18.闇の夢




目覚めると、そこは闇の中だった。


どこまでも続く漆黒を見上げながら身を起こし、自分が横たわっているのは枯草の上だと気付いて天流は首を傾げた。

彼の疑問は唯一つ。
いったい、ここはどこなのだろう。

立ち上がってぐるりと周囲を見渡すが、漆黒の空と枯れた草原だけが一面に広がり、他には何もなかった。
生命の息吹も、風も、光も、音すらもない世界。

歩き出してはみるが、空に月も星もないのでは自分がどこにいるのかはもちろん、方角も解らない。
同じ景色だけが延々と続き、天流は途方に暮れた。

当たり前のようにいつも傍に在った人の気配も感じず、初めて独りを自覚する。
次第に不安が募り、徐々に足元から冷えてゆく感覚に座り込みそうになった時、突如小さな光が出現した。

(!?)

驚く天流の目の前で、光は頼りなくふらふらと流れたと思えば、次の瞬間にはふっと消えていた。

(??)

光が消えた空間を凝視したまま、天流は時が止まったかのように動かなかった。

(今のは何だろう?)

そのままその場でじーっと考え込んでしまった天流の周りで、時折ふと光が現れてはすぐに消えるという現象が何度か繰り返された。

茫然と佇む中、微かに熱を帯びた自分の右手に気付いた時、天流の視界は完全に闇に閉ざされた。





■■■■■





「ルック、少し・・・良いだろうか?」

石板の小部屋の扉の前から遠慮がちに呼びかけられ、部屋の主である少年は顔を上げた。
扉から半身だけを覗かせて中をうかがう友人を見やり、ルックは軽く手を振って天流を部屋の中へと手招く。

「どうしたのさ、ティル。入ってきなよ」

さりげなく発せられた言葉だが、天流以外の人間が聞けば10人中10人が己の耳を疑っただろう。
それほどこの風の魔道士の少年には似つかわしくない台詞である。

部屋に足を踏み入れた天流は、どう切り出して良いものか迷っているようだ。
何事もそつなくこなす軍主の歯切れの悪い様子はかなり珍しい。
これが他の人間であれば苛立たしさに切り裂きの1つもお見舞いしているところだが、相手が天流なだけにルックは静かに彼の言葉を待った。

「この、紋章のことを教えてくれないか?」

ルックにしては珍しく、すぐには反応を返せなかった。
二人の間に深い沈黙が落ちたが、それも僅かな時間で、ルックは探るような目を天流に向けた。

「ティルだってそれが何かは解ってるんじゃないの?」

「真の紋章であることは知っている。けれど、特性については詳しくない」

読書好きで、現在も暇さえあれば本を読んでいる天流は、紋章についても一通りの知識はあった。
だが、どの書物にもこと真の紋章に関しては詳しく記述されているわけではない。名称や簡単な特徴は記されていても、紋章にまつわる史実は少ないのだ。
特に数百年も隠されていた天流の持つ生と死の紋章などについての情報は皆無に等しい。
しかしそれは、紋章に関しては天流よりも知識があるルックも同じことだった。

「僕だって詳しいことは知らないよ。その紋章が27の紋章の中でも上位の力を持っていて、それ故にその呪いもまた強いものだということくらいしか」

変わらないルックの無表情を黙って見つめ、迷うような間を置いて天流は重々しく口を開いた。

「・・・あの時、父上が亡くなられた時、この紋章は発動した。いや、あの時だけじゃない。オデッサさんやグレミオが死んでしまった時も、光りこそしなかったけれど、紋章は発動していたはずだ」

「何故そう思うのさ」

「この紋章が力を増していることは僕にだって感じられる」

右手を胸の位置まで上げてそう言った天流の言葉を、意外だとは思わなかった。
滅多に紋章術を使わない天流だが、武術の才能に劣らないほど彼の魔力が強いことをよく知っていたからだ。
解放軍には魔術師も多いが、天流の魔力は彼らに引けを取らず、中でも闇や水に関する力は並の魔術師を凌駕するほどだ。


先日のテオ・マクドールとの戦争で、天流の右手に宿る紋章が突然発動したことはルックも記憶に新しい。
以前、グレミオが命を落とした時にも感じた違和感。
あの時と同質でありながらも明らかに強くなったそれを、ルックは敏感に感じ取った。


「誰かが命を落とす度に、この紋章は力を得ている」

苦しげに眉を寄せる天流。
テオとの戦争の後は戦後処理などで何かと忙しかった天流だったが、やはりあの出来事は忘れようはずもなく、人知れず思い悩んでいたのだろう。
そして解放軍内で、この問題に関して最も適している存在であるルックの元を訪れた。

