第4章『土の精霊ノーム』

2.恐れていたこと


翌朝早くに、デュラン達はフォルセナ城の英雄王の元へと赴いた。

一晩のうちに街の人達はほとんど戻って来ていた。
さすがに世界でも指折りの大都市だけあって、早朝だというのに人々は活気付いている。

「ねえ、あの建物は何?」
城門に差しかかった時、ふとアンジェラが指差して問うたのは、店ではないがかなり大きな建物だ。
どこか街の喧騒とは掛け離れているものを感じる。
「ああ、あれは図書館だよ。ほとんど行ったことないけど、色んな本があるらしいぜ」
「へー、図書館・・・」
アンジェラは少し考え込んだ後、リースとシャルロットに話し掛ける。
「ねえ、後で行ってみましょうよ。ね?」
「はい」
リースは素直に頷いたが、シャルロットは渋い顔をしている。
「シャルロット、むずかしいほんはよめないでち・・・」
「大丈夫よ。きっと児童文学コーナーがあるから」
「そうでちか? じゃあいってもいいでち」
アンジェラの言葉に含まれたちょっとした皮肉にも気付かず、シャルロットは無邪気に頷く。
その様子にデュラン達も苦笑する。



フォルセナ城に辿り着くと、六人はデュランを先頭に城の中に入って行く。

昨日はゆっくり城の中を見ることなどできなかったので、改めて見回す威厳を湛えた静かな城内の雰囲気には、誰もが思わず飲み込まれてしまう感覚を覚えた。


しばらく歩き続けてようやく王の間の入り口に辿り着いた一行は、無事だった騎士団の騎士達によって玉座に通された。
「デュラン、英雄王様がお待ちだぞ」
「ああ」
同僚に軽く手を振って、デュラン達は英雄王の玉座に近付いていった。
そして、座する英雄王の前に跪き、
「おはようございます、英雄王様」
英雄王の瞳は変わらず優しさと温かさを映し出してデュラン達を見つめる。
「デュラン、無事ノームを見付けたようだな?」
「はい」
英雄王はデュランの返答に頷き、
「では、残りは6つか・・・。商業都市バイゼルから船で漁港パロに渡れ。山岳地帯ローラントには『風のマナストーン』があるはずだ」

「あっ!」

英雄王の話にリースが大きく反応し、全員の視線が彼女に集まる。
「どうした? リース」
「あ、いえ、すみません・・・」
ホークアイの声にリースは慌ててそう言って、すぐに真剣に何かを考え込んでしまった。
そんなリースの様子を見て、ホークアイは眉を顰める。
(リース?)

少しの間を置いてデュランは視線をリースから英雄王に移し、
「解りました。必ず見付けて来ます」
「風の精霊ジンを見付けたらまた戻って来たまえ。頑張れよ!」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

一斉に六人は頷いた。
そんな彼らに英雄王も満足そうに微笑む。





城を出ると、女性陣と男性陣は別行動を取った。
女性陣は図書館へ、男性陣は街へと繰り出す。

フォルセナの図書館はデュランの言った通り、様々な本が揃っている。

「わあ、すごい。アルテナにもないような本があるわ!」
「ええ、私もこれは初めて見る本です」
女性陣は全員どちらかというと知性派なので、こういう所にいると没頭してしまうらしく、二人とも色々と本を手に取って見ている。
ちなみにシャルロットは児童文学コーナーで御伽噺を読んでいる。

「あっ、ねえねえリース、これ『クラスチェンジ』のことを書いてあるわ。デュランは知ってるのかしら?」
「『クラスチェンジ』のことを?」
興味をそそられてリースもアンジェラの傍に寄り、二人でその「クラスチェンジマニュアル」を読み始める。

クラスチェンジとはマナストーンの秘めたるパワーによって、その者の潜在能力を引き出し、より高位の戦力を身に付けることである。
但し、クラスチェンジはそれを行おうとする者の能力に左右される。
クラス最高位であるクラス3はそのパワーの大きさ故に、かつて大魔導師グラン・クロワによって封印され、特殊な魔力を宿した媒体なくしてクラスチェンジすることはできなくなった。

「つまり一度だけならできちゃうわけね? でも媒体って何? ねえ、フェアリー、教えてくれない?」
するとアンジェラからは赤いフェアリーが、リースからは白いフェアリーが姿を現した。
〈媒体のことは心配しなくていいよ。その時になれば何とかなるから〉
「何よ、その何とかなるって」
フェアリーの返答にアンジェラは呆れたような目を向ける。

