|
26.揺るぎない瞳
「ったく。可愛い女の子ならともかく、何で捕らわれのむさいおっさん達を助けに行かなきゃいけないんだよ」
ふざけた台詞を真顔で吐いたのはシーナだ。
それに対してフリックは呆れたように額に手をやり、カスミは苦笑を漏らし、クリンはケラケラと笑い、クライブと天流は無言のまま前へと歩を進める。
北方の地を守る帝国将軍カシム・ハジルの城、モラビア城に乗り込んだ天流達は捕らわれたビクトールと北方の大富豪ウォーレンを助け出すために城内を駆け抜けていた。
今回天流に同行したのはフリック、シーナ、カスミ、クリン、クライブの五人である。
ちなみに余談ではあるが、クライブはほんの昨日仲間になったばかりの寡黙な青年である。
シーナに無理矢理遊びに連れ出された天流は仲間探しを兼ねてビッキーにテレポートを連発してもらい、様々な地に跳んで仲間を得た。
その日得た仲間とは過去の洞窟の片隅に座っていたクラウリー、ネクロードの城で佇んでいたペシュメルガ、そしてビッキーの失敗テレポートによって落ちた先の宿屋の一室で出会ったクライブであった。
本拠地に戻った時、天流とシーナの背後に控える薄暗い三人の異様な雰囲気に、誰もが不吉な悪寒を覚えたというのは解放軍の史実に記されたほどである。
閑話休題。
文句を連ねながらも一向は城の屋上まで昇り詰め、ようやく牢の有る部屋にたどり着いた。
そこには捜し求めていた人物が確かにいた。
のだが・・・。
「ぎゃははははは!!!」
ビクトールやウォーレンと思われる人物を目にした途端に、突然シーナが牢の中を指差して爆笑し始めた。
捕らわれた者達を笑うなどという行為には、その場の誰もが戸惑いを隠せずシーナを凝視する。
天流すらシーナの行動が理解できずに目を丸くしていた。
しかし、シーナが笑ったのは捕まった者達への侮辱などではなく。
「く、く、く、熊が檻に入れられてる―――っっっ!!!」
笑いのツボはそこだった。
一拍の間を置いてフリックとクリンが吹き出し、ウォーレンとカスミは呆気に取られ、天流とクライブは呆れたように目を据わらせ、ビクトールは顔を赤くしてシーナを怒鳴るが残念ながらたいした効果はなかった。
そしてシーナが腹を抱えて笑い転げ、クリンがビクトールをからかう間にカスミによって牢の鍵は開けられ、シーナとクリンの二人は仲良く熊さんの鉄拳を一発ずつ頂いたのであった。
ウォーレンが仲間となることを承諾した後、再会の喜びもそこそこに一行は急ぎ城内来た道を引き返した。
「おい、ティエン! 何でそんなに急ぐんだよ!」
ほとんど全速力で走るはめとなり、スピードには些か自信を欠くビクトールが音を上げた。
ずっと走り通しだった同行者はさらに疲労が蓄積しているはずなのだが、何故か誰も文句を言おうとしないのがさらに不思議だ。カスミ以外、特にシーナやクリンは絶対に不平を漏らすタイプだというのに。
しかし天流はビクトールの問いに応えを返す気配も、速度を落とす気配もない。
代わりに答えたのはシーナだった。
「軍師さんの命が懸かってんだよ」
その一言でビクトールは納得した。
天流が必死になるのも当然だ、と。
「貴様、この帝国を都市同盟の奴らに渡すつもりか!!」
広間に、カシム・ハジルの怒声が響き渡った。
彼の燃える目が睨み付ける先には、落ち着き払ったマッシュの姿がある。
モラビア城へと続くまでに建つ関所を守るグリフィスが解放軍の軍師を捕らえたとの報告を受けたカシム・ハジルは、広間へと通されてきたマッシュ・シルバーバーグと顔を合わせていた。
ところが、そこから事態は急変していく。
都市同盟の同行を警戒しつつモラビア城を守る役割を果たすドゥーハとラカンの砦を、解放軍が攻めたという報告を聞いたのはほんの数時間前のこと。
それぞれの砦に軍を差し向け、若干手薄となったモラビア城の周りは解放軍に取り囲まれていた。
その上、砦の援軍に出た部隊は、ジョウストン都市同盟の軍に待ち伏せを受けたという知らせが届いていたのだ。
それら全てが目の前にいる軍師の仕業だという。
カシム・ハジルは国土を売るような真似をした男に憎しみの目を向ける。
しかしマッシュは動じることもなく、冷静に言葉を綴った。
「私は彼らを利用したまでです。手を結んだわけではありません。一時的にこの北方は彼らに奪われるでしょう。それ以上の振る舞いは我等解放軍が許しません」
だがカシム・ハジルの怒りは治まらず、剣を抜き放った。
今や解放軍の一員となっているグリフィスが、マッシュを庇おうと前に出たその時。
砦を攻めていたレパントやハンフリーらが現れて、逆にカシム・ハジル達を追い詰める。
