24.黎明の時





天流は途方に暮れたように周囲を見渡し、やがて諦めたような溜息をついた。

暗闇と静寂の中に、彼はぼんやりと佇む。

ルックと分かち合った温もりの中で眠りについたはずだった。
だが、天流の目の前に広がるのはどこまでも続く深い闇と枯れた草原だ。

光も音も何も無い。
生命の息吹すらも感じられない完全なる無。

以前、初めて味わった”本当の孤独”を痛感した世界。

再びにじり寄る冷たい孤独という心の闇。



ふと光を失いかけた琥珀の瞳だったが、次の瞬間には驚愕が広がった。



『よ。ティル』


「・・・っ!!」

にかっと悪戯っぽく笑う半透明の少年が、前触れもなく天流の目の前に現れた。

滅多に表情が表れないと言われる天流だが、この時ばかりは無表情を保つこともできずに唖然となる。
それに対して、してやったりとばかりに胸を反らすのはあまりにも意外な人物だった。



「・・・・・・テッド・・・?」



天流の目の前に悠然と立つのは、光と消えた親友――テッド。
シークの谷でソウルイーターに食われて消滅したはずの彼が、記憶の中と変わらない笑顔を浮かべている。
驚愕のあまり固まってしまった天流に近付き、テッドは半分透けた腕で白い顔を包んだ。

『やっと会えたな』

「・・・テッド? 本当に・・・」

『当たり前だろ。こんな男前が他にいるかよ』

得意げに言ってのける台詞は、昔から彼が戯れに口にしていたものだ。
『男前な俺と美人なお前ってお似合いじゃ〜ん♪』などと言い張っては、幼い天流の不興を買っていた。

見る間に天流の表情が泣きそうに歪み、テッドの存在を確かめるように彼の手に恐る恐る添えた手に力がこもる。
涙が込み上げ、揺らぐ視線の先にはテッドの包み込むような笑みがある。

『ったく。俺がいなくて寂しいのは解るけど、夜はちゃんと寝ろよな。ずっとここで待ってたんだぜ』

冗談めかした口調だが、自分がいなくなったショックに眠りすら拒絶していた親友を彼はひどく心配していた。
ようやく眠ることを受け入れられるまでに彼の心を癒してくれた、二人の少年には感謝すら覚える。

『お前を眠らせたのが、あの生意気なガキ二人ってのが気に入らないけどな・・・』

本音が漏れる。
ルックやフッチがテッドを嫌っていたのと同じように、テッドも彼らが嫌いだったのだ。
思わず呆れてしまう天流だが、やはり二度と会えないと思っていた親友が目の前にいる奇跡が嬉しかった。

「テッド・・・ッ!」

縋り付くように抱きつくと、すぐに抱き締め返してくれる確かな感触。半透明の身体なのにちゃんと感触があるんだな、などと妙なところで感心する。

『ごめんな。たくさん傷付けて、いっぱい泣かせちまったな』

「テッド・・・、僕は、君を助けたかった・・・」

絞り出すような震える声が、慟哭の深さを知らせる。
少しだけ身を離して目を合わせると、不安に満ちた瞳が探るようにテッドを見た。

「これは・・・夢なんだよね・・・?」

目の前にいるテッドが、哀しみのあまり自分が作り出した想像の産物でしかないことを怯えている。
その不安はテッドにもよく解った。
彼も300年前に出会った不思議な少年のことを、いつしか夢だったのだと思うようになり、絶望感を抱いたからだ。
それでも諦めきれずに探し続けた末に、ようやく天流に出会えた。


『夢だけど夢じゃない。ここに居るのは確かに俺だよ。いや、正確には俺の”魂”さ』

「・・・”魂”?」

『ソウルイーターは真の名を”生と死を司る紋章”というんだ。俺達が今居る場所はいわゆるソウルイーターの世界、つまり”生と死の狭間”ってやつだ』

「生と死の狭間? ここが?」

何も無い世界。
闇だけに覆われた沈黙の空間。
確かにここには”生”も”死”もなかった。

改めて周囲を見渡した時、ふっと光が現れて頼り無く流れたかと思うと間もなく消えた。
先日も何度か目にした不可解な現象だ。

『あの光は誰かの魂だ。死んだ人間がここを通ってあの世に行くのか、それともさまよっているのか、俺にも詳しいことはよく解ってない。でもふとした時にああやって現れては消えちまう』

