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第3章『草原の王国』
2.英雄王の助言
大地の裂け目に掛かる橋を走り抜け、洞窟を抜けたデュラン達の目の前に草原が広がる。
モールベア高原。
そこはその名の通りモールベアという、体に鋭い棘を持つ巨大なモグラが多く棲息している広大な高原である。
この高原を走り抜けると、草原の王国フォルセナへと辿り着くことができる。
デュランを先頭に、六人はフォルセナに向かって走り出した。
しかし、さすがに彼らも棘を持って回転しながら襲ってくるモールベアにはてこずった。
「うきゃあっ!」
突然、シャルロットの悲鳴が上がる。
全員が振り向くと彼女の姿はそこに無く、慌てて探すが見つからない。
「シャルロット、どこだ?」
「こらーっ、だすでちよーっっ!」
シャルロットの声は地中から聞こえた。
困惑するメンバーの中で、デュランは何かを思い当たったのか、キョロキョロと探し物をするように地面に視線を這わせる。
そして人間がニ、三人ほど入れるくらいの穴を見付けると、何を思ったかその中に顔を突っ込み、
「おーい、大丈夫か?」
「あっ、デュランしゃん、シャルロットはここでちっ。はやくだしてちょっ!」
デュランが顔を突っ込んだ穴からシャルロットの声が響く。
どうやらその中に落ちてしまったようだ。
「おい、ホークアイ。お前、腰の帯をほどけよ。それでシャルロットを引き上げよう」
「仕方ないな」
そう言ってホークアイは腰に巻いている布を解いてデュランに手渡す。
デュランは布の端を持って、もう一方の端を穴の中に落とした。
「掴まれ、シャルロット」
間もなくシャルロットは引き上げられた。
「なんなんでちか、いったいっ! なんでこんなところにアナがあるんでちっ!」
怒って喚くシャルロットにデュランは肩を竦めた。
「気を付けろよ。この高原にはまだまだあんな落とし穴がたくさんあるからな」
「んなっ!」
これにはシャルロットだけでなく、全員がギョッとした。
「あの落とし穴はモールベアが掘ったものなんだよ。高原のあちこちにあるぞ」
モールベアは一応モグラなのだから、地面に穴を掘っても別におかしくはない。
かくいうデュランも、その落とし穴に嵌まったのは一度や二度ではなかったりする。
その後六人は、落とし穴には厳重の注意を払いながら高原を進んで行った。
「もうすぐフォルセナだ」
デュランはいささか複雑な心境だった。
祖国フォルセナには紅蓮の魔導師を倒すまでは帰らないと誓ったのだが・・・。
しかし、国や国王に危険が迫っているのなら、それらを護らねばならない。
彼は誰よりも国を愛し、国王を尊敬し、家族を大切に思っている。
まだ紅蓮の魔導師には歯が立たないかも知れないが、大切なものを護るために彼は戦うことを選ぶ。
「おい、見ろよ」
ふいにホークアイが一点を指した。
全員の視線がそちらに向けられる。
「あれは!」
アンジェラが驚きの声を上げた。
彼らの視線の先、フォルセナへと続く道にアルテナの魔法使いが数人立っている。
そして、見えてきたフォルセナの街からは煙らしきものが空に向けて上がっていくのが見える。
「どうやら噂は本当だったらしいな。デュラン、気持ちは解るが落ち着けよ」
今にも飛び出して行きそうなデュランを窘めようと、ホークアイは彼の肩に手を置く。
「解っている。・・・・・・解っては、いるが・・・」
とても耐えられそうにない。
「相手は魔法を使うんだ。用心しないと」
ホークアイの言うことはもっともだが、湧き上がってくる怒りと焦りを押し留めることは容易ではない。
彼らは気付かれないように魔法使い達に近寄り、素早くホークアイが飛び出して魔法使い達を一瞬で気絶させる。
「悪いな。しばらく寝ててくれ。さあ、フォルセナに行こう!」
フォルセナはもう目と鼻の先と言ってもいい。
そして、デュラン達がようやく辿り着いた草原の王国フォルセナは、噂に違わず今、魔法王国アルテナからの攻撃を受けていた。
街の人達はすでに避難したようで、所々建物が崩れてはいるものの、死人の姿は無い。
デュランはそのことにまずほっとした。
だが、フォルセナの国王である英雄王の命が危ない。
デュラン達は、街の中を走り抜けてフォルセナ城を目指した。
■■■■■
草原の王国フォルセナ。
ファ・ザード大陸西方、北のミスト山脈と南の大地の裂け目に守られた場所に位置するその王国は、剣術が盛んながらも争いごとのない平和な王国だった。
王国を統治するリチャード王は、騎士達の尊敬を一身に受け、英雄王として誉れ高い。
だが、その王国には今、紅蓮の魔導師率いる北の魔法王国アルテナが侵攻を始めていた。
デュラン達六人はそれを聞き付け、英雄王を護るためフォルセナ城へと向かっていた。
六人の中でも特にフォルセナ出身のデュランと、アルテナ出身のアンジェラの表情は厳しい。
この戦いに何の意味があるのか。
何故アルテナはフォルセナを攻めるのか。
この戦争に必然性はない。
なのに何故戦うのか?
