第3章『草原の王国』

1.フォルセナの危機


自由都市マイア。
城塞都市ジャドから遥か西方、フォルセナとウェンデルの中間に位置する自由な気質に溢れるその都市に、デュラン、アンジェラ、ケヴィン、シャルロット、ホークアイ、リースの六人は降り立った。

船でマイアに向かっている間に夜が明けて、今はもう昼間近だ。
彼らはこの日はもう疲れを癒すことを決めて、宿を取って休むこととなった。

しかし、男性陣はまだ元気が残っているのか、アンジェラ達女性陣を宿屋に残して町に繰り出して行った。


「げんきでちね、おとこのひとたちってのは」
宿屋の一室で上着や靴を脱ぎ捨てたシャルロットは、ベッドに飛び乗ってそうぼやいた。
「まったくだわ。私なんてもうくたくたよ」
疲れた声でそう言うアンジェラは、防具を脱いで鏡台の前で髪を梳かしている。
二人の会話に苦笑を浮かべるリースは、ショルダーガードとヴァンプレースを外しているだけだったが、それでも雰囲気がかなり変わって、とても槍を自在に操って戦う女戦士には見えない。


「と・こ・ろ・でえ〜」
何やらシャルロットがにやにやと笑いながら、アンジェラに擦り寄ってきた。
「何よ? 気持ち悪いわね」
「くふふふ、アンジェラしゃんて、じつはデュランしゃんのこと、スキでちね?」
いきなり核心を突く質問をされたアンジェラだったが、彼女は微塵も動じない。
「そうよ。それがどうしたの?」
あっさりと肯定され、シャルロットは一瞬茫然となった。
まさかこうも恥ずかしげもなく答えられるとは思っていなかったのだろう。

こうなったら、とでも言うように矛先はすぐさまリースに向けられる。
「リースしゃんはホークアイしゃんと、いいふんいきでちたね?」
リースは言われたことの意味をすぐには理解できず、
「・・・雰囲気・・・ですか?」
「つまりでちね〜、リースしゃんはホークアイしゃんが、ズバリ! スキでちょ?」
こんな風に問われて「はい、好きですよ」と答えられるほど、ある意味で鈍感な、ある意味で開けっ広げな返答はリースにはできず、赤くなってうろたえた。
「えっ? あのっ、それって、つまり・・・」
仲間としての『好き』なのか、それとも異性としての『好き』なのか。
どちらの意味で問われたのだろう。

困惑するリースにアンジェラが助け舟を出す。
「そう言うシャルロットはどうなの?」
「ほえ?」
きょとんと問い返すシャルロットに、今度はアンジェラが人の悪そうな笑みを浮かべる。
「私とデュラン、リースとホークアイがペアになるなら、あんたは残ったケヴィンとでしょ? 滝の洞窟では随分仲が良かったじゃない? 実際どうなのよ?」
「なっ、なにをいってんでちかっ! だいたいシャルロットにはヒースがいまち! だれがすきこのんでっ!」
「え〜? あんたケヴィンのこと嫌いなのぉ? あんなに可愛いのに」

黙って二人の言い合う様子を見ていたリースは、ケヴィンに『可愛い』という形容詞が果たして当てはまるのかと悩んだ。
確かに素直な性格は可愛いと言えないでもないが・・・。

「じゃあ、ケヴィンのことどう思ってんの?」
さらに問い詰めるアンジェラ。
シャルロットは圧されながらも懸命に言葉を探して、



「ケヴィンしゃんは、シャルロットの・・・し、しもべでちっっ!!!





―――――沈黙





あはははははははははっっ!!


弾けたようにアンジェラが笑い出す。
見ればリースも口元を手で覆って、笑いを堪えているようだ。

「なっ、なんでちかっ!」
真っ赤になって怒るシャルロット。
だがアンジェラは、そんなシャルロットのことなど眼中にないように腹を抱えて笑い転げ、しばらく宿屋にはアンジェラの爆笑する声が響き渡っていた。



ようやく笑いが治まる頃、アンジェラは目に滲む涙を拭いながら、恨めしそうに睨むシャルロットを見やる。
「そっかあ、下僕とはねえ」
笑いを含んだ声音で、シャルロットの言葉を繰り返す。
「そ、そうでちっ!」
取り消そうにも、もう口を出てしまった言葉は取り戻せない。
シャルロットは可愛らしい顔立ちを悔しげに真っ赤に染め、唇をへの字に歪めた。


