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第2章『光の精霊』
3.ジャドからの脱出
夢を見ていた。
マナが失われゆく聖域の姿を――・・・
マナの樹が枯れていく現実を――・・・
なす術もなくそれを見守っていた弱さを――・・・
それではいけない。
行動を起こさなくては。
だけど――・・・
聖都ウェンデルの光の司祭。
その人ならこの危機を救ってくれる。
救う知恵を授けてくれる。
希望が持てる。
マナの樹の根元には秘宝がある。
希望は、失われてはいない。
夢を見ていた。
マナの聖域を出る時を――・・・
一所懸命に飛んだことを――・・・
苦しくても頑張れた強さを――・・・
希望があったから。
だから頑張れた。
だけど――・・・
ウェンデルには着けなかった。
だけど彼に出会った。彼女に出会った。
力を与えてくれる。
希望が持てる。
彼と、彼女と共に行こう。
大丈夫、まだ頑張れる。
そして、夢を見る―――・・・・・・。
■■■■■
ふと目を覚ましたホークアイは、自分の置かれた状況をすぐには理解できなかった。
どうやら自分が居るのは牢屋の中らしい。
彼は、もしかして今までのことは夢だったのかという不安に駆られた。
(ここは、ナバールの地下牢なのか?)
では、これまでのことは牢の中で見た夢?
フェアリーやマナ、仲間との出会いも全てが幻?
あの、長い金髪と澄んだ瞳を持つ少女との出会いも?
(まさか!)
瞬間、ホークアイの意識ははっきりと目覚め、ここはナバールの牢屋でないことが解った。
では、ここはどこだろう。
目眩のする頭を押さえて彼は立ち上がり、
「おーい、誰かいないのか?」
静まり返った牢内にホークアイの声が木霊する。
だが、それに応える声はない。
「ちっ、また牢屋か。よほど相性が良いらしいな」
毒づきながらホークアイは懐に手をやって針金を取り出し、閉ざされた牢屋の鉄格子の鍵穴にそれを差し込んだ。
カチッという軽い音を立てて鍵は外れた。
「ふん、この程度の鍵で俺を閉じ込めようなんざ、百年早いぜ」
だが、牢屋から出られたはいいが、武器は取り上げられ、デュラン達の姿もない。
「うーん、デュラン達も牢屋に入れられているんだろうが、いったいどこに? おーいフェアリー、解らないかい?」
ホークアイの呼びかけに応え、黒いフェアリーが姿を現す。
〈えーと、一番近い所にリースがいるわ〉
「本当か? どこだ?」
ホークアイはフェアリーの指示に従って、暗い通路を進む。
いくつもの牢屋が整列し、その一つの牢の中にリースが倒れているのが見えてホークアイは慌てて駆け寄った。
「リース!」
呼びかけにリースは応えない。
ホークアイは急いでリースの閉じ込められている牢屋の鍵を開け、中に入ってリースを抱き起こした。
「リース、大丈夫か? しっかりしろ」
ホークアイに揺さぶられ、リースはうっすらと目を開けた。
「あ・・・、ホーク、アイ・・・さん?」
消え入りそうなか細い声だったが、ホークアイは安堵の微笑みを浮かべた。
「大丈夫か?」
「私・・・いったい・・・?」
目覚めたばかりのホークアイがそうだったように、リースも混乱しているようだ。
そんなリースにホークアイは優しい声音で話し掛ける。
「どうやらあれから獣人達に捕まったようだ。デュラン達もどこかにいるはずなんだが・・・。立てるか?」
「はい・・・」
少しずつ状況を理解し始めたリースは、ホークアイの腕に抱かれている事実に赤くなる。
恥ずかしくて慌てて立ち上がろうとして目が眩み、すかさず伸びてきたホークアイの腕に支えられる。
「いきなり立とうとしちゃ駄目だ」
叱咤するような口調で咎められ、リースはさらに赤くなった。
「ご、ごめんなさい・・・」
リースの戸惑いを知ってか知らずか、ホークアイはリースが立ち上がるのに手を貸して、彼女の手をしっかりと握ったまま歩き出す。
しかし、牢を出た所で立ち止まり、困ったような表情でリースを振り返った。
「あのさ・・・」
「はい?」
「橋でのこと、ごめんな」
「え?」
不思議そうに見つめてくるリースの瞳から目を逸らして、ホークアイは申し訳なさそうに言葉を続ける。
「リースは別に俺達と距離を置いてるわけじゃないんだろ? それがリースの性分なんだよな? 俺さ、いろんなことで焦ってたから、つい君にきついこと言ってしまって・・・。反省してる」
「そ、そんなこと」
リースはどう言っていいのか解らず戸惑った。
まさかいきなり謝罪されるとは思わなかった。
そんなリースを見て、ホークアイは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「と、これを言っておきたかったんだ。許してくれる?」
「許すなんて・・・。ホークアイさんは何も悪くないです」