〈でもね、最初のクラスチェンジだってそう簡単にはいかないのよ〉
「どういうことですか?
白いフェアリーの言葉にリースが問い掛ける。
〈ある程度の力は必要だもの。クラスチェンジする時の『力の流れ』に耐えられるくらいの。六人共まだクラスチェンジができるほど力は備わっていないの〉
「へー、そーなんだ。まだ無理かあ・・・」
少し残念そうにアンジェラは溜息をつき、その本を棚に戻す。

それを見守っていたリースはふと立ちあがって本棚から1冊の本を取り出した。
「なあに? それ」
アンジェラがリースの後ろからのぞき込んでくる。
「マナの樹・・・ですって。確かこの本はローラントにもありました」
リースの手が本のページをめくる。
「ああ、アルテナにもあったわ」
そう言ってアンジェラも文章に視線を落とす。

我々の住む世界とは隔てられた禁断の地、マナの聖域――・・・
その中心にマナの樹は立っている。
マナの女神は神獣を封印した後、マナの樹となって世界を守り続けている。




■■■■■





アンジェラ達が本を読んでいる頃、デュラン達は酒場へと足を運んでいた。

「ったく、何だって女ってのはこんなにトロいんだか」
手に持ったグラスを揺らしながらデュランがぼやく。

あれから随分時間が経ったというのに、アンジェラ達が図書館から出て来る気配はない。

「今日中にバイゼルに行くの、無理?」
「無理だろうな・・・。ホークアイ、どうしたんだ?」
ずっと黙りこくっているホークアイにデュランが問い掛ける。
彼は英雄王との話の後からずっとこんな調子だった。
いつもの明るさはどこへやら、こうして考え込むことが多い。
「え? ああ・・・」

デュランもケヴィンも、少しはその理由を理解している。
「ローラント、お前は行かない方がいいか?」
遠慮がちにそう言うデュランに、ホークアイは苦笑する。
「気遣いはありがたいけど、そうもいかないだろ。逃げても仕方ないし、ローラントにはきっとあの女、イザベラがいるはずなんだ。ジェシカのためにも俺は行くぜ」
「そうか・・・」

コップに注がれた水を飲んでいたケヴィンが、ふと思い出したように口を開く。
「そう言えば、ローラントって聞いてリースも何か反応してた」
その言葉に、ホークアイもあの時のリースの様子を思い浮かべる。
「ああ、英雄王様の話で何か動揺してたな・・・」
そこまで言って、ホークアイはふいに嫌な予感に捕らわれて身を固くした。
彼のその不安をデュランが口に出す。
「まさか、リースはローラントと関係があるんじゃ・・・。あっ、そうか、アマゾネス軍団! もしかしてリースはそこの戦士なんじゃ? だとすれば、彼女があんなにバランスの取れた力を持ってんのも頷けるぜ」
自分の仮説に納得したようにデュランが頷く。

アマゾネス軍団とは、風の王国ローラントを護る女性だけの戦士団だ。
風と女達に護られたローラント王国は、鉄壁の防御力を誇っていた。
だがそのローラント王国は、ホークアイの生まれ育った砂漠の盗賊団ナバールによって滅ぼされたと言われている。

デュランの言葉を聞きながら、ホークアイの表情はさらに厳しいものとなっていった。
(・・・もし、もしそうなら俺は、リースにとって・・・・・・敵・・・)

絶対に認めたくない。
断じてそんなことになって欲しくなどない。
ただの思い過ごしであって欲しい。

彼は、心からそう願わずにはいられなかった。





■■■■■





「ねえ、リース。こんなの見つけちゃったわ」
そう言ってアンジェラはリースの前に1冊の古ぼけた本を差し出した。
「これは、「神獣リスト」?」
「えっと、神獣の名前が連ねてあるわ。土の神獣ランドアンバー、風の神獣ダンガード、火の神獣ザン・ビエ、水の神獣フィーグムンド、月の神獣ドラン、木の神獣ミスポルム、光の神獣ライトゲイザー・・・あれ?」
首を傾げてアンジェラは何かを探すようにページをパラパラとめくっていく。
「どうしたんですか?」
「おっかしいなあ。闇の神獣のことだけ書かれてないわ。どうしてかしら?」
しばらくそうやってページをめくってみても記されてはおらず、アンジェラは諦めたように本を閉じた。
「ま、いいか。こんなの知っても役には立たないわよね」
「そうですね」