それから、デュラン達が帰って来るまでの数時間、未だに笑いが消えないでいるアンジェラとリースは、シャルロットを見ては時折小さく思い出し笑いをしていた。

ずっとシャルロットが不機嫌だったのは言うまでもない。





■■■■■





「どうしたんだ?」

夕食時、宿屋に帰って来たデュラン達は食堂で待っていたアンジェラ達三人の様子を見て、不思議そうにそう問いかけた。

アンジェラとリースに特に変わった印象は受けないが、シャルロットがやたらと不機嫌そうだ。
それに、ケヴィンを見てアンジェラとリースの二人が突然吹き出したことも気に掛かる。

「あ、なんでもないのよ。気にしないで」
明らかに笑いを押し殺したようなアンジェラの口調だ。
そしてますます眉間に皺を寄せるシャルロット。
そのシャルロットにケヴィンが近付く。
「シャルロット? どうした? 具合でも悪いのか?」
「べつになんでもないでち!」
不機嫌に言い放つシャルロットに、ケヴィンは心配そうな表情となる。
「おなか痛いか? 眠いのか? それともトイレ?」
「あ・・・あんたしゃん・・・」
シャルロットの低い声と同時に、アンジェラとリースが吹き出す。

どう見てもケヴィンはシャルロットを子供扱いしている。
かたや下僕扱い、かたや子供扱いの二人の関係は何とも面白い。

一向に事情を飲み込めない男性陣は、ひたすら困惑していた。
アンジェラとリースは何とか笑いを堪え、
「なっ、何も、ないわっ。そっ、それよりさ、夕食、食べましょっ」

いささか納得できなかったのだが、各々席に着いた。

長方形の木のテーブルに壁際の席にアンジェラとリースが並んで腰を掛け、向かってケヴィンとデュランが並び、アンジェラとケヴィンの挟まれる位置にシャルロット、その向かいにホークアイというふうに全員が席に着く。

落ち着いたところでホークアイが斜め前のリースに視線をやって微笑んだ。
「これはこれは、ショルダーガードとヴァンプレースを外すとこんなに無防備になるんだな」
魅力的な微笑みを湛えてとんでもない台詞を吐かれ、リースが赤面し、デュランがホークアイに肘鉄を食らわせた。
「いって〜っ! デュラン、お前俺に何か恨みあるのか?」
「やかましい、この阿呆」
「ひどいなあ。俺は正直な感想を述べただけなのにさ」
悪びれずに言うホークアイを見るデュランの目が据わる。
「口を縫ったろか・・・」
「まあまあ、デュラン。いいじゃないの、別に」
軽い調子でアンジェラがデュランを諌める。
「そうだよ。俺は単に可愛い姿だと思ったんだよ。似合うぜ、リース。その方がいいよ」
そう言ってまたホークアイはリースに微笑んでみせた。
リースはこの場から逃げ出したい衝動に駆られ、助けを求めるようにアンジェラの方に身体をずらす。
そんなリースを励ますように、アンジェラはその肩を軽く叩いた。
「ほらほら、そんなに怯えなくていいから」
「アンジェラさん・・・」
困り果てたリースの様子に、ホークアイは肩を竦めた。
だが、その時ちょうど料理が運ばれてきたので、リースは逃げ出さずに済んだのだった。





「・・・さて、ところでだ。俺達ずっと町の中歩いて、色々訊いて回ったんだけどさ」

いきなり真剣な口調でデュランが話し始め、アンジェラとリースは食事の手を止めた。
デュランはそんな二人に気付いて、
「ああ、食いながら聞いてくれ」
そして、引き継ぐようにホークアイがシャルロットをちらっと見やって話しだした。
「まずは光の司祭のことなんだが、噂によると命懸けで結界を張って獣人達が聖都ウェンデルに攻め込むのを防いだそうだ。ところが、司祭はそのために不治の病に掛かって倒れてしまったらしい」

カチャン

シャルロットがフォークを取り落とした音が響く。

「・・・・・・え?」
信じられないというように聞き返してくるシャルロットに、ホークアイは真剣な瞳を向ける。
「残念だが、本当のことだ」
光の司祭が使った術は、禁じられた呪術だ。
あまりの力の強さ故に封じられ、術を使った者には呪いが降り掛かり、その命を奪う。

ふと気付けば、全員の視線がシャルロットに集まっていた。
シャルロットは動揺して震える手を握り締める。
「そ、そんな! おじいちゃんが? たっ、たいへんでちっ、すぐもどらないと!」
叫ぶように言って慌てて立ち上がったシャルロットの手を、アンジェラが素早く掴んだ。
「シャルロット、今あんたが戻ったってどうにもならないんじゃないの? 私達は光の司祭さんのためにも少しでも早く『マナの秘宝』を手に入れなきゃ」

