第5章『風の精霊』

1.告げたくない真実


商業都市バイゼル。
自由都市マイアの南西にある高い壁に囲まれたその都市は、世界で唯一ブラックマーケットという、特殊なアイテムが多く売られている闇市があることで有名だ。

デュラン達がバイゼルに辿り着いたのは、夜も更けた時間だった。
すでにシャルロットなどはケヴィンの背中で寝息を立てている。

この若者達、デュラン、アンジェラ、ケヴィン、シャルロット、ホークアイ、リースの六人は『マナの聖域』、延いては世界の危機を救おうと六匹のフェアリー達と共に精霊を集めて旅を続けている。

先日、草原の王国フォルセナが魔法王国アルテナによって侵攻されるのを救った彼らは、英雄王の助言に従って風の精霊ジンを見付けるため、風の王国ローラントを目指してこのバイゼルまでやって来た。


「すーっかり夜になっちゃったわね。ねえ、ここって確かブラックマーケットがあるのよね? 行ってみようよ」
好奇心に満ちた声で提案したのはアンジェラだ。
菫色の長い髪と若草色の瞳を持ち、その美貌と抜群のスタイルを際立たせるような露出度の高い派手な服を身に纏う彼女は、女性らしい魅力に溢れていて異性はもちろんのこと、同性から見ても思わず見惚れるほど美しい。
実は彼女は魔法王国アルテナの王女で、その秘められた魔法の才能が旅を通じて徐々に開花し始めていた。

「そうだな。行ってみる価値はあるだろう」
アンジェラの言葉に同意したのは、茶色の髪と藍色の瞳の青年デュランだ。
戦士姿で全体的に粗野な感じがするが、愛国心が人一倍強く、真面目で誠実な青年だ。
彼は六人の中でも最も力が強く、剣術に長けている。
彼は草原の王国フォルセナのファイターで、伝説となった『白銀の騎士団』隊長ロキの実の息子だ。
今はフォルセナ一とまで謳われるその剣の腕は父親からの遺伝であろうか。魔法は使えなくても彼の戦闘能力は素晴らしいものがある。

「その前にシャルロット寝かさないと。オイラも眠いし・・・」
欠伸を堪えながらそう言ったのはケヴィンだ。
金色の髪と瞳を持つその少年は獣人だけの王国ビーストキングダムの王、獣人王の息子だ。
幼い頃から優秀で冷徹な戦闘マシーンとして育てられた彼だが、一匹の小さな狼カールとの出会いで優しさを知った。
人一倍高い体力を持ち、デュランに勝るとも劣らない逞しい肉体の持ち主であるケヴィンは、獣人であるが故に夜になると変身をするという特殊能力を持つ。そうなれば、さらに強い力を発揮することができるのだ。

そのケヴィンの背中で、安らかな寝息を立てている少女はシャルロットだ。
金色の髪と空色の大きな瞳を持つ可愛い女の子だが、実はケヴィンと同じ15歳の乙女だという。
聖都ウェンデルの光の司祭の孫娘であり、エルフと人間とのハーフである彼女はアンジェラのように攻撃魔法こそ使えないが、治癒魔法に優れている。
人懐こく、天使のように可愛らしい女の子だ。少なくとも外見は・・・。

「では、先に宿屋に行きましょう」
羽飾りを夜風に揺らしながらリースが言う。
長く伸ばした金色の髪と、海のように蒼い瞳を持つ少女は一見良家のお嬢様のような雰囲気だが、実はデュランに次ぐ戦いのエキスパートだ。だが、デュランやケヴィンのように力で押す戦法ではなく、素早さを重視している。
戦闘能力も優れているが、その知力もまた高く、六人の中で最もバランスの取れた力を持つ。
それもそのはずで、彼女は風の王国ローラントの王女にしてアマゾネス軍団の隊長を務めていたのだ。

