼女の意識は近付いて来る天流に向けられている。
そして、天流が彼女の前を横切った時、

「実の父親すら手に掛けられるのね」

少女、アップルは独り言のような声音でそう呟いた。

天流は、彼女の言葉に何の反応も示さず、一瞬たりとも足を止めることもせずに通り過ぎる。
完全に無視されたことに焦り、怒りに顔を歪めながらアップルは天流の前に回って彼を睨み付けた。

「どうして貴方みたいな冷たい人にマッシュ先生が仕えるのか、わからないわ!」

きつい口調で責められても、天流は顔色一つ変えずにアップルの横を擦り抜けた。
歩く速度を落とすこともなく、まるで道端の障害物でも避けるかのようなさりげない動作だ。

「君には解らないだろうね」

「なっ?」

擦れ違い様に静かに告げられた言葉をすぐには理解できず、アップルは数秒間その場に固まった。

短い言葉の中に自分にはマッシュ先生の考えを理解することなどできないとほのめかされ、暗に馬鹿にされたのだと解釈し、アップルは怒りに顔を染めて振り返る。
何事もなかったように遠ざかる背中に何かを言ってやろうと口を開きかけ、

「よう! そこにいるのはアップルちゃんじゃないの」

突然割り込んだ明るい声に気勢を殺がれ、言いかけた言葉も喉の奥に消えた。
思いっきり顔を顰めて声の方に目を向けると、シーナと呼ばれる短い金髪の少年が人好きのする笑顔で立っていた。

「何かご用ですか?」

忌々しそうな態度と刺々しい口調にも、シーナは気分を害することもなく笑顔のまま答える。

「いんや別に。俺が用があるのはリーダーなんだよね。じゃあな、今度デートしようぜ」

飄々とそんな台詞を吐き、シーナはひらひらと手を振りながら天流を追って行った。

残されたアップルはどうすることもできずに、二人の少年の後姿を憎々しげに睨んだ。



軍主の部屋に続く長い廊下で、シーナは天流に追い付いた。

「お前さあ、相手を逆撫でしてどうすんだよ」

「実りのない会話は無意味だ」

苦笑を浮かべて咎めるシーナに、天流の答えはにべもない。

「でもさ、ティル。あれは反論すべきだぜ。あの子の言葉はあまりにも無神経で残酷だった。お前には怒る権利があるんだ」

「以前にも言っただろう。相手に話を聞く気がないのなら何を言っても無駄だ」

「けど、お前の態度だと余計に怒らせるだけだぜ? 確かにあの子の相手はストレス溜まるだろうが、無視するだけじゃ何の解決にもならないんじゃねえかな」

苦笑いの消えたシーナの表情は真剣そのもので、天流を見つめる端正な顔には心配の色が濃い。同時に、天流を傷付けたアップルへの怒りもあった。

天流は表情に出さないだけで、決して感情がないわけではない。
数刻前の戦争で深く傷付き、心身ともに疲れ切っているというのに、そこに来てアップルの暴言。
天流が父親を殺すことを何とも思ってもいないと言わんばかりだった。

「煩わしいけどさ、ちゃんと話さないと、相手はお前を誤解したままだ」

そんなの嫌じゃないか、と顔を曇らせるシーナを意外そうな表情で横目で見やり、天流は懐かしい思いに捕らわれた。

「以前、同じようなことをある人に言われたよ」

「? 誰だよ、ある人って」

好奇心に駆られて問うシーナ。
答えを返そうとした天流は、前方に視線をやった途端に沈黙した。
その様子を不思議に思ってシーナも天流の視線を追って―――同じく沈黙した。

二人が凝視するのは天流の部屋の扉の前だ。
赤が滲んだ青い物体とでも言うべきか。とにかく妙な物が扉の前に置かれている。
近付いてみると、それが血を流す青いマントの青年、フリックであることが判明した。

「何故彼は僕の部屋の前で寝ているんだ」

「いや、これは寝てるっつーかさ・・・」

普通は無残なはずのその光景は、今や見慣れたものなので二人には動揺もなかった。

するとシーナは何かを感じたのか、慎重に天流の部屋の扉を開いた。
警戒しながら部屋の中を確かめ、

「やっぱりか・・・」

一言呟いた。

そんな彼に部屋の中から声が掛かる。

「ノックぐらいしなよ」

「てめーは何勝手にティルの部屋に上がり込んで、あまつさえベッドに座ってんだよ!」

怒りに任せて扉を開け放つシーナの怒鳴り声に不機嫌そうに眉を寄せるのは、天流の部屋の天流のベッドに悠々と腰掛け、天流の読んでいたであろう本を当然のように広げ、あたかも部屋の主人は自分だと言いたげにくつろぐ少年、ルックである。