確かにアンジェラの言う通りだ。
今のシャルロットには光の司祭を助けることはできない。
おそらく、高位の神官ヒースでないと・・・。

シャルロットは悔しそうに唇を噛んで俯く。
大切な人を助けられない自分の弱さに腹が立った。
悔しさのあまり大きな瞳に涙を浮かべるシャルロットに、アンジェラは声を柔らかくして言葉を続けた。
「ちょっと冷たい言い方だったかしら? ごめんね。でもあんたが本当におじいちゃんを助けたいんだったら解るでしょ? さあ、涙を拭いて・・・」
「うぅ・・・おじいちゃん・・・」
クスンとしゃくり上げ、シャルロットはアンジェラに頷いてみせて静かに椅子に座り直した。


「嫌な噂はそれだけじゃないんだ」
デュランがアンジェラを見つめながら重々しく言った。
あまりに真剣な視線で見つめられ、アンジェラはどぎまぎした。
だが、デュランの話の内容はとてもときめくものではなかった。

「この先の俺の国、フォルセナに魔法王国アルテナが攻め入ろうとしているらしい。
明日は、早くに発ってフォルセナに向かおうと思う」

「アルテナが・・・?」
デュランの言葉にアンジェラは愕然とした。

母や紅蓮の魔導師、自分の国の人達が他国を攻撃する・・・?
それも、デュランの国である草原の王国フォルセナを・・・?

隣に座るリースが、アンジェラの肩に優しく手を掛けて落ち着かせようとする。
アンジェラの震える手がリースの腕を掴む。
激しい動揺のため、力を込めて掴まれて腕に鈍い痛みが走ったが、リースは何も言わずにそれを受け止めた。
「わ、私・・・、私、どうしたら・・・」
「アンジェラさん・・・」
リースは、アンジェラにどう言葉を掛けてやればいいのか解らなかった。
ただ、アンジェラの震える肩を抱いてやることしかできない。
そして、そんな自分が歯痒かった。

「アンジェラ、一緒にフォルセナに行こう。すべてはそれからだ。今日は皆ゆっくり休もう」
そう言ってデュランは中断していた食事を再開する。
アンジェラの方はとても食欲が無かったが、デュランに言われて何とか自分の分を平らげる。

食事を終えると、アンジェラとシャルロットはリースに促されて部屋に戻った。
二人ともいつもの元気はなく、短い時間で随分と憔悴しきっていた。
こんな時は彼らのうちの誰よりもリースが付いてあげた方が良いだろう。



残されたデュラン達三人の少年達は食後の一杯と称して、ケヴィンを除いた二人はワインを注文した。

「しかし、良かったのかな? いたずらに彼女達を不安にさせてしまったんじゃ?」
赤い液体の入ったグラスを揺らしながら言うホークアイの言葉に、デュランはワインを一口飲んで答える。
「仕方ないだろ。・・・事実なんだから。黙っていたらそれこそ恨まれるぜ」
「まあ、そうかもな」
「それに、アルテナがフォルセナに攻め込むとなると、英雄王様が危ない。俺はすぐにでもフォルセナに戻りたいんだが・・・」
噛み締めるようにそう言って、デュランはグラスの中身を一気に飲み干した。
空になったグラスに、ケヴィンがワインを注ぐ。
なみなみと注がれていくその様を見つめながら、ふとホークアイが口を開いた。

「思えばさ、何だか妙な縁だよな、俺達六人って・・・。魔法王国アルテナ出身のアンジェラに、そのアルテナに攻め込まれようとしている草原の王国フォルセナのデュラン。ビーストキングダムのケヴィンに、そこの獣人達に侵攻されかかった聖都ウェンデルのシャルロットか・・・」

強国と中立国が入り乱れてパーティーを組んでいるこの不思議な出会い。
そのあり得ないような偶然には、感心せずにはいられない。

「そういやそうだな。あれ? ところでお前とリースはどこから来たんだよ?」
ふとした疑問を口にしたデュランにホークアイの視線が向けられ、どこか緊張した面持ちで彼は一言呟いた。
「俺は、ナバールだ」
その言葉にデュランは思わず腰を浮かす。
「ナバールって、ナバール盗賊団かっ?」
「ああ」
静かに頷くホークアイを見て、デュランは一息ついて納得したように椅子に座り直す。
「へー、通りでお前、あんな簡単に鍵開けができたのか」
感心するデュランの隣でケヴィンは首を傾げ、
「何? ナバール盗賊団?」
地理に詳しくないケヴィンには二人の会話が解らなかったようだ。
そんな彼にデュランが説明をしてやる。
「ナバール盗賊団ってのは、ずーっと南の地の砂漠にいる集団のことさ。つまりホークアイはシーフってわけか」
デュランの言葉に頷くホークアイの瞳は暗く陰る。
「確かに俺はナバール盗賊団のシーフだったんだが・・・。今ナバールは大変なことになって・・・」