「じゃ、お互い忘れようぜ。な?」
そう言ってにっこりと微笑まれ、リースは真っ赤になった。
「は、はい・・・」
ここが薄暗い地下であることを彼女は感謝した。
真っ赤になった顔を見られずに済んだのだから。
「あ、ホークアイさん、身体は大丈夫ですか?」
ふいに顔色を変えてリースが問いかける。
だがホークアイは平然とした顔で、
「別に何ともないよ」
「本当ですか? あの、助けて頂いて有難うございます」
心配そうな表情で礼を言うリースを見て、ホークアイは苦笑した。
彼は橋から落ちる時に、咄嗟にリースを庇って落ちたのだ。
リースもそれに気付いていたからこそ、彼の容態がひどく気掛かりだった。
だが、ホークアイに後悔する気などなかった。
それどころか、嬉しくさえ思う。
リースが無事だというその事実が・・・。
■■■■■
地下牢の中で目覚めたデュランは、武器も無く仲間とも引き離された状況に、どうしたものかと思案していた。
すると、少し離れた場所から人の声が聞こえてきた。
「もー、何なのよ! ここから出しなさいよっ! ちょっと、誰かいないのーっ!?」
聞き覚えのある声に、デュランは鉄格子の隙間から外を身やる。
しかし、声は聞こえても姿を見ることはできず、彼は声を張り上げた。
「アンジェラ! アンジェラだろ? 聞こえるか?」
一拍ほどの間があって、すぐに嬉しそうな声が返ってきた。
「デュラン? デュランなの? 本当に?」
その声を聞いて、デュランは思わず口元を綻ばせる。
「ああ、俺だ。大丈夫か?」
「それはこっちの台詞よ。デュランこそ平気? 私達高い所から落ちたんでしょ? デュランてば咄嗟に私を庇ったじゃない。怪我とかしてない?」
「俺はそんなヤワじゃねえよ」
冗談めいた口調の中に温かさが混じる。
確かに所々身体が痛むが、どこか満足感があった。
アンジェラを護った自分が何故か誇りに思える。
「そう? でも無理しないでよ? ああん、もう、デュランの姿が見えないよ。ねえ、そこにいるよね?」
不安そうなアンジェラの声に、デュランの中に彼女を護ってやりたいという思いが溢れる。
「いるよ。ところで、ここにはどうやら俺達二人しかいないみたいだな。他の連中はどうしたかな」
「それもそうよね。無事だといいんだけど・・・」
「無事だよ。ご心配どうも」
突然どこからともなく割り込んできた声に、デュランもアンジェラも思いっきり驚愕した。
「何よ、脅かさないでよ、ホークアイ!!」
「ごめんごめん」
苦笑交じりに謝りながら、闇の中からホークアイと、その後ろからリースがデュランの前に姿を現す。
「ホークアイ、リース。お前ら牢に入れられてたんじゃないのか?」
不思議そうにデュランが問うと、ホークアイは片手で前髪をはらりと払い、
「フッ、俺にかかればあんな鍵、ちょちょいのホイってなもんよ!」
ケラケラと笑うホークアイの言葉に、デュランはわけが解らないと首を傾げる。
「待ってなよ、お二人さん。すぐに出してやるから。二人だけの時間を邪魔して悪かったね」
そう言われた二人の反応は正反対だった。
「な、何を言いやがるっ!」
と、真っ赤になって怒鳴ったのはデュラン。
「まったくだわ」
と、迷惑そうに言い放ったのはアンジェラ。
二人の性格の違いが見事に現れた反応だった。
ホークアイはまずデュランの牢屋の鍵を開けた。
あっさりと開いたそれに、デュランは感嘆の声を漏らす。
「へえー、すげえな、お前」
「いやあ、もっと褒めていいんだよ、デュラン君。はっはっは」
「・・・・・・」
デュランの据わった瞳がもう言わないと語る。
「ちょっとそこの鼠小僧! こっちの鍵も早く開けなさいよっ!」
焦れたようなアンジェラの声が響き、ホークアイは顔を顰めた。
「ね・・・鼠小僧? せめて君、華麗なる怪盗とか、夜のアーティストとか・・・」
「コソドロって言われたいの?」
「・・・・・・」
ホークアイは沈黙して、アンジェラの牢屋の鍵を開けた。
開くと同時にアンジェラはデュランに駆け寄る。
「デュラン!」
喜びに輝く笑顔を向けられ、デュランの頬が赤く染まった。
「ところで、ケヴィンさんとシャルロットちゃんはどこでしょう?」
「あ、そうだった」
リースの言葉に現実に引き戻され、四人はこの場に居ない二人を探して歩き出した。
「俺達はここと隔てて隣側の牢部屋にいたから、ケヴィン達もそう遠くには居ないだろうぜ」
そう言いながらホークアイは壁際に行って、見付けた扉の鍵を開く。
「この先にいるかも」
扉が重い音を立てて開き・・・
「うあ―――――んっっ!!!」
「うわあっ!」
怒涛のように流れ込んできた子供の泣き声に、ホークアイは思わず後ずさって扉をガチャンと閉めた。
「な、何だっ、今のはっ」
デュランも驚きのあまり逃げ腰になってホークアイに訊く。
「お、俺が、知るかっ」