「・・・テッドは、光じゃないんだね」

テッドは彼自身も”魂”なのだと言った。
だが彼は光の球体ではなく、半透明ながらも生前の姿を保っている。
明らかにふと現れる”魂”とは違っていた。

『俺はソウルイーターとの繋がりが強いからな。そんじょそこらの魂とは違うってことさ』

自慢げに語る口調に懐かしさを感じ、天流は安心したような笑みを浮かべた。
全てを信じられる話ではないのだが、天流はテッドが傍にいるだけで充分なようだ。
親友の肩口に額を押し付け、服を握り締めれば宥めるようにテッドの手が頭や背中を撫でる。

『俺を助けたかったって言ってくれたよな。俺はさ、お前と出会えて親友になれた。それだけで満足なんだぜ。お前の存在はいつも俺を助けてくれた』

天流の耳元に口を寄せて優しく語り掛けるテッド。
遠い過去を思い出すように、闇に向けた目が細められる。


夢だと思いながらもどうしても諦められずに探し続けた”あの人”。
世界中歩き回っても見付けることができず、それでも求め続け・・・
そして出会った一人の少年。

始めは気にならなかった。
同じ年代の他の子供に比べると頭が良くおとなしい子だとは思ったが、それだけだった。
真っ直ぐに見つめてくる琥珀の瞳がどこか懐かしく、綺麗だと惹かれたが、それもたいして深く考えなかった。

しかし共に過ごすうちに芽生えた想いは、日を追うごとに大きく育ち。
いつしか彼の傍で安心するまでになった。

永い旅の間にたくさんの人間に出会い、人の良い所も悪い所もすべてを見てきた。
友情を育んだことも何度かある。
だがそれはいつも付き纏う不安と共にあり、やがてテッドは背を向けて逃げ出した。
そして年月と共に遠い記憶の向こうに置き忘れ、次第に思い出すことすらなくなった。

そんなテッドが、生涯唯一人の親友とまで思える存在に出会えた。
それが、天流・マクドール。


『俺は幸せだったんだぜ』

天流というかけがえのない親友を得られたのだから。
彼の腕の中で眠りにつけたことは、テッドにとって最高に幸せな最後だ。
ずっと、孤独の中で朽ち果てていくのだと思っていたから尚更そう感じる。

『全てを失った時にお前が居てくれたこと、全てが終わった時にお前が抱き締めてくれたこと。本当に感謝してる』

「テッド・・・」

再び目を合わせると、優しげな瞳が天流を見つめていた。
その身体は少しずつ色を失っているかのように見える。
気のせいではなく、確かに消えようとしている親友の姿に戸惑う天流にテッドの言葉は続く。