本を片付け、アンジェラは神妙な顔付きでリースを見つめた。
「何ですか?」
アンジェラの視線に気付いてリースが問う。
「うん、あのさ・・・、さっきのこと・・・」
「え?」
アンジェラは言い難そうに言葉を濁すが、やはり耐え切れずに率直に言った。
「『風のマナストーン』のこと。リース、知ってるのね?」
「はい」
意外にあっさりと答えられた。
拍子抜けしてしまったアンジェラだが、では話が早いと立ち直り、
「どうして言わなかったの?」
「えっと、すみません・・・。ただ、・・・その、最初の頃は忘れてたんです・・・」
恥ずかしそうに俯いて言われたリースの言葉に、アンジェラは一瞬茫然となった。


わ・す・れ・て・たあ〜??


一言一言を強調して繰り返され、リースの頬が羞恥に赤く染まる。
「ご、ごめんなさいっ! あの、色々とあったからそれらを考えていたら、その、英雄王様に言われるまで・・・」
「言われるまで自分の国に『マナストーン』があること忘れちゃってたの?」
完全に呆れたようなアンジェラの口調に、リースはますます申し訳ないと言うように目を伏せた。







これ以上は待ちきれず、デュラン達は図書館へとやって来た。
入り口から一番近いのは児童文学コーナーで、そこでお化けの話を息を呑んで読んでいたシャルロットをまず見付けた。
「シャルロット、アンジェラとリースはどこだ?」
「あっちのへやにいるでちよ。ったく、このパーティーのおとこどもはデリカシーってのがないんでちね! こんないたいけなびしょうじょをおどろかすなんて!」
不機嫌な顔で怒りの声を上げるシャルロット。
だが彼らにはシャルロットを驚かすつもりなど、まったくなかった。
単にシャルロットが、部屋に入って来た三人の長く伸びた影に驚いて、一人で騒いだだけなのだ。
それでもやはり彼らは何も言わなかった。


やがてアンジェラとリースの話し声が聞こえてきて、思わず彼らは黙り込んでその声を聞いた。

「もう、本当にあんたって妙なところで抜けてんのね。いつもはしっかりしてるのに」
「ごめんなさい。でもこの問題は少し複雑ですよ」
「え? 何で?」
「それが・・・、その場所に行くまでがちょっと・・・」
そこまで言ってリースは口篭もっているようだ。
そんなリースをアンジェラは焦れたように催促する。
「もったいぶらないでってば。『風のマナストーン』に関係してるんでしょ?」


(え?)

扉に手を掛けようとしたデュランの手が止まる。
ホークアイやケヴィンも、意外な言葉を聞いて目を丸くしている。


「はい。実は『マナストーン』の所まで行くには風の回廊と呼ばれる通路を通らなければならないんです」
「ふんふん、それで?」
「でもそこは風神像によって道を塞がれているんですよ」
「え? どうにもならないの?」
「いえ・・・動かし方は何とか解ります。ですが、城内から操作した方が面倒がないんですけど・・・」


ホークアイは、自分の心臓が早鐘を打ち出したことを感じた。
背中に冷や汗が流れていくのが解る。


「・・・うーん、それにはナバールをどうにかしなきゃね・・・」
「どうすればいいんでしょう・・・」
問いかけるでなく、呟くようなリースの言葉。
「ねえ、ローラントの人ってリース以外に生き残ってないの?」
「・・・・・・わかりません・・・」
「そう・・・」

そこで二人は沈黙してしまったようだ。

会話を聞いてしまったデュラン達もまた沈黙する。

この会話で彼らは知った。

リースがローラント出身であること。
ホークアイとは立場上、敵同士であること。

デュランとケヴィンの視線がホークアイに向けられる。
彼は信じられないという表情で凍りついていた。


認めたくはなかった、思い過ごしであって欲しかった、最も恐れていたことが現実となってホークアイの目の前に叩きつけられていた。







■■■■■







その日の夕方、デュラン達は草原の王国フォルセナを後にした。

次に目指すは商業都市バイゼル、そして漁港パロ。


それぞれの思いを秘めて彼らが見据えるのは、闇に包まれようとする風の吹き抜ける王国。



風の王国ローラント―――・・・





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04.8.20.UP


フォルセナ編終了です。
何だかデュラン達男性陣は酒場というイメージが定着しそう・・・(苦笑)。
ホークアイとリースはこれから少しずつ理解を深めてゆく予定。
次回からローラント編、風の精霊の元に行きます。



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