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第5章『風の精霊』
2.消えない笑顔
「あーっ! そうだっ、あんたしゃんっ!!」
漁港パロへと向かう船の甲板で、突然シャルロットの甲高い声が響く。
小さな手はビシッとケヴィンを指差している。
そのケヴィンは面食らってシャルロットを凝視し、
「な、何?」
「あんたしゃんてば、じゅーじんだったんでちってね! よくもシャルロットをたぶらかしてくれたでちっ!!」
「た・・・?」
思わず絶句するケヴィン。
デュラン達もまた困惑して二人を見る。
「しらばっくれてもムダでちよっ! シャルロットにはちゃ〜んとわかってるんでちからっ」
「ま、待っておくれよ。シャルロット」
何がどう解っているのかは謎だったが、誤解を解こうとケヴィンはシャルロットをたしなめようとする。
だが、シャルロットはそんなケヴィンを鼻で笑って、
「フン、いまさらなんでちかっ。いっておきまちけどね、このびしょうじょをひとじちにしようなんてことは、かんがえないほうが・・・・・・むぎゅっ」
横からアンジェラの手が伸びてきて、シャルロットの口を塞ぐ。
「このガキ。ちゃんと話を聞きなさい」
「うみぎゅ〜」
意味不明な声を発しながらシャルロットはアンジェラの腕から逃れようともがく。
ケヴィンはそんなシャルロットの前に歩み出て、
「シャルロット、確かにオイラは獣人だけどウェンデルを襲った連中とは違う。本当だ。オイラの母さんも人間だった。オイラがウェンデル行ったのは、カールを生き返らせたかったからなんだ・・・」
ケヴィンが獣人と人間とのハーフだったとは、デュラン達も知らなかった。
もがいていたシャルロットがおとなしくなった。
アンジェラが手を離しても、もう暴れようとはせずにじっとケヴィンを見据える。
「・・・ほんとうでちか?」
「うん」
「ほんっとうにほんとうでちか?」
「うんっ」
「ほんっとうのほんっとうにほんとうでちか?」
「うんっ!」
「ほんっとうのほんっとうのほんっとうに・・・」
「いい加減にしなっ!」
アンジェラの手がパシンとシャルロットの頭を叩く。
「いたいでち〜! おばかになったらどーするんでちかっ!!」
「それ以上なるわけないでしょ」
怒ってアンジェラに反論しようとするシャルロットの前に、ケヴィンが視線を合わせてしゃがみ込む。
「信じて、くれる?」
懇願するようなケヴィンの表情に、シャルロットは困ったように黙り込み、
「・・・・・・うん・・・」
ようやくそれだけ言うと、ケヴィンの哀しそうな表情がパッと明るくなった。
「ありがとっ!」
心から嬉しそうに、ケヴィンは両腕を広げてシャルロットの小さな身体を抱き締めた。
見守っていたデュラン達の表情に驚きが浮かぶ。
「うっきゃ―――っっ!!」
突然の抱擁に慌てふためいて悲鳴を上げるシャルロット。
そんな二人の様子に、デュラン達四人は必死で笑いを堪える。
「なにわらってるんでちかっ! たすけて〜っ! ケヴィンしゃんもはなすでち〜っ!!」
弾けるように声を上げて笑い出すデュラン達。
特にデュランはシャルロットにかつてない苦汁を味合わされているので、思わず心の中で、
(よっしゃあ! いいぞケヴィン! もっとやったれ!!)