続いてビクトールやウォーレンを救い出した天流達も合流した。
「カシム・ハジル殿、今度は私からお願いします。潔く降参して下さい。貴方が理想に燃えた帝国の姿も忠誠を尽くした皇帝陛下の姿も、今はすっかり変わってしまった。それでも貴方は過去にしがみつくつもりですか」
訥々と、マッシュの静かな声が流れた。
戸惑いを見せるカシム・ハジルに対して、同じ帝国将軍だった者達も彼の説得を試みる。
皇帝陛下に忠誠を尽くすのであれば、その過ちを止めるのもやはり忠誠ではないかと。
動揺を隠せない彼は、ふと見覚えのある少年を視界に捕らえた。
「・・・天流・マクドール」
マッシュの隣に並んだ一人の少年の姿に、カシム・ハジルは呟くようにその名を口にした。
「お久しぶりです。カシム・ハジル殿」
あれだけ走り回っておきながら息も上がっていないとはたいしたものだ、と同行していた者達は思わず感心する。
「解放軍の軍主となったというのは真実だったか・・・」
どこか哀しげにそう言って、カシム・ハジルは剣を収めると天流の方にゆっくりと近付いた。
1年前にテオ・マクドールに連れられて王宮で会った時と変わらない姿を見下ろすと、真っ直ぐな瞳が彼を見上げた。
「テオは・・・お前をとても心配していた」
その一言に、室内がしんと静まった。
解放軍の誰もが天流を帝国軍に引き込む気かと警戒する。
厳しい視線の中、カシム・ハジルはさらに続けた。
「何も知らず権力にしがみ付くだけの貴族達から裏切り者の父親と罵られ、不信の目を向けられてもテオは何も言わず、ただ陛下への忠誠を貫き、お前に倒された」
決して責めるわけでもなく、ただ事実だけを語る。だが貴族への描写には怒りと侮蔑が露だ。
「天流、お前は何を思ってテオを討った?」
「彼を生かしておけば、何度でも解放軍の前に立ち塞がる。私が思うのはこの国の未来です。しかしテオ・マクドール将軍は、未来(さき)を視ることをしなかった」
貴方も同じ道を辿る気ですか?
無言の問い掛けが、真っ直ぐ見据えてくる琥珀の瞳に宿る。
「お前にとってテオとは何だ? 敵か? それとも・・・」
「テオ・マクドールは私の父です。それ以外の何者でもない」
「憎んではいないのか。間違いと解っていても陛下に尽くした父親を」
「父は父、私は私。それだけです」
淡々とした答えにふっと目元を和らげたカシム・ハジルは、鞘ごと剣を床に置きながら天流の前に膝をついた。
「帝国五将軍の一人カシム・ハジル、ここに降伏を宣言し、以降解放軍軍主、天流・マクドール殿にこの命を預ける」
張り詰めていた空気がその瞬間、潮が引くように消え去った。
こうして、解放軍はモラビア城の無血開城に成功したのである。
■■■■■
凱旋した解放軍は、またさらに兵力を増していた。
制圧した城や砦などに管理のために残る者も多いのだが、それでもトラン城にすら入りきらず、周辺の町や村の宿に泊まる者やテントを張って野営する者も多い。
当然のことながら湖上の城には人が満ち溢れている。
「何、この騒々しさは」
呆れた声で厭味にしか聞こえない台詞を吐いたのはルックだ。
トラン城に帰還してすぐに石板の小部屋にやって来た天流に向けられた第一声がそれだった。
石板に刻まれた名前を確認していた天流は、ルックの言葉を咎めるわけでもなく穏やかに返す。
「仲間が増えるというのは良いことだよ」
石板から顔を上げて向き合うと、不機嫌そうな顔があった。
階下の喧騒はこの部屋にまで届き、静けさを好むルックにとっては不快極まりないようだ。
「もうすぐ終わるから、我慢して」
そう言って天流はルックの頭を撫でた。
出会った時より確かに背が伸びたルックだが、それでもまだ天流よりは少しだけ低い。
明らかな子供扱いに眉間の皺が深くなる。
微かに苦笑を湛え、天流は出口に向かった。
「どこ行くの?」
「これから会議なんだ」
「ふうん」
興味なさそうな口調だが、ルックは天流だけはよく気に掛ける。
これが他の者であれば部屋に入った時点で「出て行け」オーラを惜しげも無く発する上、話しかけるなどまず有り得ない。
それを解っているのかいないのか、天流はルックを振り返るとふわりと微笑んだ。
「また後で」
「ああ」
天流が去った後の小部屋には、変わらず外の喧騒が耳につく。それは天流がいなくなったことによって、さらに鬱陶しく感じられた。
――もうすぐ終わるから、我慢して。
あの言葉は、近いうちにこの戦いは終わるという意味だろう。
静かな日々を取り戻せるなら歓迎すべきことだ。
だが、同時に今まで考えもしなかったことが頭をよぎる。
この戦いが終わったら、彼は、そして自分は―――?
