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21.再会、そして・・・
一方的に守られるのは嫌だった。
自分が今、多くの人にとって無くてはならない存在だとは解っている。
だけど、大切な人すら守れない人間が、他の多くの人達を守れるわけがない。
守り 守られ 支え 支えられ。
そうして互いに足りない部分を補い、信頼し合える関係になりたい。
親友ならば、尚更だ。
僕はただ、君を助けたかった。
君がどんな思いで永い時を生きてきたのか、たかだか十数年しか生きていない僕には計り知れない。
そんな僕が少しでも君の力になりたいと言うのは、おこがましいことなのだろう。
けれど君は、明るい笑顔で「親友」だと笑い掛けてくれた。
そして、そんな君がいたから今の僕がある。
幸せに満ちた幼い日々。
永遠に続くのだと信じて疑わなかった純粋な子供の思い。
尊敬する父が居て。
血の繋がりはなくても、兄や姉のように慕う家族が居て。
大切な親友が居て。
当たり前のようにそこに在った幸せ。
だから・・・思いもしなかった。
別れが・・・こんなにも早くに訪れるのだとは
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水晶の澄んだ輝きが、闇に閉ざされた谷を照らす。
神秘的な美しさを醸し出す光は、美しいが温かみは感じられない。
同じように冴えた光を放っていても、天流の瞳の方がずっと綺麗だとテッドは思った。
――だってほら、水晶は冷たいけど、ティルの瞳はこんなにも優しい。
涙に揺れながら、それでもまっすぐにテッドを見つめている琥珀。
つま先から冷えていく身体はすでに感覚を失い、自力で動かすこともできない。
死へと誘われるように、意識すら混濁しつつある。
けれど、自分の身体を支える親友の細い腕の温かさははっきりと感じ取れた。
死の恐怖などはない。
むしろどこかで安堵していた。
ようやく眠れるのだ、と。
しかし、同時に最も大切な存在を傷付けてしまうことに、深い哀しみを感じる。
――ごめんな・・・。お前だけは絶対に傷つけたくなかったのに・・・。
彼の目を揺らす綺麗な雫が、瞬きと共にぽつりと落ちてテッドの頬を濡らした。
■■■■■
「ティエン! お前、ティエンだろ?」
元気な子供の声が洞窟の中で反響し、大きく響いた。
一斉に数対の目が向けられた先には、幼い少年と女性の姿があった。
生真面目な印象の女性とは対照的な明るい笑顔を浮かべた少年は、親しげに天流の元へと駆け寄ると、彼の手を取った。
「おれのこと覚えてるか?」
「フッチ、だったね。久しぶり」
親しい者以外はほとんど聞くことのできない天流の優しい声音に、同行していたルックはわけの解らない苛立ちを覚えた。
理由の解らないその感情がやけに不快で、自分よりも年下の子供にきつい視線を向けてしまう。
だが、彼らは挨拶もそこそこに洞窟を後にし、広い洞窟には、眠り続ける竜達の息遣いが響いていた。
天流達一行が向かったのは、竜を操ることのできる者、竜洞騎士団の住む砦だ。
竜騎士を統べるヨシュアという人物に解放軍への助力を乞うため、彼らはこの地へと訪れた。
しかし、そんな天流達を待っていたのは、原因不明に眠り続ける竜達の姿だった。
名医リュウカンの力を借りて原因を突き止めた彼らは、薬の材料を求めてシークの谷に向かうこととなった。
今回同行するのは、天流達を出迎えた竜騎士の女性ミリア、ヨシュアとは知己の仲であるハンフリー、そしてフリックやルック、クレオの五人である。
シークの谷には必要とする材料の1つ、月下草というものがあるという。
水晶の輝きに覆われた谷を奥へと進むと、開かれた場所にそれらしき草を見付けてフリックやミリアが駆け寄ろうとする。
その時。
「よくここまで来たわね」
突如、艶かしく響く声と共に天流達の前に、一人の妖艶な女性が現れた。