「ルック、来てたのか」

「遅かったじゃないか」

「てめーはいったい何様だ! つーかティルも怒れ!!」

三人の少年の心温まる挨拶が交わされる。

「ところで、フリックは何故倒れているんだ?」

「さてね。転んだんじゃないの」

「明らかに魔法攻撃されてんじゃねえか」

「ルックがやったのか?」

「僕を疑うわけ?」

「お前しかいねえだろ・・・」

「何かあったのか?」

「目の前にいたから思わず切り裂いちゃったんだよ」

「「ふうん」」

どうやら天流もシーナも納得したようだ。

「とりあえずルック、フリックを回復してやってくれないか」

「嫌だ」

即答だった。
天流は思案した後シーナに向き直り、

「では僕とシーナで医務室に運ぼうか」

「ええ!? なんでそんな面倒なことすんだよ! それにお前だって疲れてるんだろ? ここは熊でも呼んで・・・」

「ふん、タラシで放蕩息子な上に怠け者とはね」

なっ! そもそもこれはお前がやったんだろーが! 文句言わずに回復しろよな!」

「馬鹿じゃないの? 攻撃したってことは相手を傷付ける意図があったってことだよ。なのに何で回復してやらなきゃいけないのさ。支離滅裂だろ、そんなの」


支離滅裂なのはお前の行動だーっっ!!


あんたに言われたくないね!


「なら僕とシーナでフリックを支えるから、ルックは僕達を医務室までテレポートで送ってくれ。それならいいだろ」

言い争うルックとシーナの間に、いつの間にやら手にした棍を付き付けた天流が穏やかな声音ながらも剣呑な光を灯す瞳で二人を半ば脅すように睨み付ける。

「・・・わかったよ」

「・・・り、了解」


天流の優しい言葉に心揺り動かされた二人は、快く友人の願いを叶えるのであった。





「なんじゃ。また来たのか」

医務室に着いた三人の少年とフリックを見るなり、リュウカンは呆れたように言った。
彼にとってもフリックのこの姿は慣れ親しんだ日常の風景と化しているようだ。
だがそれでも、ルックとシーナを見やると厳しい表情で咎める。

「おぬしらもほどほどにしておかんか。年寄りをこき使いおって」

「リュウカン殿、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

三人を代表して謝罪する天流に、リュウカンはいやいやと首を振る。

「何、ティエン殿が謝られることはないですぞ。悪いのはこの三人じゃろう」

ルック、シーナ、そして寝台に横たわるフリックを指して言った。
ルックは素知らぬ顔でそっぽ向き、シーナは不機嫌そうに口を尖らせて「今回は俺関係ないのに・・・」などと呟いている。


「じゃあ僕達は戻るから」

ふいにルックがそう言って天流の腕を掴むと、一瞬後には二人ともその場から消えていた。

んなっ!!

突然の出来事に咄嗟に思考が追い付かず、シーナは呆気に取られて立ち尽くす。

数秒後、悔しげな彼の絶叫が医務室に轟き、続いてリュウカンの鉄拳がシーナに直撃した。





テレポートで医務室から一瞬で自室に連れて来られた天流は、ルックに押しやられるまま寝台に腰掛けていた。

「服、脱いで」

「ルック?」

目の前に立つルックを不思議そうに見上げる天流。

「怪我してるんだろ。魔法で治すから」

そう言って癒しの風を掛けようと、ルックの右手が光を帯びる。
彼の意図に気付くと、天流は穏やかな表情で首を振った。

「いいんだ、ルック。このままで」

「何言ってるのさ。深いんだろ? このままじゃ完治に時間が掛かるし、痕が残るかも知れないんだよ?」

「それでいいんだ」

天流は傷を負ったであろう肩の辺りを愛しげに触れる。
それは、先の戦いでテオ・マクドールの剣が斬り裂いたものだ。
リュウカンによって適切に手当てされ、服の下には包帯が巻かれている。その傷は深く、暫くは絶対安静を言い付けられていた。

「この傷は、父上が遺したものだから」

「一生『親殺し』の罪を背負うとでも? 自分のしたことが罪だと思ってるわけ?」

ルックの翡翠の瞳にきつく見据えられ、天流の顔に苦笑が浮かぶ。

「後悔や罪悪ではないよ。ただ、残しておきたいんだ」

そこにあるのは、父への純粋な慕情。
父の命を奪った罪を背負うのではなく、どんなものでも父との繋がりを消したくないという不器用な子供の甘えだ。
血を流し、痛みを耐えることで得られたものでも、父に与えられたものならば愛しい。