「何か”視た”の?」

疑問というよりは確信に近い口調だ。
落ちた沈黙から、どうやら核心を突いたのだと判断する。
天流の琥珀の瞳に自嘲の色が浮かんだ。

「ただの夢だと、思いたいのは山々だけれどね」

今朝の夢のことを思い出すと、足元から血液が冷えていくような恐怖が蘇る。

果てしなく続く闇と枯れ草に覆われた世界にたった独り取り残された夢。
どこに行けば良いのかも解らず、息づくものは何も無い。
完全な闇と静寂。

(あれが孤独というものか・・・)

天流は多少なりとも孤独というものは知っていた。
同年代の子供達に囲まれていると、嫌でも感じてしまうのだ。
貴族の嫡男という家柄から子供達は特別視し、その優秀さから学友達は天流を敬遠する。
軍に入れば将軍の息子という立場から、周囲から浮いてしまう。

しかし、それらも比較にならないほどの深い孤独を、夢とはいえ、初めて感じた。

周りに溶け込めない天流だったが、傍にはいつでも家族がいた。
テッドの存在によって友人の居ない淋しさは消えた。
そして、今は大勢の仲間達がいる。
天流は本当の意味での孤独を感じたことはなかった。
現在隣で自分の話を聞いてくれる友人の存在も、どれだけ淋しさを癒してくれただろう。


「極端に強い力は混沌を呼ぶ。その紋章の呪いが君に不幸をもたらすのも事実だ。けど、それで君はこの戦乱や人の死が紋章のせいだと思うかい?」

「いや。紋章が混沌を呼んだのだとしても、戦乱を招いたのは所詮、人だ。
ただ、僕は紋章に負けるわけにはいかない」


誰かの死によって力を増し、所有する者には呪いと孤独をもたらす。
真の紋章の中でも特に強いのだとルックが語る、紅黒い鎌を象る紋章からは常に得体の知れないものを感じる。
ともすれば恐怖に支配され兼ねない不安が襲うが、自分を見失ってしまえばどういうことになるのか想像もつかない。

父譲りの武術の才能と同じ位、おそらく母から譲り受けたであろう魔術の才能が自分に備わっていることは天流自身も知っていた。
紋章を受け継いでからはそれらの力が、かなりの勢いで開花していることも。
それが紋章の強い影響を受けてのことだとしたら。
暴走したりすれば、いったいどうなってしまうのか。

「この紋章がどういうものだとしても、テッドから預かった大切なものだ。僕を信頼して預けてくれたというのに、その力を暴走などさせるわけにはいかない。僕はこれを使いこなしてみせる。そのためにはまず、この紋章のことを知る必要がある」

紋章がもたらす呪いも、その恐怖も、全てを受け入れて尚強くあろうとする姿勢。
ルックは改めてこの少年の内なる強さを知る。
同時に、その潔さが切ない。

内心の想いは無表情の下に押し隠し、ルックは片手を上げて天流の前髪に触れた。
天流の艶やかな黒髪の感触を楽しむことが、密かにルックのお気に入りだったりする。

「大丈夫。君は独りじゃない。僕なら、君の力になれる」

部屋に二人きりだからこそ、何より相手が天流だからこそ発せられた言葉だ。
目を丸くする天流に、ルックはしてやったりとばかりに不敵な笑みを浮かべる。





どこかで、破壊音と誰かの悲鳴が聞こえた。
それが今や解放軍の名物、ルックかシーナの仕掛けた罠に引っ掛かったフリックのものだというのは解りきっていたので、天流もルックも平然と聞き流した。



3度目の沈黙はどこか甘く、照れと嬉しさに少し居心地が悪かったが、それ以上に温かいものだった。


不安と恐怖を拭うことはできないが、ルックならばきっとそんな時には傍にいてくれる。
そう、確信できたからだろう。





■■■■■







鉄甲騎兵の敗北は瞬く間にトラン全土に知れ渡ったようだ。
クワンダ・ロスマン、ミルイヒ・オッペンハイマーの裏切りとテオ・マクドールの敗北により急激に力を失った帝国軍は動揺し、赤月帝国に圧制を強いられていた民は希望に湧く。

帝国から寝返る者や、国内外から集まる義勇兵によって力を増してゆく今の解放軍にとって、度々の帝国軍との小競り合いもたいした脅威にならない。
優秀な軍主と軍師に導かれ、数ヶ月前までは脆弱なレジスタンスであった反乱軍は、国民のみならず帝国軍にすら「解放軍」という名を知らしめた。


各地で蜂起する民兵の制圧のため帝国軍の武力は分断され、解放軍はロリマー地方を解放するために行動を開始した。

天流に同行する者としてまずはビクトールとクレオが名乗りを上げ、続いて…。

「俺も行くぞ。この先には俺の故郷もあるしな」

たまには里帰りも良いだろうとフリックは語るが、単にルックとシーナの苛めに耐えかねたのだろうというのはビクトールとクレオの見解だった。そしてそれは間違ってはいないだろう。
しかし、フリックの切なる願いは次の一言で打ち砕かれる。

「僕も行くよ、ティル」

「あ、俺も俺もっ。いいだろ、ティル!」

両側から天流の肩を抱くのは解放軍きっての問題児、ルックとシーナ。
意外そうにしながらもどこか嬉しそうな天流とは対照的に、傍に立つマッシュ、ビクトール、クレオ、フリックの顔色が変わる。

これまで遠征時にはルックとシーナのどちらかを同行させるという規定があったが、二人共を連れ歩くということはなかった。
その上、二人の危険人物を最も刺激してしまう存在であるフリックまでもが加わるとなれば、帝国軍どうこうという前にこれでは爆弾を抱えて行動するも同然だ。

(罪も無い一般市民に犠牲が出る!)