美しいが、それ以上に彼女から感じられるのは異様なまでの禍禍しさだ。
初めて出会うその女性の異様な雰囲気に呑まれるメンバー達の中で、唯一天流だけは、恐怖や悪寒以上に怒りを露にしていたことに、気付く者はいなかった。
「誰だ、お前は」
訝しげに誰何するフリックには目もくれず、女性はただじっと天流一人を見つめていた。
張り詰めたような空間が、二人の間に築かれる。
クレオは「知り合いですか?」と天流に問いたかったが、声を掛けることを躊躇わせるほどの緊張を肌で感じ、動くこともできない。
「そろそろ解放軍ごっこも飽きたでしょう。貴方の右手の紋章、ソウルイーターを返してもらいますよ」
彼女の言葉に、クレオとルックの顔が強張る。
天流の右手のものを知っているとは、いったい何者なのか。
フリックやハンフリー、ミリアらも戸惑った視線を二人に向けた。
天流の心をも凍らせてしまうほど冷たい視線を悠然と受け止め、女性は衝撃的な言葉を続けた。
「出ていらっしゃい、テッド」
その瞬間、光と共に女性の傍に転移してきた人物に、天流、クレオ、ルックは驚愕を隠せなかった。
暗い表情を湛えた一人の少年。
年の頃は天流と同じくらいだろうか。
だが、その目に生気はまるでなかった。
虚ろな闇を背負う少年。
しかし、それは間違えようもなく、天流のかけがえのない親友――テッドだ。
「久しぶりだな、天流。でも俺だけ置いて逃げるなんてひどいことするなあ。まあ、許してやるよ。俺とお前の仲だもんな」
表情と同じく、暗く虚ろな低い声。
これが本当にテッドの声なのだろうかと、クレオは自分の見ているものが信じられなかった。
出会った当初こそ心を閉ざしていたテッドだが、天流と接することによって明るさを取り戻していく様を、彼女はその目で見てきた。
あの明るく弾む声は。
生気に満ち溢れた笑顔は。
天流といる時のテッドは、こんなではなかったはずなのに。
「さあ、お前に”預けた”紋章を返してくれよ。俺はその紋章の力で300年もの間老いることなく生きてきたんだ。だから、それがないと・・・・・・。だから返してくれよ」
そう言って右手を差し出し、テッドが一歩踏み出す。
弾かれるように、天流の足が一歩下がった。
「君は誰?」
「? 何言ってんだよ。俺のことを忘れたってのか? ひどいなあ」
「君はテッドではない」
きっぱりと言い放つ天流を見るテッドの目がスッと細められた。
青褪めながらも、天流の瞳はテッドをひたと見据えて動かない。
――テッド・・・。でもこれはテッドではない。
姿形はテッドのもの。
だが、根本的に違う。
その瞬間、天流の右手から闇とも光ともつかない波動が広がった。
天流の視界から仲間達の姿が消え、景色も色を失って闇に覆われる。
目に見えるのは親友の姿のみ。
突如包まれた闇は、テッドと二人だけの空間となる。
『・・・・・・ティル・・・。・・・ティル・・・俺の声が聞こえるかい?』
「・・・・・・テッド?」
切羽詰まったように掠れた声。
しかし、それは確かに彼のものだ。
天流の顔に安堵が浮かぶ。
『そうだよ、ティル。あんまり時間がないんだ。俺とソウルイーターの間には不思議な繋がりが残っている。それを通じてお前に話し掛けている。俺の身体はウィンディの”支配の紋章”によって、すでに俺のものじゃない。そして”支配の紋章”の力はやがて俺の心も・・・。
だから時間がないんだ。ティル、一生のお願いだ・・・。俺がこれからすることを許してほしい・・・』
「テッド? どういうこと?」
言葉の意味を測り兼ね、問い返そうとする天流の視界がその瞬間、闇から拓けた。
広がった景色は先ほどと変わらず、水晶の光が舞う谷だ。
周囲の仲間達が戸惑うように辺りを見回していたが、テッドが近付いてくる様子にすぐに警戒を強めて身構える。
「天流、紋章を返してくれよ、嫌だと言うなら力づくでも・・・」
「紋章は渡せない」