と、ケヴィンに称賛を送る。
しばらくするとケヴィンは気が済んだのか、腕の中でもがいているシャルロットを離し、腹を抱えて笑っていたデュラン達も何とか落ち着きを取り戻す。
ようやく解放されたシャルロットは、荒い呼吸を繰り返している。
全員が笑いをおさめると、ふいにホークアイの表情が厳しいものに変わっていった。
「どうしたんですか?」
じっと自分を見つめるホークアイの視線に気付いて、リースは不思議そうに彼を見返す。
「リース、話が、あるんだけど・・・」
「はい?」
いち早くそれを察したデュランの表情が厳しくなる。
「ホークアイ」
思わず声を上げるデュランを、ホークアイは目で制する。
何も言わないでほしい、と。
他の三人は事情が飲み込めずに、ホークアイとリースとデュランの三人を交互に見つめている。
「パロに入る前に、君に知っておいてもらいたいことがあるんだ」
この一言を言ってしまっては、もう後には引けない。
今なら引き返せる、と自分の中で声が響いた。
ともすれば震えてくる手足を精一杯の強さで抑え込んで、ホークアイはリースに真実を告げる。
「俺は、ナバール盗賊団のシーフなんだ」
水を打ったように静まりかえる甲板。
アンジェラとリースの表情が凍り付いている。
デュランはとうとう言っちまった、と言いたげに額に手を当てる。
沈黙は、永遠のようにも感じられた。
リースは必死で告げられた言葉を理解しようとしていた。
「嘘・・・でしょ?」
青褪めた顔でそう言ったのはアンジェラだ。
その彼女の肩に、デュランの手が置かれる。
「本当だ。アンジェラ」
「デュラン・・・、知ってたの?」
眉を寄せ、辛そうな表情でデュランが頷く。
直後、怒りに燃えるアンジェラの言葉がホークアイに叩きつけられた。
「最っ低!! あんた何で今まで黙ってたのよ! リースの国を滅ぼしといて!!」
今にもホークアイに飛び掛かって行きそうなアンジェラを、デュランは逞しい腕で押し止めた。
リースは、あくまで無言だ。
しかし、その強い意志を秘めた瞳はじっとホークアイを見据え、それがホークアイを追い詰める。
「俺は・・・、俺はローラントを襲撃していない!!」
絞り出すように発せられた、苦しそうに掠れた声。
リースの手が小刻みに震え、槍を持つ手に力が込められる。
「聞いてくれ、リース。俺達ナバール盗賊団が狙うのは悪どく金儲けしてる奴だけだったんだ。だけど、あの女、イザベラが来てから、ナバールは変わっちまった・・・」
静かにホークアイは語り始めた。
イザベラという女がナバールに来て、ナバール盗賊団の首領フレイムカーンを操って盗賊団を乗っ取ったこと。
そのことに気付いた親友イーグルを殺して、その罪をホークアイに被せたこと。
イーグルの妹ジェシカに呪いを掛けて、ホークアイがイザベラに手出しできなくしたこと。
「だからリース、しばらく待ってくれないか? イーグルの仇イザベラを倒し、ジェシカを助けるまで。どうしても俺を許せないなら、その後で君に・・・俺の命をあげるから・・・・・・」
再び沈黙に包まれた。
アンジェラも落ち着きを取り戻し、悲壮な覚悟を見せるホークアイを見つめる。
「・・・・・・ずるいです・・・」
消え入りそうな小さな声で、初めてリースが声を出す。
「リース?」
「そんなことを言われたら、どうすることもできないじゃないですか・・・」
掠れる声でそう言うリースの瞳には、懸命に抑えようとしている涙が浮かんでいる。
「・・・ごめん・・・」
ホークアイにはそれだけしか言えなかった。
これで、もうリースは自分に笑い掛けてはくれないのだろう・・・。
彼は心が引き裂かれるような痛みを感じて目を綴じた。
そんな彼の腕にリースの手が触れ、ホークアイは驚いて目を開けて、目の前で穏やかな笑みを浮かべる少女を凝視する。
「リース?」
「ごめんなさい・・・。私のせいでずっと悩んでいたんですね?」
心底驚いて固まるホークアイ。
リースは彼を罵らなかった。
軽蔑しなかった。
敵と見なして槍を突き付けてこなかった。
それどころか彼女は、心配そうにホークアイをのぞき込んでいる。
「悪いのはそのイザベラという人なんですよね? 一緒に仇を討ちましょう。ね?」
デュランとアンジェラが安堵の微笑みを浮かべる。
ホークアイの表情が驚きから嬉しさへと変化し、両腕は力いっぱいリースを抱き締めた。
「・・・ありがとう・・・」
彼女にだけ聞こえるように耳元で囁かれた言葉に、リースも嬉しそうな微笑みを浮かべた。
ケヴィンとシャルロットは最後まで事情が飲み込めず、ただ茫然と二人の抱擁を見つめる。
(ぬわんでリースしゃんはされるがままなんでちっ!)