ルックは深く溜息をついて、諦めたように紋章の発動を消して天流の隣に腰掛けた。

「君は何でも一人で背負い過ぎなんだよ。もっと誰かを頼りなよね」

「頼ってるさ。マッシュにも、クレオやビクトール、シーナ、ルックにも、たくさん頼ってる」

足りなさ過ぎるんだよ。
口元まで出掛けた言葉を飲み込み、ルックは手を伸ばして天流のバンダナを外して、サラサラした前髪を掻き上げてやる。
ルックがこうして自分から誰かに触れるのは、天流以外にあり得ないことだ。
一通り天流の髪の手触りを楽しむと腰を上げ、

「今日はもうゆっくりと休みなよ。じゃあ」

テレポートしようとするルックに、天流が声を掛ける。

「おやすみ、ルック」

「おやすみ」

ルックの姿が消えると同時に室内を流れた風と共に言葉が届く。
寝台脇を除いた全ての燭台の火を吹き消した風の余韻が残る部屋の中、天流は薄明かりに右手を翳した。
包帯の下にあるのは親友から預かった紋章。
今日の戦争で不気味な力の一端を見せたそれ。
未知のものへの畏怖と、親友への想いが込み上げてくる。

「テッド・・・」

静寂に包まれた部屋に小さな呟きを落とし、残された唯一つの火を吹き消して寝台に身を横たえ、闇の中そっと目を閉じた。
疲れきった身体に眠りはすぐに訪れ、天流の物思いも意識の底へと沈んでいった。


天流の辛く、長い一日は、今ようやく終わりを告げた。





■■■■■





翌日、余程疲れていたのか、天流はいつもよりも随分と遅い時間に目を覚ました。
マッシュとの朝議の定刻を過ぎても、天流を気遣って誰も起こしには来なかったようだ。
慌てて着替えて執務室に赴くと、マッシュからは今日一日の休息を言い渡された。

暇になってしまった天流は、突然の休日を読書に費やすことに決めて書庫に足を運んだ。
本棚を回って読みたい本を探し、数冊を貸し出すとエレベーターに向かう。


「リーダー」

背後から呼び止められて振り向くと、フリックが駆け寄って来るのが見えた。
昨日は血まみれで倒れていた彼だが、どうやら傷は浅かったらしく一晩経ってすっかり元気になったようだ。マントは血に汚れていたので、洗濯にでも出したのだろう。青いマントがないとどうも違和感を感じるのは否めない。

「何か用か」

内心を隠して無表情に問う。
天流はルックやシーナのようにフリックに対して悪い感情は持っていないのだが、彼と話すことは苦手だった。

これまで彼の態度からは敵意か憐れみしか感じられなかった。
フリックが浮かべる表情は天流への同情に満ち、その奥にあるのは自分への憐憫だ。
まだ天流が帝国にいた頃、嫌というほど見てきた人間の醜悪さがそこにあった。


ところが、今目の前に立つフリックからは敵意も憐憫も感じない。
痛いほど真剣な蒼い瞳が、まっすぐに天流を見つめている。

「話があるんだ。構わないだろうか?」

今までも、フリックから話を持ちかけられたことは何度もあったが、天流はそのほとんどを聞く必要のないものだと判断し、無視していた。
だが今回はいつもと違うフリックの様子に、天流は承諾の意志を頷くことで伝えた。



人のいない場所を求めて屋上に辿り着くと、フリックはそのまま外に進み出、天流は入り口で足を止める。
屋上の中程で立ち止まったフリックは、思いつめた表情で振り返った。

「リーダー、俺は、お前に謝らなければいけない」

「・・・?」

わけが解らず訝しげに眉を顰める天流の視線の先、フリックの言葉が続く。

「俺は、何も解っていなかった。オデッサのことも、お前のことも。
自分のことしか考えず、随分とお前にひどいことを言ってしまった・・・」

そこまで言って、フリックは深々と頭を下げた。

「済まなかった」

「別に構わない」

言ってから天流は一瞬、しまったと思った。
気にしていないから謝る必要はないと言いたかったのだが、つい邪険な言い方をしてしまった。毎回これで彼とは険悪になっていたのだ。
しかし、フリックの顔に浮かんだのは悔しさや怒りではなく、苦笑だ。