『今度こそ、本当にお別れだ・・・。元気でな、ティル・・・・・・俺の分も生きろよ・・・・・・』

満たされたテッドの笑顔。
一瞬悲痛に歪んだ天流の表情は、テッドの笑顔に励まされて笑みを象る。

これが本当の最後。
先日は涙を流すことしかできず、テッドに応えることができなかった。
2度目のチャンスに、天流はやっと笑顔を返すことができた。

今度こそ、後悔しないように・・・。


「僕も幸せだった。テッドと親友になれたことは、一生の宝物だよ・・・・・・ありがとう・・・」

ありがとう、の言葉に万感の思いが宿る。

抱き合う二人の目に涙が光り、顔を寄せ合って笑う彼らの間には1年前までと同じ思いが通い合った。

楽しかった。
幸せだった。
懐かしい日々。

1年の間離れ離れになっていたけど、ようやくあの頃に戻れた。

目が覚めれば天流はまた辛い現実を歩まねばならないのだけど、彼には傍で支えてくれる存在がいる。


『もう、大丈夫だよな。お前には・・・俺には負けるけど良い友達がいる』

ほとんど消えかけながらもいつもの調子を崩さないテッドに、天流は涙を流しながら笑った。

「テッド以上の親友はいないよ。でも、彼ら以上の友達もいない」

それでいい。

深く頷き、テッドは天流に顔を近付けていった。

琥珀の瞳が不思議そうに見つめてくる様に不敵に笑み、

『目は綴じるもんだぜ』

そう言ってやると、素直な天流はそっと目を綴じた。

意味解ってないんだろうなあ、と心の内で苦笑を堪えながらもテッドは更に顔を寄せ――。



二人の唇が、そっと触れ合った・・・。





―――ありがとな、ティル・・・





暗闇の中、確かにテッドの声が聞こえた。







■■■■■







朝日が部屋を照らす中、ルックは目覚めた。

すぐには自分の居る場所が解らなかった彼だが、隣に眠る天流の寝顔に、昨夜はあのまま彼の部屋で共に眠ったのだと思い出す。

こうして他人と眠ることが心地良く感じ、ルックの頬に朱が走った。他人とは言っても天流に限られるのだが。

照れて横目で覗うように天流の寝顔を見やり、彼の目じりを濡らす涙に気付く。
それを見てルックの心がひどく落ち込んだ。
昨夜のやり取りを思い、天流をうまく慰められない無力を感じる。

今も彼は悪夢のような現実の夢に傷付いているのだろうか。

(君は夢の中でないと泣けないの?)

指で優しく涙を拭ってやると、その感触に天流が眠りから覚めた。
瞼が震え、ゆっくりと開くとルックの数少ないお気に入りの一つである琥珀の瞳が彼の姿を映す。

「ル・・・ク・・・?」

寝起きの掠れた声が不思議そうに名を呼ぶ。

「おはよう」

「・・・おはよ・・・?」

きょとんとしていた天流だが、やがて昨夜のことを思い出したのか、ルックに穏やかな目を向けた。

「夢を見たよ」

「夢?」

「うん。テッドの」

答えに不機嫌そうに顔を歪めるルック。
彼もテッドのことをひどく嫌っていたのを思い出して、天流は密かに苦笑した。

「テッドは、僕と居て幸せだったと言ってくれた・・・」

「そんなの見れば解るだろ。あんな浮かれた真の紋章持ちを僕は知らないよ」

ルックらしい痛烈な言葉だ。
互いを嫌い合うテッドとルックの天流を経由した皮肉の応酬も、ここまでくればいっそ微笑ましく思う。



寝台から抜け出した天流は、窓際に立って射し込む朝日をその身に浴びた。

清々しく晴れ渡る空の蒼さを映した湖は陽の光を煌かせ、今の天流の心を映したかのように美しい碧が広がっている。
冷たいが、早朝の澄んだ空気を胸に溜めて吐き出し、天流の瞳がまっすぐに空の彼方を見据えた。


振り返れば自分を見つめる心配そうなルックの顔があり、天流は綺麗な笑顔を浮かべる。
その瞬間、驚いたように目を見張ったルックの頬がほのかに染まった。

「ありがとう、ルック。僕はもう大丈夫だ」

偽りのない言葉。
決してそれは虚勢などではなく。
昨夜まで光を失いかけていた琥珀の瞳には、再び強い意志が満ちた。

いったい何があったのか。
気にはなったのだが疑問は言葉とはならなかった。





身だしなみを整えると、天流とルックは部屋を出た。

「で、今日はどうするのさ」

「マッシュやクレオ達には本当に心配を掛けてしまったから、礼を言いたい」

「別に連中は謝罪も礼も望んじゃいないと思うけどね」

「僕もそう思うけれど」

仲間達は天流に見返りも感謝の言葉も期待などはしていない。
それは天流にも解っていたが、彼らの気持ちはとてもありがたいものだったから。
一言でも彼らに報いたかった。


長い廊下を渡り、天流はそのまま進んで軍師の部屋へと向かい、ルックは石板の小部屋にへと赴く。

「それじゃ」

「ルック」

天流とは別の方角に足を向けたルックは背後から掛かった声に顔だけを向け、立ち止まってこちらを見る天流と目が合った。

「本当に、ありがとう」

真摯な瞳がまっすぐにルックを見た。

窓から射し込む朝日が天流の全身を包み、光が天流の輪郭を象る。
神秘的なその美しさは、天流の内面を形にしたかのようだ。

知らず知らず、ルックの無表情が緩む。

暁の光を抱きし覇者。
誰もが彼に希望を託す。
彼と共に戦う先には必ず平和な世界があるのだと信じて。


だが、ルックが天流に思うことは他者とは違った。

この輝きを絶対に失いたくない。曇らせたくない。
この手で、護りたい。

天流と出会うまで知りもしなかった感情が揺さぶられる。

しかし、彼はその感情の名を知らなかった。



一方、天流の方もルックを見て固まっていた。

視線の先にあるのは、珍しく微笑みを湛えた美貌。

彼が時々優しい表情を浮かべることは気付いていたが、笑った顔は1年以上付き合ってきて初めて見たと言ってもいい。笑顔自体は見たことがないわけではないのだが、それはどこか嘲るようなもので天流以外が見れば憎たらしいとしか言えないような代物だった。