しかし、そのローラントは砂漠の盗賊団ナバールによって滅ぼされてしまった。
そんなリースの隣にいる人物、ホークアイはそのナバールのシーフだ。
銀色の長い髪を後ろで束ね、鋭い金色の瞳を持つその青年は夜の月明かりの下、哀しげな表情のせいかとても神秘的な雰囲気を漂わせている。
彼はシーフだけあってとても身軽で、戦法もリースと同じく機敏さを上手く使う。
ただ、リースが接近戦も距離を取った戦いにも対処できるのに対して、ホークアイは接近戦を得意としている。

親友を殺され、その汚名を着せられてナバールを追われたホークアイは、デュラン達と共に旅することで希望を持つことができた。
だが、リースがローラント出身で立場上自分とは敵同士であることを知って、彼は深く思い悩んでいた。
リースを特別に思い始めていただけに、ホークアイにとってこの事実はあまりに残酷だった。

事実を知れば、リースは二度と自分に笑い掛けてはくれないのではないか。

言い様のない不安に、胸が押し潰されるような苦しさを感じる。

そんなホークアイの様子にリースが気付いて、
「どうか、したんですか?」
話し掛けられてホークアイはハッと顔を上げ、
「え? あ、いや、何もないよ・・・」
心配そうに表情を曇らせるリースを見て、ホークアイはさらに胸が痛んだ。

(そんな顔をしないでくれ。俺には君に心配される資格がない・・・)

たとえ自分がローラント強襲に参加したわけではないにしろ、自分もナバール盗賊団の者なのだ。
それだけでリースにとっては許すことのできない存在だろう。
事実を彼女に告げるべきであるのは解っているが、その後の彼女の反応がホークアイは怖かった。

罵られるだろうか?
軽蔑の眼で見られるだろうか?
知った時点でもう二度と口を聞いてくれないかも知れない。
いや、敵と見なされて槍を突き付けられるかも知れない。

(嫌だ! 絶対に嫌だ!!)



そんな二人の様子を、デュランが心配そうに見やる。
彼は、ホークアイがナバールのシーフであることも、リースがローラント出身であることも知っている。

ここまで共に戦ってきた仲間。
誰が欠けても駄目だというのに、もしかすると失うかも知れないという不安が彼の心を重くした。





デュラン、アンジェラ、ホークアイ、リースの四人はバイゼルの町の宿屋に荷物と、早々にベッドに入ったケヴィンとシャルロットを残してブラックマーケットへと繰り出した。

小さな明かりが灯る薄暗いその店の中では、噂に違わず様々なアイテムが売られている。
中にはとても危険な物すら見かける。
四人は物珍しそうに店内を見て回った。

「へえー、本当に色々あるわねえ」
「ああ、何か旅に役立つ物探そうぜ」
「じゃあ、こういう飛び道具とか?」
そう言ってアンジェラが手に取ったのはカボチャを象った爆弾、パンプキンボムだ。
着弾した瞬間大爆発を起こす。
「持ってて危ねえモンはやめとけ」
「うーん、じゃあダーツを2、3本くらいならいいわよね」
「あ、これなんてどうですか?」
リースが手に取ったのは、小さなロッドだ。
「あーっ、それいいわねっ」
「何だよ、それ?」
デュランとホークアイが不思議そうな表情でロッドを見る。
数が少なく、店頭に並ぶ数は3本しかない。

「これはねえ、封呪のロッドよ」
3本全部を買い占めながら、アンジェラが説明する。余程珍しいものらしく、やたらとはしゃいでいた。

封呪のロッドとは、埋め込まれた魔力の込められた石、タリスマンに術者が魔法を封じ込めることによって、その魔法を使うことのできない者も、ロッドを使って呪文を唱えれば同じ効果の魔法を使うことができるというものだ。
例えば、シャルロットがヒールライトの魔法をタリスマンに封じたとすれば、治癒魔法の使えないアンジェラでもそのロッドを使って解放の呪文を唱えることによって、ヒールライトの魔法効果を得られるのだ。
魔力を封じ込めるという特殊な力を持った石、タリスマンは1説によればマナの女神像と同じ石とも言われている。