彼らの中に様々な疑問が浮かぶ。
何にせよ、こんな所で双方に犠牲を出すわけにはいかない。
(ここでもローラントと同じ悲劇が・・・・・・)
フォルセナの現状に、リースは祖国ローラントの悲劇を思う。
さらわれた弟エリオット、殺された父ジョスター、次々と死んでいった仲間達、業火の中滅び去った愛する祖国・・・。
あの時の果てしない悔しさ、哀しみ、絶望。
リースは頭を振ってそれらを振り払った。
(いいえ! 繰り返させはしないわ!)
あんな哀しい思いはもう二度と、誰にも味わって欲しくはない。
澄んだ瞳に強い光が宿る。
城では入り口付近からすでに激しい戦いが繰り広げられたかのように、フォルセナやアルテナの兵士が倒れている。
「大丈夫か!?」
慌ててデュランは倒れている仲間の元に駆け寄って、抱き起こす。
負傷しているものの命に別状はなさそうだ。
「・・・デ、デュラン、・・・か。お、俺は大丈夫だ・・・、英雄王様を、たの、む・・・」
苦痛に耐えながら途切れ途切れに訴える兵士に、デュランは力強く頷いてみせた。
「解っている! 俺達に任せておけ」
城の中を知り尽くしているデュランを先頭に、六人は敵に出くわさないようなルートで王の間を目指した。
走りながら、彼らは不安が膨れていくのを感じていた。
(英雄王様!)
一刻も早く英雄王を助けに行かねばという思いに駆られ、デュランの足の速度は増していく。
しかしさすがに、まったく敵に出くわすことなく進むことは無理だったようで、駆けて来るデュラン達に気付いたアルテナの兵士達がその行く手を阻もうと立ち塞がった。
「待て! 貴様ら何者だ!」
「うるせえ! どきやがれっ!!」
焦りと怒りに満ちたデュランが咆哮する。
彼は国を襲い、国王の命を狙うアルテナが許せなかった。
もはやアンジェラの王国の兵士であることも忘れ、アルテナの兵士を斬りつける。
呪文を詠唱する暇もなく、兵士達はデュランの剣に倒れる。
「うわっ!」
「食らえ!」
瞳に殺意を抱いて、倒れ込んだ兵士達にそのままとどめを刺そうとするデュラン。
「やめてえっ!!」
悲鳴のような声を上げてアンジェラがデュランにしがみ付く。
「は、離せっ!」
デュランはしがみ付くアンジェラを振り解こうとするが、アンジェラは決してその手を離さなかった。
「駄目! 殺しちゃ駄目!」
必死に諌めようとするアンジェラに、デュランは怒鳴り付けた。
「馬鹿野郎! こいつらは英雄王様の命を狙って俺の国を襲った奴らだぞ! 許しておけるものか! 殺してやるっ!!」
デュランは、あまりに激しい怒りとアルテナへの憎しみに我を忘れていた。
乱暴にアンジェラの手を振り解いて剣を構える。
「デュラン!」
慌ててホークアイとケヴィンがデュランの身体を押さえる。
「落ち着けよ、デュラン。気持ちは解るが殺しちゃ駄目だ! こいつらはアンジェラの国の兵士達だぞ!」
ホークアイ達の手を振り解こうともがいていたデュランの手が止まった。
「そうです、デュランさん。今は英雄王様の方が先決です」
リースのその言葉でデュランの理性が戻って来た。
ゆっくりとアンジェラを振り向くと、彼女の涙に濡れた若葉色の瞳に青褪めた自分の姿が映る。
デュランはきつく両目を綴じた。
「・・・・・・悪い、アンジェラ。もう、大丈夫だ・・・・・・」
落ち着きを取り戻し、激情を無理に押さえ込もうとするデュランの声色に、アンジェラはゆっくりとその手を離す。
「デュランしゃん。あんたしゃんのきもちはよ〜くわかりまち。でもここはアンジェラしゃんのためにもぐっとこらえてちょ」
珍しくまともなことを言うシャルロットを見て、デュランは苦笑した。
「まさかお前に言われるとはな。でも解ったよ。済まなかったな、皆。さあ急ごう」
そう言ってデュランは倒れた兵士を一瞥し、渦巻く感情を抑えて走り出し、アンジェラ達もそれに続く。