そんなルックが天流の前で、皮肉も含みもない、本当に嬉しそうな笑みを浮かべている。


「じゃあ、後で」

思わず目を奪われていた天流は、ルックの言葉に我に返るとこくんと頷いて執務室への道を辿って行った。

何故か速くなる鼓動に当惑しながら執務室の扉を叩き、マッシュに促されて部屋に入った天流は、意外なものを見たというように目を丸くする軍師に心配そうに気遣われてしまった。

「お顔が少し赤いようですが、具合が悪いのですか?」と。

答えようのない天流は、首を振るしか反応のしようがなかった。

珍しく動揺を隠せず、しかも何故こんなに動揺しているのか解らずに困惑する天流の姿は、はっきり言ってとても可愛らしかったのだが、冷静で有能な軍師は言葉にも態度にもそれを匂わすことはしなかった。



精神的に落ち着きを取り戻した頃、天流はルックとシーナに誘われて食堂に足を運んだ。


食堂ではシークの谷での事情を知る者や、何かを感じ取っていた者達がこぞって天流を気遣った。

昨日までの天流ならば困り果て、密かに落ち込んだのだろうが、今は却ってくすぐったく思う。
彼らは自分に過保護過ぎる傾向があるようだ、と。
フリックなどはグレミオの過保護振りに呆れていたはずなのに、それを忘れたかのように甲斐甲斐しい。

そんな彼らにルックは鬱陶しげな冷めた視線を投げ、シーナは必死に笑いを堪えていた。





食後、再び執務室へと向かっていた天流は、途中でクレオの姿に気付いて彼女の元に駆け寄った。
朝に弱いクレオは、どうやら起きて間もないようだ。

「おはようございます。ティエン様」

「おはよう、クレオ」

慈愛に満ちた笑顔で天流を迎えたクレオだが、寝起きだからではなく顔色が良くない。随分と心労が溜まっているのだろう。
天流がクレオの目の前に立ち、少しだけ高い位置にある彼女を覗き込むように見つめると、戸惑ったような顔が映った。

「どうしました?」

「クレオ、疲れているんじゃない?」

そう訊くと、クレオは自己嫌悪に満ちた渋い顔を伏せた。
天流を護り、補佐しなければいけない自分が反対に天流に心配されてしまうとは。
しかし天流は穏やかにクレオを見つめ、

「ごめんね、クレオ。心配ばかり掛けてしまって」

昔に戻ったような少年らしい口調に、クレオは驚いて顔を上げた。
解放軍のリーダーとなった時、いや、それより以前に帝国軍に入ったその時から天流は人の上に立つ者として子供らしさを捨て去っていた。
テッドと話す時以外は常に固い口調を崩さなかった天流が、1年振りに昔のようにクレオに話し掛けてくれた。


「僕はもう大丈夫だから」

だから、もう僕のことで哀しまないで。

「坊ちゃん・・・」

呼びかければ天流の腕が伸びてクレオの背中に優しく回された。
一瞬目を見開いたクレオも、すぐに天流の身体を抱き締め返す。

久しぶりに交わす抱擁は、昔と変わらない。
それが嬉しいことなのか、哀しいことなのか。
クレオには判断がつかなかった。
だが、それでも温かな思いが心を満たす。


「これからも、一緒に戦ってくれる?」

「もちろんです、坊ちゃん・・・。私達は家族なのですから」


この世でたった二人となってしまった家族。

一所懸命に立ち直ろうとする天流が愛しく、決してこの手を離したりはしないと固く誓う。





迷いを払った琥珀の瞳には、揺るがない強い決意の光が宿った。



闇夜が明けて黎明の時を迎えるのは、空ばかりではなく――。



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結局行き着くところはテド坊です(笑)。
今回は坊ちゃんの方もルックを意識してますね♪
ちなみに月華坊ちゃんの場合、テッドはあのまま残ります(笑)。
よほど心配だったようですね。
何はともあれ、長かったテッド編はこれで終了です。
次回からは最終戦に向けての話になります。
連載の終了も近いのか、ますます泥沼になるのか・・・(滝汗)。



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