「おや、じゃあテッドと戦うというのかい?」
ウィンディの嘲りに一瞬顔を歪ませた天流だが、淡々と答えを返す。
「彼はテッドではないから。僕がこれを手放す時は、テッドと再会した時だ」
「なあ、俺はテッドだよ。信じてくれないのか?」
「自らの手で父親を殺め、付き人を死に追いやり、そして今度は友達までもその手に掛けるのかい? 罪なことだねえ」
「やめろ!!」
ウィンディの言葉を遮り、怒声を上げたのはフリックだ。
天流の心を引き裂くような暴言を綴るウィンディを、視線だけで殺せればと思うほどに睨み付けながら天流を護るように彼の前に立つ。
フリックだけではない。ハンフリー、クレオ、ミリアらも天流の前方に踏み出してウィンディとテッドから天流を庇う位置に立つ。
そして、天流の傍にはルックが静かに寄り添った。
しかし、テッドは構わずに歩を進める。
そして天流も、今度は下がらずに前へと踏み出した。
止めようとするクレオやフリックを無言のまま止め、その目はまっすぐにテッドの目を見つめる。
テッドではないものの向こうに、必ず彼は居る。
テッドに向かって差し出された右手に、テッドではないものが不敵に笑った。
だが、その向こうで確かに天流は「親友」を感じた。
――テッド。
声に出さない呼びかけ。
テッドの口から言葉が漏れる。
「ソウルイーター、俺はお前と300年もの間一緒だった。お前のことはよく知っているぞ。その呪いの意味も、悪しき意志も。
お前はあの日・・・俺が故郷を失った日だ。あの日、俺の知っている者全ての魂を盗み取った。
300年の長き旅の間、多くの国で戦乱を引き起こし、魂を掠め取った。
そして、オデッサという女性の魂も! ティルの父親の魂も! グレミオさんの魂も! 全てお前が盗んだんだ!!
お前はその主人の最も近しい者の魂を盗み、力を増していく!」
「テッド! 何を言っているの! 早くソウルイーターを」
ウィンディの動揺した声が響く。
彼女にとって計算外の事態なようだ。
ウィンディに視線だけを向けたテッドは、さっきまでの生気のない彼ではない。
大切なものを護ろうとする、強い意志がそこにあった。
「ソウルイーターが近くにあることが俺に力を与えてくれた。
さあソウルイーター! かつての主人として命じる! 今度は俺の魂を盗み取るがいい!!」
「!!」
テッドの言葉に天流が愕然と凍りつく。
血の気の引いた親友の様子に、テッドは一瞬辛そうに顔を歪めたが、すぐにそれらを打ち払った。
――ごめんな、ティル・・・
互いの右手を差し出した姿勢のテッドと天流を中心に、赤と黒の波動が全てを覆った。
右手に強い衝撃が走り、ルックが苦しげな表情で手を押さえた。
ソウルイーターの発動。
これまで以上に禍禍しく、深い闇の波動に全身に戦慄が走る。
それでも彼の目はただ一点を・・・天流だけを捕らえて離さない。
テッドを包む闇が天高く伸びたかと思えば、闇は吸い込まれるように天流を包み込む。
「テッド!!」
――そうだ・・・それでいい・・・自分の自由にならない命なら・・・俺は・・・そんなものは・・・いらない。
――300年もの間・・・お前が引き延ばしてきた・・・命を返すぞ・・・ソウルイーター・・・
親友が名を呼ぶ悲痛な声を聞きながら、テッドは満足そうに笑った。
■■■■■
悔しげに顔を歪ませてウィンディと呼ばれる女性が消え去った後には、力なく倒れるテッドが残された。
駆け寄って親友を抱き起こす天流の周りに、仲間達も集まる。
「・・・テッド・・・テッド・・・」
力なく呼ぶ天流の声に、応えるようにテッドの目がうっすらと開く。
ぼんやりと天を仰ぐ彼の瞳には、水晶の光と大切な親友だけが映し出される。
苦しさも痛みも、彼は感じていなかった。
死への恐怖など微塵もない。
ただ、傍にいる存在が嬉しい。
「そんな顔・・・するなよ・・・ティル・・・。俺が・・・選んだことだ・・・」
一つ、また一つと天流の目から涙が零れ落ちる。