いや、自分のことは解っている。
またレックナートとの生活に戻るだけだ。
人間の世界から隔離された遠い場所で、平穏な日常を送るだけ。
(ティルは、どうするんだろう・・・)
訊きたいけれど訊けない。
そんなもどかしい疑問が渦巻く。
天流が広間に入ると、すでに解放軍の主立った者達が顔を揃えていた。
軍主の入室と共にさっそくこれからのことが話し合われる。
帝国軍の情勢。残るは帝都グレッグミンスターとそれを守るシャサラザード、クワバの城塞のみ。
帝国将軍も三人が解放軍の傘下に入り、最強と謳われたマクドール将軍はこの世にいない。
帝国から寝返る兵や、各地で蜂起した義勇兵、身分や種族を超えて集う仲間達の数は日を追う毎に増え続け、解放軍の兵力は帝都に残る帝国軍本隊にも匹敵するものとなりつつある。
「ティエン殿、現在我々は帝国領のほとんどを解放し、帝国首都部を残すのみになりました」
マッシュの言葉に天流は手にした書類に目を通しながら頷いた。
モラビア城での勝利の余韻か、士気の上がる幹部達からは帝都に攻めようと意気込む声が上がる。
「帝都に入るには、アイン・ジード殿の守るクワバの城塞か、水上からならソニア・シューレン殿が守る水上砦シャサラザードを落とさなければなりません」
「ここはクワバの城塞を攻めるべきだな。こちらはシャサラザードを攻めるだけの船を用意できない」
レパントの意見に周囲は同意するように頷く。
次の目的地はクワバの城塞と決まりかけたかに思えた。
「向こうもそう考えるな」
「おそらく」
ざわめく室内に、静かながらも誰もの耳に届く澄んだ声が流れた。
たった一言で周囲に静寂を呼ぶ存在感は流石というべきか。
話は軍主と軍師が交わした視線だけですべてが決まったようだ。
「船のことはお任せ下さい。明日までに500の船を用意してみせます」
「500の船!」
軍師の口から出たとんでもない言葉に、静まっていた室内が再びどよめきに包まれた。
現在解放軍が所有する船の数など、マッシュが口にした数の20分の1程度があるかないかというほどだ。いったいどうやって数十倍もの数に増やすつもりなのか。
誰もが目を丸くして互いの顔を見合わせては、軍主や軍師に驚きの視線を注ぐ。
しかし、固い信頼で結ばれた二人は周囲の動揺など気にする様子も無く、どんどんと事を進めてゆく。
「解った。準備に取りかかってくれ」
「ありがとうございます。必ず約束を果たしてみせます。明朝をお楽しみに」
分厚い書類を手に優雅に身を翻す軍主に、これまた慇懃に頭を下げる軍師。
まるで宮廷の貴族のやり取りそのままの風雅なシーンである。
軍主が退室した後、不満の声などは一切上がらなかった。
歴戦の帝国将軍達ですら、軍主と軍師の決断に口を挟もうとは思わないらしい。
彼等の二人への信頼の厚さには、当初より解放軍に身を置いていたビクトールやフリックなどは、ただただ感心するよりなかった。
会議を終えて広間を出た天流を待っていたのはクレオだった。
「お疲れ様です」
「うん。ありがとう」
ふと思い立ったかのように天流は手にした書類をクレオに手渡し、自室とは違う方向に足を向けた。
「少し風に当たってくる。悪いけどその書類、部屋に置いておいて」
「解りました」
頷いて少し躊躇う素振りを見せたクレオは、階段に向かう天流を遠慮がちに呼び止めた。
顔だけを向けた天流は、不安に揺れるクレオの言葉を待つ。
「シャサラザードを・・・攻められるのですね・・・?」
クレオが言わんとすることを瞬時に理解し、気遣わしげに目を細めた天流は静かに頷いた。
天流の目の前に歩み寄ったクレオは、穏やかな笑顔を見せた。
「私は、いつでも坊ちゃんの傍にいますからね」