「気付けなかったんだ・・・。お前がどんなに傷付いているか。
心が傷付かない人間なんているわけないのにな。そんな当たり前のことすら、俺は見落としていた・・・」

天流の表面だけの冷たさに惑わされ、彼の心の内を知ろうともしなかった。
気付かなければいけなかった様々なことに、自分本意の狭い視野で自分の都合の良い解釈しかできなかった未熟さがフリックを苛む。

「お前は何も悪くない。今まで俺がお前に言った言葉は、本当に後悔している。お前は、俺の言葉など愚か者の戯言と聞き流したのだろうが、どうしても謝りたかったんだ」

深い後悔に満ちた暗い顔に自嘲の笑みを浮かべて俯くフリック。
己を責め、数々の愚考を恥じ入り、どうやって償えば良いのか解らずにもがいている。

天流は掛ける言葉もなく沈黙した。
気にするなと言っても、この青年には気休めにすらならないのだろう。
彼自身が撒いた種だといっても、自分にも責任はあった。
フリックの非難や暴言に対して、何の反応もしなかったのだから。

天流はいつも、フリックやアップルの理不尽な言葉を冷淡な態度で聞き流してきた。
否、この二人だけではない。

旧解放軍の中にはオデッサの件で天流に良からぬ感情を抱く者もいる。
元帝国兵の中には仲間の仇だと恨む者もいる。
他にも、戦争を起こした張本人、帝国を裏切った反逆者として天流に憎しみを持つ者もいるだろう。

だけど、それがいったい何だと云うのだろう。

憎みたいのなら憎めばいい。
嫌いだという人間に好かれようとは思わない。
話を聞く気のない者と解り合いたいという気もない。

フリック然り、アップル然り。


これが、天流の考えだった。


そんな天流に、周囲はやたらと気を使った。
マッシュ、ビクトール、グレミオ、シーナ、レパント等が何とか彼らの関係を修復しようとしていた。

一方にその気がないのなら無駄だと思うのだけど。
当事者である天流は、彼らの奮闘を客観的な目で見ていた。

一悶着起きた後には、気まずい雰囲気の中で同情の視線が向けられ、口々に慰めの言葉が掛けられる。

――気にするな

――大丈夫でしたか?

――あいつを悪く思わないでくれ

――あなたは何も悪くはない

――彼は誤解をしているから

云われるまでもないし、気にしてなどいない。
天流が解らないのは、フリックやアップルが何故こうも毎日感情的に突っ掛かってくるのかということだ。

解放軍が気に入らないのなら去ればいい。
残りたいのであれば、解放軍の一員としての自覚と責任を持ってもらいたい。

私情で暴走した挙句の結果など、先日のミルイヒとの最初の戦争で最悪の形で出たばかりだろう。





『あんた、本当に我慢強いよね・・・』

先日、ルックが天流に云った言葉。


別に我慢しているわけではない。
いちいち取り合うのが面倒なだけだ。

誰かを責め、貶め、侮辱しようなどという子供じみた真似は、グレッグミンスターの学校で散々見てきた。

自分が優位に立つために。
自分本意の考えで。
自分以外の誰かを攻撃する。


―――くだらない。


こういうものを交わすには、ただ無視をすればいい。
そして、誰にも何も云わせないほどの力を身につければ良いのだ。

例えば学校では、学問で常にトップに立てば認めざるを得ない。

今回も同じことだ。

天流が軍主として完璧な力を見せ付ければ、彼らの雑言も意味を為さない。





『お前はもうちょっと世渡りを学ぶべきだな』


いつだったか、親友のテッドが彼に言った。

意味が解らずに考え込む幼い天流の頭を撫でながら、大人びた表情で笑った親友。

自分が世間知らずだということは、彼にも師匠にも何度も言われからかわれている。
今回もその話題でからかわれるのだろうと思っていた。

『お前の言うことは最もだと思うぞ。自分を嫌ってる奴を好きになることなんて俺だってできない。
でもさ、まずはなんで嫌われるのかを考えてみるのも良いんじゃねえ? 相手の気持ちを理解しようとしてみるのも悪くないかもだぜ。もしかすると仲良くなれるかも知れないじゃん?』

『仲良く? 自分を嫌ってる相手と?』

『お前は誰かを嫌いになることは滅多に無いし、揉め事を起こそうとはしない。それはお前の長所だ。でもお前は自分から進んで誰かに関わろうとしない。事なかれ主義っての? 悪いとは言わないけど、無関心てのは相手のプライドを傷付けるってもんだ。自分を嫌いな相手を余計に怒らせる結果になることもある』