「へえー」
「そりゃいいわ・・・」
説明を聞いてデュランとホークアイは素直に感心する。
「これは絶対役立つわね! 3本あるから…、私とリースとシャルロットが持ちましょ」
「はい」
アンジェラからロッドを受け取ったリースはふと辺りを見回すと、並ぶ店の一角に檻があるのを発見した。
(檻? 何故こんなところに?)
「どうしたんだ? リース」
ホークアイに問われてリースは檻を指差す。
「あれは、何でしょうか?」

リースの指差す方向にホークアイ、デュラン、アンジェラも視線を移して、
「檻? 珍しい動物でもいるんじゃない? 行ってみましょ」
興味津々という感じで、アンジェラは軽やかな足取りでそちらに向かう。
その後にデュラン達も続いた。

「いらっしゃーい」
商人らしい男が金属的な声音で愛想良く声を上げる。
「ねえ、ここは何があるの?」
「すいませーん、奴隷は売りきれでさ」
「奴隷?」
デュラン達の表情が強張る。
「いやあ、自分は王子だなんて言う生意気な金髪のガキだったんだがね、売れちまったんだよ」
途端にリースの表情が険しいものに変わる。
「何ですって! エリオットに違いないわ! その子は今どこにいるの!?」
デュラン達は面食らって、珍しく取り乱すリースを見る。
「何だよ、あんたあのガキの知り合いかい? あのガキは赤い目をした不気味な男が買ってったけど、でもこっちは商売なんで買われてった奴隷の行方なんざわかんねえよ」

言い終わるが早いか、リースは怒りに満ちた瞳で商人を見据えて槍を突き付けた。
「リース!!」
「うわわっ!!」
慌てて逃げ出そうとする商人だったが、後ろはすぐに壁で逃げ場はない。
デュラン達もまたひどく慌てた。
こんなリースを見るのは、三人共初めてのことだ。
いつもは控えめで聞き分けが良く、六人の中で一番感情の起伏が少ない彼女がこうも感情をさらけ出すのは見たことがなかった。
だから、三人ともどうやって彼女を落ち着かせられるのか解らなかった。
これが他の五人のうちの一人なら、誰かが何とかするのだが。

「リース、落ち着いて!」
「ひいっ、ゆ、許して!」
恐怖に引き攣る商人を見据えるリースの表情は冷たい。
「許せない! 人間を商売の道具にするなんて! 貴方のような人がいるから!」
「わ、解った! 解りました! もうしません!」

必死に許しを乞う商人を見るリースの瞳に、徐々に冷静さが戻ってきた。
構えた槍を静かに下ろし、自分を落ち着かせるように深く呼吸をしながら目を伏せる。
「・・・赤い目の、男・・・」
心に刻み込むかのように繰り返し呟く。
これで、僅かながらも手掛かりを得られた。

再び目を上げると、戸惑いの表情を浮かべるデュラン達の顔があってリースは申し訳なさそうな表情になる。
「ご、ごめんなさい、私・・・」
「落ち着いた?」
「はい…。すみません。ご迷惑をお掛けしました・・・」
いつもの彼女に戻ったようだ。
三人はほっと息をつく。
「それじゃ、もう宿屋に帰ろう。明日はパロに行くんだからな」
デュランの言葉に三人は同意して、恐怖に震えている商人には目もくれずにブラックマーケットを出て、暗い夜道を宿屋に向かって進む。