その頃玉座では、突如現れた謎の魔導師に側近の兵士を倒され、魔法で動きを封じられた英雄王が目の前のその男を静かな瞳で見つめていた。
そんな英雄王を嘲るように見下ろす冷たい双眸。
年の頃は二十歳前後だろうか。
英雄王よりも一回りは若い。
血のように紅いマントを身に纏った、すらりと長身の一人の青年。
彼こそが以前にフォルセナに現れ、デュランが勝てなかった魔導師、紅蓮の魔導師だ。
彼はその端正な顔に冷酷な笑みを浮かべて英雄王を見下ろす。
「いかに英雄王といえど、魔法で動きを封じられてしまってはどうすることもできまい」
英雄王は決して取り乱さなかった。
王の威厳を保って紅蓮の魔導師を見据える。
そして彼を見る目がスッと細められ、
「やはりアルテナの紅蓮の魔導師か。何故ヴァルダは、いや理の女王はフォルセナを攻める?」
「世界中のマナストーン占領のため、フォルセナが邪魔になる前に潰せとのご命令だ。いつまでも過去にはこだわらないと申されていた」
その言葉に英雄王の表情が曇る。
「・・・そうか・・・残念だ・・・」
「訊きたいことはそれだけか?」
英雄王は黙って静かに瞳を綴じた。
死を覚悟した者の潔さを感じさせる神聖な姿勢だが、紅蓮の魔導師は特に感慨を受けるでなく口の端を吊り上げて笑み、
「よかろう。では死ね!」
一言そう言って英雄王を葬るための呪文を詠唱し始める。
その時、音を立てて王の間の扉が開け放たれると同時に力強い声が響いた。
「待てっ!!」
紅蓮の魔導師の視線が入り口に動く。
現れたのは、デュラン達六人だ。
「やっぱりテメエだったかっ!」
怒声を上げてデュランは剣を手に、紅蓮の魔導師に向かって行く。
斬り付けてくるデュランの剣をふわりとかわした紅蓮の魔導師の体は、宙に浮かんだまま停止する。
「ほほう、いつかの小僧か」
「紅蓮の魔導師!」
デュランに続いて現れたアンジェラを見て、紅蓮の魔導師は意外そうな表情を浮かべたが、すぐに面白がるような微笑みに変わる。
「おや、これはアンジェラ王女様。こんな所でお目に掛かれるとは思ってもみませんでした。近いうちにまたお会いしましょう」
皮肉げにそう言って、アンジェラに恭しく頭を下げるような仕草をすると同時に、紅蓮の魔導師の体は空気に溶け込むように消えていった。
「待て!」
慌てたようにデュランが駆け寄ろうとするが、紅蓮の魔導師の姿は消えて無くなっていた。
「くっそー! 逃げるのかっ! 俺と勝負しろ!!」
彼の絶叫に応える声はもうすでにそこには無く、デュランは悔しそうに唇を噛んだ。
「・・・紅蓮の魔導師・・・、今度会ったら必ず・・・!」
絞り出すような、そして固い決意を秘めた呟きを漏らし、デュランは剣を鞘に収めて英雄王の前まで進み出ると、膝を折って敬礼をする。
「国王陛下、ご無事で・・・」
「デュラン! 戻っていたのか!」
温かい英雄王の言葉にデュランはどこか満たされる思いがした。
ここは自分の愛する王国で、目の前にいる王は自分が命を懸けて仕える主君なのだと、今更のように噛み締めていた。
「英雄王さん、母をご存知なの?」
デュランの後ろからアンジェラが問う。
英雄王は紅蓮の魔導師と対峙していた時、アンジェラの母の名を口にした。
どういうことなのだろう。
英雄王はアンジェラを見て驚いたように、
「ではそちは理の女王ヴァルダの娘だというのか?」
「ええ・・・」
頷いて、アンジェラはその表情を曇らせた。
その後ろではアンジェラがアルテナの王女だという事実にホークアイ、ケヴィン、シャルロットの三人が目を剥いて驚いていたが、その他の者達は気に止めていなかった。
「でも、お母様は私を抹殺しようと・・・」
「! 何ということだ・・・。あの心優しかったヴァルダが娘を殺そうとするとは・・・」
「・・・・・・」