『・・・余計に怒らせる・・・? 何故?』

『そういうもんなの。嫌って突っ掛かって来るってのは相手になんらかの反応を望んでるってことだ。お前のように無視してると、見下されてるとか思うわけよ』

『僕は誰かを見下したりなどしない』

他人を見下せるほど愚かな人間ではない。
他の誰かより優れたものも持ってはいない。

心外だと表情を険しくする天流に、テッドは何もかも理解しているかのように微笑んだ。

『わかってるよ。けど人間てのは感情的になると思い込みが激しいからなあ。お前にとっては迷惑なだけだけどさ』





当時はよく理解できなかったテッドの言葉。
今なら、少し解る気がした。

これまでの態度を深く反省し、プライドを捨てて頭を下げ、己を恥じるこの青年を前にした今ならば。

彼の怒りを増長させてしまったのは自分だ。
ただ黙らせたいがために、相手の自尊心を傷付けてきた。

育ってきた環境からか、感情と理性を切り離すことを覚えた自分の考えを、無意識に相手にも求めていたのかも知れない。


顔を上げたフリックの表情はまだ固いものの、言いたかったことを言えた晴れやかさも伺える。
黙ったままの天流に、彼は今まで見せたことのない慈しむような優しい笑みを向けた。

「許してくれなくてもいいんだ。今まで通り無視していい。だが、俺がお前に償いたいと思ってることは知っておいてくれないか。俺はオデッサやグレミオ達の分までお前を護る。
こんな俺だが、改めてよろしく頼む。リーダー」

フリック自身、天流からの答えは期待していなかっただろう。
そんな彼の目の前で、天流の冷たい無表情が綺麗な笑みへと姿を変えた。


「ありがとう」


フリックは声もなく立ち尽くした。
さっきまで彼を支配していた罪悪感や自分への怒りが、天流の一言で急速に溶けていく。

「僕も、フリックさんには謝らなければならない。僕も同じように、貴方の気持ちを理解しようとはしていなかったから。軽んじていたわけではないけれど、不快な思いをさせてしまったね」

「なっ、いや、そんな・・・っ」

天流の意外な謝罪に驚き、しどろもどろと言葉にならない声を発するフリックの端正な顔は、見事なまでに真っ赤に染められていた。
初めて天流の笑顔を見た衝撃とともに、嬉しいのか申し訳ないのか、わけが解らずに混乱する。

自分の笑顔の威力を知らない天流は、パニックに陥るフリックを不思議そうに見つめた。
そんなにおかしなことを言っただろうかと、的外れなことを思いながら。

天流が右手を差し伸べると、動揺するフリックの顔がさらに間抜けなものになる。
笑ってしまいそうになるのを堪えつつフリックを見つめる琥珀の瞳には、偽りのない好意があった。

「こちらこそ、よろしく。フリックさん」

我を忘れて茫然となったフリックも、徐々に事態を把握してゆくと情けないほど感情を露にした顔に泣きそうな笑みを浮かべて、細い右手に自分の手を重ねた。

「・・・フリックでいい」

「解ったよ、フリック」

こいつ、こんなにも可愛かったのか。

恍惚としたまま、フリックは突然湧き上がる幸せに浸った。

笑顔と優しい言葉の一つでこうも嬉しくなる自分の単純さにはいささか呆れてしまうが、それでも全てが報われた気がする。



炎のように燃えていた憎しみも、自己満足に満ちた憐憫も、消えてしまいたくなるような羞恥も、全てを包み込んで許してくれた覇者たる少年。
彼には今までもこれからも、一生適わないのだろうな、と苦笑交じりに思う。

だが、それで良いのだ。
適わないのであれば、彼の為に尽力しよう。

天流を護る。

それが、フリックの新たなる誓いだった。


どこまでも澄んだこの日の青空と同じように、天流とフリックもまた晴れやかな思いに満たされた。



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な、長かった・・・・・・っ。
何とか和解はできたけど、何々でしょう、この長さは・・・。
それもこれもどれもあれもルックやシーナが邪魔しまくってくれたお陰です(涙)。
ここまで読んで下さった方、お疲れ様でした・・・。

とりあえず、天流坊ちゃんの性格がこの話でだいたい明らかになったのではないでしょうか。
超現実主義者というか、果てしなくマイペースというか(笑)

自分から他人に干渉する気はないが、邪魔するならどっか行け。て感じです。
そんな坊ちゃんを知ってか知らずか、どう見てもフリックは坊ちゃんに惚れてしまってます(苦笑)。

次回はテッドさんご出馬♪ テド坊vテド坊v



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