シャルロットは、自分と違ってリースが騒がないのが面白くないようだ。
そんな彼女の様子などは誰も気に止めず、デュランが軽快に声を上げた。
「よーっし! パロに着いたら祝杯上げようぜっ」
「賛成ーっ!」
デュランの提案にアンジェラが賛同する。
間もなく船は澄んだ青い空の下、不安という暗雲を取り払った六人を乗せ、パロの港に着いた。
■■■■■
漁港パロ。
海と山の間にある、わずかな平地に作られたこの港町は、風の王国ローラントの統治下にあり、人々の暮らしも平穏そのものだった。
だが、ローラント滅亡によって町にはナバール盗賊団がうろつくようになり、住人の大半は町を逃げ出したためにパロの町は不気味な静けさに包まれている。
船を下りてパロに入ったデュラン達は、ナバールの者達に出くわさないように町を歩いていた。
「至る所にナバールがいやがるなあ」
うんざりした口調でそう言ったのはデュランだ。
その隣ではアンジェラがナバール盗賊団の者達を観察しながら、
「でもさ、何かあいつら目が虚ろね」
アンジェラの言う通り、彼らの様子はどこかおかしい。
まるで生気を感じられないのだ。
かつての仲間達。
哀しい気持ちで彼らを見つめていたホークアイは、ふと視線をさ迷わせた先に目を止めて、ハッとして駆け出した。
「ホークアイ?」
慌ててデュラン達も追う。
ホークアイが向かったのは町の隅に立つ、猫のような風貌の男の元だ。
「ニキータ! ニキータじゃないか!」
駆け付けてホークアイはその猫男の肩を掴んで自分の方を向かせた。
だが、その目は他のナバールの者達と同じように虚ろで、ホークアイを見てはいない。
「どうしたんだ? 俺が解らないのか?」
かつて砂の要塞ナバールで自分を兄貴分として慕ってくれ、友殺しの罪を着せられた時も唯一人自分を信じて助けてくれたニキータ。
そんな彼のこの姿に、ホークアイは愕然とする。
「知り合いか?」
後ろからデュランが問い掛ける。
「ああ、ナバールでの俺の、仲間だ・・・」
ホークアイは、虚ろな表情でどこか遠くを見るニキータからそっと手を離す。
原因は解っている。
あの女、イザベラだ。
改めてイザベラへの憎しみがホークアイの中で燃え上がった。
「あっ! デュランしゃんっ」
シャルロットの慌てた声に、デュラン達はニキータから視線を外してそちらを向く。
「あっ、やばい!」
彼らのすぐ後ろにはいつの間に近付いたのか、ナバールの兵士が一人立っていた。
顔を知られているホークアイは焦って逃げようとしたが、兵士は何の行動も起こす気配はない。
「・・・?? こいつも俺が誰だか解らんのか? やはりイザベラに心を操られているのか・・・。おい、何か言ってみなよ!」
ホークアイは兵士に近付いて呼び掛けた。
少しの間があって、兵士は何の感情も篭もらない声を発する。
「・・・パロの港は我らナバール盗賊団改めナバール王国の領地となった!」
その瞬間、リースの瞳に激しい怒りが宿り、槍を構える。
すぐさまアンジェラがリースを抑えた。
「リース、堪えて! 今、騒ぎを起こしちゃまずいよ」
抑え切れない怒りに、リースの身体が震える。
その様子を痛ましげに見るデュランには、リースの気持ちがよく解った。
自分もつい先日、同じような激しい怒りを感じたのだ。
祖国フォルセナに攻め入ってきた、紅蓮の魔導師を始めとした魔法王国アルテナの魔法使い達。
あの時の激しい怒りと憎しみ、そして哀しみ・・・。
愛する国を土足で踏み躙られる屈辱的な思い。
フォルセナの現状を見てリースがローラントの悲劇を思い出した時のように、彼もまた蘇ってくる怒りに拳を固く握り締めた。
リースの取り乱した様子に、ホークアイは兵士から離れて彼女の傍に来ると、細い肩を強く掴む。
「リース、頼む。辛抱してくれ・・・。皆イザベラに操られているんだ・・・! この様子じゃ、盗賊団全員が・・・」
端正な顔を苦しそうに歪めて懇願するホークアイを見て、リースは何とか怒りを鎮める。
「・・・・・・はい・・・」
ゆっくりと槍を下ろす彼女の体の震えは、なかなか止まりそうにない。
そんなリースをアンジェラが優しく抱いて、デュランは励ますようにホークアイの背中を叩いた。
四人のそんな様子を見て、シャルロットが元気な声を上げた。