「・・・うん」
嬉しそうに、そして哀しそうに天流は微笑んだ。
屋上に出た天流は、片隅に佇む一人の青年を視界に捕らえた。
同時に彼の方も天流に気付き、ゆっくりと近付いて来る。
「クライブ、今日はありがとう」
まず口を開いたのは天流だった。
クライブは「いや」とだけ答えると、黙って天流を見つめる。
「お前、帝国将軍と知り合いなのか」
僅かな沈黙の後、そう問うた。
モラビア城に共に忍び込んだ彼は、カシム・ハジルと天流のやり取りを全て見ていた。
仲間になって間もない彼は解放軍の事情など風の噂程度しか把握していないらしく、天流について何も知らないようだ。
このような情勢にあって、彼のような人間は新鮮だった。
「僕は帝国将軍の一人の息子だからね」
「そうか」
納得したように頷く。
彼は何も訊こうとはしない。
何故、帝国将軍の子息でありながら帝国を裏切ったのかとも、何故、解放軍のリーダーなどしているのかとも。
当然のように浮かぶはずの疑問は、その態度にも声音にも表れない。
彼にとってはどうでもいいことなのだろう。
それが天流にはどこか嬉しかった。
クライブは疑問を発しない代わりに天流の頭を撫でた。つい先ほど、天流がルックにしたように。
「それは辛いな」
意外な言葉に瞠目する。
彼が自分を見る目が、子供を心配する大人のそれであることに気付くと、ふっと口元が自然と笑みを浮かべた。
「シャサラザードを落とせばグレッグミンスターへの道が開かれる。王都の周辺には町や村も多い。クライブが探す人の情報も得られるかも知れない」
「ああ」
クライブが誰かを捜し求めて旅を続けているということは、出会ったその時に聞いていた。
解放軍に力を貸すことにしたのも、多くの者が集まる場所で少しでも情報を得られればと思ったからだ。
「ここにいる間、俺はお前に力を貸そう」
そう言って、クライブは端正な顔に笑みを浮かべた。
互いの利益のための契約だったが、紛れも無く二人の間には互いへの好意が存在した。
心に渦巻く複雑な心境を整理しようと訪れた屋上で、思い掛けない穏やかな会話を交わせた天流は少し軽くなった気分のまま自室に戻った。
そこで待っていたのは寝台に腰掛けて本を読むルックだ。
天流が部屋に入ると、読んでいた本をパタンと綴じて寝台から腰を上げる。
二人が何か言葉を交わす前に、扉がノックされて応答するとすぐにシーナが顔を出した。
天流を見て笑顔を浮かべたが、ルックを見ると途端に怒りを露にする。
「お前、また勝手に部屋に上がり込んでたのかよ!」
「何。何か文句ある?」
「あるに決まってんだろ! いつもいつも天流の部屋ででかい顔しやがって!!」
自分は天流が帰るまで何度も部屋に足を運ぶというのに、ルックは部屋に天流が居ようが居まいが勝手に上がり込んで寝台を椅子代わりに勝手に天流の本を開いて、我が物顔で部屋を使っているなんて悔しくて仕方が無い。
飽きることなく繰り返される二人の応酬。
そんな日常の風景を見つめる天流は、毎度のこととはいえ二人の喧嘩の発端にはいつも首を傾げてしまう。
何故この二人は些細なことをこんな大事(おおごと)にしてしまうのか。
同じような争いが起きた時、一度天流は「僕は気にしてないから」とシーナに言ったことがあった。
それに対してルックは「それ見たことか」と言わんばかりに鼻を鳴らし、シーナは「そんな甘い態度だからこのガキが付け上がるんだよ!!」と烈火の如く怒ったのだ。
事実、天流はルックが勝手に部屋に入ることを気にしてはいなかった。
というのも、数年前から当たり前のことになっていたからだ。
それはもちろん天流の親友、テッドのことである。
ルックがテッドと同じような行動を取っていることは、微笑ましく思いこそすれ怒りは感じない。