ホークアイの答えももっともである。
「シャルロットじゃない?」
「きっとそうです。暗闇を怖がって泣いているんですよ。皆さん、早く行ってあげましょう」
リースの言葉にデュランとホークアイは顔を見合わせ、
「あの泣き声の洪水の中に?」
「当たり前でしょ。ほら、行くわよ」
さすがに女性陣は平然としたもので、牢内に響き渡る音の洪水の中を躊躇せずに歩いて行く。
その後ろからは両手で硬く耳をふさいでデュランとホークアイが続いた。
甲高い泣き声は壁に反響を繰り返して牢内を埋め尽くし、耳を塞いでも尚鼓膜に届く。
前を歩くアンジェラとリースがふいに立ち止まって何かを言った。
声は泣き声に掻き消されて届かないが、その口は「いたわ」という風に動いただろうか。
確かに二人が立ち止まった牢の中には、騒音の発生源シャルロットがいる。
「シャルロット!」
「シャルロットちゃん!」
声を張り上げて呼ぶ二人の声が届いたのか、ふと音の洪水が途絶える。
「アンジェラしゃんっ! リースしゃーんっ!!」
涙に濡れたシャルロットの空色の瞳が、アンジェラ達の姿を映す。
「ホークアイさん、お願いします」
「あ、は、はいはい」
騒音に当てられて痛む頭を押さえて、ホークアイは牢屋の鍵を開けた。
その鍵開けの作業が、今までの中で一番手間取ったというのは言うまでもない。
牢が開けられると、シャルロットは勢い良く飛び出してリースにしがみ付く。
「うわーんっ! こわかったでちーっ!!」
「もう大丈夫ですよ」
泣きじゃくるシャルロットを、リースの手が優しく撫でて慰める。
「シャルロット、ケヴィンはここにいないの?」
アンジェラが問う声も優しく、その手はシャルロットの頭を撫でる。
シャルロットはしゃくり上げながら答えた。
「わ、わかんない、でち」
デュランとホークアイは一様に、いたとしてもシャルロットの大泣きの中で失神してるのではないかと思ったが、女性陣を敵に回すその言葉を口に出そうとはしなかった。
「ねえ、ケヴィンって獣人よね。だったらさ、私達とは違う扱いを受けてるかもよ」
その言葉に全員がハッとして、シャルロットの絶叫が響き渡る。
「ええぇーっっ! ケヴィンしゃんてば、じゅーじんなんでちかあーっっ!?」
そう言えばシャルロットだけは知らされていなかったか。
そんなことを考えていると、ふと微かな金属音が聞こえて、デュランとホークアイはアンジェラ達三人を背後に庇って身構えた。
ややあって薄闇の中金属音を立てて近付く者の姿が現れると、デュラン達は毒気を抜かれて力が萎えるのを感じた。
「あれ? 皆、どうやって牢屋抜け出したの?」
目を丸くしてそう問いかけたのは、デュラン達の武器を両手に抱え込んで、危うい足取りで歩み寄るケヴィンその人だった。
「ケヴィン・・・、お前こそどうして?」
「オイラ、残ってる何人かの獣人達眠らせて、皆の武器持って来た」
獣人王の息子であるケヴィンは、彼を牢屋に入れることを躊躇っていた獣人達を上手く欺いて、取り上げられたデュラン達の武器を持って彼らを助けようと思ったのだ。
こうして、ここに再び六人が集まった。
「ここ、城塞都市ジャドの地下牢。気絶したオイラ達、運ばれて来た。もう皆大丈夫か? オイラは平気」
「ああ、平気だ。早いとここんな所出よう」
「港に行けば船があるかも知れないぜ!」
ケヴィンの持って来てくれた武器を装備し、デュラン達は駆け出した。
日が暮れたジャドの街には人の姿も明かりも今は無く、時折狂暴化した獣人達が牙を剥いて来るものの、彼らはほとんどダメージを受けることなく港に辿り着いた。
そこにはただ一隻だけ船があり、駆けて来るデュラン達に気付いた船乗り達が急かすように声を掛けてきた。
「おーい! これが最後の船だ! 早く乗れっ!」
「ラッキーだな! あれに乗れば脱出できる!」
喜びの声を上げ、デュラン達六人は出港間近のその船に飛び乗った。
その直後に、船は港を離れていった。
明かりのないジャドの街が、見る間に夜の闇に包まれる様を後にして、デュラン達や逃げ出したジャドの市民を乗せた船は一路、自由都市マイアに向かって進んで行く。
そして、デュラン達は目指す。
草原の王国フォルセナを―――・・・・・・。
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04.6.20.UP
ホークアイが盗賊らしい一面を見せる話(苦笑)。
リースはホークアイに惹かれているというより、護られることに慣れてないので戸惑ってる感じです。
次回よりフォルセナ編です♪
いまいち影が薄くなりがちなリーダー、デュランが活躍・・・できると思うのですが(汗)。
1番影が薄いのはケヴィンですけど・・・(汗)
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