ビクトールとクレオはそう直感した。


「じょ、冗談じゃない! なんでお前らまで来るんだっ!!」

必死の形相で叫ぶフリックに、2対の冷めた視線が突き刺さる。

「何。何か文句ある?」

「俺達はティルと一緒に行きたいわけ。あんたには関係ないだろ」

「〜〜〜っ! ティエン、やっぱり俺は・・・っ」

行くのをやめると言い掛け、天流と目が合って言葉を失くす。
澄んだ琥珀の瞳が自分を見上げる様に胸が高鳴り、フリックは改めて(やっぱり一緒にいたいかも・・・)などと心の中で呟いた。
フリックが同行を辞退すると言い出すのを待っていたルックとシーナは、口を噤んだ彼を不機嫌に睨みつける。

「はっきりしない奴だね」

「うっとうしいからさあ、迷うんならお留守番してたらあ?」

「・・・っ、なんてガキ共だ・・・」


「お、おい、マッシュ。これじゃ偵察どころじゃないぞ? 下手したらロリマー地方壊滅だ」

険悪さを増す三人の応酬に、ビクトールは焦燥を隠せずマッシュに助けを求める。


   「だいたいお前らにだって俺がどうしようが関係ないだろうがっ!」

   「へええ。随分とえらそうなこと言うじゃないか。青のくせに」



「大丈夫です」

「何で言いきれるんだよっ」

沈着で平静な態度を崩すこともなく言いきったマッシュに、思わず声を荒げるビクトール。


   「誰が青かっ! 年上に対する礼儀ってものを知らないのかお前らはっ!」

   「はっ。だったら敬われるような年上でいろよな」

   「無駄に年食ったガキが生意気言わないでくれる」



「あ・・・何だかまずいんじゃないか?」

天流を挟んで言い争う三人を、はらはらしながら見ていたクレオが声を上げる。


   「もう許せん! お前らそこに直れ!!」

   「あんた如きがこの僕に勝てると思ってるわけ?」

   「受けて立ってやるぜ!」



言い合いの果てにフリックとシーナが剣に手を掛け、ルックが呪文の詠唱に入る。
慌てて駆け寄ろうとするビクトールの制止の声よりも先に、天流の静かな声が熱くなる三人に優しく告げられた。


「三人共、他人に迷惑を掛けたら―――
本気で怒るから


「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

ルック、フリック、シーナという紋章術や剣術のエキスパートの怒りよりも尚恐ろしいのは、有能な軍主の感情の表れない無表情である。
今にも互いを斬りつけようとしていた剣がピタッと止まり、発動しかけていた風の刃は霧散した。



「大丈夫でしょう?」

「・・・・・・・・・そうだな」

「流石はティエン様です」

言った通りだろうと満足げなマッシュに、唖然としたままビクトールが同意を示し、クレオが幼き主人の勇姿を誇らしげに称える。


「さあ、皆行こう」

凛然とそう言って促す天流に、五人は素直に従った。





天流の言葉が効いたのか、問題の三人は道中至って大人しく歩を進めた。


しかし、ルック達三人が危機に陥れる必要もなく、ロリマ―地方は現在深刻な事態になっていたのだ。



フリックの故郷、戦士の村に訪れた天流達の前に立ち塞がったのは、バンパイア、ネクロード。

直接攻撃も紋章での攻撃も通じない相手に、まったくダメージを与えることもできずに完敗したメンバー達は、ネクロードを倒す術を求めてクロン寺へと向かい、過去の洞窟で真の紋章を宿す剣、星辰剣と出会う。

星辰剣の不興を買って跳ばされた小さな村で、天流達は思い掛けない出会いと体験をした。


「テッド・・・」


不思議そうに自分を見つめる少年を茫然と凝視して天流が、消え入りそうなほど小さな声でそう呟いた。


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坊ちゃん最強伝説(笑)。
ようやく坊ちゃんと和解できても、フリックの不幸はどこまでも続くんですねえ。
いつの間にやらルックとシーナは共同戦線張ってます。

にしても今回はテッド中心の話になるはずだったんですけど(汗)。
その前に入れたい話を書いてたら予定を大幅に違えました。

次回こそはテッドの話です(苦笑)。



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