英雄王の言葉にアンジェラは複雑な思いで沈黙した。
彼女には優しげな母の表情など記憶になかった。
いつでも女王の威厳に包まれ、母の愛情を与えてくれたことなどない。
どんなに望んでも決して与えてはくれなかったのだ。
すると、デュラン達から淡い光の球体が浮かび上がり、フェアリー達が姿を現した。
「!」
〈英雄王様、私達はマナストーンのそばにいるという精霊達を探しています。マナストーンの場所を教えて下さい〉
「・・・フェアリー・・・、そうか、お前達が・・・」
英雄王は呟いて、どこか懐かしげにデュラン達六人、そしてフェアリー達を見渡した。
「かつて、竜帝との大戦の時にもフェアリーを見たことがある。・・・実は私もフェアリーに選ばれし者だったのだよ」
「ええっ!?」
デュラン達は同時に驚きの声を上げた。
デュランでさえ、英雄王がフェアリーに選ばれた者であったことは初耳だったのだ。
まさか自分達以外にもフェアリーに選ばれたことのある者がいたとは・・・。
だが英雄王は寂しげに笑み、
「残念ながらそのフェアリーは、私を残して竜帝にやられてしまったがな・・・」
共に旅をして、竜帝を倒す意志の元結ばれた親友とフェアリー、大切なものを二つも失ってしまった時のリチャードの喪失感はどれほどのものだっただろう。
何も言えず、デュラン達はただ黙った。
だが英雄王はそれ以上そのことには触れず、
「こうして再びフェアリーが現れたということは、世界に危機が迫っているということか。デュラン、どうやら辛い旅になりそうだな」
「はい。でも俺は平気です」
自分で決めたことなのだから・・・。
デュランの瞳が静かにそう告げる。
穏やかに英雄王が頷いた。
彼は、十七年間見守ってきた、親友の息子であるデュランの成長をとても嬉しく思った。
それでは、自分もできる限り彼らを助けようと思い、彼らの行くべき場所はどこか、静かに語り始める。
「マナストーンは世界に8つ存在する。それぞれ土、水、風、光、闇、月、木の8元素を生み出していると言われている。マナストーンの近くでそれら8元素に属した精霊を見つけられるだろう」
デュラン達はすでに光の精霊ウィル・オ・ウィスプを見つけている。
残る精霊は後7つだ。
英雄王は彼らに大地の裂け目の底、宝石の谷ドリアンに土のマナストーンがあることを明かした。
つまり、その近くに土の精霊がいるのだ。
「モールベア高原のどこかにある邪神像の辺りに精霊はいるはずだ。調べてみるといい。まずは土の精霊ノームを見つけてくるのだ」
「はい!」
情報を得たデュラン達は、力強く頷いて踵を返し、走り去った。
その後姿を見ながら英雄王は溜息をつく。
「世界の変動、そしてフェアリーの出現。お前達は大きな宿命を背負ってしまったようだな・・・。私もできる限りの手助けをしよう」
そう言えば、自分にもあんな幼くとも冒険心に溢れた少年時代があったと、デュラン達の出て行った扉を見つめたままふと昔に思いを馳せるように、英雄王はゆっくりとその瞳を綴じた。
そして、その時の記憶には、いつも『彼』がいた・・・・・・。
六人は紅蓮の魔導師が去ったとほぼ同時にすべての敵が去った後のフォルセナの城を後にして、少しずつ市民が戻りつつある街の中を駆け抜けて行く。
暮れようとする空の下、黄昏のモールベア高原を目指して・・・。
土の精霊ノームの元へ―――・・・。
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04.7.30.UP
デュラン、熱いです(笑)。ケヴィン、ますます影が・・・(滝汗)
英雄王と理の女王の関係って結局何だったんだろう・・・。
フォルセナ編はこれで終わりです。次回はノーム編。
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