「まあまあ、みなしゃん。いやなことはパーッとわすれて、やくそくどおりのむでち、のむでち!」
誰もが、忘れてどうするよ? と突っ込みたかったが、シャルロットなりに気を遣っているのだと解るので、「そうだな」と同意を返した。
■■■■■
パロの酒場も町と同様ナバールの兵士達がいるだけで、店の中は暗く静まり返っている。
「祝杯上げる雰囲気じゃねえな」
「いいんじゃないの? 周りなんか気にしない、気にしない」
明るくそう言ってアンジェラは店内の中央に位置するテーブルを選んで腰掛ける。
「そうでちよ、のんでさわげばあかるくなりまち!」
アンジェラに続いて椅子に座り、テーブルにセットされたメニューを広げるシャルロットにデュランとホークアイが呆れたような、戸惑うような視線を注ぐ。
「お前・・・、聖職者だろ?」
低い声でそう言われ、シャルロットを始め全員が押し黙る。
「・・・そうよ。あんたお酒飲んじゃ駄目よ」
「えーっ? つまんないでちーっ、せっかくたのしみにしてたのにーっ」
「お前、酒飲んだことあんのかよ?」
「バカにしちゃダメでち! このシャルロットちゃん、そんくらいありまち!」
たちまち全員の表情が引き攣った。
仮にも聖職者、それも光の司祭の孫娘でもあり、どう見ても子供のシャルロットが酒を飲んだことがあるとは・・・。
ウェンデルの規律はどうなっているのか。
「おじい様に怒られませんでしたか?」
リースの問いにシャルロットはぐっと詰まり、
「むちゃくちゃおこられたでち・・・」
「ほらあ、やっぱり飲んじゃ駄目じゃない」
「ぶーっ、だってきもちよかったのに・・・。のんだあとね、からだがふわあっとして、きがついたらシャルロットのまわりはガレキのやま・・・」
「「「絶対に飲むなっ!!!」」」
強い口調のデュラン、ホークアイ、アンジェラの声が重なった。
酒を飲んだシャルロットの周りで何が起こったのか、だいたいのところは想像できた。
つまり、ウェンデルの光の神殿に嵐が駆け抜けた、ということだろう。
「あんたはミルク飲みなさい」
「ケチケチケチケチケチ―――――ッッ!!!」
「うるさい!!」
店の真中で大騒ぎしていれば当然のことだがよく目立つ。
だが、ナバールの兵士達は入って来た六人組の騒ぎに無関心だ。
そんな中、ウェイトレスの一人が六人の中にいる一人の存在に気付いて、注文を取るという口実を持ってデュラン達に近寄って行った。
「リース様?」
囁くように細い声で話し掛けられ、驚いて振り向くリース。
彼女の前には一人のウェイトレス、否、ウェイトレスの姿をしたかつての仲間が居た。
「ライザ・・・?」
信じられないという表情でリースは彼女を凝視する。
その女性はローラントにおいてアマゾネス軍団の一人として、ジョスター王やリースに仕えていた女戦士だ。
あのナバール強襲の日に戦死したと思っていた。
驚きが徐々に治まってくると、溢れるのは喜びだ。
「無事だったのね?」
そう言って腕を掴んでのぞき込んでくるまだ幼い王女を、ライザは優しい微笑みを浮かべて抱きとめる。
「はい。リース様もご無事で良かった・・・。これで希望が出て来ました」
「リース?」
デュラン達が不思議そうな表情でリースとライザに注目している。
「お仲間の方々ですか?」
「ええ、皆さん信用できる人達です。皆さん、彼女はアマゾネス軍の一人です」
周りの者達に聞こえないように小声で紹介する。
聞かれたところで誰も何の反応も示さないだろうが、用心に越したことはない。
「リース様、生き残ったのは私だけではありません。山の中腹『眠りの花畑』に行って下さい」
「『眠りの花畑』? 解ったわ」
その後、デュラン達は注文を取って軽く食事をした後、すぐにパロを出て『眠りの花畑』を目指すことにした。
死んでしまったと思っていた仲間達は生きている。
リースの胸に喜びが溢れた。
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04.9.20.UP
ホークアイとリースの和解。
微妙にアンジェラvリースなのは趣味です(待て)。
次回はアマゾネス軍のアジトに行きます。
色んな意味でアンジェラが活躍します(笑)
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