ただ、それを口にすれば今度はルックが怒ってしまうと解っているので、天流の胸のうちに隠されたのだが。
まだ収まらない毒舌の応酬に辟易しながら、開け放たれた扉を閉めようと近付いた天流は、入り口に置かれた物に動きを止めた。
「シーナ、これは何?」
天流の声が聞こえるとすぐにルックとシーナは減らず口を噤んだ。
そして天流が指差す物に視線をやり、シーナは思い出したかのように「あ、そうそう」と言いながら駆け寄る。
「これ、甲冑」
見れば解る。
とは天流は口にしなかった。
しかし、確かに天流の目にはそれは甲冑以外の何物にも映ってはいない。
「うん、それで?」
「頼まれたんだよ。お前に届けるようにって鍛冶屋のおっさん達から」
言われて天流は城の一角で鍛冶業を営む師弟関係の五人集を思い浮かべる。
シーナは甲冑を持ち上げると部屋の中に入れた。
「戦争が近いんだろ。これさ、鍛冶屋のおっさん達がお前のためにって作った特別製だってさ」
特別性と言われて、天流は感心したように甲冑を見た。
白を基調に赤や金、紫などの装飾が丁寧にそして繊細に施されている。高貴ながらも決して華美ではなく、どれほどの手と暇を掛けたのか容易には窺い知れない。
触れてみると、如何に素晴らしいものかが解った。
甲冑と言えば固くて重いものを想像するが、これはまるで厚めの服と言っても良い程軽く柔らかい。
動きやすく、邪魔にならない作りは力よりも素早さと技を重視する天流には御誂え向きだ。
「何か、ジーンさんも手を加えたって言ってたぞ」
「?」
宿星の一人である紋章師の女性の名が出て、天流は不思議そうな顔をする。
その疑問を解決したのはルックだ。
「紋章の力が宿ってる。紋章攻撃にも物理攻撃にも強く出来てるね」
確かめるように甲冑を見つめると、控えめに、だがはっきりと解放軍の紋章が入れられていることに気が付く。
この1体の甲冑にはたくさんの人達の天流への想いが込められていた。
「後で、皆に御礼を言わないとね」
穏やかに呟いた天流の表情は、まるで日溜りのようだ。
嬉しそうな天流の様子にシーナは満面の笑顔になり、ルックも先ほどまでの険しさを消し去った。
「親父がさ、大きな戦いになるって言ってたけど、今度はどこを攻めるんだ?」
シーナの問い掛けに天流の雰囲気が一変する。
「水上砦シャサラザード。帝国将軍の一人、ソニア・シューレン殿が守る場所だ」
「ソニア・シューレンて、美人て聞いたけど本当?」
これまで帝国将軍だった者すべてと面識があった天流だ。ソニア・シューレンとも知り合いだろうかと思って、問い掛けた。
天流の固い声に気づきながらも、シーナはいつもの姿勢を崩さない。
そんなシーナに、天流はほんの少し空気を和らげた。
「うん。綺麗な人だよ。だけどとても強い。厳しい戦いになると思う」
「そりゃ怖いな。今の解放軍でも苦戦するのか?」
「今までとは、少し違うんだ」
「水上戦だから?」
「それもある」
そう言った後の沈黙は永遠にも感じられた。
シーナとルックは、甲冑に視線を落としたまま微動だにしない天流の続く言葉を黙って待った。
「ソニアさんは・・・いずれ母上となったかも知れない人なんだ・・・」
天流の語調にはいつもの明瞭さはなく、くぐもって聞こえた。
back next
ソニアさんは名前だけでした(おや?)。
今回はクライブと坊ちゃんは仲良しというくだりを書きたかっただけです(笑)。
甲冑については、戦場であの軽装備はないだろうと思って出しました。
イメージとしてはCLA●Pさんが描かれた「創●伝」の年少組の格好です(笑)。
次回は坊ちゃんを巡って色々と悶着が起きそうです。
|