現在ではホークアイはナバールを追われ、友殺しの汚名を被せられている。
思い出されるのは親友の死と、それを笑って見つめていたあの女・・・。

ホークアイの胸に言い様のない悔しさが込み上げる。

「今や世界中が大変だよな・・・」

誰に言うでもなく呟かれたデュランの言葉。

彼らの間に沈黙だけが落ちた。


しばらくして沈黙を破ったのは、ケヴィンの不思議そうな問い掛けだった。

「それじゃ、リースはどこから来たんだ?
「あ、そう言えば・・・」
考えてみればそれは誰も知らなかった。

本人以外でリースの素性を知っているのは、五人の中ではアンジェラ唯一人だ。
だが、そんなことを知る由もない三人の少年達は、それから暫くの間首を傾げていた。





■■■■■





翌日の朝早く、デュラン達はマイアを後にした。

マイアを出てフォルセナに向かうには、黄金の街道と呼ばれる道を進み、その途中にある大地の裂け目と呼ばれる洞窟を抜けなければならない。
黄金の街道をそのまま行くと、その先には商業都市バイゼルがあるが、一刻も早くフォルセナに行きたい彼らはバイゼルには寄らず、大地の裂け目を目指す。

黄金の街道はマイアとバイゼル、フォルセナに通じる道でその名前は交易が盛んであること、夕刻には金色に輝く草があることからそう呼ばれていると言われている。
だが、そこは今やモンスター達が徘徊して、普通の人間にとってはかなり危険な場所となっていた。


その長い道程を、デュラン達は出て来るモンスターを倒しながら走った。


「確かこの辺りが大地の裂け目への入り口のはずだが・・・」
周辺の地理に一番詳しいデュランが、街道を囲む崖を見渡す。

崖沿いに進むと、確かに洞窟への入り口と思われる穴があった。


「さあ、急ごう! 大地の裂け目は一本の吊り橋で繋がっているが、滝の洞窟のような危なっかしい造りじゃないから安心しな」
努めて明るく言ったのは、ずっと落ち込んでいるアンジェラを励まそうと思ったからだろう。
シャルロットの方はもうだいぶ元気になっているが、やはりアンジェラはそう簡単に元気になるのは無理だった。


うひょーっ、ぜっけーでちーっ!

初めて目の当たりにした大地の裂け目を前に、シャルロットが感嘆の声を上げる。


大地の裂け目とは大陸を分断するが如く深く長い亀裂、まさに大地が裂けている地点だ。
その絶大な光景の中では、渓谷の両端を繋ぐ橋があまりにも頼り無く思える。

見れば、デュラン以外の全員がその光景に魅せられていた。

「おい、急げ!」
デュランが怒鳴ってメンバーを促す。
そして彼はアンジェラに近付き、
「どうだ? すごいだろ?」
「ええ、すごいわ。何か身体が震えてきちゃう!」
すっかり興奮しているアンジェラをデュランは嬉しそうに見つめ、
「元気出たか? アンジェラ、もうすぐフォルセナだ。だがお前は何も悪くない。気にするなと言う方が無理かも知れないが、こうなってしまったことはもう仕方が無いんだ。自分を責めることだけはするなよ?」
アンジェラは真剣な表情で語るデュランを凝視した後、花が咲くように笑った。
「うん。ありがと、デュラン」
デュランは口の端で微笑んで、アンジェラの笑顔を見つめる。


「お二人さん、取り込み中申し訳無いんだがね、急がないといけないんじゃないのかい?」

面白がるようなホークアイの声に、デュランはハッと我に返った。

見ると、四人共がデュランとアンジェラに注目していた。
シャルロットなどは怪しい微笑みを浮かべている。

途端に赤面するデュラン。

「あ、あ、あ、・・・さ、さあっ、行くぞっ!

慌てて駆け出すデュランに五人が続く。
誰もがその顔に笑みを浮かべていた。


橋を走り抜け、洞窟を抜けると六人の目の前に草原が広がった。

「洞窟を抜けたぞ」

「ここがモールベア高原だ」

ホークアイに答えるようにデュランが言った。


高原の先に、六人の目指す草原の王国フォルセナがある。


六人は再び駆け出した。





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04.7.20.UP


今回はデュラアン色が強い話でした。ホークアイ、何だかセクハラ発言してるし。
リースの出番が少ないなあ(苦笑)。でもリースはこれからなので♪



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