数年間共に過ごしてきたが、天流の涙などほとんど見たことはなかった。
そんな滅多に見せない涙が、今自分のために流されていることに心の痛みと同時にどこか嬉しさも感じる。
――でも、やっぱり見たいのは笑顔なんだけどな・・・。
そう言っても、きっと天流は笑えないだろう。
ならば、彼の分まで自分が笑顔でいればいいのだ。
テッドは満面の笑顔を浮かべて親友を見上げた。
天流の表情が更に悲痛なものとなる。
「ごめん・・・君を助けられなかった・・・っ」
「馬鹿だな。何謝ってんだよ・・・」
謝ることなど何もないのに。
お前に会えただけで、俺は全てに満足しているのに。
300年の孤独も、辛さも、お前と居たたった数年間でどれだけ救われたかわからない。
天流の顔が近付いたかと思えば、抱き締められる感触。
テッドの目の前で、艶やかな黒髪と緑のバンダナが揺れた。
――・・・・・・死なないで・・・。
耳元で囁かれた声はとても小さく、テッドの耳に微かに届いて消えた。
テッドは重い腕を何とか動かすと、天流の背に回して抱き締める。
抱き合ったまま、テッドの身体は光の粒子に覆われ―――
仲間達の見守る中、その身体は光となって消えた。
重みの消えた腕の中を茫然と見つめて動かない天流。
伏せられた顔は長い前髪が覆い、表情を窺うことはできない。
誰一人として、彼に声を掛けることはもちろん、声を発することもできずに立ち尽くしていた。
見ていられないとばかりに、クレオが涙に濡れた顔を両手で覆って咽ぶ。
一部始終をその目にしたメンバー達は、事情の全てを理解できたわけではない。
だが、天流の腕の中で永遠の眠りについた少年が、天流にとってどれほど大切な存在だったかは解る。
そして、彼が言い残した天流の右手にあるものの恐ろしさ。
オデッサ、グレミオ、テオ・・・
この名を聞いて、思い浮かぶ存在など決まっている。
あまりにも強烈で、残酷な結果。
蹲って動かない少年に、いったい何を言ってやれるのだろう。
永遠に続くかと思われた深い哀しみと当惑に満ちた沈黙の中、ミリアが動いた。
「これが月下草ね・・・」
そう言って足元に根付く草を抜き取ると、気遣わしげに天流の小さな背中を見やり、
「・・・皆が待っているわ。早く持って帰りましょう」
ミリアの呼びかけに、ゆっくりとした動作で天流が立ち上がる。
顔を上げたその美貌にはすでに涙はなかった。
だが琥珀の瞳は頼り無く揺れ、涙を流した後だと解るほどに赤く潤んでいる。
クレオ以外が初めて見る天流の涙。
誰もが引き裂かれそうなほどの胸の痛みを感じた。
フリックやクレオが何かを言いかけたが、結局言葉にはならずに吐息だけが虚空に溶けた。
慰めも、励ましも・・・どんな言葉も今は何の意味も持たないのだ。
「戻ろう、皆」
流れたのは、いつもの冷静な澄んだ声。
親友を呼びながら震えていたそれではなく、何の動揺も表さない流暢さ。
しかし、それが余計に聞く者の胸を抉った。
ゆっくりと、哀しみの現場を後にする一行。
心配そうな視線を浴びながら、天流はしっかりとした足取りで進む。
その細い手がカタカタと震えていたことは・・・・・・ずっと傍らに付くルックだけが知る。
谷底から吹き上げる風だけが、唯一耳に届く音であるシークの谷。
水晶の光だけが、変わらず闇を照らしていた。
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テッドは坊ちゃんがいればそれで充分だったと思います。
300年の孤独と辛さも、消えゆく命も、全てを超越して坊ちゃんと在ることに何よりも幸せを感じる。
「出会えて良かった」と心から思える存在に出会えた、それは幸せなことでしょうね。
次回は坊ちゃんを慰める人達の話です。少しでも坊ちゃんに安らぎを・・・。
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