その闇の中、ホークアイはそっとリースに目を向けた。

明日はいよいよパロに向かう。
正体が知られるのは時間の問題だ。
だが、今はまだ言いたくはなかった。
もう少し、ほんの少しの間だけでも、このままでいたかった。

黙っていると事態が悪くなるだけだと解ってはいても・・・。


闇夜を照らす星の光は、そんなホークアイの思いを嘲笑うかのように明るく輝いては気紛れのように雲に隠れる。





■■■■■





真夜中にリースは寝台から起き上がった。
隣ではアンジェラとシャルロットが眠り込んでいる。
彼女達を起こさないよう、静かにリースは部屋を出た。


隣の部屋では同じく眠れずにいたホークアイが隣からの微かな音を聞いて上体を起こす。
(? リース?)
扉の隙間から屋上への階段を上るリースを見て、彼は思わずその後を追った。


星の光が煌き、月が淡く照らす夜空を見上げてリースは屋根に腰掛ける。
(エリオット・・・、必ず無事でいて・・・!)
両手を組んで祈るように瞼を綴じる。
星空の中、リースのその姿はあまりに清廉だ。
後を追って来たホークアイは、思わずその光景に目を奪われた。

「ホーク、アイさん?」
人の気配に気付いてリースが振り向く。
呼びかけに我に返ったホークアイは、リースに微笑み掛けた。
「よ。こんな真夜中にどうしたんだ? 夜更かしは良くないぜ?」
いつもの冗談めいた彼の口調に、リースは小さく笑う。
「そうですね。でも、眠れなくて・・・。ホークアイさんは?」
「俺も同じ。えっと、隣、いいかな?」
躊躇いがちにそう問われて、リースは返事の代わりに少し身体をずらした。

そうして二人は並んで座ったまま、暫くの間お互いに黙って星空を見上げていた。

「あのさ・・・」
「はい?」
「・・・エリオット、て?」
「・・・弟です」
ホークアイの心臓が早鐘を打ち始める。
「王子・・・って、言ってたって・・・」
リースはきょとんとした表情をしたが、やがて思い当たったように、
「ああ、そうでした。アンジェラさん以外には言ってませんでしたね。私、実は風の王国ローラントの王女だったんです」
アンジェラには言っていたので今まで気に留めていなかったが、考えてみれば彼女以外に自分の素性を明かしていなかったことに、リースは今更ながら気が付いた。

ホークアイの胸に鋭い痛みが走る。
息苦しさに、呼吸が荒くなる。
そんなホークアイの様子に気付いて、リースは彼の腕に触れた。
「あの、どうしたんですか? 気分が悪いんですか?」
「リース・・・、俺は・・・」

その先の言葉が出ない。
いや、出したくなかったのだ。
心配そうに自分を見つめる優しい少女が、真実を告げた瞬間に消えてしまうことが耐えられない。
それがエゴだとしても・・・・・・。

リースは黙って彼の次の言葉を待つ。
ホークアイは虚ろな笑みを浮かべ、
「・・・・・・いや、何でもない。それより、さっきは驚いたな」
「?」
言われた言葉の意味が解らず、リースは首を傾げた。
「さっき星に祈ってたら? その様子がすごく綺麗だった」

途端にリースの頬が染まる。
純粋な少女のその反応に、ホークアイは温かな気持ちで笑った。
だが、その笑顔の下には哀しい思いが渦巻いていた。

彼は思う。

ずっと、こうしていたいという儚い希望を持つことは――罪なことなのだろうか――と・・・・・・。





■■■■■





翌日、朝食を終えてからデュラン達六人はパロ行きの船に乗った。

デュランとアンジェラはそれぞれの思いでホークアイとリースを心配そうに見つめる。

少しずつ港を離れて行く船の甲板に立って、ホークアイは決意した。



もう、真実は隠さない―――と。



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04.9.10.UP


オリジナルアイテム登場。やはりシャルロットがいない場合、回復ないと辛いですからね〜。
後半になるとリースの補助魔法も必要となりますし。ご都合主義で済みません(汗)。
次回はホークアイ、リースを中心にデュラン、アンジェラを加えた修羅場です(怖)。
ローラント編は長くなりそうです。



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